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人心。
そは、行く末を知らぬ深み。
例えるならば、有象無象の煮込みスープ。生命の母たる海中に等しく、空の向こう側にあるという果てなき宇宙に似たり。
無論、心に三次元なる広さは無し。
深み浅みも例えに過ぎず、眼中に納めること叶わず。
さりとて、我、海の底を知らず、空の外を見ず。
見えぬものなれば、人の心も均しかりや。
狭きと申せど、蟻の巣は見えるは小さく、見えぬは、いと広大なり。
事実即ち奇談。
我は人。
人は無数。
無数の心とは組木を積むが如し。
積めば積むほどに見上げた頭に霞を被る。
楔を抜かば、無情に瓦解し、儚き霞となりゆ。
されど、無数は膨大なり。
人の群は、地を震わせ、空をも掴まん怒涛の群。
いく末は地平を越え、星を越え、無限を越え、掴めぬものを探し至るに成らぬ。
そは、心を持つが故に。
無数の心は積まれゆく理なり。
人心、即ち無限なり。
無限の底を見たものは無し。
無限を従えたものは無し。
無限に敵いたもうたものは無し。
無限。
それは--------
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『我が国家は数ある国の内でも唯一、2世紀という長い間、そして国際的に緊迫の続く今もなお、中立国家という立場を公言している。
我が国は平和だ!讃えるべき事実だ!
その間に内乱はおろか、無益な血は一度足りとも流れることはなかった!』
小さな人混みの中心。車の上に立ち、堂々とした振る舞いでマイクを片手に背広は語る。
『其れは我国には高度な科学力があるからだ!
そして其れをもってして造り上げた"プラント"でなし得た食料かの確保!即ち戦後の飢えを完全かつ永久的に解決したがためだ!
……だがなぜだ?
国家間における戦闘行為の一切に関与しないと言いながら、我国は必要の無い物を持ち、必要の無い研究を積み上げる。
硬く巨大な鋼鉄の人形、すなわち圧倒的な“武力”の保有の事だ!!
我国は誰もが認める平和を享受しながら、他者には何故兵器を向けるのか!?
一の武力は百の利益をもたらすだろう。しかし同時に千の人心を砕き、砕かれた心は万の怨嗟を渦潮に呑み込み、やがては幾億幾兆もの地獄を創る!!
人に必要なのは、利益ではない!!!
千差万別を認めあい、森羅万象、有象無象、一切合切のありとあらゆる隣人を包む人心の"温もり"だ!!!
戦争は終わった!遥か200年も昔に終結したのだ!!
そして、今の我等にはプラントがある!!!
その生産率は、"壁"の向こう側をも豊かに出来る!!!
平和とは、武力の上に建つものではない。平等からなりえるのだ!
武器や壁は人間には無用。
其れを我等が証明するのだ!!!
……変わらねば。…今こそ、私達が変えなくてわ!!』
背広が一層声を張り上げると、周りを囲んでいた人垣も荒波のように揺れ、まるで高台に立つあの男を中心に歪な生き物のようにうねる。
青年は、少し離れた所で、その様子を横目で見つつ、立ち止まることなく敢えて闊歩。しかし、真一文字に結ばれた口の角が僅かに下がっていた。
「最近…増えましたね」
青年は眉根を憚る事なく深く寄せる。
彼は180㎝は超えているだろう背丈の最上部に、引き込まれるような黒の軍帽を乗せ、裾の長い外套の襟には彼が陸軍の中尉であることを示す銅色の星が二つ。曇天の僅かな陽光を浴びて鈍く光る。
短く清潔に切り揃えた髪と、端正な顔から発せられたその声色が若さを現し、およそ聞くものの誰もが、凛々しさを感じる事だろう。
しかし、その凛々しさを纏って放たれた短い言葉には、高らかに理想を語る彼らの言葉に抱く、いちるのもどかしさが滲んでいた。
彼ら【人類平等と差別なき博愛党】は、文字通り"平等"と"悠愛"を掲げた政党であり、昨今において【人類党】と略称して国民の支持を拡大させている野党の議席第一党である。
彼らの人気は、与党を「中身の無い執政」と糾弾しつつも、その他、政党に対しても「足を引っ張る事で息を繋いでいる平凡な大根共」と談じる、いわゆる誇大的なパフォーマンスが、国民を刺激していると説明されている。
彼らの主張は【兵器と壁の撤廃】そして、【食料生産プラントの自国外への解放】。
確かに国内にて平和と平等を浴び続けている連中には、耳障りの良い唄だろう。
だが、この青年は違う。
何故ならば、この青年は国家の運営する軍将校であり、ある一面においては、国家の内外にある問題について必然的に知る所があるからだった。
「……ペテンめ」
だからこそ許せない。
そんな思いから口をついて出てしまう罵りもある。
しかし、放たれた言葉が自身の耳に届いたその時、青年はばつの悪く、一文字をいっそう歪めるのだった。
「……………。」
そっけない返事すら返さずに、やや前方を歩く小柄な男。
しかし、膝下まである長外套に包まれた体躯は、後ろの青年よりも屈強で、広い肩幅が体格の良さを物語っている。
「申し訳ございません。要らぬ発言でした」
思わず出てしまった言葉に、白く息を吐いて上官に訂正を述べた。だが、対する男は振り向く事なく片手を軽く挙げて、ひらのひらと振って見せる。
「構わん。行軍ではない。」
着くまでの一時、私の暇が潰れてよい。男は低く響く声で、くっくと笑って見せたが、寒さ凌ぎに立てられた外套の襟と、目深に収まった軍帽からは、眼鏡が僅かに覗くばかりで、その表情は伺い知れない。
わかるのは、男が銀の一ツ星を頂いた少佐であることと、磨かれたブーツの底が、かつかつと石畳を叩き続けるまでは、まだ目的地に至らぬということだけだ。
沈黙がこの二人の軍人にまとわりついて、居心地の悪さで青年将校の気持ちを徐々に滅入らせて行く。
しかし、幾分か進んだ頃、歩道と敷地を隔てるフェンスに括りつけられた板を見つけた。板に書かれた文字を一瞥すると、中尉は再び白いもやを吐き出した。
「少佐殿は……どう思われますか?」
中尉は上官に問い、彼らは立ち止まって其れを見た。
“平和に壁や戦車はいらない!”
