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紅花屋の逸話より  作者: 草のきゅう子
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 初夏の日差しは強い。医庵の入り口には簾が掛けられ、沙綾は表で水を撒いていた。

「うん、やっぱり、もう少し水を汲んでおいた方がいいね。お弟子さんに頼んでこよう。」

 傍らに置いた水桶を持とうと屈んだ時である。

 ふいに影が差したので、上をむくと、異国の服を着た人物が立っていた。頭巾を被り、黒髪は伸ばされ、左耳の後ろで緩く結われている。透き通るような白磁の肌に赤い唇。女神のような容姿は妙齢のようだが、眉は剃られておらず、お歯黒もしていない。こんなに美しい人だけど、独身なのか、と考えたところで、沙綾の脳裏に浮世離れした少年の姿が過ぎる。

「三郎様!?」

「正解。」

 嬉しそうに微笑む三郎の顔は背の高さと声の低さが残念なほどに、女性的な美しさに富んでいる。再会した大蔵が頭を抱えるほど、妹と瓜二つのままに育っていた。

 しばらく呆気に取られていた沙綾ははっとしたように三郎を引っ叩いた。

「正解、じゃないよ!どうしてくれるんだい、この体っ。」

 精一杯背伸びして叩いてもせいぜい三郎の臍あたり。

 驚くべきことに沙綾は五歳児程度の姿となっていた。自尊心から、懸命に島田髷を結ってあるのがいじらしい。

 あの冬の日、確かに体に変調は見られなかった。しかし、一年、二年と過ぎるにつれ、縮む身長、止まる月経、体型は寸胴になり、胸より腹がぽこりと愛らしく出張ってくる。それは時を遡ってゆく成長だった。いつ帰るとも知れぬ少年に嫌悪を覚えることはなかったが、何故のこの仕打ちかと不可解な思いだけが募る日々。無論、転んでただで起きる沙綾ではないので、この姿を利用して、あれやこれや弟子たちに甘えもしたのは余談である。

「父ちゃんが医者でなけりゃ、売られて見世物になったかもしれないんだよ!」

「そうならないと分かっていたから、薬を飲ませたんだ。」

「何でさ!」

「沙綾を誰にもやりなくなかったから。」

「・・・は?」

「沙綾は年頃。世間体もあるだろう。だが、下山を許されるまでに嫁に行かれては困る。」

 三郎の手持ちの薬の中で、沙綾を傷つけずに、尚且つ己の目論見を叶えるものはこれしかなかった。

「若返りの薬だ。成長に要した時間だけかけて、若返り、子種に戻る。効能は老猫で立証済みだ。」

 猫が生き返るという噂はデマではなかったらしい。やはり只人ではなかったか。

「今の私は仙道を修め、不老不死となった身。しかし、沙綾がおらねば永遠の時を生きても意味がない。共に生きてはくれまいか。」

 請う様は傲岸不遜の三郎の言葉とも思えず、ぽかんと口を開くばかりの沙綾。その肩に手を置き、片膝を折ってから、つまり、と一呼吸おいて、言った。

「結婚してくれ。」

 天気は快晴。人通りも良好。5歳児に求婚する男は大いに注目されていた。徐々に沙綾は居た堪れなくなってくる。

「えぇと、つまり、て、そのさ。ほら、あたし、あと5年もすれば、子種になっちまうんだろ?そうだ、子種!子種と結婚ていうのもさ、おかしい、ていうか。子種だしっ。」

 子種と連発する5歳児に、今度は事情を解さない通りすがりの人まで振り返る。三郎はにんまり笑った。

「結婚の目的からすれば、間違ってはいまい?」

 真っ赤になってしまった沙綾を片手で抱き上げ、もう一方の袖で顔を被い隠すと三郎は口付けた。深いそれは、息まで奪い、舌と一緒に差し入れられたものを思わず沙綾は飲んでしまう。

「これで、元通り齢を重ねる体となった。」

 三郎の瞳が、あの日のように翡翠の輝きを放つ。沙綾は悟らざるを得なかった。拒否権はないのだと。

「時が満ちれば不死の薬を飲んでもらう。久遠の時を私と共に、沙綾。」

 あやす様に名を呼ぶ男の何と蠱惑的なことだろう。 

 人身、魂までも弄ばれた様相なのに、沙綾の心は喜んでいる。これが恋ならば何と恐ろしい。

 

 こうして男は少女を異郷へ連れ去って行った。

 愛故に、その姿は伝説となり、金儲けのネタとなった。

 利己的なのはどちらも同じ。


 以下、蛇足。

 仙人は時を渡る。

「5歳の沙綾も愛らしい。大蔵を馬鹿にしておったが、ロリコンの心もここにあるやもしれん。」

「え?ろりこん?」

「未来の言葉だ。沙綾少々の悪戯は許せよ。愛故だ。」

 果たして如何ほどの悪戯か。ご想像にお任せして。幕。

 蛇足を入れたのこの小説が自分の趣味を込めた私小説であるからでございます。ロリコンが好きだから、というわけではございません。はい。お付き合い戴きましてありがとうございました。

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