第16話:サクレアを「経済植民地」へ。――砂糖を作らせ、小麦漬けにする支配
馬車は南へと進み、やがて巨大な石壁に囲まれた都市が見えてきた。 第2区南部の要衝、サクレアだ。
「……随分と立派な城壁だな。ここは最前線でもないはずだが」
俺は呆れたように壁を見上げた。 到着直前にマティアスから早馬で届いた調査報告書には、この街の歪な構造が記されていた。
――『貴族による横領はあるが、貧困の主因ではない』
報告書の結論はそれだった。 真の原因は、この街の「家産制」にある。 土地も民もすべて貴族の「私有財産」であり、彼らは生産物を独占し、その利益をインフラや教育ではなく、無意味な城壁や自身の権威付けに浪費しているのだ。
「さらに『サトウキビの規制』か……。馬鹿げている」
気候的に適したサトウキビを「品位がない」という理由で規制し、生産性の低い作物を強制している。 典型的な無能な経営だ。
(叩き潰すのは簡単だが、それではコストがかかる。……彼らには『バールの下請け』として働いてもらおう)
俺は報告書を閉じ、冷酷な計算を立てた。 それは、サクレアを豊かにすると同時に、永遠にバールから離れられない「経済植民地」にする計画だった。
◇
その夜。領主であるバイブラー伯爵の屋敷で歓迎会が開かれた。
「ようこそルイ殿下。我がサクレアの『壁』はご覧になりましたかな? あれこそ我が家の誇り……」
「単刀直入に言おう、伯爵」
俺は自慢話を遮り、本題を切り出した。
「サクレアの農業改革を提案したい。現在のキャッサバ栽培をやめ、全耕地を『サトウキビ』に転換してほしい」
「は……?」
「北からインフラ整備の予算と、農業指導員を派遣する。収穫したサトウキビは全量、我々が買い取る。……悪い話ではないはずだ」
会場がざわめいた。だが、伯爵は顔を真っ赤にして机を叩いた。
「馬鹿な! サトウキビなど、かつて奴隷が作っていた作物だ! 誇りある我が領地でそのような……それに、もし不作になれば民は何を食えばいいのだ!」
「……誇り、か」
その後数時間におよび議論は平行線をたどり、一度休憩が入ることになった。
◇
休憩中、俺は庭園で奇妙な光景を目にした。 若い貴族たちが、板のような道具を持ち、魔法で出した火の玉を打ち合っているのだ。
「あれは?」
「『タミ』という、この地方の遊戯です」
声をかけてきたのは、伯爵の長男、ランターだった。 彼は真面目そうな青年で、少し疲れた顔をしていた。
「火の玉は不安定で、強く叩きすぎると板が燃え、弱すぎると爆発して落ちます。……今のサクレアの政治そのものですな」
ランターは自嘲気味に笑った。 危険な火種(民の不満)を、根本解決せず、その場凌ぎで打ち上げているだけ。
「父上は臆病なのです。民が飢えて暴動が起きるのを恐れ、高い壁を作り……食糧難を恐れて、不味くても腹にたまるキャッサバを作らせている」
「……なるほど。既得権益ではなく、『恐怖(リスク回避)』が原因か」
俺は納得した。 ならば、その恐怖を取り除いてやればいい。
「ランター。お前の父を説得する材料をやる」
俺は新たな提案を口にした。
「我々がサトウキビを買い取る代わりに……バールから『小麦』を安価で安定供給する契約を結ぼう」
「えっ……小麦を? 北の高級品をですか?」
「ああ。食うに困らなければ、金になるサトウキビを作れるはずだ。……違うか?」
ランターの目が輝いた。 食糧問題さえ解決すれば、彼の父も経済的メリットを無視できないはずだ。
こうして、交渉は成立した。 サクレアは豊かな「砂糖の産地」に変わるだろう。 だが同時に、「バールの小麦がないと生きていけない街」になる。 生殺与奪の権を、俺が握った瞬間だった。
◇
交渉を終え、俺たちは宿の一室に集まっていた。 作戦会議という名の、ささやかな祝勝会だ。
「……それにしてもルイ、あんた本当に性格悪いわね」
サラが呆れたようにワインを注いだ。
「あんな笑顔で『小麦をあげましょう』なんて……。あれじゃサクレアは一生、あんたの手のひらの上じゃない」