「公共の慰みになるのはいつもの事だ」
やや下がり落ちた眼鏡を直しつつ、こういった表現に付き合うのは己等よりも上の連中だ、と付け加えてからまた歩き出す。
「…私はなんとも思わん。」
そして返事は「興味がない」だった。
中尉は、そんな素っ気ない相棒に対し、目の前が僅かに暗くなるのを感じて、蟻に聞かせる程に小さく呟いた。
「…だったら。……俺達は、何を護っているのか…」
だが上官の歩幅は変わらない。
ただただ、目的へ向かう背中を見つめ、軍人はようやく歩き始めた。
此処は民主主義国家"ジンヨウ"。
国民は国歴が2500年を数えると習うが、今から約300年以前の歴史は、当時の大戦による混乱が焼き払い、国名すらも意味が欠落した有り様だ。
大戦後、国は百余年の内乱を経験し、偉大なる指導者の誕生により、先進的な民主主義国家に生まれ変わったという。
そして、200年余りに渡り、周辺諸国家間に中立を掲げ、今もなお、軍は"他国"と"砲火"を交える事はない。
何故ならば当国は、戦争で兵器も食料も科学力さえ疲弊しきった諸国からは、弾頭の一矢すら届かぬ場所、そして絶対防壁ともいえる科学的力場と、まるで過去に栄えた本物の地上を、天候まで極細部に至り再現した巨大なドームが国を名乗っているのだ。
これらは、大戦以前の遺物を再利用したものだとか、宇宙から落ちてきた超技術だとか、突拍子もない噂が市民に跋扈し、其れすらも、真相を隠し立てる政府や軍属の隠蔽工作だと騒ぎ立てる陰謀論者が一定数存在している。だが、修理は出来ても新造が出来ないところを見ると、噂も満更ではないと勘繰る輩もいて然る話なのだろう。
故に、中立国家とは実質物理的な状況であり、国民の大多数が他国……いや、外の実態を知らず、日々平和を享受し、国の発する他国情勢を信じて疑わぬ人々で溢れていた。
もはや公人を除いて、自身に降りかかる脅威に気がつく民衆はいない。
この国には真がある。
そして真を被う分厚い嘘がある。
だが、民衆は膨れ上がる不満を吐き出す事に夢中になり、それを政府が先導することで、言われなければ忘れてしまう嘘の空、人工太陽の歪さを疑えなくなっていた。
「好きも流行りさ。きっとすぐに飽きる」
そんな言葉が聞こえた気がして、中尉ははたと我に帰る。
気がつくと、やや先を歩いていた筈の少佐が、手が届く程の距離で立ち止まり、目の前の家屋、表札を見つめていた。
「着いたぞ」
少佐はただ其だけを発すると、上品な装飾であつらえた白の呼び金を扉に三度打ち付けて、軍帽を小脇に抱えて姿勢を正す。
中尉は上官の半歩右の後ろに立ち、同様に軍帽を脱ぎながら、落ち着いた様子で上官に従う。
先ほどの声は、自身の頭中に響く過去の幻であったことを無表情に受け入れながら。
「どちら様かね?」
「陸軍第16師団所属、特殊車両科第23番隊大隊長、"青野 加佐"少佐、および同所属将校、"来宮 真常"中尉であります。
兵藤"警視総監"殿のお呼び立てに承服し、後れ馳せながら参上つか奉りました」
少佐が此方に向くカメラに傾注しながら名乗り、スピーカーから聞こえたしわがれた声の主にむかい、二秒程の敬礼をした。
中尉もそれに習うが、姿勢を元に戻すよりも先に扉が開き、誰もいない長い廊下の先から、入るよう促す声を聞こえた。
その声はしわがれて聞こえるわりに大きくはっきりと発せられるため、主の年齢を推し量ることが出来ない。
「ここだ、入りなさい」
廊下の最奥にある扉を開くと、白髪を混じらせた初老の男が、窓際の棚を開きながら立っていた。
男は、此方に背を向けながら其処に掛けてくれと、ソファーを指していた。
「いま、珈琲をいれるから座っていてくれ。青野君は確かミルクが要るのだったね」
「どうぞ御気遣いは無用に願います」
広い部屋の中を独りで持て成そうとする男に、少佐は断りをいれると、男がようやく此方を向いた。
「気にするな。久し振りの客人に、私が持て成したいのだよ」
男はかっかと笑い、久し振りといいつつ手際よく支度を調えて、自身も相対するソファーに腰をかけた。
