68 キディアはどうにかしたい 2
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他の小屋へのルートは草の間を線のように伸びる土の道が教えてくれる。
ケミーはそれを頼りに進んでいく。
キディアはケミーの後ろ姿を捉えながら少し距離を空けて追いかける。
別行動をした方が効率がいいのは分かってるがケミーと少しでも仲直りしたいという焦りがあった。
(でも、なんて声をかければいいんだろう)
焦りはあるが話題は何も思いつかない。
常に近くにいれば小さなきっかけで話が始まるかもしれない。そんな期待を抱えながらついていく。
もちろんケミーはキディアがついて来ていることには気づいている。
(気まずい、先にキディアを歩かせようかな? でも後ろを向かなければ顔を合せないで済むし……あ、スライム発見)
と、思いながらケミーは途中に遭遇したスライムを見つけては、突き刺し、引き裂いて倒していく。
「まろおおぉぉぉぉ」
「うるさいっ、気持ち悪い! さっさと楽になれ!」
最初の1匹は怖がりながらやっていたが、2匹、3匹と数をこなしていくうちに慣れ、淡々とこなせるようになった。
キディアは後ろから付いていくだけなので先を進むケミーに獲物を取られ、まだ何も出来ていない。
その事に気づいたケミーは何もしてないキディアに対して苛々が蓄積していく。
(でもルイザちゃんに言われた方角はこっちだし、私の後ろにいるし、仕方ないか)
小屋は複数あると言ってたのでそのうち自分とは違う小屋に行くだろう、ケミーはそう思いながら進んでいく。
しばらく歩くと先ほどの小屋と似た十数本の木で囲まれてる小屋に到着した。
ここもルイザのいた所と同じように鉄の柵で囲われておりスライムが密集している。
(なんでスライムは小屋にあつまるんだろう? まぁいいか。それよりも……)
ケミーは疑問を一旦隅に置き、横目でちらりとキディアに目を向ける。
先にこの小屋に着いたのはケミーだ。魔石集めは場所を分担して行うので後から来たキディアは別の場所に向かうべきだ。
しかしキディアはここから動く気配がない。
オドオドとした様子のキディアに苛立つ声をぶつけた。
「ルイザの話は聞いたでしょ?」
「え、あ、うん」
明らかに不機嫌な声にキディアは委縮する。
「持ち場を分けるって話。キディアがここでやるなら私は別の所でスライムを倒すから」
危険性が全くない魔物なので同じ場所で活動をするのは1人で十分。
ケミーはさらに遠くにある小屋へ歩き出した。
そう言われてはキディアはこれ以上付いて行きづらい。
何か話したい、このままじゃ行ってしまう。
とりあえず呼び止めよう。そう思い声を発する。
「あ、あ、あの……」
ケミーは反応して立ち止まった。
キディアは呼び止めるために声を出しただけなのでそこから続く話題は用意していない。
キディアの途切れた言葉、続きは何を言い出してくるのだろうかとケミーは不安になる。
スライムの倒し方はルイザが説明したのだからそれ以外のことを恐らく聞いて来るだろう。
そうなると密猟おばさんとのやりとりのことでまだ何か言われるのだろうか。
ケミーはきつい言葉に備えて心の中で身構える。
が、キディアはなかなか言い出してこない。
少し待つとようやく口が動いた。
「その……、あのね……」
場を繋ぐために発した言葉。
無計画な故にそこでまたも途切れ、続きの言葉は出ない。
ケミーが不安なのと同様にキディアも段々と不安になる。
なかなか話を切り出さないキディアに対して、言い出しにくい事なのだろうか、とケミーは考える。
大事な事を言うためにわざわざ誰にも邪魔されないこの時を狙ったのかと。
何を言われるのかと、不安な気持ちのまま待たされる。
鼓動は速くなり、1秒が普段の1秒よりも長く感じ始める。
この不安な状態から逃げ出したいケミーは続きを言い出さないキディアを無視して歩き始めた。
動き出せば焦って言ってくるだろう、そう思っていたがそんなことはなかった。
(なんで声を掛けてきたの?)
疑問に思いつつケミーはこの場を離れていった。
「あ、行っちゃった……」
キディアはポツンと1人佇み、小さくなっていくケミーの後ろ姿を見つめる。
(今更ケミーと違う孤児院に行くってのは……出来ないよね。……私が我慢すれば全部丸く収まるんだ……)
最初にエリンプスの孤児院行きを決めたのはキディアだ。後からケミーと同じ孤児院になったことはギルド職員から聞かされた。
元々キディアが行くのはマリア達の所だったのを変更したのだから我儘を言い過ぎても良くないと思い、これ以上の注文は言い出せなかった。
(15歳になれば孤児院から出られるんだし、1年……1年だけ我慢すればいいんだ)
孤児院には年齢制限がある。14歳までは出られない、20歳からは出なければいけない。
とは言っても入ったのが15歳の場合は16歳にならないと出ていくことは許されない。キディアは14歳の半ばなので15歳半ばまでは孤児院にいなければならず、その間は文字の読み書きや数字の計算などの基本的な事を学ぶことになっている。
(……もう我慢したくないな)
とは言え孤児院に行かなければどのように生きればいいというのか?
キディアには全く分からない。
せっかくステラに救われたのだから、しっかりしようと思った。
それに孤児院のある町はステラのいる町だ。
ステラとは良好な関係だと思ってるキディアはたまにはステラに会いに行けると気持ちを切り替える。
と、キディアはここに来た理由を思い出し、柵の近くのスライムに意識を戻す。
「まろぉぉ」
「まろぉぉぉぉ」
「まろおおぉぉ」
キディアに気づいたスライム達はゆっくりと跳ねて近づいて来た。
キディアは一瞬怖気づき、一歩後ずさるが先程のルイザの教えを思い出す。
(大丈夫、大丈夫。この魔物は絶対安全)
キディアは冷静にくだものナイフを取り出す。
周囲をグルグルと跳ねて回るスライム目掛けて突き刺した。
「まろおおぉぉ」
刺されても特に苦しんで暴れるということはない。
「次は切り裂けばいいんだっけ」
思いっきり力を込めスライムから黒い霧を噴出させる。
「まろおおぉぉぉ……」
裂かれた部分から少しずつ黒い霧が漏れ出し、スライムはしぼんでいく。
「上手くいった!」
そう思った直後、黒い霧の量が減り完全に止まると、小さくなるのも止まった。
スライムは再び周り出す。
「あ、あれ、今のじゃ駄目なの?」
もう一度突き刺し、次は消滅するまで何度も切り裂く。
そして魔石だけを残して消え去った。
キディアは魔石を拾うと達成感で少し嬉しくなり、先ほどの不安な気持ちは少し薄れた。




