かくれんぼはショッピングモールの中で あの、買ってください!
「ひどい…」
「な、何だこれ……」
見た瞬間、言葉を失ってしまう。そこには、何十人という人の亡骸が転がっていた。
「制限時間を過ぎてしまいました…。よって何の罪もない人が亡くなってしまいました…非常に残念です」
儚げに言ったのは、亡骸を挟んだ反対側に立っていた人物だった。その人物は片手に長い棒らしきものを持っていた。こいつが今回の事件を引き起こした犯人に違いない。
「制限時間……」
「制限時間って、そんなものあったかしら……」
「「あーーーーーー」」
お互いに顔を見合わせ、忘れていた条件を思いだす。
確かに事件が起きた最初に制限時間は30分とかなんとか言っていた。
「うぅ、うう」
人のうめき声がする。まだ生存者がいるみたいだ。とりあえず人助けを優先させる。かろうじて生きていたのは女性だった。中学生くらいの女の子で、急所は外れているようだ。
「大丈夫か?」
彼女をそっと抱き寄せ声をかける。すぐに反応とはいかないが、こちらの声は聞こえているようだ。まぶたがピクピクと反応していた。
「こっちは俺に任せてくれ。ルシアはそっちのヤバそうなのを頼む」
さすがに魔法を使う敵との戦闘は無理だ。せめて人助けぐらいは役立ってやる。
「分かったわ。この名探偵ルシアに任せて! あんな奴、私の魔法で一瞬よ」
魔法を使うヤバそうなのはやる気満々のルシアに任せた。多少はルシアの方も心配だが、俺が今すべきことは怪我を負ったこの女の子を救う事。幸いなことに彼女は出血量も少ない。このまま、出血を止めることでひん死の危機は乗り越えてくれるだろう。
「おーい、大丈夫か。おーい、生きてるか。おーい」
声をかけながら手当をする。声を出すまでとはいかないが女の子もそれなりに反応しようとしていた。
「よしっ! 一先ずこの女の子を安全な場所に運ぶか」
ぐったりした女の子を背中におぶさって戦闘区域外まで運ぶ。人ひとり運ぶのは苦労する。まだ、女の子ということもあり、多少は俊敏に動けるのだが、これが男だったら亀のようにノッソリとしか歩けなかっただろう。てか、男だったら助けてないかも知れない。
「…ぁ、ぁの」
出血が止まり、体温も安定したのか。背負っている女の子が意識を取り戻した。
「あ、あの」
声は次第に大きくなり肩を掴む手にも力が込められる。
「人助けの心意気は素晴らしいものですが、油断大敵っすよ〜、お兄さん!」
流暢な日本語に振り向いた瞬間、光るものがお腹に突き立てられる。
「ぐはっ!……ごふっ!」
女の子は俺の背を踏み台にして素早く飛ぶとピンピンの姿をアピールしてくる。
「屍丸参上。で、どうでした? 私の屍変化の術。厳密にいうと屍じゃなかったんですけど。騙されたっすか? ふふっ」
なんとまぁ、ルシアの勘が当たり、こいつも敵だった訳だ。こりゃ一本取られた。敵を治療した挙句、自分が刺されるとか情けない。
いずれにせよ、ピンチだ。この痛みからして相当量の血が流れ出ているはず。このまま出血多量で死んでしまうのか。まだ、やりたい事あったのに。死ぬのは嫌だなぁ。死ぬのは……。
生きていた証として十八年分の思い出が走馬燈のように流れると思い目を閉じた。しかし、次第に痛みが引いていく。
「ん?」
目を開けて手探りで刺されたお腹の当たりを触ってみる。おぉ、血が出ている。ドバドバだ。なのに痛くない。なぜだ?