「しかし、急な呼び出しで申し訳なかったね。大通りからここまでは、車両通行の規制道路が多くて難儀だったろう?」
「いえ。小官は車よりも歩く方が好みに合っておりますので、足の慰みに調度良くありました」
「そう言って貰えるときが楽になるよ。しかし青野"警視"の仏頂面は相変わらずで何よりだ」
「今は軍人。一介の陸軍少佐であります。
"兵藤"警視総監殿もお元気そうで何よりであります」
少佐の答礼に、男は笑いながら膝を叩いて鳴らした。
「私も"元"警視総監だよ。昔の癖が抜けないのはお互い様だな!」
今はただの兵藤だ、と言いながらカップの珈琲を一口だけあおる。
この兵藤 啓太郎という男は、元警察組織のトップであり、今も尚、警察、政府はおろか軍関係者にも顔が利く重鎮だった。
「それで、そちらが今の相棒か?」
「はっ。小官は来宮中尉でありまする」
わかるのは、それは“こう思うしかない”という実状。重い現実。
笑みとは難しい。
無意識に触れた指先が冷たい。
襟元でなぞったそれは、国のシンボル…翼を広げた白鷺を象る紋章。
彼等は国家警察機構“自衛局”。
例え邪気だと言われても、首に国家の白鷺がいるかぎり、自国を護るのが使命なのだ。
そして今も、その使命を全うすべく街を歩いている。
青年はそう信じたかった。
「ついた。ここのようだ」
そこは何の変哲も無いただの“ファミリーレストラン”だった。
「ファミレス……ですか。准尉官殿は何故こんな所にお呼びになったのでしょう」
青年の疑問に男は「確かに」と頷く。
そもそも、何故こんなところに来ているのか?
それは上司である准尉官からの命令を受けたからである。
しかし、その指令を下した准尉官は、一ヶ月前から連絡が途絶えた状態だった。それが昨晩、唐突にあった連絡で、日時と指定の住所だけ伝えると一方的に、また連絡がとれなくなってしまった。
「だが、なんだっていい。それより階級章と、堅苦しい上着は脱いでおけ。
准尉官殿は一般人に紛れる必要があったのだろう」
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ファミレス店内。
窓や入口から最も離れた奥……の一つ前の席にがひとりの女性が座っていた。
彼女は息を潜めながら、何やら手帳にメモを走らせる。内容は、最奥に座った男達の会話の一部のようだ。
彼女はただの記者。取り柄は若さと有り余るやる気。
今日もいつもの店で、お気に入りの席に着き、お気に入りのランチを摂ってから、またいつものように昼の取材へと向かう予定をしていた。
しかし、食後のコーヒーが率いて来たのは、背の高い人と眼鏡の割と地味な二人組。
そして予定は変更される。いつもなら、一日で二番目に愉しみにしているブレイクタイムに、通り過ぎるただの人間など興味の対象外であるはずなのだが、最奥へ向かう二人が自身の横を通り過ぎる瞬間。
なにやら僅かに感じてしまった。
最奥へと座った二人組からは、どうも一般市民ではない雰囲気がする。
普通に考えれば、よく知りもしない相手にどんな印象を受けたとしても、その外見に余程の怪しさがない限りただの勘違いと切って捨てるのが通りだ。
ただし彼らは違っていた。
彼女は自らの勘の良さを自負している。
自分の勘が感じていた。
何か大きな事が起こる前のザワザワした感覚。
一番奥のテーブルには確か一人だけ座っていたはず。
奥の席から離れる場合は、どうしても自身の横を通らなければならない。
自分はお手洗いは先に済ませてから、一度も席を発っておらず、店員すらも通り過ぎていなかった。
しかも、ここよりも奥にはテーブルが一つしかない。
故に、奥にはかわらず一人いる。
そして歩み寄る怪しげな二人組……。
“何か”……ある。
息を潜めて、怪しまれないように耳を澄ますと、奥から少しかすれた声が聞こえる。
どうやらあの二人組と話しているみたいだった。
つまり、あの二人組の男達は、先に座っていた“誰か”と何らかの関係があるのだろう。
