72 ルイザはケミーのために小屋へ向かう 2
冒険者ギルドからかなりの距離を歩き、キディアとルイザはケミーが囚われている小屋へ到着した。
「キディアはどうするのかしら?」
「わ、私も行くよ」
「キディアに何かあっても助けられないかもしれないけど……いい?」
「それは……でもケミーを放っては置けないから」
「……それじゃあ開けますわよ」
自分が我慢すればキディアには手を出さないだろう、そう考えたルイザは扉を開けた。
二人の視界に入ったのは壁に背を預け腕を組むゼラルド、両手足を縛られて木箱に座るケミー、ケミーの口にコップで水を与えながら倒れないように支えているアニータの姿だった。
ケミーは突然現れたルイザ達を見て吹き出し、コップの水をアニータにぶちまけた。
「こら! 汚れちゃったじゃないの!」
当然アニータは怒った。
「ご、ごめんなさい」
「まぁいいわ、もう怒ってる時間もないし。さっさと口を縛るわよ」
ルイザが来たのを確認したアニータは慌ててケミーの口を布で塞ぎ、木箱に優しく寝かせた。
そしてルイザに向き直り威勢よく声を張る。
「来たわね、猫娘!」
アニータの言葉遣いから謝罪する気がないとルイザはすぐ判断した。
「来てやったのですわ。私の猫耳が羨ましくて呼んだのかしら? それとも尻尾?」
「ふんっ、そんなわけないでしょ。羨ましくても口に出す訳が無いわ。だってお前が気に入らないんだもの」
キディアはアニータが約束とは違う攻撃的な態度を取ってることに困惑し、問い詰める。
「あ、あの! ルイザちゃんに謝罪するってのはやっぱり嘘だったんですか?」
「ルイザ? ああ、その猫娘ね。そうよ、謝罪するために呼んだの」
「「「え?」」」
思いがけない返事にアニータ以外の全員の思考が一瞬止まった。
アニータは反射的に出た自分の発言の意味を遅れて理解し、顔を赤くして恥ずかしそうに訂正する。
「じゃなかった、んなわけないでしょ! お前のせいで謝罪するって言ってしまったじゃないの!!」
「ひっ!」
アニータの逆ギレにキディアはビクリと身構える。
「呼んだのは謝罪するためじゃないわ。ルイザ、私はあなたに――」
「ちょっといいかしら?」
アニータの発言途中でルイザは口を挟む。
「あなたの名前は教えてくれないのかしら? そこの男の人は?」
ルイザは2人の名前を聞いたことはあったが2度と関わらないだろうと思って忘れていた。
「俺はゼラルドだ」
ゼラルドは普通に名乗り、発言を遮られたアニータは不機嫌になりながらも言い直す。
「私はアニータ、それでお前をここに呼んだ理由だけど……ゼラルドお願い」
ゼラルドはため息を吐くとケミーの隣に移動した。そしてアニータの目がルイザに逸れたのを見計らいケミーの耳元で呟く。
「ルイザの身が危険だと判断したら止めるから心配は無用だ。それと申し訳ないがアニータの気が済むまで大人しくしてもらう」
ケミーは大人しくしてればアニータが自分には危害を加える気がないことは理解してるので、悔しいながらも静かに見守ることにした。
ルイザはゼラルドのその行動を見る前にアニータに目を向け、要求する。
「ケミーには手を出さないでもらえるかしら?」
「お前次第だよ。これから大人しく私の言う事を聞いてくれれば手を出さないわ」
ルイザは少し間を置き、覚悟を決めた。
「それで、何をすればいいのかしら?」
「謝罪よ」
「何に対して謝ればいいのかしら、ギルドでの出来事なら謝りますわ。ごめんなさい」
ルイザは謝罪の言葉を口にするがアニータはそれでは納得しない。
「足りないわ、足りない。ギルドで受けた屈辱がその程度で晴れるわけないでしょ?」
「ではどうすればいいのかしら?」
ルイザは面倒臭そうに半眼で見つめる。
アニータは近づき、ニヤリと口角を上げ、手を高く構える。
ルイザは身体強化で既に防御を固めてるのでアニータの素手の攻撃は一切効かない。
「少しでも反撃したらあなたの大切な仲間に手を出すわ」
「……分かったのですわ」
「あなたの泣き叫ぶ姿を見せて頂戴!」
直後、アニータは開いた手でルイザの頬の直前で止める。
ルイザは目を閉じず、その手を横目で見つめる。
アニータはルイザが怖がって目を閉じる姿を見たかったのだが、その期待が外れてしまい、直前までの高揚感にイライラが混ざる。
「生意気な目だわ」
そう言うともう一度手を振り、破裂音を響かせる。
叩かれてないキディアの方が怖くなり目を背けた。
ルイザは効いてないとばかりに表情を一切変えず、無表情をアニータに向け続ける。
アニータは続けて反対の頬を強くひっぱたく。
「つまらない顔ね。まぁまだ2発だし、この程度で泣き喚かれても許すつもりはないんだけどね」
その後も繰り返し叩き続ける。
ルイザには一切効かず、表情も変わらない。
(いつ終わるんだろう)
ルイザはそう思いながら退屈を耐え続ける。
「お前、本当綺麗な顔してるね。それだけ美しいと何でも思い通りなんだろうね、ムカつくわ!」
(本当に悔しいほど綺麗な顔だわ。ドキドキするほどに……)
手を振り上げるが、叩きたくない気持ちが湧き上がり手が止まる。
(は? くそっ、なんで手が止まってるのよ。動け! こいつにも屈辱を与えるんだよ!)
歯をギリリとさせ、強烈な嫉妬と憎しみで気持ちを奮い立たせ手を動かす。今度は平手打ちから握り拳での殴打に変えた。
しかしそれでも効かない。ルイザの表情が歪むこともない。
アニータは効かないことが分かっていて、一応加減もしつつ、ルイザが身体強化をしている前提で暴力を振るっている。
ルイザの表情から効いてないことも分かっている。
苦しむ顔をするならそれでいいし、苦しまないなら泣き顔を演じているみっともない姿をさせようと思ってる。
「どう? 悔しい?」
「……悔しいですわ」
ルイザは無表情で淡々と答える。
「なら悔しそうにしろ! 馬鹿にしてるのか!!」
何度か殴られる度に繰り返されるやりとり。
アニータは殴ることに飽きて来た。
まだ気は晴れない。
とりあえず次はどうしようか考えながら殴打を繰り返す。
「待って!」
途中でその手を掴み止める者が横から割って入る。
アニータは困惑した顔をキディアに向ける。
「何よ、お前に用はないんだけど」
ルイザは唖然とした顔でその姿を見上げる。
「ちょ、ちょっと駄目ですわ。私が――」
「もうやめてください。それとケミーももう許してください!」
ルイザの目には涙を頬から伝わせるキディアの顔が映った。




