67 スライム 1
10分ほど歩くとルイザ達は一帯を草が生い茂る丘の麓に着いた。
丘を登り始めると中腹辺りでケミーは振り返る。すると少し遠くに冒険者ギルドと周辺の建物が目に入った。
「いい眺めだねぇ~! 高い所ってなんかワクワクするね!」
風に髪を揺らしながらケミーは楽しそうに言った。
キディアも振り返って何か言ってたがその言葉は誰にも届かず風に紛れた。
「馬鹿と煙は高い所が好き、とか言いますわよね……あ、いえ、その、ケミーのことじゃないですわ。高い所って気持ちいいですわねー。あー、私はきっと馬鹿なのですわー」
ルイザは失言に気づくと気まずそうな表情を作った。
「いいよいいよ、あたしってルイザと違って馬鹿だし、そんなことよりもあっちにでっかい建物がいっぱいあるけど、あれってルイザちゃんの言ってた研究所なのかな?」
フォローが下手だなと思いながら笑顔で対応したケミーはさらに遠くの方を指で差すとルイザに質問した。
「大きいのがあちらこちらにあるのが研究所ですわ。どうせ入れないので行っても意味がないですわよ」
建物同士は森で隔てられ密集はしておらず距離を開けて点在している。
「そうなんだー、じゃあステラちゃんは何しに行ったのかな?」
ケミーは疑問を口にするが誰も答えない。
風に揺られる草の声だけが耳を通り抜ける。
キディアはステラの目的は知らないが兎耳をピクピクとさせ、何か言いたげにしている。
(何か言った方がいいかな? でも分からないのに予想だけで言ったらどう思われるんだろう)
今は気軽な言葉さえ彼女にとっては出しづらい。
それでも何か言わなきゃと焦るが怖気づいて口が開かない。
ケミーはそんなキディアの気持ちなんか分かるはずも無くルイザに答えを催促する。
「ねぇルイザちゃん?」
「私に聞かれても困りますわ、ですがやはり研究施設の方に行ったんじゃないかしら」
常に一緒に行動してるケミー達が分からないならルイザが分かるはずもない。
思い当たることと言えばやはり研究施設くらいしかなかった。
しかし関係者以外は立ち入り禁止なため、何もできずに戻って来るだろう、とステラの残念そうな姿がルイザの頭に浮かんだ。
「あんな子のことよりも魔石ですわ! 魔物を探しますわよ!」
ルイザはいつもは孤独な魔物狩りだが、今日はケミー達と一緒なので嬉しさで声にも気合が入る。
「ルイザちゃん、あっちに森があるけど魔物がいっぱいいそうじゃない?」
少し離れた場所に森がある。
森なら生き物が多いし、魔物も多いと思ったケミーは尋ねた。
「動物や虫などと違って魔物は森だからと多い訳ではありませんのよ。近くにたくさん集まるところがあるから、まずはそこに向かいますわ!」
しかしその想像は否定された。
別に森に入りたいわけでもないのでケミーは落ち込みはしない。
ただ単に話をしたいがためだけの声掛けだった。
丘をさらに登ると畑や川、整備された運動するための公園が遠くに姿を表した。
この丘からはそこへの道は舗装されてはない。
しかしこの丘から頻繁に人が出入りしてるのが草が剥げて土が露出した地面から見て取れる。
土が露出した道は近くにある鉄の柵で囲われた謎の石造りの小屋にも繋がっていた。
ルイザの目的地はその小屋の周辺だ。
小屋周囲の地面は綺麗に敷き詰められた石畳になっている。
遠めに小屋を見つけるとケミーは尋ねる。
「あの小屋で休憩は出来るのかな?」
「休憩所ではありませんわよ。入口は厳重に封鎖されてるから入ることはできないのですわ」
「え、じゃあ何のための小屋なの?」
「私も知りませんわ」
小屋へ徐々に近づいていくと柵の周囲に蠢く物体を発見する。
頭頂部に魔石の付いた透明で液体の様な丸い物体が集まっていた。
焦点の定まらない目が2つ付いており、口もある。しかし足は無い。
ぷよんぷよんという音を出しながら跳ね、水のように全身が揺れ動く。
「なんか変なのがいるけど、魔物?」
ケミーが呑気に尋ねる。
「あれはレンゼイスライムという名のスライム型の魔物ですわ。さあ、近づきますわよ」
ルイザは楽しそうに草と草の間にある禿げた道を進む。
レンゼイスライム――スライムの高さはルイザの膝くらいで横幅も同じくらいの長さをしている。
ルイザに気づいたスライムはか細く高い変な声を出し、ぷるぷると体を揺らす。
「ま……まろおおおおおぉぉぉぉ」
「うおっ、魔物って声出すんだ……声も変だね、何て言ってるんだろ」
ケミーは少し驚く。
スライムは目でケミーを捉えようとするがグルグルと周り焦点が合わない。
ルイザはスライムが安全であることを証明するために右手を近づける。
「ルイザちゃん!? 危ないよ!」
「言ったでしょ? ここの魔物は安全だって。大丈夫ですわ、スライムに攻撃能力は一切ないから」
ルイザはスライムの口に手を突っ込む。
しかしスライムの口が動きだして咀嚼する様子はない。
その口はただの発声器官で歯や牙などはない。
ルイザは指に力を入れて口の内側を掴み、腕を高く上げた。
「ほら、全然痛くないですわ。痛かったらこんなことする余裕なんてないはずですわよね?」
そう言った後、手を入れたままスライムごとグルグルと腕を振り回し始める。
次に勢いよく腕を振り下ろして手を離すとスライムはバケツの水を床にたたきつけるような音を出して地面に平たく伸びた。
「うわぁ、ルイザちゃん過激だねぇ」
「何言ってるの、この魔物はこの程度で死なないのですわ」
言葉の通り少し経つとスライムは徐々に元通りの丸の形に戻り、再び跳ねた。
「まろぉぉぉ……こぉぉぉ」
「ほ、本当だ。ここまでやって生きてるなんて……しぶとさがアレみたい」
「あれ? とは何かしら」
「い、いや、名前を出すのも悍ましいアレだよ、あの虫」
ケミーは苦い顔をしながら、薄くて動きが素早いギザギザの足の虫を思い浮かべる。
そいつは夜の暗闇に現れ、叩いても死んだふりをし、しばらくすると動き出して逃げ出すのだ。
「よく分かりませんが怖いなら考えないようにするといいんじゃないかしら?」
「なるほど、ルイザちゃん天才だね!」
ケミーは何となく反射的にルイザを褒めた。
「この程度のことで、て、天才だなんて、ば、馬鹿にしてますのぉ?!」
ルイザはこんな単純なことで褒められたのが恥ずかしくなり、照れながら言い返した。