さて、鬼と出るか蛇と出るか……。
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「新庄 邦 第陸隊曹長だね?」
店の一番奥。入口から最も遠いその席には、初老の男がいた。
「ええ」
邦は、くいと眼鏡の位置をあげ、肯定する。
「それから、あなたが綾谷 達城。…同じく第陸隊のニ曹だ」
「……はい」
対して達城は、相対するこの初老の男に隠すことなく“警戒”という雰囲気を纏っている。しかし、彼等の確認をすませたその男は、二人に座るように促すと少しだけ口角を持ち上げていた。
「成る程、キド君に聞いていた通りだ。」
この男は、此処を指定した当人。木戸准尉官ではなかった。
「准尉官殿になんとお聞きしたのか存じませんが、説明が不足していやしませんか?」
男の一言に達城がやんわりと噛み付く。
「やめろタツキ」
それを邦に嗜められ、且つ「申し訳ない」と男が返した。
おそらく、皮肉だととらえたのだろう。
もちろん、達城もそのつもりで噛み付いたのだが、素直に返されては一つ居心地が悪くなる。
「しかし、状況がうまく理解できていないのも確かです。説明を求めたいのですが、答えていただけるものと思ってもよろしいのですね?……灘路、自衛局“代表長”殿」
「“元”代表長だよ。邦君」
代表長とは、陸・海・空・宇と部所分けされる自衛局において、各部所でその動向を指揮する代表士官達、そのまとめ役である。
軍隊に例えると、将校の上にいる最高士官。いわば元帥の上級である総帥にあたる階級だ。
いま目の前にいるこの男。
灘路 六は、“自衛局 国家自衛部隊 最高代表部”のポストに十年以上所属していた“元代表長”だった。
彼は、近隣国同士の紛争の際、その余波を防ぐために水面下で速やかに処理し、結果、我が国の被害は一㍉となく、同時に国家の立場を上げるという業績をのこし、当時の政府には“白鷺の賢者”と呼ばれていた国家の英雄だった。
しかし、7年前のある事件をきっかけに蒸発。以降は姿を眩ませていた。
「白鷺の賢者。国家組織を離れた貴方が、今更何をするつもりですか?」
“何をするつもりか”
この男が白鷺を掲げていなくとも、賢者の行動は何かが変わる過程であると、暗に意味する。
「やはり鋭い……。しかし、今は話せない」
「……そうですか」
“今は”ということは、“いずれ”ともとれる。
邦はこの男がなぜ目の前に居るのか、その見当がついたような気がした。
「今、話せないと、おっしゃいましたか?」
だが、隣の青年は、今の一言をきいてなお冷静で居るには、些か若すぎた。
「話せないって…、貴方は分かっているのですか?」
「やめろ達城。落ち着け」
再び邦が仲裁にはいるが、達城は身を乗り出し灘路の胸倉を掴み上げる。その様子は、先程の様な皮肉とは比べものにならない。
怒り。
溢れ出す。
「今は言えない? アンタがよくも言えたものだ。あれだけのことをしておいて自分勝手に逃げ出した癖に!
言えよ!今度は何を企んで居やがる!7年前のあれから、どれだけの同胞がッ、お前の、お前のせいでッ」
「綾谷!!!」
店内の空気が一瞬にして凍り付く。
ただの一言でその場を掌握した新庄 邦の威圧。
「落ち着けと言っている」
その視線は獲物を狩る虎の如く。
「う…あ、う……申し訳…ありません…」
ぽす、と達城が力無く腰を落とした瞬間。店の時間も漸く動き出したかのように雑音が帰ってきた。
「灘路殿。申し訳ございません。部下の失礼は私の積であります。どうか彼をお許し下さい。」
先の雰囲気から一転し、邦は深々と頭を下げる。
「いや、やめてくれ。謝るのは私の方だ。
どんな理由であれ、招いた犠牲は大きすぎる。
言い訳はしない……。彼は正しい」
「…気持ちをくんで頂けて感謝します」
そして、今度は浅く短い礼をする。
それから気持ちを切り替えたように、また相手を見据える。
すると、灘路の方も「続きを」と返した。
