71 何も悪くないケミー 2
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ケミーがアニータと一緒に何かを運んでる姿をキディアは遠くから見ていた。
「あの人って確か……ケミーは何か手伝ってる?」
キディアはもう一人の女に冒険者ギルドで耳を掴まれて危害を加えられたことを思い出す。
そういうこともあり、ケミーのことが心配でその様子を見張っていた。
二人の歩く速度に合わせて見つからないようにゆっくりと、彼女らの視線がキディアに当たらないように低く屈んで草に隠れながら追いかける。
追跡の末に、二人が小屋の中に入っていくのを目にした。
「あんな短い距離をあれだけ時間かけるなんて……そうか、重い物を運んでたんだ」
二人が揉めている様子はなかったので遅かった理由にそういう結論を出す。
そんなことよりもこれからどうなるのか、だ。
小屋の近くの木の後ろに隠れ、ケミーが出てくるのを待つ。
しかしどれだけ待っても出て来ない。
(もしかしてあの女の人、ルイザちゃんの恨みをケミーにぶつけてるんじゃ……)
そう思い、助けに入ろうか悩む。
だが、いざ助けに行ってもキディアの力ではどうにもならない。
ふと握ってる果物ナイフに目をやる。
(だ……駄目。これは駄目だ。これを使うほどの状況にはきっとなってない。それに私はまた人を刺せるの? 無理無理。ステラちゃんを刺したあの感触……、嫌、忘れたい)
思い出すと手が震え、軽い吐き気が込み上げ、息が荒くなり始めたのでナイフをポケットに仕舞う。
他の場所の小屋と同じ形ということに今更気が付き、周りを見渡す。
同じように柵はあるのだがスライムは見当たらない。
(他の小屋とは雰囲気が違う、休憩所なのかな?)
近づいて柵を兎のようにピョンっと乗り越え、中を覗くために側面から窓を探す。
しかし高い位置にあり、台か何かに乗らないと届きそうにない。
(ルイザちゃんを呼んだ方がいいかな? でももし何もなかったら、あの女の人とルイザを会わせてしまったら……)
それは駄目だと頭を振り払う。
キディアは小屋の玄関に向かう。
直接、中を見てから判断しようと考えた。
もしケミーが暴力を受けていたらルイザに助けを求め、決して自分一人で解決しようと思わない事。ナイフを過信しない事。
(緊張して来た、深呼吸、深呼吸)
速く刻む心臓を、ゆっくりと息を吐いて落ち着かせ、扉に手を掛ける。
途端にまたドキドキは始まる。
(大丈夫、大丈夫、見たらすぐに逃げる、逃げる、逃げる、よし!)
勢いに任せた方がいいと素早く扉を開いた。
キディアの視界には、大柄の男が一人、ルイザと揉めた女が一人、奥に縛られてるケミーが一人が映った。
ケミーは縛られてる以外に何かされてる様子はない。
(な、なんで縛られてるの??)
キディアが想定してたのは女から暴力を受けてるケミー、あるいは女と仲良くしてるケミーのどちらかだった。
縛られているという事はもしや悪い事をした? あるいは悪い事をこれからされる?
と、ここで思い出す。手足を拘束されてあの屋敷に連れて行かれた時の事を。
(どどどど、どうしよう。この人達きっとケミーを売り飛ばす気だ。ルイザちゃんに助けを求めに戻ったらその間に逃げられちゃうかも、どうしようどうしよう!)
混乱して焦るキディアは無意識にナイフへ手を伸ばす。
その時、アニータは目の前のオドオドした兎人に怒声をぶつけた。
「いきなりなんなの! 誰かと思ってビックリしたじゃない!! どうしてくれんのよ!」
「ひいっ、ごめんなさいごめんなさい、わばばばば……」
突然キレたアニータにキディアは委縮しパニックが加速する。
「まぁでもお前で良かったわ。ケミーの仲間でしょ? お前にお願いしたいことがあるけどいい? って聞いてるの! 返事は?!」
「は、はいぃぃい!!! あの、ケミーは私の仲間です。お願いとはな、な、なんでしょうか」
キディアはアニータの剣幕に押され、相手の言葉を処理することに意識を集中する。
「お前の仲間に黒づくめのクソ猫……猫人の女の子がいたでしょ? その子をここに連れて来なさい」
「え、あ、はい……あの、ルイザちゃんに何をするんですか?」
「決まってるじゃない」
アニータは感情のままに吐き出そうとした言葉を喉で止める。
(危ない危ない。馬鹿正直に仕返しをするって言いそうになっちゃったわ。そんなこと言ったら連れてこないわね)
アニータは悪意を見せなければ連れて来るだろうと浅知恵を働かせる。
「……ギルドで殴ったことを謝りたいの」
「あの、その、分かりました。でもケミーはなんで縛られてるんですか? 何か、盗みでもしたんですか?」
キディアはケミーに目を向けるがケミーは視線を合わせようとしない。
ケミーは身に覚えのない窃盗を疑われたことに怒って目を逸らしたのだが、キディアは考え事に忙殺され失言に気づく余力は無い。
(助けを求めてるわけじゃない?)
ケミーの大人しい態度からキディアはそう予想した。
アニータはケミーを縛った理由に窮してたが上手い答えが見つからないまま口を開いた。
「うっ……そ、それはね、どうしてもあの子に来て欲しいの。だからもし連れて来なかったらケミーは大変なことになるわよ?」
「は、はい?」
優しく言ってるかと思えば不穏なことをさりげなく言われ、キディアの脳はなぜそうなるのかと上手く処理ができず、さらに混乱した。
「いいから、早く連れて来なさい!!」
「ひゃ、ひゃいぃぃ~~!!」
アニータの戸惑いが混ざった怒号にビビったキディアは反射的に従い、小屋を急いで出て行った。
ゼラルドは呆れ顔でキディアを見送った後、アニータへ向き、そっと名前を口にする。
「……アニータ」
「どうしたの、そんな声して?」
「もし連れて来るのがギルド職員だとまずいことになる」
「え……? あ……」
アニータはそのことまで頭が回っておらず、どうしようかと焦り始める。
しかしキディアのオドオドした姿を見て、かつて関わった人達のことを思い出す。
(そうよ、ああいうタイプは仕返しを恐れて余計な事はしなかった。あの兎もきっとそうに違いないわ)
無理やり大丈夫だ、と楽観的に考え、自分に言い聞かせるように答える。
「大丈夫よ。あの子ビクビクしてたしきっと大人しく従ってくれるわ!」
ゼラルドは彼女のただの願望に心の中でため息を吐いた。
「念のためあの子が不審な動きをしないか見張ってくる」
ゼラルドはキディアの後をこっそりと尾けることにした。




