73 誰も得をしない 2
「もっと顔を歪めて頂戴、必死さが足りないわ」
アニータはルイザにダメ出しをする。
キディアはよそ見が駄目なら、と目を瞑りルイザの姿を視界に移さないようにする。
しかし気づいたアニータはキディアへと近づき耳を軽くつかむ。
「ひぃっ」
驚いたキディアは目を見開く。
キディアの視線は威圧感のあるアニータの視線とぶつかった。
「見てって言ってるんだけど……分かる? 大人に歯向かう悪い子はどうなるかちゃんと見なさいよね? ね?」
キディアが怯えながら頷いたのを確認したアニータは再びルイザへ目を向ける。
ルイザはなぜ自分はこんなことをしないといけないのだろうかと考え始める。
(ケミーはもうどうなってもいいからこの女、ぶっ飛ばそうかしら。……ううんやっぱ駄目。男もいるしみんなを危険な目には合わせたくない。それにケミーは私の事嫌うかもしれないし、私が少し嫌な思いするだけで済むなら――)
みんなのためにルイザは逃げ出したい気持ちを堪え、覚悟を決める。
まだ心は死んでない。
「ほら猫ちゃん。早くしなさい。さっさとやらないといつまでもケミーはあのままだよ」
ルイザはケミーに視線を向けずにさっさとやることにした。
羞恥心を抑え込み、悔しい顔を作ろうと必死に顔を歪ませる。アニータはルイザの綺麗な顔とのギャップのある崩れかけた顔に小さく笑う。
「ぷっ、ふふふっ、変な顔。まぁいいわ。さぁ次は涙を流しなさい、声も派手に出すのよ」
ルイザは悔しい気持ちが込み上げるがケミーの事を想い、堪える。
そして涙を出そうと気持ちを切り替えるが、出て来ない。
(涙の出し方なんて……分からない)
ルイザは変顔を維持したまま涙を流すために試行錯誤して必死にムズムズと顔を震わせる。
(どういう時に涙って出るんだっけ? 悲しい時? 辛い時?)
普段、涙を意図的に出そうとしない彼女には難題だった。
「きゃははははは、どうしたの? 顔が痒いのかな? でも手は地面に着けたままにしなさい」
気持ち悪いほどの笑みで馬鹿にされてルイザは恥ずかしい気持ちが強くなる。
今の自分はどんな顔をしてるのだろうかと思いながら、キディアやケミー、ゼラルドに視線を順に向けていく。
みんなの見る目がいつもと違うような、憐みを向けられているような気がした。
ルイザは顔を真っ赤にし地面へと伏せ、見えない様に隠す。
その時、恥ずかしさと悔しさで涙が徐々に目に溜まり始める。
目を細めると一滴が床で弾けた。
(こんなみっともない姿を見せて失望されたかもしれない、嫌だ、怖い、見ないで)
我慢していた感情が一気に決壊した。
ルイザの床が不自然な濃い色が広がるのを目にしたアニータはそれが涙だと気づく。
「もしかして恥ずかしくて泣いちゃったかなぁ? はははっ、ちょうどいいじゃないの。顔を上げてその可哀そうな面をみんなに見せてあげなよ」
アニータはニヤニヤしながら屈むと、ルイザの顎に手を掛けてゆっくりと上げる。
その顔を見たアニータは息を呑んだ。
そこにあったのは先程の必死に作ったのとは違う自然な悔しい表情。それは確かに待望していた姿のはずだったが想像していた醜いものではなかった。
本当なら思い通りにならなかったことに腹を立てさらに厳しい要求をするところだが不覚にも色気のあるその顔に、同性であるにも拘わらず見惚れ、困惑することすらも忘れて魅入ってしまう。
ルイザは悔しさと恥ずかしさで嗚咽を漏らす。
隣で見ていたキディアは辛そうなルイザを見て自身の不甲斐なさに苛立ち悔しくなり涙が溢れ出した。
(なんで私は黙ってたんだろう、助けなきゃ……!)
キディアはポケットのくだものナイフを取り出すと、震えながら胸の方で握りしめる。
みんなの視線はルイザに向けられていて、キディアの様子にまだ気づいていない。
キディアはアニータへとゆっくり近づきナイフを逆手に握り、深く息をしながら高く構えた。
その時点でゼラルドはキディアに気づき必死な顔でアニータへと呼びかける。
「っ! アニータ、避けろ!」
「へ?」
アニータは反射的に声のするゼラルドの方を向いた。
声に焦ったキディアは慌てて振り下ろすがアニータの肩の直前でピタッと止めてしまう。
(駄目、刺しちゃ駄目!)
そう思う前に無意識のうちに止めていた。キディアは刺さなかったことに安堵するが次の行動を考えておらず、ナイフを握った手は震えたままその場に留まる。
振り向いたアニータはナイフに気づくと情けなく悲鳴を上げ、カッコ悪く派手に後ろへ倒れた。
キディアは手の力が抜け、ナイフがキンッという乾いた音を立て地面を跳ねる。
「お、お、お、お前!」
アニータの怖がる顔を見てキディアは焦る。
とりあえず震える手でナイフを拾いポケットに仕舞うとルイザを守るために立ち塞がった。