「さて、それでは質問を変えましょう。木戸 陸准尉は今どこに?」
「私の指示である場所に向かっている。安心してほしい。拘束などしていないし、これは彼の意志だ。」
「その証拠は?」
灘路はスーツの内に手を入れ、何かをテーブルの上に出した。
「これでいいかね?彼が君は勘繰り深い性質だと言って預けてくれた物だ」
「……達城。チェックだ」
「は、はいっ、あ、りょ、了解!」
木戸准尉の物だと出された物は、既定のIDタグと一枚の用紙だった。
「それらは、彼から君達にと渡された物だ」
小さく折り畳まれた一枚の紙。
開けるとそれは直筆の手紙だった。
邦は内容を確かめると、眉間に僅かなシワを刻む。
それから端にテープで貼付けられていた上級士官のバッジを丁寧に剥ぎ取ってから、手紙を簡単に織り、内胸に仕舞った。
「………」
「でました。結果、キド トヨカズ第拾漆(七)中部隊准尉。本人のナンバーに一致しました。」
「疑いは晴れたかね?」
「…ええ、鮮明に」
灘路は「さて」と一息の間を置く。そして、ふいと表情がかわり、シワのよった眼が二人を捕らえる。
「本題に入らせて頂く。回りくどく言うつもりはない。
君達二人には、我々の組織に入ってもらいたいと考えている」
「…組織ですか」
「そう。先に言ったように今は深く話せないし、もとよりそんな時間も無い」
「納得できませんな。真意も知らずに仲間になれなど……貴方は自分の立場がお分かりか?」
「もちろんだとも。
私はあの時をもって、下賎な“特A級”の指名手配人だ。そのような者の仲間になると言うのは、共犯者になるのも同義」
邦は大きな溜息を吐く。
「 我々は警察機構自衛局。本来ならば、この場で貴方を逮捕拘束し、共犯者の疑いの基に木戸准尉を指名手配に申請するのが、この白鷺を背負う正義。
そこまで分かっていながら、私達が協力すると思うのですか?」
「………。」
冷静に、そして正義に。
邦は国家の正論をぶつける。
暫く閉口していた灘路だが、目を閉じて、それから答えた。
「…正義とは生き物だ。国家の正義は存在しても、万人の正義は存在し得ないという。……しかしそれがどうした? 正義の基にならば万人は死して良いというのか?
…私はね邦君…、白鷺がどれだけ大きくても、喰われる虫を護る正義があってもいいと思っているんだ。」
「……それはつまり」
「陸長!本部より召集です!『各陸隊隊長は、15時、属上級士官の基に集合せよ』とのことです」
本部からの召集命令。
命令だ。行かない訳にはなるまい。しかし……。
「命令は急務です。本来、我々は待機命令中であることを考慮してください。
此処からだと、第拾参基地が近いです。でも今から向かわなければ間に合いません」
邦は目の前の男を見た。
「灘路殿。最後に聞かせていただきたい」
「…なんだね?」
「こちらに戻る考えは…ありませんか?」
男はゆっくりと目を開けて薄く笑む。
「政府は私の存在に依存していたからね。
確かに、今ならば自身の功績で政府は不問の姿勢でいるだろう。だから君達は私を逮捕しない。
しかし、何かあった後ならば世間的に別だ。だから急いているところに今、というわけか。
……邦君。君は実に従順だね。公人の鑑だ」
「ならば」
だが灘路は、口元に人差し指を立て、小さな紙の切れ端を差し出す。
それは数字。電話番号のようだ。
「それは私の連絡先だよ。君達は私と来てくれると信じている」
「………」
「すぐに解るよ。」
「……行くぞ、達城」
そして男達は店を出ていってしまった。
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彼女は今、猛烈に悩んでいた。
まずい!思っていたよりも大変なことを聞いた気がする!
というか灘路 六って、なんで特A級の犯罪者がこんな所でお茶してんのよ!?
なに!?勧誘!?さっきの二人組はやっぱり一般人じゃないし!
それに、『いずれ解る』ってどういう意味よ!
……だめ。ダメダメダメダメ!
絶ッ対に手に負えないっ!
逃げる!!
