第6話:戦場と化した繊維工場と、忍び寄る「死の商人」
次回は明日【土曜日19時〜】です!
財政局長マルティーニの失脚と、巨額の予算獲得から一ヶ月。 第4区の南外れに新設された巨大な『第1繊維工場』からは、今日も朝から鼓膜を震わせるほどの怒号と雄叫びが響き渡っていた。
「オラァッ! ミシンの回転上げろォ! 第1小隊、軍用テント100張り完了だァ!!」 「舐めるな! 第2小隊、作業服200着縫い終わりィ! 今週のトップ賞は俺たちのものだァァッ!!」 「うおおおおぉぉぉっ!!」
ガチャガチャ! ダダダダダンッ!! 工場内では、顔に傷のある大男や筋骨隆々の元傭兵たちが、血走った目でミシンを踏み、凄まじい速度で布を裁断していた。 それはもはや『生産』ではなく『戦争』だった。
「……信じられないわ」
工場のキャットウォーク(見学通路)からその光景を見下ろしながら、サホは呆然と呟いた。
「今まであんなに嫌がっていた単純作業を、皆が狂ったようにこなしている……。品質管理(検品)の連中も、不良品を出した小隊を嬉々として減点していくから、絶対に手抜きが発生しない……」
「これが『歩合制』と『チーム対抗戦』の力です」
隣に立つ俺は、平然と頷いた。 戦場で「敵を倒した数」を競い合ってきた彼らにとって、生産数という明確なスコアと青天井の報酬を与えられたこの工場は、血の流れない最高の『戦場』として機能しているのだ。
「凄い……凄いわ、ショウ。あなたの言う通りにしたら、たった一ヶ月で赤字だった事業が黒字化した。……ねえ、この調子で次の『水路建設』も進めたいの。水路のルート選定と、近隣の町との交渉材料……あなたなら、どういうプランを立てる?」
サホは目を輝かせ、俺の顔を下から覗き込んできた。 その瞳には、かつての絶望はない。だが、代わりに『全幅の信頼』……いや、俺に対する明らかな『依存』が混じり始めていた。
(……まずいな。完全に俺に答えを求めている)
コンサルタントは、あくまで経営者の補助輪だ。トップ自身が頭を使って決断しなければ、彼女はただの『有能な助手の操り人形』に成り下がってしまう。 そろそろ、補助輪を外す時期かもしれない。
「……ルートの原案は、サホ様ご自身で一度考えてみてください。俺はあくまで補佐ですから」 「えっ? あ、うん……そうね、わかったわ」
俺が少し冷たく突き放すと、彼女はハッとして、慌てて手元の資料に目を落とした。
◇
その夜。 俺が自室で資料を整理していると、音もなく窓が開き、黒い戦闘服に身を包んだサーシャが部屋に入ってきた。
「お帰り、サーシャ。……で、どうだった?」 「はい。ルイ様のご命令通り、第4区内で『サホ様の新しい手足』となる有能で汚職のない人材をリストアップしてきました」
サーシャは懐から数枚の羊皮紙を取り出し、俺のデスクに置いた。 マルティーニたち旧体制の腐った幹部を追い出した後、サホを支える「新しいチーム」を裏で探させていたのだ。
「ご苦労。……王都の様子はどうだ?」 「情報局のヤンダルからの定期報告によれば、王宮周辺の小麦の価格が『3倍』に跳ね上がっているそうです。第1、第2、第4区からの物流を絞ったことで、完全にパニックが起きていると」 「計画通りだな」
俺はフッと笑い、リストに目を落とした。 と、サーシャがモジモジとしながら、俺の横にそっと『小さな木箱』を置いた。
「ん? なんだこれ」 「……第4区で評判の、茶葉です。その、ルイ様は最近、夜遅くまでサホ様のフォローをしていて、お疲れのようでしたので……」
サーシャは顔をほんのりと赤く染め、上目遣いで俺を見た。
「もしよろしければ、私が淹れます。……サホ様には内緒で」 「ははっ、そいつは助かる。お前が淹れてくれる茶が一番落ち着くからな」
俺が素直に礼を言うと、サーシャはパァッと花が咲いたような笑顔になり、「すぐにお湯を沸かしてきますっ!」と弾むような足取りで部屋の奥へと消えていった。
……平和な時間だ。 だが、その静寂は、血相を変えて部屋に飛び込んできたサホによって打ち破られた。
「ショ、ショウ!! 大変よ!!」 「どうしました、サホ様」 「ムラニ商店が……っ、私たちがバールから安い武器を輸入し始めたことに激怒して、裏で傭兵崩れの武装集団を雇ったみたいなの!」
サホは青ざめた顔で、バンッとデスクに手をついた。
「明日の夜、建設予定の水路と……この繊維工場を武力で破壊する気よ! どうしよう、まだ正規軍の再編は終わってないのに! ショウ、どうすれば……っ!」
パニックに陥り、すがるような目で俺を見るサホ。 俺は淹れたての茶を一口飲み……そして、静かに、だが冷酷に言い放った。
「俺は知りませんよ、サホ様」 「え……?」 「マルティーニの不正を暴き、彼らの利権を奪ったのは『領主であるあなた』の決断です。ならば、その報復に対処するのもあなたの責任だ」
俺の突き放すような冷たい言葉に、サホは息を呑み、目を見開いた。
「自分の国を守るための『戦争』のやり方くらい、自分で考えてください。……あなたはトップなんだ」
冷たい夜風が、二人の間の沈黙を撫でていった。




