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Laughingstock  作者:


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5/5

最終章 笑いものの証明

1.

12月、東京。テレビ局の巨大なスタジオは、眩いばかりの照明と、張り詰めた生放送の緊張感に包まれていた。

視聴率は20%を超えると言われる、全国漫才コンテスト「笑覇杯」決勝。

決勝に残った9組が4分間の漫才を披露し、上位3組だけが「最終決戦」へと進むことができる。

アカハナの出番は5番手。

前半戦が終わり、中間発表。暫定1位の席に座っているのは、やはり「アルタイル」だった。彼らは決勝の舞台でも微塵も怯むことなく、完璧に洗練された漫才で高得点を叩き出していた。

舞台裏の薄暗い通路で、太一は何度も深呼吸を繰り返していた。

テレビカメラ、何百人もの観客、そして画面の向こうにいる何千万人の視線。

プレッシャーで足が震えそうになる。

「太一」

隣に立つ蒼が、いつもの低い、少し皮肉めいた声で呼びかけた。

「……お前の実家のオヤジさん、テレビの前でスタンバイしてるってさ」

「え? なんで知ってんの?」

「さっき、俺の親父から連絡があったんだよ。『お前らの出番はまだか』ってな。うちの親父が、太一の家に酒持って押しかけたらしい。今頃、並んでテレビ見てるよ」

太一は目を見開いた。

あんなに反対していた蒼の父親が。仕事を辞めた自分を苦々しく思っていたはずの両親が。今、二人の姿を待っている。

「……そっか。じゃあさ、絶対に笑わせないと怒られるな」

「あぁ。日本中を巻き込んだ、最高の『悪ふざけ』をしよう」

出囃子が鳴り響く。

スタジオの自動扉が開き、まばゆい光が二人を包み込んだ。

「エントリーナンバー5番、アカハナ!」

2.

「どうもー! アカハナです! よろしくお願いします!」

二人がセンターマイクの前に立った瞬間、太一の顔から緊張が消え、あの最高に人懐っこい「バカの笑顔」が弾けた。

「いやね、僕、もし1億円当たったら、世界中のコインランドリーを買い占めたいんですよ!」

「お前は何を言ってるんだ。動機が地味すぎるだろ」

蒼のツッコミがスタジオの空気を綺麗に切り裂く。

ネタは、二人が何百回、何千回と夜を明かして磨き上げた「コインランドリー」を舞台にした漫才。自分たちの始まりの夜を、そのまま笑いに昇華させたネタだった。

「だってさ、コインランドリーって最高じゃん? ぐるぐる回る洗濯物を見てるだけで、なんかこう、人生の悩みとか全部どうでもよくなるでしょ!」

「お前は悩みが軽すぎるんだよ! あと、他人の洗濯物をそんな目で見るな!」

太一の縦横無尽な暴走。驚異的なジャンプ、変顔、そして見る者すべてを味方につける圧倒的な愛嬌。

それを受け止める蒼のツッコミは、冷静でありながら、太一への絶対的な信頼に満ちていた。

「もういいよ! お前の頭の中も一緒に洗濯機に入れて、10回くらい脱水してこい!」

「そしたら俺の脳みそ、カラカラに乾いちゃう!」

「最初から中身入ってねえだろ! もうええわ!!」

ドカン!!!

スタジオ全体が、地鳴りのような爆笑に揺れた。審査員席のベテラン芸人たちも、お腹を抱えて笑っている。

テレビの前の日本中が、二人の等身大の、不器用で、けれど最高に熱い漫才に釘付けになっていた。

得点発表。

モニターに映し出された数字は――アルタイルに次ぐ、暫定2位。

「よしっ……!!」

二人は強く拳を握りしめた。アカハナは、上位3組による「最終決戦」への切符を、見事に掴み取った。

3.

最終決戦に残ったのは、アルタイル、ベテラン実力派コンビ、そしてアカハナ。

最後のネタ。アカハナは、あえて緻密な構成を捨てた。

「蒼、最後はさ、台本通りじゃなくて、俺たちの掛け合いの『なまの熱量』でいこう」

「ふっ……お前がトんでも、俺が全部拾ってやるよ」

最後の4分間。二人はマイクの前で、ただただ「お笑い」を楽しんでいた。

幼い頃、教室の後ろで二人でふざけ合って、周りを笑わせていたあの頃と、何も変わらない空気。

そこに洗練された技術はないかもしれない。けれど、二人にしか出せない圧倒的な「幸福な笑い」が、そこにはあった。

対するアルタイルも、王者の風格漂う圧巻の漫才を披露した。

すべてが終わり、全出演者が舞台上に集まる。

運命の、最終投票。

審査員たちの手元にあるボタンが押され、背後の巨大スクリーンに一本ずつ、光の矢が突き刺さっていく。

アルタイルに3票。

ベテランコンビに1票。

そして――

【アカハナ:4票】

「勝者――笑覇杯、新王者は、アカハナ!!!」

紙吹雪が、スタジオの天井から容赦なく降り注ぐ。

そのキラキラとした光の中で、太一は呆然と立ち尽くしていた。

「俺たち……優勝、したの?」

「あぁ、優勝だ。お前が世界で一番のバカだよ、太一」

蒼が太一の肩を抱き寄せた。太一の目から、大粒の涙が溢れ出す。

客席からの鳴り止まない拍手。それは、かつて彼らを「何者でもない」と拒絶した世界が、二人の漫才を認めた証だった。

舞台の端で、アルタイルの慧が、悔しそうに、けれど清々しい笑みを浮かべて拍手を送っていた。

すれ違いざま、慧が小さく声をかけてきた。

「……負けたよ。君たちの『悪ふざけ』、最高に洗練されてた」

太一は涙を拭い、ニヤリと笑って返した。

「ありがと。でも、俺たちはただの『笑いもの』だからさ」


エピローグ


優勝から数日後。

深夜二時、あの国道沿いのコインランドリーに、二人の姿があった。

テレビやラジオ、雑誌の取材でスケジュールは一気に埋まり、人生が180度変わってしまった数日間。疲れ果てた二人は、あの日と同じように、乾燥機が回る重低音の中にいた。

「……なぁ、蒼。夢じゃなかったんだな、俺たち」

太一は、金色に輝く「笑覇杯」のトロフィーを大切そうに抱えながら、パイプ椅子に腰掛けていた。

「夢なわけだろ。明日も朝の5時からロケだぞ。早く洗濯終わらせて寝るぞ」

蒼はスマホを見ながら、フッと口元を緩めた。

二人のスマホには、数え切れないほどの祝福のメッセージと、それぞれの父親から送られてきた「おめでとう。今度、実家で祝杯をあげよう」という、不器用なメールが届いていた。

「 笑いもの、か……」

太一がトロフィーを見つめながら、呟いた。

「俺さ、これからもずっと、お前と一緒に笑いものでいたいわ」

蒼はスマホをポケットにしまい、冷たい缶コーヒーを太一の頬に押し当てた。

「当たり前だろ。赤い鼻は、一度つけたら、一生外れねえんだよ」

乾燥機が『ピー、ピー』と、いつもと同じ終了音を響かせる。

二人は顔を見合わせ、同時に小さく吹き出した。

何者でもなかった二人の、世界中を巻き込んだ「悪ふざけ」は、ここからまだまだ続いていく。


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