私はな~んにも聞いてないし~……
彼女はゆっくりと立ち上がり、そそくさと席を立つ。…だが
「お嬢さん」
「ひっ!!」
今更だが、彼女は気付いてしまった。
客、店員、道行く人…。
あらゆる方向から向けられた視線に……。
「少し……よろしいですかな?」
今日ばかりは自分の感の良さを恨もう。
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…ギシ…ギシ…
歩く度に軋む廊下。
一応、毎年の暮れには塵落しも兼ねて点検補修をしているから、少々のことでは踏抜きはしないだろう。
この建物は、元々学校だった物を、壊すのは勿体ないと言い出した政府によって、今は自衛局第拾参駐屯基地として活用している。
本音を言えば、自分達の給料や贅沢に使う金が惜しいからだろう。
とは言え、コンクリートと鉄に囲まれるよりは、この木目を踏んでいる方が私は好きだ。
「…寒いなぁ」
先輩達にジャンケンで負けたせいで自販機まで走らされることになってしまい、暖房の効いた部屋から追い出されてしまった。
はたはた他人の事は言えないが、待機命令中にもかかわらず不真面目な方々だ。
すき間風が何処からともなく漏れ吹いて肌を刺すが『私達がどれだけ傷つこうとも、あの老人達は痛くないのだ。』そう思うと、ムカッ腹が立って少しだけ寒さが紛れる。
窓の外を見ると、いつの間にか雪が降っていた。
やはり寒いものは寒い。
「うぅ、さっさと買って帰ろ……と?」
ふと見れば、どうにも見覚えのある顔がいた。
「綾谷さんじゃないですか」
「…ああ、真琴か」
知った顔、それは高校生の時の先輩、綾谷 達城だった。
自衛局に入ってからも、幾度かの面識がある。
確か、かの“第拾漆(七)中隊”の第陸小隊に所属している筈だ。
達城は廊下の途中で腕を組みながら壁にもたれ掛かる。
「第陸隊の方がどうしたんですか?こんな僻地で」
綾谷は親指で自分の向かい側を指す。
そこは、“放送室”と書かれた札が下がる、建て付けの悪くなった扉。現在のホログラム通信室だった。
どうやら緊急の召集があったらしい。
なかでは部隊直属の尉官、及び上級士官による任務の命令がくだされている。
「てことは、新庄陸曹長も?」
そういうが早いか、引きずるような鈍い音を立てて、天岩戸が開く。
「………」
「……えっと、新庄陸長?」
心なしか雰囲気が重い。
きっと重要な任務に当たられるのだろう。
「…野々端か。悪いが通信室を借りさせてもらった」
「あ、いえいえお構いなく。それより、もうお帰りで? 今日は待機命令ですので、北陽陸長や拾弐隊の皆さんもいますよ?」
背の低い自分は必然的に見上げながらの会話になり、久しぶりの先輩にやや饒舌気味になる。
「やめとけマコ。“白兎の長”は俺達と違って忙しいってよ」
突然、熊に襲われた様な荷重がのしかかる。
「ちょっ、隊長!そんな言い方失礼ですよ!って何処触ってんですかッ!!」
「いいじゃねぇか。手前のガキのどこ触ろうが」
「がーきーじゃーなーいー!」
「うるさい。部下は全員俺のがきんちょだ」
「うきゅぅ!!」
いっそのこと熊の方が良かったかもしれない様な傍若無人ぷり。
丸太のような指で頬を摘まれて喋れない。
「お久しぶりです北陽隊長」
「おう。相変わらず疲れた顔してやがるなぁ達城」
「きゅっ、隊長に比べたら、誰だって疲れてますよむぎゅぅー!」
「馬鹿野郎!俺様が疲れる世の中なんざ屑だろぅが!」
「にゃろうじゃにゃい!」
僅かな抵抗としてジタバタと反抗してみるも、圧倒的筋力で正面から抱き寄せられているために、前すら見えない。
「どんな状況でも、北陽隊長ならミサイルだって生身で止めそうです」
この様子を見て言われているようで何だか恥ずかしい。
「ガハハ!まぁ、そうなんねぇためにもオメェらにゃ頑張ってもらわにゃあなっ!」
……あれ?。
隊長の声に、何と無くもやっとする。
「……達城、そろそろ行こう。」
新庄陸長は時間だといい、先輩も了解とだけ答えた。前が見えないため分からないが、陸長は腕の時計をトントンと叩いていそう。
「北陽…、じゃましたな」
「気にすんな。ほれ、いけいけっ」
床の軋みが不揃いに鳴り、段々と遠ざかる。
不思議な足音が止んでから、私は漸く解放された。
「…さてと。寒ぃから戻るか!」
「あの…、隊長。」
『あん?』と言って振り返った顔は、いつもの隊長だった。
でも、何故だかどうしても聞いておきたくなったのだ。
「隊長は、ミサイルを止められるのですか?」
初めこそキョトンとしていたが、直ぐに腕を曲げて豪快にガハハと笑う。
「あったりまえよっ!素手で一掴みだ!」
それは、いつもの隊長だった。
あの時の違和感は、きっと気のせい。
このヒトならば、月だって掴み上げるだろう。
/////////////////////////////////
田舎道、第拾参駐屯基地を発ってまだ幾時も過ぎてはいないが、外はライトを灯さなければ先が見えないほどに暗くなっていた。
車内は、まるで助手席に座るこの人そのもののように、雰囲気が重い。
さりとて、運転手である達城は別段、気にした様子も無い。彼にとっては既に馴れた環境なのだろう。
そんな外の暗さに比例しているかのような沈黙を破ったのは、意外にもこの雰囲気の主。邦の方だった。
