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100万年後に幽霊になったエルフ  作者: 霊廟ねこ
2章 才色兼備の猫人魔術士
134/280

73 誰も得をしない 3

「キディア……」


 ルイザはキディアを見上げて弱々しく呟く。

 先程までなら下がってと言ってたが今はそれを口にする勇気がない。

 もちろんケミーの事をまだ気に掛けてはいるが、どうしても助けなきゃと思えるほど心が強く持てなくなっていた。


 アニータは怒りがもう鎮まってしまったが、舐められたくないために虚勢を張って強い声を出す。


「お前! ケミーがどうなってもいいの? そこを……どいて! それとナイフを渡しなさい」


「い、嫌……嫌です!」


 キディアは頭を強く振って拒否した。

 ルイザは自分のために身を挺するその姿が凄く嬉しかった。

 アニータはまだ悔しさは残っており、それをどうにか解消するまでは引けなかった。


「ゼラルド!」


 アニータは立ち上がると脅しのために名前を呼ぶ。そうすれば臆病な兎人キディアは引くと自信があった。

 キディアはケミーが危害を加えられる可能性は意識しながらも、ルイザも守りたいために退くつもりはない。


「ま、待って!」


 思考がぐちゃぐちゃなキディアは時間稼ぎに声を出し、アニータを止める。

 ルイザにだけ任せるのも辛いが自分が動けばケミーに被害がでる状況に精神が急激に擦り減る。

 どちらかを犠牲にしなければいけない。


(私はどうしたらいいの? ステラちゃん助けて……)


 しかしその願いはステラには届かない。

 が、意外な所からキディアを救う声が掛かる。


「アニータ、……もう十分じゃないか?」


 ゼラルドだった。

 優しく諭すようなその言葉にアニータがどんな反応を見せるのかとみんなは目を向ける。しかし彼女は思考停止し何かを返すことはなかった。


 どうすればいいか分からなくなったアニータは複雑な表情をルイザに向ける。

 ルイザは目が合ったことに気づくと目を強く閉じてすぐに顔を背けた。

 アニータの目の前にあるのは望んだはずの姿なのだが、気持ちはスッキリとしない。


 まだいじめ足りない、もっといじめたい、でもやりたくない、しかし悔しい気持ちは解消したい、どうしても舐められたくない。

 様々な感情がぶつかっては消え、アニータはどうすればいいか分からずゼラルドへ何か訴えるように視線を飛ばす。


 ゼラルドはケミーを縛る布に触れ、アニータの反応を見る。

 アニータは眉を寄せ、ただ見つめるだけでこれといった反応はない。


 ゼラルドはもう解いても良さそうだと判断しケミーを解放した。

 ケミーは戸惑いの顔をゼラルドに向けた後、アニータを気にしながら横を通り抜ける。そして屈んでルイザの目線に高さを合わせると、彼女の手を取り声を掛けた。


「……行こう」


 ケミーには他に良さそうな言葉が思いつかなかった。

 その言葉にルイザは顔を思い切り歪めて涙を流して抱き着いた。


 ケミーはすぐに謝りたかったがルイザが落ち着いてからにしようと判断した。


 自分よりも遥かに強いルイザがここまで疲弊するとは予想できなかった。

 アニータについていかなければこんなことにはならなかった。


 ケミーは涙を堪えてルイザを立ち上がらせる。

 キディアもケミーのようにルイザの手を取った。


「ありがとう、もう大丈夫……ですわ」


 ルイザは立ち上がると一人でも大丈夫と手を離し、外に向かう。

 キディアはそれを追いかけ、ケミーはゼラルド達を警戒しながら歩く。


 アニータはわざと不満な顔を作り視線を合わせず3人には聞こえないくらい小さく呟く。


「……ごめん」


 ゼラルドにそれは聞こえた。

 彼はアニータが他人に謝った姿に驚き、これ以上ルイザ達に付きまとう気が無さそうで安堵した。


 ゼラルドはこのまま3人に詫びも入れずに帰すことに後ろめたさがあったため追いかけた。アニータは気持ちがゴチャゴチャとしており小屋で少し頭を冷やし落ち着かせることにした。


 アニータは適当な木箱に座り、顔を俯かせる。


「ムカつくし悔しいのに、なんでなの? なんで……」


 ルイザに見惚れてしまった瞬間、憎しみは後悔へと変化した。

 悔しい気持ちをルイザにぶつけたいとは思えなくなっていた。それほどまでに心を動かされてしまった。同性に見惚れるというのは初めてだった。

 恋と似た感情に戸惑う。この感情は何だろうかと考える。


 やはり恋なのか? その可能性にぶんぶんと顔を振って否定しようとする。


「まさか、私があの子を好きになったというの? なんで? もしかして変態だったの? 嘘でしょ、違う違う違う!!」


 その現実を否定しようと近くの木壁に頭をガンガンとぶつけ始める。

 しかし沸き上がった感情は痛みでも、額から血が出ても消えなかった。


 そして今更ながら嫌われることをしたということに自己嫌悪に陥り、ボーっと床を見つめる。


 だが憎しみをぶつけなければこの気持ちに気づくことも無かった。

 屈服させたいという気持ちは、ルイザに気に入られたいという気持ちに変わっていた。


「あんなに嫌いだったのに、なんで? 何なの、訳が分からないわ……」


 疲れたアニータは少しの間、頭を空っぽにするためにボーっと時間を費やすことにした。


 しかし少し時間が経つと、あの時のルイザの顔が脳裏に勝手に浮かび上がる。

 忘れようと思う程、思い出してしまう。

 酷い事をしたという事に胸が痛むと同時にあの子に近づきたいと、胸の鼓動が大きくなっていく。


「謝れば許してくれる? いや、流石にあれだけの事をやったんだもの、駄目よね」


 だが嫌われたままでは気持ちが晴れない。

 許されなくても変に思われてもいいから謝罪だけはしようと思った。

 まだ間に合うだろうと立ち上がり、追いかけることにした。

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