73 誰も得をしない 1
「もうやめてください。それとケミーのことももう許してください!」
「はぁ? ちょっと何言ってるか分からないわ。ケミー! お前何かやったの?」
困惑したアニータはケミーへと視線を向けるがケミーは頭を横へと振り否定する。
何が何やら分からないアニータは視線を戻した。
「ほら、見たでしょ? ケミーは何もやってないわ」
「え? で、でも、じゃあ何でケミーは縛られてるの?」
「あーもう、なんでいい所で邪魔するの?! 楽しくなってきたところだったのに冷めちゃうじゃない!」
アニータはキディアを叩こうとした手をルイザに止められる。
ルイザはキディアに引くようにと訴えた後、アニータに向けて警告する。
「アニータさん、キディアにも手を出したら許さないですわよ?」
ルイザの鋭い眼光がアニータを射抜く。
アニータは一瞬怯むとキディアに目で威圧し手でシッシッと追い払う。
キディアは下がる前にルイザの名前を心配そうに口に出す。
「ルイザちゃん……」
「私は大丈夫だから大人しく見てるのですわ」
「ほら、お前はこっちを見るんだよ!」
ルイザがアニータへ振り向くと平手打ちで視界が一気に振られる。
ついルイザは目を細め、憎悪を向ける。
「悔しい? でも反撃したら分かってるわよね? ゼラルド!」
アニータは垣間見えたルイザの闘志を抑えるためにゼラルドへと声を掛ける。
ただそれだけの言葉だが、逆らえばケミーに危害を加えるということを暗に示している。
その意味を理解してるルイザは歯ぎしりをし、悔しそうに謝る。
「ごめんなさい、ケミーには手を出さないで」
「そうそう、その顔よ、もっと悔しそうにしなさい!」
勢いづいたアニータは何度も何度もルイザの顔を殴打していく。
だがルイザはどれだけ暴力を受けようとも効いていなかった。
痛みもない、顔が腫れることもない。
いつ終わるのだろうかとただただ耐える。
悔しそうな顔は慣れでだんだんと退屈な無表情となり、それがアニータを苛立たせ始める。
アニータとしても暴力ではルイザを痛めつけるのは無理というのは想定内のはずだが、想定してたことを忘れてしまっており、なぜ優位な自分が悔しい思いをしてるのかと理不尽に感じた。
暴力が駄目ならどうすれば自分の悔しい気持ちが満たされるのか、と考えそこであることを思いつく。いや、実は最初に考えてたことなのだがなぜか今閃いたと勘違いしてしまっていた。
(悔しがって涙を流して許しを請う情けない姿をみんなの前で披露させればいいんだわ。演技でもいいからやらせれば悔しさ倍増ね! させましょう、そうしましょう!)
上機嫌な気持ち悪い笑顔を浮かべたアニータはルイザに顔を近づけ、幼児をあやす様な声で命令する。
「ルイザちゃぁ~ん、床に跪きなさい」
ルイザは睨みつけたい衝動を抑えて無表情を維持したまま床に両膝を着ける。
気分の良いアニータはさらに気持ち悪い口調で命令していく。
「次は~、頭を床に付けなさぁい」
ルイザは両手を前に置き、床に額を付けた。
アニータはその頭に足を乗せる。
しかし全体重はかけず軽く触れる程度だ。
ゼラルドにやりすぎるなと言われてるために変な所で気を使っていた。
意外と軽く踏むという姿勢が疲れるためアニータはすぐに足をどかす。
「頭を上げていいわ」
ルイザが無表情で顔を上げるとアニータは続けて命令する。
「次はねぇ、演技でもいいから物凄く悔しい顔して涙流しながら、地面に頭をこすりつけて許しを請いなさい。それで許してあげる」
ルイザは役者ではないのでその命令に戸惑う。この程度のことで許されるなら、と思いはするが魔術では涙を流すことや悔しい顔もできない。
頭を踏まれるまでは嫌ではあったが恥というほどのものは感じず、受け身だったので割と気が楽なほうではあった。
しかし自ら率先して恥ずかしい姿を見せるというのは想像してたよりも羞恥心を刺激するのか、見られたくないという気持ちが湧いて来る。
「キディア、後ろ向いててもらっていいかしら?」
流石に恥ずかしい顔を見られたくないルイザはキディアにお願いをした。
「駄目よ、お前も一緒に見なさい」
しかしアニータはそれを許さず、キディアをルイザの顔がよく見える位置に移動させる。
ルイザはアニータを悔しそうに睨みつけた。