「達城、…あの様な挑発は感心しない」
「挑発だなんて、私はそんなつもりはありません」
『あのような』
どうやら二人の間では何を指しているのか通じたらしい。
「ならば失言だ。昼間の件もそうだが、あまり公私を混同させるな。
わざわざ火中に飛び込むようなものだ」
「………。以後気をつけます…」
達城の背中は汗で濡れていた。
先刻、“龍”の視線を身をもって体験した為だ。
“龍”の二つ名を持つその人、北陽 宗慈は陸・海・空・宇のどの隊員からも畏れられる。
俗な言い方をすれば、所謂“最強”の守人なのだ。
噂によると、元々は宇宙管轄の隊員で、あの“白鷺の賢者”の命令の下、国家に迫り来る数々暴力を、たかだか一個小隊のみを率いて全て撃退・防衛を完遂させてしまう、文字通り最強だったらしい。
故に、只一文字。“龍”と呼ばれる。
そうだ。
いくら国が中立を掲げていても、他国が皆、国民の一人一人が考えているほどに平和的交流が出来る筈がなかった。
この小さなドームの外や遥か頭上では、血の流れる戦闘行為などざらに起きている。
2世紀に渡る平和とは、ドームの外をメディアを透してしか知らない、国民の戯れ事なのだ。
“白鷺の賢者”が自衛局を去ってからは、指揮不足により“龍”を持て余すようになった。
そして、保身を按じた政府の中核である老人達により、最強の盾をより近くに置こうとして、今の隊に配属。
当時の小隊をそのまま宇宙に残し、“龍”のみが地に降り立ち、今度は一個中隊の隊長を任命される。
記録によると、5年前の防衛作戦にて残してきた小隊メンバーは、金田弐曹を残し、全滅したらしい。
だからとまでは言わないが、“龍”にとって部下は全て自分の息子(娘)であるという表現は、仲間を救えなかったという後悔の裏返しなのだろう。
地に降り立ち7年が過ぎて、今では過去に恥じることなく所属隊、第拾弐中隊は“龍の巣”と呼ばれる迄になっている。
しかし、その過保護っぷりは先刻の通り。
高等訓練校での後輩である野々端 真琴でさえ、“兎”である俺達と独りで居ることを許さなかった。
偶然を装ってはいたものの、俺は腐っても“兎”だ。
監視の目には初めから気付いていた。恐らく、第拾参駐屯基地に踏み入った俺達二人の監視をしていたのだろう。
所が、真琴が積極的に接触仕出した為に慌てて飛び出してきたように思われる。
今更だが改めて理解させられる。
はっきり言って、俺達は嫌われ者だ。
それは、俺達の主な任務内容が関係しているからだろう。
“自衛局 第拾漆(七)中隊 第陸(六)小隊”
これが俺達の正式な部隊名だ。隊員は俺と、第陸隊隊長の新庄さんの二人。この部隊は主な任務内容が、ずばり情報の収集・及び隠密作戦であるため、一部隊が一人~四人と少数精鋭が徹底なのだ。
そのかわり、“第拾漆中部隊”は中隊でありながら、構成している小隊が千を超えている。
これは最早、大隊どころか連隊に及ぶ人数に相当する。
階級も、隊長が曹長、隊員がニ曹及び士長と下士官級が割り当てられているが、これは千人以上のしかも、陸・海・空・宇と散らばる上での任務を遂行させるために、権限自体は他部隊に置いて、隊長で大尉級が適用される。
連隊に値されない理由として、各小隊が任務柄ある程度の独断行動が許可されているため、連隊長として統制をとるのが非常に困難。故に中隊尉官と中隊佐官を数で配置することで成り立っている特別枠に値している。
“兎”とは、任務の遂行にあたり、俺達の使用する鉄人、いわば有人ロボットが、非常に小柄で長い兎の耳のような高感度センサーを用い、主装備が餅を点く杵に似ているという見た目から、いつしかその鉄人を月の兎になぞらえて“玉兎”と呼ばれるように為っていたのが始まり。
隊員達も“子兎”とやゆされることが多い。
大変にややこしく、また、特別枠といっても、実際の任務内容が情報収集と隠密だとは、他より煙たがられて常だ。
顔見知りとはいえ、北陽隊長が警戒していたのは寧ろ自然体ともいえる。
だからこそまずかったのだろう。
嫌われ者の“兎”が、“龍”の傷に塩を塗る挑発、“失言”。
『どんな状況でも、北陽隊長ならミサイルだって生身で止めそうです』
この瞬間の隊長の視線は、最早それ自体が兵器の様。
見られた瞬間は、生きている心地がしなかった。
陸長に怒鳴られた経験がなければ、俺は泡を噴いて卒倒していたかもしれない。
怒らせたならば、きっと眼力ですら大岩に穴を穿つことだろう。
そういえば陸長も北陽隊長も対極の様で、どことなく似た空気がある。
以前、気まぐれに聞いてみたところ、『ただの同期だ』と言う。
まぁ呼び方や話し方から察するに、割と古い付き合いなんだろう。
よくよく考えると、色々な実情を知っている立場上、英雄と言って過言では無いような人物を躊躇いなく“北陽”と呼び捨てに出来るのは、いくら同期とはいえ凄いことだ。
欲を言えばどこと無く羨ましい。
北陽隊長に至っては何故か“白兎の長”などと呼ぶ。
本来ならばそれと呼ぶべきは、この小隊群を指揮する中隊の総隊長であるはずだ。
最も、その場合は“白兎”ではなく、単に“兎”の長と呼ぶのが正解だろうが。
何故、小隊の隊長でしかない陸長を“長”と呼ぶのか。
大体、“龍”と“兎の長”の接点は何なんだ?
