77 犬のこと忘れてた 2
「そこの子供。動くなよ」
少し距離は離れてるけど電灯の光と刃物をこちらに向け、訝しげな顔を向けながら男が近づいてくる。
「金目の物を出しな」
盗賊のようだ。
相手の服装は冒険者と違いはないけど有用な物なら盗賊だから使わないなんてことはないのだろう。冒険者に成りすまして警戒心を薄くすることで近づきやすくもなるし使わない手は無い。
さて、金目の物と言われても私が持ってきてるのは魔導銃だけだ。お金は部屋にケミー達がいるからと安心して置いてきた。……ケミーが盗みそうな気はするけどキディアもいるし大丈夫だよね?
「お金は持ってません」
「ん? その声は……お前、女なのか?」
間違われたステラは怒った。私が声を出してもステラの口から出てるので同じ声だ。
(な、私の声って男っぽいってこと?! デシリア、このおじさんどうせ悪い人だしさっさとやっつけちゃってよ!)
目の前の男はおそらく20代くらいなのでおじさんというにはまだ若いのだけど、11歳のステラから見ればそう感じてもおかしくはないのか。
(落ち着いてステラ。子供の声って大人にはどっちか分からないんだよ、男と思われてるわけじゃないから安心して)
悪い人ってのは同意だし倒したいところだけどそうするわけにもいかない。倒してしまうと後片付けが面倒になるからだ。ギルドに引き渡すわけにもいかないし、その辺に縛って放置すると犬に食われるだろうから出来ないし、ステラの命に関わらないなら殺すのは過剰だし……。
黙って見逃がしてくれればありがたいのだけど、どうしたもんかな。
「男だと思ってたの?」
とりあえず話をしながら考えるか。
「そういうわけじゃないが顔まで隠した上に小柄だと見分けがつくわけないだろ? というより男か女かは正直どうでもいい。金目の物は本当に何も持っていないのか? 嘘を吐いてるんじゃないだろうな?」
「嘘を吐いてるとしたらどうするの?」
「あ、えーと……嘘を吐いてるという事は持ってるという事だろ? それを貰っていくだけだ」
何か思ってた答えと違う。嘘を吐いたら追加の罰でも与えられると思ったんだけどそうでもないっぽい。
男はゆっくりと刃物を向けながら近づき、私に手を伸ばして来る。男の目線は魔導銃の膨らみに気づいているように見えたけど、そこには触れずに頭のフードに手をかけようとしてきた。
「触らないで」
私は咄嗟に顔を動かした後、両手で男を突き飛ばした。男は少しバランスを崩した程度で倒れることは無かった。
男が怒ると思っていたけど気にした様子は見られない。
その余裕は私の事を雑魚だと思って舐めてるからか? まぁ外見は子供だしね。
「ほぉ、子供にしては力はあるようだがそんなことをしても無駄だ。金目の物が無いなら顔を見せろ」
「別に顔なんか見せなくてもいいでしょ」
「今の状況を分かってないのか? 逃げようとしても無駄だ、俺達の仲間がお前を囲んでいる。命令に従え」
周囲に足音がしたのでそれが脅しではなく本当の事なのは分かってる。
囲まれたところでただの盗賊相手に私が負けるわけないし、逃げるのも容易い。しかし実力を隠したいから穏便に済ませたいところではある。
「さぁ、顔を見せろ」
男が再び私に近づこうとすると見覚えのある犬が横から現れ、男の腕に噛みつこうと飛び掛かる。
男は犬を弾き飛ばし近くの廃墟の柱に強く叩きつけた。
しかし犬は何事もなかったようにすぐさま男に襲い掛かる。
(あの犬は昼間のだ! 頑張れワンちゃん!)
(無事だったみたいだね)
さて、犬がみんなの注意を引き付けてる間にさっさと退散するとしよう。
私はギルドへ向け子供にしては早すぎる速度で走り出す。
すると男の仲間らしき――これまた同じく冒険者風の男が電灯の光を私の顔に向けながら道を塞いだ。
「おっと、そんなノロい足で逃げられると思うなよ」
相手の動きが思ったより速い。私は素早く右から抜けようとすると男はまたも塞ぐ。
「俺達からは逃げられん。諦めて顔を見せろ」
男は私のフードに手をかけようとしてきた。
どうして顔を見たがる?
私は素早くしゃがんで躱し、左側から抜けようとするけど別の仲間が加勢に来て塞がれる。
「無駄だ、おとなしく顔を見せろ」
「しつこいな、顔なんか見てどうするの?」
私の疑問に男が答える前にステラが予想してきた。
(ねぇデシリア、この人達って人攫いじゃないの? 私の顔が良いと思ったらどこかに高く売るのかもしれないよ)
なるほど、金目の物がないならそういう手段を取って来てもおかしくないね。ステラは攫われたことがあるしあり得ない話ではなさそうだ。
と、思ってはいたけどこちらのそんな予想とは違う意味の分からない答えが返って来た。
「どうするか、だって? 見るだけだ。見せれば解放してやる」
「え、はぁ?」
ただの興味本位ってこと? 集団でやることがそれだけ?
意味が分からなさすぎて怖い。怪しい。
これは絶対に見られない様にしよう。
「なぜ顔を隠したがる、やましいことでもしてたのか?」
やましいこと、と言われ私はルイザの顔を思い浮かべる。
夜に出歩いてるのを彼女に知られるとどう思われるだろうか。危険だからと止められる気がする。
「ま、まぁやましいかもしれないかな。口うるさい友達とかいるし夜に出歩くときはバレないように……ってそういうことはあなた達には関係ないでしょ! 金目の物が欲しいんじゃなかったの?」
「ああ、そうだったな。だが金目の物は持ってないんだろ?」
「ないよ」
私がそう答えると男達の目は魔導銃の入ってるポケットに向かった。けども何故かそれには言及してこない。どう見ても何か持ってるのは分かってるはずだけど。
「じゃあ顔を見せろ」
この膨らみが金目の物とは思ってないのかな? やけに顔の方に固執してくる。
そんなやりとりをしていると近くの森から戦ってるような騒がしい音が聞こえて来た。
「あいつら何をしてやがる。ちょっと様子を見て来る。その子供は任せた」
盗賊達は森の中にもまだ仲間がいるようだ。
犬の相手をしてた男は私の事を仲間に任せ森の方へと向かう。犬も男を追いかけていった。
「さぁ顔を見せてもらおうか」
一人減った所で私が囲まれてることは変わらない。男達が私にじりじりと迫る。
何度も躱し逃げ出そうとするけど道を塞がれる。私は徐々に速度を上げていくけどそれでも塞がれてしまう。
「無駄だ、俺達からは逃げられん」
まだ私は本気ではないけどイブリン達の仲間のフェリクスくらいには速いはずだ。それに付いて来れる辺りただの盗賊では……いや、フェリクス並みってもしかしてありふれてるのか?
盗賊達と睨み合ってると森の方から再び大きな音がし、森から飛んできた男が周囲の廃墟を吹き飛ばし地面を跳ねて転がっていった。