「ああああああああああああああああ!!」
だまし討ちしてきた屍丸がナイフを見て声を荒げている。
「…しまった。これ……マジックナイフじゃないっすか。下手こきました〜」
「屁こいた? 大変だ、鼻つままねぇと」
「こいてねぇっす!!」
鼻をつまみかけたところ、声を大にして焦った様子で言ってくる。違ったらしい。
びっくりした。まぁ、こんな中で屁をこく奴なんていないもんな。
「それはそうと…ナジックマイフだと?」
鼻をつまんだまま、その単語を口に出す。すると、屍丸が近づいてくる。そして、顔をズイッと寄せてくる。近いよ。
「マジックナイフって何だそれって顔してるっすね〜。では、この屍丸が説明して差し上げますが、鼻をつまむのはやめて下さい…屁なんてこいてないですから」
突然始まったマジックナイフ説明会。ん〜、何というか、こいつアホなのか。こいつアホだよな。大切な事なので二回言いました。
「おほん、まずマジックナイフとは、小さい頃に遊んだ経験からご存じだと思いますけど、刃が引っ込むやつの事を言うっす」
屍丸はそう言いながらナイフの先を押し込んだり、離したりする。すると、赤い液体がピューと噴射される。
「でっ! 今回のは私が改造した血糊付きマジックナイフなのです!」
なんだそのドヤ顔。可哀想なんだけど、それ日本でもう発売されてたような気がする。
「そして、何を隠そう何と魔界で絶賛爆売れ中っす。お値段、なんと250ルキフなんすよ〜」
…どうでもいい。色々説明してくれた(頼んでない)けど。250ルキフが安いのか、高いのか分からん。
「どうですか? 今なら150ルキフでお買い得っすよ〜」
横たわる俺の前にマジックナイフを見せびらかしてくる。これは遠回しに買えと言っているのか。
マジックナイフ。刃の部分を押すと引っ込むという多分、ドッキリアイテムらしいが、一体いつ使うんだよ。
「いや、いらん」
「そ、そんなこと言わないで下さいよ。これの開発費2000万ルキフもしたんですから。是非、この機会に買ってください! お願いするっす」
血糊が出るマジックナイフの開発に2000万。やはり、こいつアホだ。ルキフが日本円にしてどのくらいになるか分からないが、おもちゃに2000万はアホだな。
「……借金を返すためにも」
今、こいつボソッと借金とか言ったぞ。
「ところで、屍丸とやら、爆売れは嘘なのか」
「…はい」
あっさり認めやがった。ここはもっと誤魔化して欲しかった。
「あの、お願いします。在庫処分したいので買ってください」
真実を告白しながらも尚、ナイフを買えと迫ってくる。もはや、押し売りだ。
「いや、だからいらないって」
「そこを何とかぁ〜。借金返せって借金取りが毎日家に押しかけてくるんです〜。あなたを殺そうとした事は謝りますから、私を助けると思って買ってください、お代官様」
やっぱり殺そうとしてたのか。アホで良かった。てか、誰がお代官様だ。思いっきり悪者じゃねぇか。
そんな屍丸には悪いが、
「お前が大変な状況にあるっていうのは分かった。しかしだな、そのマジックナイフを買ったとして何に使うんだ? おそらく、いや、絶対使い道はないだろ。だからいらねー」
さてと、ルシアはどうなってるだろうか。ここからだと分からないな。よしっ、行ってみるか。
「そこを何とか主どの〜」
号泣しながら立ち上がった俺の服を掴んでくる。誰が主だ。俺がいつお前の主になったんだよ。しかも、こやつどうやら買うまで逃がさないというつもりか。面白い、屍丸が粘り勝ちするか、俺が買うか勝負だ。
「ねぇ、あの子可哀想じゃない。買ってあげなさいよ」
と肩をポンと叩いたのはルシアだった。
「おう、ルシア。………って、何でここにいるんだよ」
「何? いたら悪いの?」
いたら悪いとかそういう問題ではない。任せた戦闘はどうなった?
