間話
これは新庄達が、自衛局第拾参駐屯基地を離れて数時間後の話し。
突然だった。
連絡の為に手に取ったモバイルからは、ノイズが走る。
混線など珍しい事もあるのかと、直ぐにサブナンバーを呼び出すが、こちらも呼び掛けには一切応える様子がなく、同じくキュルキュルと不快な音ばかり聞こえる。
どうしたものかと、浅く溜息をつくいて、早くしろと窓を小突いてくる車外の相棒を呼びつけようとしたその時、段々とノイズが晴れていくように感じ、耳をそばだてた。
女の声だろうか。
若い。
凛と張る声で抑揚なく、何かを淡々と繰り返し述べている。
もっとよく聞こうとするが、痺れを切らした相棒
がとうとう屋根を激しく叩きはじめた。
流石にやめさせようと窓を開けて、乱暴に呼び掛けるが、事の相棒は屋根を叩き続けながら、雑踏の向こうにあるビルの巨大モニターを見ている。
そこに映っていたのは、黒い海に浮く見覚えのある筒が破裂する瞬間のリピートだった。
『諸君らには、今この瞬間に、夢から醒めて頂く』
完全にノイズの晴れたモバイルは、そう言い放っていた。
これより二泊程の呼吸が聞こえた、誰のものか? 自分だった。
そしてなくなる。なにが?
星が、三つ。
ありとあらゆる電波から、音が退いた。真っ白だ。
こちらには動揺をする程のゆとりも無く、回復した電波が最初に言った言葉は、4つある宇宙コロニーで自爆テロがあったという。
内三つで連絡が途絶している。
そして無線からは、オペレータが震える声で告げた。シグナル喪失、およそ全壊したと思われる。
「了解」
それしか言えなかった。
無線を切り、漸く信号待ちをしていた事を思い出し、ふらふらと脇に停車した。
うまく考えが纏まらない。
状況が大きすぎる。
タブレットを幾つか口に含み、安定を図ろうとするも、数個が口の端からこぼれて落ちる。
ゲヒャゲヒャと余りにも下品な笑い声が近くでした。
相棒の足元。
たった数分前に捕縛した男が、後ろ手に輪をかけた手を打ち鳴らし、脚をばたつかせて騒いでいた。
本音を言うと、なんの根拠もない。
ただの不真面目から、呼び止めて職務質問をしようとしただけなのだが、この男が不審に、自身の懐へ手を伸ばしいれたものだから、相棒の短期で地面に縫い付けていたのだった。
何事か気でもフレているのか。
男は満面の笑みで叫び、告げる。
「3つの悪魔は打ち滅ぼされた!
崇高なる計画が成し得られた!
彼らは誠の聖職者だ!」
男の腕は皮がじりじりに剥け、血が滲むのも厭わず叫び続ける。
その奇行何とか制止させようと組み着くと、男はあっさりと止めてしまった。だがその視線は何に絡む事もなく、最後にただ一言発し、車もろとも爆散した。
次に目が覚めたのは、白い壁と白い天井。邪魔くさい呼吸補助のマスクが口を覆っていた。
病院。
状況の把握がしたい。そう思い、ベッド脇にあるであろうスイッチに手を伸ばす。だがその手は一向にたどり着かない。おかしいと思い、視線を這わせて合点がいった。
あの男が最期に言った言葉。
『そして私も』
簡単な事だ。偶然に拘束した不審犯は、コロニーを爆破したテロリストの仲間で、同時爆破の企ての一部を偶然に阻止し、仲間の成功に決起した一人の自爆に偶然巻き込まれて、そして、、、。
両の腕を付け根から無く、身体はただのチューブとコードに置き換わっていた。
当時、人類最大の躍進と謳われた一般層を含めた大規模宇宙移住計画。
それらは守備良く建設が進められ、実に250年の時をかけて四つ目が完成。
大きな住居区を備えた四つのコロニーは、ある神話に登場する天使の象徴たる鷲、雄牛、獅子、人に準えて“eagle”“bull”“Leo”そして最後に完成した物を“hum”と名付けられた。
この四つのコロニーは、約50年に渡り人が生き、あの日、二世紀半を費やした人類最大の躍進は、たかだか半世紀足らずの歴史で幕を閉じる。
