第15-2話:目が「虚ろ」だよ。――全てを見透かす幼馴染の言葉
休憩中、ミカがふと疑問を口にした。
「ねえ、サーシャちゃんってなんであんなに強いの? 盗賊を一瞬で倒しちゃってたけど」
「……」
サーシャは答えず、ただ目を伏せる。 その沈黙を破るように、サラが提案した。
「なら、試してみましょうか。ルイ、土魔法で一番硬い塊を作ってみて」
「え? 俺が?」
「そう。ルイの魔法は密度が異常だもの。それをサーシャに壊させてみるのよ」
サーシャは「滅相もございません」と首を振ったが、俺は少し興味が湧いた。 最近、土魔法の強度向上に取り組んでいたからだ。適切な含水比、圧縮率、魔力による結合強化。 俺はイメージを集中させ、黒光りするほどの密度の「岩塊」を生成した。
「……よし。サラ、まずは試しに斬ってみてくれ」
「任せて」
サラが愛剣を抜き、鋭い呼気と共に振り下ろす。 ガキンッ!! 火花が散り、剣が弾かれた。岩には白い傷がついた程度だ。
「嘘……私のレベル90の斬撃が通らないなんて」
サラが驚愕する。俺は内心ガッツポーズをした。よし、物理防御は完璧だ。 そして俺はサーシャに向き直った。
「サーシャ。遠慮はいらない。本気でやってみろ」
「……承知いたしました」
サーシャはためらいがちに前に出ると、素手で岩に触れた。 次の瞬間。
ドォォォン!!
何が起きたのか分からなかった。 彼女の拳が岩に触れた瞬間、岩塊が内部から破裂したように粉砕されたのだ。 破片が飛び散り、土煙が舞う。
「……」
俺とサラは絶句した。 魔法障壁すら貫通しかねない威力。やはり彼女の力は異常だ。
◇
その夜。サバンナの夜は冷える。 パチパチと爆ぜる焚き火の音が、静寂を際立たせていた。
「はい、サーシャちゃんも。具だくさんだよ」
ミカが湯気の立つカップを差し出した。 護衛として少し離れて立っていたサーシャは、一瞬戸惑ったように目を瞬かせたが、小さく頭を下げて受け取った。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。さっきの凄かったね〜。あの力、どこで習ったの?」
ミカが屈託なく隣に座る。 サーシャはカップの温もりを両手で包み込みながら、炎を見つめてポツリと語り始めた。
「……生きるために、覚えました」
彼女の生まれは王都のスラムだという。 だが、ハーフエルフである彼女は、幼い頃から迫害を受けていた。
「ある時、街の井戸に毒が入れられる事件がありました。……犯人はエルフ族だという『噂』が流れ、スラムに住むエルフへの虐殺が始まったんです」
「……根拠のないデマか」
俺が呟くと、サーシャは無表情のまま頷いた。
「はい。両親は、追っ手が来る直前、私に『ある物』を飲み込ませました」
「ある物?」
「虹色に光る、小さな玉でした。『これを飲めば、お前だけは助かる』と」
サーシャは自分の胸元をギュッと握りしめた。
「それを飲んだ瞬間、体の中から焼けるような熱さが湧き上がって……気付いたら、私は窓から飛び降りて逃げていました。常人では不可能な高さから」
(……なんだそれは?)
俺は眉をひそめた。 火事場の馬鹿力にしては異常だ。魔力回路を強制的に拡張する薬か? あるいは、旧時代の遺物か。 サーシャの異常な戦闘力の一端が、そこにある気がした。
「その後、引き取られた孤児院でも……私は『汚れた血』として毎日殴られ、食事も与えられませんでした」
(……非効率だ)
俺は内心で舌打ちした。 デマによる虐殺など、労働力の浪費でしかない。エルフは魔力に秀でた種族だ。もし俺が当時の支配者なら、彼らを保護して魔導産業に従事させ、スラム全体の経済効率を上げていただろう。 王都のガバナンス(統治能力)の低さに、改めて呆れる。
「このままでは死ぬ。そう悟った私は、孤児院にいた元騎士団のシスターに頼み込んで、護身術を教わりました。……友達なんていらない。群れれば弱くなる。そう自分に言い聞かせて」
来る日も来る日も、彼女はたった一人でナイフを振るった。 誰にも頼らず、誰も信じず。 そうして心が凍りついた頃――俺と出会ったのだ。
『ほう、鋭い目をしている。……俺の下に来い』
前世の記憶を取り戻したばかりの俺は、従者を探していた。 表向きは「エルフのメイドなんて希少で面白い」という理由だったが……実際は、檻の中で世界を睨みつける彼女の孤独な目に、かつての自分を重ねたのかもしれない。
「私はあの日、ルイ様に拾われて初めて『生きる場所』を頂きました。……だから、この命は全てルイ様のために」
「……そうか」
俺は短く答えた。 重い過去だ。だが、今の彼女には俺がいる。 いずれ、彼女が心を許せる「群れ(仲間)」を作ってやりたいな。
◇
テントの中で一人、俺は毛布にくるまりながら天井を見上げた。 サーシャの話が、前世の記憶を呼び起こしていた。
(……俺は、自分に泥酔していただけだ)
心の穴を、仕事と優越感で埋めていただけ。 現世のルイ・クロムウェルも同じだ。 無能と呼ばれ、誰にも期待されず、孤独だった。 だからこそ、俺たちはリンクしたのだろう。
「……ルイ、起きてる?」
テントの幕が遠慮がちに開き、ミカが入ってきた。 寝間着代わりの緩いシャツ姿だ。手に温かい飲み物のカップを二つ持っている。
「なんだ。もう寝る時間だぞ」
