69 アニータ 1
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ルイザ達と揉めた後、アニータとゼラルド2名の冒険者チームは丘に複数ある小屋の内の1つ、スライムが全く寄らない小屋の中にいた。
本来は休憩所ではないため椅子などは無いが、2人はちょうど良い高さの木の箱を椅子代わりに座っていた。
中はちり紙や透明な薄い紙の様な袋などゴミが散らかっているが彼らが捨てたわけではなく、過去に誰かが捨てていったものだ。
こんなとこまで掃除をしに来る者がいないためにそのままとなっている。
他の小屋同様にこの周囲一帯も緑で生い茂っているが、スライムが極端に少ないこんな場所に用がある者はまずいないため、小屋までの道は完全に雑草で埋まり消滅していた。
この小屋も他と同様に昔は立ち入り禁止で魔物をおびき寄せるための魔道具があった。
魔道具とは魔力によって動く機械で、それを誰かが持ち出してしまったために今ではここは他の所と違って魔物は集まらない。
そんな人気のない場所でアニータはルイザに殴られて出来た痣をゼラルドの魔術で治してもらっていた。
「どうだ? 痛みは引いたか? まだ見た目は痛々しそうだぞ」
「ありがとう。少しずつ良くなってるわ、また痛くなったらお願い」
ここへ移動中もゼラルドは回復魔術を掛けていたが、彼の魔術士ランク3の魔術では回復効果は薄い。
それでも何度か掛けることで良くなっていた。
「ねぇ、あの黒づくめの猫の子さぁ、なんで私より強かったのかな? まだ子供でしかもチビなのに大人で背の高い私より強いっておかしくない? 絶対あの服でインチキしてるんだわ」
アニータは少々不満そうにゼラルドへ愚痴をこぼした。
冒険者ランクを上げると身体能力に補正がかかり下位ランクの時より強くなる。
Fランクには補正は掛からないが冒険者ランクDのアニータには補正が掛かっており、ランクEが相手なら単純に考えれば勝てて当然だ。
だが現実はそう単純ではなく、体格、筋力量、魔力量、使える魔術の種類など複合的な要因によって勝敗は決まり、ランクAがランクCに負けることもありえる。
とはいえ上位ランク同士でそんなことはそうそうない話ではある。
上位ランクほど努力を怠るという事はなく、常に精進しているからだ。
それでも負けてしまうことがあるのは圧倒的な才能にぶつかった時くらいである。
12歳のルイザはアニータよりも筋力と体格も劣り、剣術も武術も劣る素人で、さらに加えて冒険者ランクはEと下位ランクだ。
しかも捻りも何も無いただの殴り合いでルイザは勝った。
ルイザと戦ったアニータはそれで負けたことが不思議でならない。
「あの子は多分魔術士ランクが高いんだろう。アニータの魔術士ランクは1だろ?」
ルイザの魔術士ランクは5、アニータの魔術士ランクは1だ。
アニータが一方的にやられて負けたのはこの差が大きかった。
冒険者ランクDと言えば大抵の冒険者は魔術士ランク2か3にはなってるのだが、彼女はランク1のままだ。
「そうよ、私の魔術士ランクは1。身体強化が使えるし冒険者ランクもDだからEランクの小学生と変わらない子供に負けるはずないわ」
「普通に考えれば子供相手にお前が負けるはずはない。だがあれだけ一方的にやられたんだから普通じゃないのはお前でも分かるだろ? あれが本当に子供なら天才の類だ」
ゼラルドにはルイザが只者ではないと喧嘩の様子を見て分かった。
アニータが不利になってもすぐに止めなかったのは仲間であるアニータがやられる姿を見たかったと言うのもある。
アニータは怠惰で努力をしないためランクに不釣り合いな実力の持ち主だ。負けて悔しい思いをさせ、負けないように努力しようという気持ちを持たせたかった。
なのでルイザが負けそうならすぐに止めに入るつもりだった。
「いいえ、あれは天才なんかじゃないわ。取り巻きの1人は凄く弱かったわよ?」
「それは……そうだな」
取り巻きが弱いから、というのが理由として通るならアニータの仲間であるゼラルドも弱いという事になる。
意味が分からずゼラルドは反論しかけたがとりあえず堪えて続きを聞く姿勢を維持した。
「だからさ、あの怪しい格好に秘密があるのよ、きっとあれは魔道具! あれがあれば私だって強くなれるはずだわ。古代遺跡にそういうのがあるんじゃない? 今度探しに行ってみようよ、ね? ゼラルド!」
アニータは実力で負けたことを認めたくないために別の要因を探し始め、フリルがたくさんついたあのゴスロリドレスの力だと言い始めた。
(実力の差で負けたと納得して努力してくれりゃいいんだが……どうしたもんか)
アニータとは長い付き合い――チームを組んだのは2年程度――だが努力らしい努力をしてる姿を見たことはほぼない。
ランク1ではなく魔術士ランク3でもあればルイザに勝てたかもしれないと彼は思った。
「そういう魔道具は高価でおいそれと俺達が手に入れられる物じゃないんだ、諦めてくれ。それに古代遺跡はリスクが高い。もう少しお前が強ければどうにかなるかもしれないが今のお前を守れる自信は俺には無い」
もう少し努力してくれ、と遠回しに訴えるがそんな伝え方では通じないというのは経験上分かってはいた。
何度も直接分かりやすく言うと反発されて嫌われるのを彼は恐れていた。
「ワガママ言ってごめん。でも私が負けたのはやっぱりあの服が原因よ! 私も欲しい!」
(そもそもそんな便利な道具って本当にあるのか? 魔道具だと思って買ったら何の効果もなかったって話しか聞いたことが無いんだが……。もしあったとしても俺達には縁はないだろうな)
そもそもゼラルドはそんな魔道具が存在するとは信じてはいなかった。




