60 情緒不安定? 2
「……うん、大丈夫だよ。驚かせてごめんね、ちょっと忘れ物を思い出してビックリしちゃった。気にしないでね、それにしてもリーザのその恰好はちょっと変わってるよね」
クロエは立ち直ったかと思ったら今さら容姿に触れて来た。
この恰好は服装に意識を集中させて顔の印象を薄くさせるためのものだ。だからちょっとどころかかなり変わってるのだけど、やんわりと指摘されたのは気を使われたんだろう。
「うん、自分でもそうだと思ってるよ。色々試してみたんだけどこれっていうのが無くて、私ってセンスが無いかも」
「そ、そんなことないよ。色々挑戦するのはいいことだと思うよ、うん! じゃあ私の服はどうかな?」
クロエは立ち上がると全身を見せるためにゆっくりと回転した。
客を迎えるには特に問題ない普通の格好だとは思う。
ステラはちょっと古臭いとは言ってるけどそれを正直に言うのは失礼だろう。
「似合ってるよ」
伝えるとクロエは笑顔になった。
それにしてもなぜ初対面の相手に昔からの知り合いみたいな態度を取ってるんだろうか。
やっぱり私のことに気づいてるよね? じゃないとそんな馴れ馴れしくはしないはず。
だとしたらどこを見て私が憑依していると思ったのだろう。
「ねぇクロエ。もしかして……気づいてたりする?」
意味深な謎の私の質問。なんて答えるだろうか。
私の問いにクロエは止まり、戸惑いながら問い返して来た。
「何がですか? それとも私が……あ……いえ、なんでもないです」
クロエの返事も意味深だった。
私が幽霊だとは気づいてないのか? それとも気づいてないふり?
あとクロエも何か隠してるっぽいな。
気にはなるけど知ったところでもう会わないだろうし聞かなくてもいいだろう。
クロエはしばらく斜め上を見つめる。私の質問の意味を考えてるのかもしれない。
何か閃いたのか彼女は口を開いた。
「あっ! もしかしてその恰好には深い意味があったのかな?」
「意味なんか無いよ。さっきも言ったけど多分私のセンスがないだけだよ」
私は服のセンスを否定し、笑って誤魔化す。
この様子だと私が幽霊ということには気づいてないかもしれない。
気づいてるなら流石に指摘してくるよね。
気づいてないとしたら馴れ馴れしい理由はなんなんだろう? 本当に友達だと勘違いしてるってことか?
ん~、訳が分からない。
それから少しの間他愛もない話をしていく。ほぼ初対面というのもあるからか話題が続かなくて程なくして沈黙の時間が増え始めた。気まずくなったのかクロエはお喋り以外のことを提案してきた。
「……あの、リーゼ、ゲームやらない? 私一緒にやってみたいゲームがあるの」
クロエはそう言うと準備に取り掛かる。
日に焼けてない色白のクロエを見るにきっと室内で出来るゲームだろう。一緒にやるゲームとなると対戦形式のボードゲームの類だろうか?
そんなことを考えてるとステラが名前を間違えられたことに嘆く声がわざとらしく頭に響く。
(また名前間違えられてる、さっきはちゃんと呼べてたのにどうして……?)
(名前何てもうそれでもいいでしょ。そんなことより今の時代のゲームって私全然知らないんだけどどういうのがあるかな?)
(どういうのって言われても……リバーシは学校でみんなよく遊んでるよ)
(リバーシ?)
ステラがリバーシについて説明してくれたけど言葉だけではよく分からない。
実物を見ないと理解できそうにないので途中で説明を聞くのを止めた。
クロエに意識を向けると意味不明な物を置いていた。
「なにこれ?」
「え、ビデオゲームだけど……知ってるでしょ? はい、これどうぞ」
クロエはボタンがたくさんついた固い変な物体を渡してきた。
長方形に長く、角は丸みがあり、全体の形は四角形、横にすると両端は少し下に太めに出っ張っている。
真ん中の上部分からは太い紐? 管? っぽいものが伸びていて棚の中にある四角い箱に繋がっていた。
(なにこれ? ステラは知ってる?)
(私が知ってるのとは少し違うけど、この特徴はビデオゲームかもしれない)
(ビデオゲームって何?)
(デシリアの時代にはなかったんだね。あとコントローラーは縦に持つんじゃなくて横に持つんだよ、左の出っ張り部分は左手、右は右手で掴んで、そうじゃない、それは違う上下逆だよ。出っ張り部分が下に来るように持つんだよ、そうそう、これで親指でボタンが押し安くなったでしょ)
ボタンを押して何をするんだろ?
私が変な持ち方をしてたからかクロエが笑いながら話しかけて来た。
「面白い持ち方してるね、もしかして触ったことなかった? でも私にゲームを知らない友達はいなかったような……あれ? でもリーゼは私の友達だし……」
またも不穏な空気がクロエから漂い始める。
「いや、触ったことはあるんだよ、でも久々だからど忘れしちゃって、ははは」
私は言い訳するけどクロエはそんな私の言う事を聞かず明後日の方を向いて固まっていた。
今更ながら友達じゃないってことに気づいて私の事を追い出そうとでも考え始めたのか?
「あの、クロエ? ゲームやらないの?」
私はクロエの余計な思考の邪魔をするために声を掛ける。
少し待つと彼女は突然笑顔を浮かべて振り返り、四角い箱とディスプレイの操作を始めた。