ただ一つだけ残った“hum”で、ただの警官だった俺は生身を失い、機械の身体と“hum”を救った英雄と言う呈のいい道具にされてしまった。あの日、偶然にテロリストを捕まえてしまったばかりに。
しかし、英雄の守ってしまった“hum”も、粛正という名の次のテロを恐れ、ものの10年足らずで公式に無人の鉄屑と認定される。
一応は最大最高の技術の極みをかけて建造された物。だが流石に無人での環境維持は不可能であり、国々が目を背ける中、金も無く地球に帰り発つ事の出来なかった人々は徐々に死んでいった。
もちろん住まう国民の抗議は激しかったと思う。
だから俺は遺された。
国々を代表する英雄として、全体の一%にしか満たない2万人の貧困者の為に、テロに怯えた国々の来るわけが無い救援を待ち続ける。
やがて四世期が過ぎ、俺の身体には生身が一欠けらも無くなった頃。人口は凡そ1人。
初めのうちは、規律の為に軍隊のまね事や農作等も試みてはみた。然しながら、徐々に悪化する環境は生身の人間には酷すぎたのだ。最後の一人が逝ったのも最早いつの事だったか覚えていない。
神にもなれると思い上がっていた人類は、その象徴を三つも無くし、結局“hum”と鉄屑の俺だけに成ってしまった。
ある日、いつもにはない轟音を聞く。
この“hum”もとうとう崩壊が始まったのだろうと思った。最早俺には何の気力もない。
高い高い天井が揺れている。
あれに潰されたとあれば、いくらの俺でも死ねるだろう。
このまま目を閉じるだけで片が付く。後少しで重い荷を降ろせるのだ。
ほら、風を切りながらおちてくる。
もうすぐだ。
・・・言葉とは、自然と口をついて出て来る物だったな。
「まったく、人間は神様にゃあ為れやしないのさ」
最後に聞いた音は、鉄のひしゃげる音だった。----------------------------------------------------------
「っとまぁ、これが伝説だ。どォうだ?イカす話だろぅ?」
「もうっ!隊長お酒臭いですっ!!」
自衛局第拾参駐屯基地。
基地とは名ばかりの木造の廃校を軍事用に改修しただけのお粗末な建物で、特防遊撃旅団“第拾弍・拾參連隊”の面々が酒盛りをしていた。新庄や綾谷が帰ったあとは、この巨熊の様な隊長に引きずられるようにして彼女、野ノ端は強制的に参加させられていた。
「んだよ~、つれねぇ~ぞぉ~」
加えて、元凶である当の隊長は、その大樽に付いた四本の極太丸太の内の一本で、彼女を軽々と持ち上げて抱き抱えてしまった。紅一点かつ一番の若者である彼女をまるで娘のように溺愛しているのは、既に周知の事実であり、熊の胸でもがもがともがく様を誰もが笑って見ている。時々、この人は本物の熊なのではないかと思い、その度に彼女は熊の方がマシなのではと考えていた。
「むぎっ、と、ところで隊長。先程のお話、私はどうにも納得出来ません」
「あん?なにがだ?」
浅黒い丸太を渾身の力で退け、真として隊長に向き直り、続ける。
「だっておかしいじゃ無いですか。人工星である“hum”が壊れてしまったのなら、誰がその話しを持って帰ってきたのですか?
それに、7年前。私が入隊する以前は、隊長達はその人工星“ヒム”に居て勤務なさっていたのでしょう?
これではつじつまが合いませんっ!だいたいにして」
「何世紀も渡って動く機械なんてオーバーテクノロジーだっ・・・ていいてぇんだろ?」
隊長が口を挟み、とうとう誰かが大声を上げて笑いだしてしまった。そしてそれをかなきりにみんな笑い転げる。
「ち、ちょっと!二宮さん!銀次郎さん!なにが可笑しいんですかっ!?」
「ガッハッハハハ!そうだ、たしかにそうだっ!ガッハッハハハ」
隊長は彼女の頭に手を乗せて激しく撫で回した。
このあと、馬鹿にされたと気がついた彼女が缶ビールを一気飲みし、そのまま大の字で倒れたのは想像にたやすい。
しかし、そんな彼女の発言が、その伝説の真実に最も近いということを知るものは居なかった。
「ガッハッハハハ」
一人を除いて。




