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01




 暗い林の中を抜けると、広い芝生の広場に出た。

 夜空には満月が出ていて、男の影は芝に映っていた。

「待ちなさい!」

 後ろから、若い女性の声がした。

 その声の女性は、白い小袖に、赤い袴を履いている。いわゆる巫女の恰好をしていた。

 男は無言で振り返る。

 男の頭には真っ黒い目出し帽がかぶされていて、表情は分からなかった。全身は、色が黒いものの仕立ての良いスーツを着ていて、そのニットの目出し帽だけが浮いて見える。

「その女性を離しなさい」

「……」

 目出し帽の男は、少女を肩に担いでいた。

 白いシルクの寝間着には透かし模様が細かく施され『H』の飾り文字が浮き出るように刺繍されている。肩の上で揺すられているにも関わらず、何か薬で眠らされているようで目覚めない。

「私の大切な女性(ひと)を返しなさい」

 巫女は懐に手を入れると、鈴を取り出した。

 それは『鈴』と言っても、根付に使うような小さな鈴一つではなく、取っ手のついた棒状のものに沢山の鈴がついた『神楽鈴』と呼ばれるものだった。

 右手で柄を持ち、左手の手のひらに先端を当てると、両手で押し出すように前に突き出した。

 左右の手を開いていくと、神楽鈴の先端が光を発して伸びていく。

 光っている部分が、一メートル近くなると、巫女は手首を返して切っ先を、男に向けて構える。

「覚悟しなさい」

 目出し帽の男は、担いでいた少女を芝生の上に横たえると、腰に下げていたナイフを抜いた。最初は左手、そして右手。両手に一本ずつナイフを持った。

 巫女が足を踏み込もうとした気配を読んで、男が全力で間を詰めた。

 対応がワンテンポ遅れた巫女は、男が交互に袈裟切ってくるナイフを神楽鈴で弾くのが精いっぱいだった。

 男は、時折、突くような動作を交えると、巫女はじりじりと後退する。

 広い芝生を追われ、もう背後に林の木々が迫っていた。

 このまま林に入れば、巫女の持っている長い武器は不利に働く。

 巫女は焦りを感じていた。

 男の攻撃は、手を緩めることはなかった。まるで疲労を感じないかのように、つけ入るすきを見せなかった。

 巫女は状況を打開するために、大きく後ろに飛び退く。

 神楽鈴の剣を大きく振りかぶり、一転、目出し帽の男へ切りかかる。

 満月の光のなか、交わる影と影。

 二人の動きが止まる。

「ぐっ……」

 倒れた影は男の方だった。

 巫女が倒れた男を問い詰めようと振り返る。すると男の姿が黒い泡となって、芝生の下へ消えていく。

「!」

 地震かなにか、大きな揺れを感じて警戒する巫女。

 揺れだけではなく、地響きが聞こえたと思った時には地面は割れ、少女が飲み込まれた。

「あっ!」

 大地の裂け目から、大きな翼を持った翼竜が姿を現す。翼竜の右の前足には、少女が握られている。

 翼竜が大きく息を吸い込むと、胸の毒だまりが膨らんだ。

「まずい!」

 そう言って巫女は神楽鈴の剣を構えた。

 翼竜の牙が開き、口の中で上下の歯の間に電荷が飛び交った。

「!」

 巫女は必死に後ろに走り出した。これから翼竜が何をするのかが分かっているのだ。

 翼竜の口がさらに大きく開くと、歯と歯の間で飛び交う電荷で火が付いた高温のブレスが吐き出された。

 巫女がいたあたり一面の芝が燃えている。枯れた芝ではない。生きた芝が燃え出すほどの火力。

 ゆっくりと首を振り巫女の位置を確認する翼竜。だが、遅かった。

「これが私の必殺技…… アルティメット・インパクト!」

 翼竜のはるか上に飛び上がった巫女が、振り上げた剣を振り下ろす。

 剣は弧を描きながら、同時に切っ先が伸び、届かないと思った翼竜の体を真っ二つに裂いた。

 右前足が力なく開くと、少女が落ちていく。

 少女の影は、もう一つの素早く動く影と重なり、消えていく。

 翼竜は自らの毒だまりが発火し、燃え上がっていた。

 紅蓮の炎に焼かれている翼竜を見ながら、巫女は抱えていた少女に口づけする。

 すると少女は目をさまし、炎の中で息絶えていく翼竜に気付く。

「それでは」

 巫女は少女を下ろすと、去っていった。

 満月に影だけを残して。




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