83 緊張 1
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ギルドが近くなったのでステラと交代した私はコソコソと人目の付きづらい場所を移動していく。
途中、建物の陰で灰色の猫耳ローブを脱いだ。ギルド周辺はあの爆発や激しい戦闘での轟音が原因で村の子供や大人達は外に出て何が起きたのかと騒いでいる。
周囲の建物に目を向けてみると私が見える範囲に限れば窓ガラス1枚も割れてないようだ。
あれほどの爆発ならここまで離れてても何かしら被害がありそうに思えたけど、今の時代の建物は丈夫なようだ。
外に出てる人達は私が直前まで戦っていた場所へ不安そうに目を向けている。
とはいえ夜なので真っ暗闇。場所が遠すぎると言うのも合わさって何があったのかはよく分かってないようだった。
(あの場所でルイザちゃん以外には私達って見られてないよね?)
ステラが心配そうに尋ねる。
(他に足音は無かったし、たぶん大丈夫)
それに暗かったしかなり近づかないと私達の顔なんか見えやしないだろう。後を付けられている様子もなかったし多分大丈夫。
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「ただいまー」
部屋に入るとケミーが真っ先に寄って来た。
「おかえりステラちゃん! あっ、兎猫ちゃんどこに行ったかと思ったらステラのところにいたのか! 心配したぞぉ~」
ケミーは外があれほどの騒ぎなのにステラの心配は一切なし。ステラなら大丈夫だと信頼してるのだろう。ケミーは兎猫に手を伸ばそうとし、突然標的を変えて私に抱き着こうとした。
私は手を突き出してそれを阻止する。手はケミーの口元を圧迫し、彼女の顔を少しだけブサイクに変えた。
「ふぐぅ! 今のを防ぐとは。私にもステラちゃんの強さの秘訣を教えて欲しいなぁ~」
魔術士ランク上げれば近い事はできるんじゃないかな?
でも魔術士ギルドは大金が必要みたいだし、ギルドに入ったとしてもこの領域に至るにはイブリンを基準に見るなら10年以上かかるか、あるいは至れないだろうな。
「いま土埃で汚れてるから私には抱き着かない方がいいよ」
「私の身を心配してくれたんだ! ステラちゃん優しい~」
やたらと褒めて来るケミーを一旦無視し、私は兎猫を兎猫用に使ってる狭い部屋に放り込む。
するとケミーは中に入り兎猫と遊び始めた。
キディアはいつもより明るく私に「おつかれさま」と労いの言葉を掛けてきた。
ケミーとの関係が良くなって声にも余裕が出たのだろう。良かった良かった。
それにしても、たかだか手紙を届けるためにあれだけの面倒事に巻き込まれるとは思わなかったな。
しかもクロエの家はなくなるし、おそらく手紙も消失したんだろう。私はなんのために手紙を書いたってんだよ!
と思った所で不満をぶつける相手はもういない。
そういえばクロエ達はどうなるんだろう。避難してるから大丈夫だろうけど、家はなくなったし村の人達からは避けられていたしもうこの村には居場所はないよね。
私が手紙なんか出しに行かなければああはならなかったと思うと責任を感じてしまう。……けどもあんな事態を予想できるわけないのだから私は悪くない。
それにクロエにはお父さんがいるし、後は全部任せればどうにかなるだろ。
(ステラ、風呂入らない? ケミー達に邪魔されない時間が欲しいと思わない?)
体は汚れているし、風呂に入って気分転換したいと思ったので浴室へと向かった。
体を洗うくらいはステラにさせようと思い交代。汚れを楽に落とすために軽く魔法を掛けながら体をお湯で流していく。ボタン一つでお湯が出て来るなんて今の時代は便利だな。
少しの間、一人の時間――二人だけど――を過ごした後ステラを表にしたまま風呂から出た。
「あれ、誰もいない。どこ行ったんだろ?」
部屋には誰もいなくなっていた。まさかこんな所でケミー達が攫われるわけもないと思うのでルイザの所にでも行ったのかもしれない。
しばらくベッドで横になり静かな時間を満喫していると扉が開き、ケミーが顔を覗かせる。ステラと目が合うと手で招いてきた。
「ステラちゃ~ん、おいで」
「なに?」
「ルイザちゃんが呼んでるけど、来てくれる?」
予想通りルイザの所に行ってたようだ。
呼ばれたという事は私のこの力の事を詳しく聞かれるのかな?
口止めもしたかったしちょうどいい。
それと、これはステラにとっては大チャンスだ。敵意も危険性もないことが伝われば前以上に距離が縮まるかもしれない。縮まったところで明日までの関係だろうけど、いつどこで会うかもしれないし関係を少しでも良くする事に越したことは無い。
前向きな私と違ってステラは固い顔をしてる。化け物なんて言われたから会うのが怖いのかな?
(ステラ。あれだけのことを言っても会いたがるってことはステラとの関係をどうにかしたいと思ってるのかもしれないよ!)
(え、そうなのかな? ルイザちゃんが折角呼んでくれてるから行くしかないよね……)
ウジウジしたくなる気持ちは分からないでもない。
このまま放置すると悪い方向に進むと思うから会って無害をアピールした方が絶対いいし、それに今を逃すともう仲直りのチャンスは来ないと思う。
(ピンチはチャンス! もしかしたら一緒のチームになって欲しいって言われるかもしれないよ? 化け物でも言葉が通じるって思わせよう)
(デシリアはそうでも私は化け物じゃないから!)
「ステラちゃん、嫌なら私が断っておくけど?」
ステラの返事が遅いからケミーが気を使って来た。
「ううん、行く」
ステラは意を決した。
ケミーに案内されルイザの部屋の入口に到着するとケミーがノックをした。
「ケミー、扉の隣にあるボタン押すと中で音が鳴って誰かが来たのが伝わるよ」
「え? これ」
ステラに言われたケミーはボタンを押した。
中でチリチリリンという鈴の音が響いた。
「あ、本当だ。面白~い! もう1回押してみよう!」
(今まで誰もチャイムのこと教えてくれなかったのかな? って、ケミーもデシリアと同じことしてる)
ステラは笑いを滲ませながら私の事をからかう。
(私はともかくケミーは現代人でしょ? 何で知らないんだろう)
ケミーがまた押そうした時、扉は開いた。
しかし手は止まらず音は鳴ってしまう。
チリチリリン。
「あの、ケミー。あまり押さないでもらえます?」
顔を出したルイザ――上は白いシャツ、下は黒い長ズボンに代わってる――がジト目でケミーを睨む。
いつもの黒いドレスは大きく穴が空いてたし着替えたのだろう。
「あ、あはは。ごめんごめん。音が鳴るって今知ったからさ、面白くてつい」
「まぁいいですけど」
ルイザの目線がステラへゆっくりと移動していき、二人の視線が交差する。
「ケミー。ステラと二人だけで話がしたいので外してもらっていいかしら?」
「分かった。じゃ、ステラちゃん。また後でねぇ~」
ケミーはステラの肩を軽く叩いてからルイザの部屋にいるキディアに声を掛け一緒に自室へ戻っていった。初めからこうするつもりだったのかケミーにしては潔すぎる決断の早さだ。
ステラは去っていく二人の後ろ姿を不安そうに見つめる。
(ステラ、どうしたの?)
(え? な、なんでもないから!)
「中に入って」
ルイザは入る様に促してきた。




