74 雷の様な何か 3
ルイザは冷めた目で淡々と言った。
「罰が当たったのですわ、ざまぁですわね」
ゼラルドは嫌な予感がしていたが悪意があるなら手伝うこともしなかったはず、とそのまま様子を見守ることにした。
アニータは飛んできた冷たい言葉に崖から落とされた気持ちになった。と同時に少しだけ安心した。
「苦しんでる私の姿を見て気が済んだ? なら良かっ……ぐっ……」
言葉を発した時の僅かな振動にさえ痛みが走り、耐えきれず言葉が途切れ途切れになる。
「今すぐ楽になりたいかしら? でしたら私と取引しません?」
「……私に差し出せるものなんて、ちょっとの、お金くらいしか、ないわよ」
「お金で何でも済むと思わないで欲しいのですわ。何、簡単な事ですわよ。子供でも出来るし、子供の方が得意かもしれませんわね」
「子供に出来るなら、私に出来ないわけが、ないわ。やってやるわよ」
子供以下だと思われたくないアニータはあっさりと挑発に乗ってしまった。
「ギルド職員の前で罪を認め、ケミーとキディアに謝罪をし、罰を受けてもらいますわ」
「ケミーと……キディア?」
アニータは一瞬誰の事か分からなかったが兎人の子だとすぐ理解した。
「じゃあお前自身は、謝罪は、いらないっていうの?」
「そうですわ。あれほどの仕打ちを受けて謝罪程度で気持ちが治まるわけがないのですわ」
アニータは謝罪はルイザだけにしたいと思っていた。しかしルイザに受け入れる気がないことに気持ちのやり場が無くなり、悔しくて歯噛みした。
しかし断ればより嫌われてしまうかもしれない。恐れたアニータは引き受けることにした。
「分かったわ。ただしゼラルドは、私が巻き込んだだけだから、ゼラルドの分の罰も、私が引き受けるわ」
冒険者ギルドで受ける罰というのはランク昇格に関わる評価ポイントの没収だ。悪質であるほど没収するポイントは多くなり降格もありうる。Eランク以上の冒険者は降格により身体能力の補正も下がるため今まで通りの依頼をこなすことが難しくなる。それを恐れて降格になるほどの悪事に加担する者は基本的にいない。
「……約束は絶対守って貰いますわよ」
治した後で反故にされる可能性もあったがそれはそれでいいとルイザは思った。恩を売ればちょっかいを出されることもなくなるだろう。
「では回復魔術を掛けますわ。じっとしてないと辛いですわよ?」
ルイザは屈むと潰れた足の方に手を当てて回復魔術を掛けた。
足は段々と元の形に戻っていく。
ルイザは治せるか不安だったがとりあえず形だけは元通りになったことに安堵のため息を吐く。
「足は動かせるかしら?」
「え?」
アニータは遅れてその言葉の意味を理解し、足に目を向けるとぐちゃぐちゃだった肉片が足の形に戻ったことに驚いた。
「嘘、これを……治したの? 凄い……ここまで綺麗になるなんて、お前は一体何者なの……?」
ルイザが普通の子供と違うという事は感じていたが、今のを見て明らかに格上だと認識した。冷静な今となっては子供は総じて無能だと馬鹿にしてたことを恥ずかしく感じ始め、むしろルイザのことを本当に子供なのかと疑いそうになっていた。
「足は動くかしら? 動かないのかしら?」
ルイザは苛つきながらアニータの質問を無視し返事を催促する。アニータは動かそうとしてみるが力が全く入らない。治ってるように見えても目に見えない部分では出来てないようだ。
「駄目だわ、動かな……ぐっ……」
痛そうに顰めたアニータを見てルイザは焦る。ルイザの回復魔術なら痛みを失くせるほど回復できてるはずだからだ。
治せてる確信しかなかったため、他の部分の怪我だと判断し確認していく。
「足が痛むの? それとも足以外かしら?」
「足は大丈夫、脇の方が……つっ!」
アニータに痛む場所を尋ね、回復魔術を掛けて癒していく。
「もうどこも痛くないわ、その……ありがとう。それとさっきはごめん」
アニータが感謝と謝罪を述べるとゼラルドもそれに続いてお礼を口にする。
「ルイザ、ありがとう。後でお礼を言わせてくれ」
「……その時アニータに罰を受けてもらうわ」
ゼラルドはアニータの足を動かしても大丈夫なのを確認し、完全に治すために背負って冒険者ギルドへと向かっていった。
話し声が聞こえないほど遠くに行ったのを確認したケミーはルイザに尋ねる。
「ルイザちゃん……治して良かったの?」
「ええ、私には雑魚を甚振る趣味はありませんし、これでいいのですわ。それよりも――」
ルイザは周囲を見渡し爆心地と思われる地面の土がむき出しの場所を見つめる。
(あのボロボロの男は何だったのかしら? 光る前のゼラルドと話をしている時は周囲に誰もいなかったはず……)
アニータの件が片付き、冷静になった今になって白い光と爆発の謎について考え始める。
やはりあの男が原因なのだろうと予想するがなぜそんなことになったのか、あるいはしたのか想像がつかない。
想像は付かないがあの男しか怪しい者はいなかった。
あんな何も無い場所で何のために爆発を起こしたのか、そしてなぜボロボロだったのか。
(現在地を聞いてきたのはどういう意味かしら?)
ルイザは男がどこから来たのかを考えながら空を見上げる。
(空から落ちてきた……わけがありませんわよね)
「ルイザちゃん? 空に何かあるの?」
ルイザを見てケミーも同じように空を見上げる。
「さっきのボロボロの男の人の事について考えてたのですわ」
「自力で歩けるようだし冒険者ギルドに向かったんじゃないの? ギルドなら怪我治せるみたいだし ……ああーーっ!!」
ケミーはある事を思い出し、大声を出す。
「急に大声を上げてどうしたの? まさか、あの男について何か知ってるの?!」
「いや、そうじゃなくて……私、魔石を入れた袋を小屋の中に置きっぱなしなんだよ!」
ケミーは早速瓦礫をどかそうとするが重くて動かせない。
「ケ、ケミー、あ、あ、あの、私も、手伝わせて」
キディアはオドオドとしながらもケミーが持ち上げようとする瓦礫の反対側を掴む。
ケミーもさっきまでならキディアのことを無視するところだが――
「……じゃあお願い。せーのって言ったら持ち上げてくれる?」
ケミーは無視したい気持ちはまだ小さく残っているが普通に言葉を返した。
小屋の中でキディアがルイザを守ろうとした行動に心打たれたために否定的な感情が薄らいだからだ。
まだ許せない気持ちは残っているためにぎこちない態度だが無視することの方が辛く感じ始めていた。
キディアは無視されなかったことに驚き固まる。
「キディア?」
「え、あ、うん。せーのでだね、分かった」
ケミーに名前を呼ばれ、ようやく手を動かす。
とはいえ二人の仲が近くなろうと瓦礫が持ち上がるほどの力が湧くわけでもない。
「ルイザちゃん、ごめんだけどお願いできる?」
ケミーは頼みたくはなかったが小屋の中にはアニータ達と自分の魔石が大量にあるため諦めづらかった。
ルイザ一人に任せてでも回収したほうがいいと考える。
「そういえば私は魔石のためにここに来たのでしたわね。手伝いますわ」
ルイザは元々の目的を思い出すと嫌な顔一つせずに再び瓦礫をどかし始めた。