「戦いは?」
「あぁ、そうよね。それは…」
ルシアが後ろに視線を向ける。すると後ろから長い棒のようなモノ(ようく見るとライフルでした)を持った黒髪で褐色のルシアとは違って大人びた様子の美人女性が現れ、
「初めまして、都々坂緋色さん。私はテイルズ。テイルズ・ヴァレリアと申します」
自己紹介された。
「都々坂緋色です…」
つい癖で自己紹介をしてしまった。まぁ、自己紹介されたらこちらも名乗るのが日本人だからしょうがない。一言で言えば名刺交換的な感じだな。
「は? あれが全部演技だった。あの死体の山も? 全部?」
「…はい。緋色さんからルシアお嬢様を取り戻すための罠だったんです」
「なら、屍丸の押し売りもか」
そう言って目線を屍丸に送る。
「あ、あれは本当ですよ。なので一本買ってください。150ルキフのままにしておきますから。それに後できっと、何かの役に立ちますから。それと〜っすって言うのは設定でした」
いや、どうでもいいよ。語尾に〜っすを付けるか付けないとか。
「だからいらないって〜」
「…私買うわ」
「え!?」
「ルシアお嬢様が買われるのでしたら私も買いましょう」
「え!?」
「さぁ、後は主どの。貴方だけですよ。フッフッフ」
うぬぬ。3体1とは卑怯な手を使う。く、くそったれー。
「ひ、一つください……」
「毎度ありぃ!!」
戦いに敗れた俺は150ルキフを支払った。幸か不幸か日本円と同じだった。150円でマジックナイフ。高いなぁ……。
そんなこんなでショッピングモール事件発生から一時間が経った。今、俺はルシアと今回の騒動の巻き起こした屍丸、テイルズと優雅にコーヒーを飲んでいる。
「では、屍丸の押し売りも終わったようなので、魔界への手配をしてきます」
テイルズはカフェラテを飲み終わると席を外した。ねぇ、今、ちゃっかり酷いこと言ったよね。屍丸の押し売りも終わったとか何とか。まぁ、いいか。
なぜ、そんなことになっているかと言うと、少し話を溯ろう。ルシアとテイルズが現れた頃まで。
「で、何でそんなお友達みたいになってる訳?」
「いやぁ、それがね。この人、お姉ちゃんの直属の部下でさー。それで何でこんな事したのか聞いたの。そしたら、緋色が誘拐犯だから殺すか拘束するかしてルシアを取り戻せって魔王様から命令されたっていうから、急いでそれは誤解よと説得したの」
俺が誘拐犯だって? 冗談じゃない。こっちは巻き込まれた方なんだけど、ってその魔王ルカとやらに言ってやりたい。
「では、その魔王様に会いに行かれますか?」
テイルズの何気ない一言が周りの空気を一変させた。
「ま、魔王様に会いに行くだと」
「はい…今、緋色さんが巻き込まれたんだぞ、この野郎と魔王様に言いたいと心の声で仰っていましたので」
「聞こえてたのか。そのお誘いありがたいがお断りする! そんな危険人物に会いに行ったら俺が死んでしまう。なぁ、ルシア」
「そうかもね。でも、久しぶりに姉さんに会いたいなぁなんて」
チラ。
チラチラ。
「なんだその行ってくれないかなぁって訴えている目は。まさか、俺に会いに行けとか言うんじゃないだろうな」
「……そのまさかよ。安心なさい、SS級の魔法具を持ってるんだから殺されはしないわ。姉様の機嫌が悪かったら半殺しにはなるかもだけど……まぁ、大丈夫でしょ。私の婚約者だしね」
なんだよ、例え死んでも私責任とりません的な答え。
「それでは魔界への手配をしますので、このショッピングモールの近くにあるカフェにでも入りましょう」
といった会話を経て今に至る。
「お待たせしました。しばらくするとお迎えが来ますのでお待ちください」
魔界へ向かうための手続きを終えたテイルズが元の席に座る。
「すみません、カフェラテを下さい」
テイルズは余程このお店のカフェラテが気に入ったのか、二杯目を注文した。
「お迎えが来る前に皆様にお話しておきたいことがあります」
と少々真面目な顔で言い、
「魔王様に会いたがっている緋色さんには残念なお話です。つい先ほど、魔界の都市、イシュタルの商店が何者かによって攻撃を受けました。そこで魔界の本部から人間界にいる私たちに白羽の矢が立てられ、現地に向かうよう指示が出されました。そのため、今から私たちは都市イシュタルの大企業、ドリンクホイホイに向かいます」
「「「はぁあああああああああああああ」」」
いやいや、俺まず魔王様に会いたいなんて言ってないし、魔界の都市イシュタルってどこだし、ドリンクホイホイって何だし、今から行くとか聞いてないし。
もう、何が起こってるのかサッパリだ。