「ん、ちょっとね。外、寒くてさ。……はい、ハーブティー。落ち着くよ」
ミカは断りもなく入ってくると、俺のベッドの端にちょこんと座り、カップの一つを差し出した。 俺は身体を起こし、それを受け取る。
「……香りがいいな」
「でしょ? 道中で摘んだ薬草をブレンドしてみたの。リラックス効果があるんだって」
普段の俺なら「早く寝ろ」と追い出すところだが、今夜はどういうわけか、その温かさを拒む気になれなかった。 俺は一口啜り、ふと口を開いた。
「……南の星は、王都とは違うな」
「え?」
ミカが驚いたように目を丸くした。俺が仕事以外の雑談を振ったのが意外だったらしい。
「星座の位置が低い。……世界は広いということだ」
「ふふ、そうだね。……ねえ、覚えてる? 学園の時、よく二人で図書館の裏庭でサボってたの」
「……俺はサボっていたわけじゃない。独学の方が効率が良かっただけだ」
「はいはい、そういうことにしておくよ」
ミカは懐かしそうに目を細め、カップの湯気越しに俺を見た。
「あの頃のルイ、いっつも難しそうな顔して本読んでてさ。誰とも喋らなくて。……私、心配でずっと見てたんだよ?」
「知っている。お前が隠れてお菓子を食べていたのもな」
「うっ……バレてたかぁ」
ミカは照れくさそうに笑い、それから少しだけ表情を曇らせた。 遠回しに、言葉を選ぶように。
「……ねえ、ルイ。ここに来てから、ルイはいっぱい変わったよね。みんなを指揮して、街を救って。……すっごく強くて、頼もしくなった」
「当然だ。やるべきことをやっている」
「うん。……でもさ」
ミカは俺の手元にあるカップに視線を落とした。
「たまに、ふとした瞬間に……昔と同じ顔をする時があるよ」
「……同じ顔?」
「うん。図書館にいた頃の……誰も見ていない、どこか遠くを見てるみたいな顔。なんていうか……」
彼女は言葉を探し、そして静かに俺の目を見つめた。
「……目が、『虚』だよ」
心臓を掴まれたような感覚だった。 誰にも見せていないつもりの、心の深淵。 それを、この幼馴染だけは見抜いていた。
「自信満々に振る舞ってるけど、根っこはずっと寂しいままでしょ? ……全部一人で背負い込んで、誰にも心を開いてない」
俺は何も言えなかった。 否定する言葉が、出てこなかったからだ。
「……心配なんだよ。いつかポキっと折れちゃいそうで」
ミカは少し身を乗り出し、俺の手に自分の手を重ねた。 その手の温もりが、妙に鮮明に感じられた。
「私、政治とか難しいことは分かんない。 ルイの邪魔もしない。 ……でも、ルイが『頑張りすぎて壊れないか』を見張る係ならできるよ」
「……お節介な奴だ」
俺は小さく呟いた。 だが、思考は高速で回転していた。
(……悪くない提案だ。 俺は論理と数字で動く。だが、人間社会には論理だけでは説明できない『感情』や『不条理』がある。 ミカのような直感型の人間を側に置くことは、俺の論理の穴を埋める『リスクヘッジ』として極めて有効だ。精神的な安全弁としても機能する)
そう。これは戦略的に正しい判断だ。 彼女を受け入れることには、明確なメリットがある。
(……いや、今はそんな言い訳はどうでもいいか)
俺はふっと息を吐き、彼女の手の温かさを受け入れた。 打算を捨てても、今のこの心地よさは嘘ではない。
「周りはみんな『領主様』としてのルイを頼るけど、私にはただの『ルイ』でいいから。 ……弱音くらい、吐いてよね」
ミカはへらっと笑った。 それは、聖女のような慈愛ではなく、ただの「幼馴染」としての、等身大の優しさだった。
「……ふぁ」
言いたいことを言って満足したのか、緊張の糸が切れたように、ミカは大きなあくびをした。
「……なんか、安心したら眠くなっちゃった」
「おい、自分のテントに戻れ」
「むりぃ……ここあったかいもん……」
そう言って、彼女は俺のベッドの足元で丸くなった。
「……まったく」
俺は呆れてため息をついたが、追い出す気にはなれなかった。 テントの中に、彼女の体温と寝息がある。 それだけで、凍りついていた何かが少し溶けるような気がした。
(……恋愛も考えてもいい時期かもしれないな)
俺は小さく笑い、ロウソクの火を見つめた。 その炎を、今夜は消さなかった。 その暖かな光が、今の俺には心地よかったからだ。
お読みいただきありがとうございます!
サーシャの「力の秘密(謎の玉)」、そしてルイの前世。 二人とも、深い孤独を抱えて生きてきました。
そんなルイの心に、土足で(でも優しく)踏み込んでくるミカ。 「目はまだ虚だよ」なんて、幼馴染にしか言えないセリフですね。 30年ぶりの恋の予感……。 最強の内政無双もいいですが、こういう人間ドラマもこの作品の大切な要素です。
次回は、いよいよ中継地点「サクレア」に到着! そこは貴族たちが隠し持つ「裏金」の温床でした。 ルイとマティアスによる、容赦ない「お掃除」が始まります。
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▼次回予告 第16話『没落貴族の隠し金山』 保養地サクレアに到着した一行。 一見寂れた村だが、ルイは違和感に気づく。 「なぜ貧しい村に、これほど立派な馬車が行き交う?」 マティアスの調査報告を手に、ルイは悪徳領主の館へと乗り込む!
次回も【明日18時】に更新します!