「人聞きが悪い。Win-Winの関係と言ってくれ」
俺が肩をすくめると、控えていたサーシャがポツリと漏らした。
「……ですが、この資料を用意したマティアスも恐ろしいです。現地の弱点、貴族の心理、すべて予測していました」
「あはは! 確かにマティアスさんの調査能力、ちょっと引くレベルだよね〜」
ミカが笑いながら、テーブルの菓子をつまんだ。
「正直なところ、マティアスは……なんとなく怖いです。全てお見通しというか……この間、私が厨房でつまみ食いをしたことまで把握されていました」
サーシャが真顔で打ち明けると、皆がどっと笑った。
「あの無敵なサーシャちゃんが怖いものなんて、あるんだね」
サラも笑いながら菓子をつまむ。 和やかな空気が流れる中、ミカがふと真面目な顔で俺を見た。
「でもさ、結果的に街の人たちはご飯が食べられるようになるんでしょ? ランターさんも嬉しそうだったし……私は、ルイのやり方、好きだよ」
「……おだてても何も出んぞ」
俺は顔を逸らしたが、緩みそうになる頬を隠すので精一杯だった。 この空間には、王都にはなかった「空気」がある。 恐怖や義務ではなく、信頼で繋がった仲間。
(……悪くない)
俺はグラスを傾け、小さく微笑んだ。
◇
宴の後。 俺は酔い覚ましに宿の屋上へと出た。 南方の星空は、王都とは全く違う。見たこともない星座が、空一面に広がっていた。
「……綺麗だね」
後ろからミカがやってきて、隣の欄干に肘をついた。
「ああ。……まだ起きていたのか」
「うん。ルイこそ」
ミカは夜風に髪をなびかせながら、じっと俺の横顔を覗き込んだ。
「……さっきの会議の時さ。ルイ、すごくいい顔してたよ」
「そうか?」
「うん。執務室で眉間にシワ寄せてた頃より、ずっと生き生きしてる。……やっぱり、こっち(外の世界)の方が合ってるんじゃない?」
ミカは嬉しそうに笑った。
「ねえ、ルイ。もっとさ……私やみんなに、話してくれてもいいんだよ?」
「……何をだ」
「なんでも。ルイが何を考えてるのか、本当はどうしたいのか。……昔みたいにさ、もっとさらけ出してよ」
ミカの言葉は、無邪気で、そして鋭かった。 さらけ出す。 もし俺が、自分の「中身」が異世界の記憶を持つ別人だと告げたら、こいつはどういう顔をするだろうか。
(……前世の記憶が戻った、と言えば)
一瞬、その言葉が喉まで出かかった。 だが、俺はそれを飲み込んだ。
怖いのだ。 もし真実を話して、「今の俺」が否定されたら? 「前のルイを返して」と言われたら?
俺はまだ、自分自身を受け入れられていない。 かつての「無能なルイ」でもなく、前世の「孤独な成功者」でもない、この中途半端な自分を。
「……そのうちな」
俺は短く答え、視線を星空へと逃がした。
「そっか。……うん、待ってる」
ミカはそれ以上追求せず、ただ隣で同じ空を見上げてくれた。 その距離感が、今の俺には心地よく、そして少しだけ胸が痛んだ。
お読みいただきありがとうございます! ルイの提案した「小麦と砂糖の交換」は、一見すると救済ですが、実態は完全な経済支配。 現代的な「植民地政策」をファンタジーでやるとこうなります。これはいづれ裏目に出てしまうでしょう。
そして、仲間たちとの団欒と、ミカとの屋上シーン。 少しずつ心を開き始めたルイですが、まだ「前世の秘密」を明かす勇気はありません。 「自分は何者なのか」という問いは、転生者にとって重いテーマですね。
さて、次回はいよいよ魔境・熱帯雨林へ突入! そこには、ルイが探していた「資源」と、予想外の「敵」が待っていました。
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▼次回予告 第17話『熱帯の支配者と、ゴムの木』 ついに未開のジャングルへ足を踏み入れた一行。 そこは巨大昆虫や病原菌が蔓延る緑の地獄だった。 ミカの「聖視眼」が輝く中、ルイはついにゴムの木を発見するが……?
次回も【明日18時】に更新します!