何故、旧知の仲でいられたのか。
俺達は嫌われ者の“兎”だというのに…………。
考えれば考える程に解せない。
「…い…おい、大丈夫か?」
いつの間にか陸長が呼びかけてきていた様だ。
「…なにが…でありますか?」
それを冷静に返す。
考え事で無意識に為っていたなどとバレては激が飛びかねない。
「なに、顔色が悪いように見えたが」
「いえ、平気です。何ともありません」
「…そうか。平気ならそれでいい。が、運転中に考え込むのは危険だ。昼行灯になってもらっては、さすがに困る」
表情に出していた積もりはなかったのだが。
何を考えているのかまで見透かされていそうで、この鋭さが時々恐ろしく思える。
「…以後気をつけます」
しかし、大体にして陸長は自分のことを積極的に話す質ではないし、見透かされていたところで教えてはくれないのだろう。
まるで、俺だけ置いてきぼりにあった子供のようだ。
そう思いはしたものの、相応に子供の如く泣きわめく訳にもいかないのが現実。
小さくフゥと息を吐くと、とりあえず、今しなければならない事をやることにした。
「ところで、これ、どうします?」
車のディスプレイを目線だけでみやる。
そこには光学照準に反応する“警告”の文字が赤く点滅していた。
「なに、誘導弾ならば既に撃たれているさ。」
「しかし、追跡をこのままにして帰るのは……。安眠できませんよ」
ディスプレイの警告に触れる。すると助手席の方でガチャリと鳴った。中には自動小銃が2丁。
「まったく…、狙うならばポインターは使うなと教わらなかったのか」
「隠密の基本ですね…っと!」ギュリリッ!
ハンドルを切り、ブレーキを深く踏み込んだ停車。
間髪入れずに邦、達城は飛び出して対極の林に走った。
……半刻程が経過し、二人が車に戻る。
「どうだ?」
邦がそう問うと、達城は何かを差し出した。
「どうもこうも。素人どころか、全部ポンコツでしたよ」
放り投げると、それはガシャンと音を発てて転がる。
一見するとただの箱だが、上部には消音加工の施されたプロペラ。下部は半円のカメラアイと消音器のついた機銃がついている。加えて色は黒一色なため、夜は保護色で発見されにくい。
我が国において、プロペラの消音加工は違法だ。もちろん、銃火器の装備など、一般に許される筈も無い。
達城はポンコツと表現したが、これは完全に軍用に改造された兵機だった。
「型式は全機共に番号が削り取られていて、どこのモノだかわかりません」
「……こちらも同じだ」
「軍部というより……テロですね。それも大きなお抱えを持った」
「………。」
邦は何を言うでもなく、車に向かう。
達城もそれを理解したように向かい、乗り込んだ。
車はまだ出発しない。
「今回の任務だ」
邦は鞄から幾つかの紙の束を取り出し、達城に渡す。
そこには数枚の写真があり、達城はその対象に目を丸くする。
「政府研究機関から逃げ出した被験体だ」
「被験体って……、まだ子供じゃないですか…」
写真には、一人の少女が写っていた。
少女は腰まで伸びた銀髪で、瞳の色は淡いブルー、そのうえシルクのような白い肌をしている。
おおよそこの国の子供ではない。
全くの無表情が、ヒトではなく無機質な人形を思わせる。
「研究の内容までは聞かされていない。居場所についても、発信器の精度が悪い。だがこの街のどこかにいるのは確かなようだ。」
「…木戸准尉については?」「“元”准尉だ。得A級の被告に組した疑いがあり、現在も連絡が取れない状態が続いている。
上は一次的に木戸 豊一の尉官級を剥奪し、本件の容疑者に推定される事を決定した」
「容疑者…ですか」
邦は内胸から紙を取り出し、達城に渡した。
それは昼間に灘路より受けとった、木戸准尉官からの手紙だ。
文字は丁寧に書かれ、とても無理に書かされた様ではなく、暗号も不審な箇所も見当たらない。
しばらく目を通し、やがて確信せざるをえないと感じる。
どれも証拠たりえた。
「貴様も聞いていただろう。白鷺の賢者…灘路六は木戸を協力者だと言った。この処置になんら不思議はない」
確かに、灘路は木戸を遣っている事を言っていた。
加えてこのタイミングだ。
容疑者に上がるのも自然な流れだろう。----しかし
「しかし木戸さんはッ」
「公私の混同は慎め。特に、我々公人は、だ…」
間髪を入れる事なく被せられた『公人』。
「……出します」
達城は、喉まできていた言葉を飲み下し、それ以上の言及はしなかった。
任務は明朝7時より開始。
車は静かに走り出した。
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