第15-1話:V字回復した街。――だが、世界はまだ「計算通り」には動かない
出発の朝、領主館の門が開くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
「ルイ様ー! 行ってらっしゃいませー!」 「俺たちの街を救ってくれてありがとう!」 「これ、畑で採れた果物です! 道中で食べてください!」
沿道を埋め尽くす市民たちが、一斉に歓声を上げ、手を振っているのだ。 数ヶ月前、俺がここに来た時は、存在すら認識されていなかった。 それが今では、この熱狂だ。
「……ふん。悪くない気分だ」
俺は馬車の窓から軽く手を振り返した。 これは俺が積み上げてきた「成果」の可視化だ。 この信頼がある限り、バールはさらに強くなる。
「【国家盤面】、開示」
俺は脳内でスキルを発動させた。 視界に、現在のバールの数値が浮かび上がる。
【都市名:バール(第2区首都)】
人口: 9,300人(増加傾向)
治安: D(30/100) ※夜間の外出は危険
忠誠: B(70/100) ※大半が領主に対して好意的
経済: B(73/100) ※成長率:高(格差と最低水準は依然として低い)
食料自給率: E(40%) ※政策により飢餓は防いでいる
主要産業: ミスリル鉱石(精錬含む)、商業
財務状況: 赤字状態だが、改善傾向
「……順調だな」
明らかに、この街は生き返りつつある。 治安や食料自給率など課題は山積みだが、死にかけていた都市がここまでV字回復している事実は、数字としてはっきりと表れていた。
やはり、このように成果が数字に出るとやりがいがある。 前世のコンサルタント時代も、この数値を見るのが何よりの楽しみだった。
無能な同僚たちが結果を出せずに会議室で頭を抱えている横で、俺だけが何社もの倒産寸前の企業を黒字化させ、成長させてきた。 あの時感じた、周囲への圧倒的な「優越感」。 自分が世界を回しているという全能感。
(この世界でも同じだ。……他の区や国の状況は知らないが、ここまで成長速度が速い都市はないだろう)
俺の計算は完璧だ。 いずれは第2区を、いや、このバールを世界一の都市にすることも造作もない。 俺は成果に酔っていた。
「……さすがです、ルイ様」
向かいに座っていたサーシャが、窓の外の熱狂を見ながら静かに言った。
「民は正直です。ルイ様が彼らに生きる希望を与えたからこそ、こうして声が届くのです」
「当然だ。施しを与えたわけではない。彼らが働く場所を作った、それだけのことだ」
俺は涼しい顔で答えたが、口元が緩むのを止められなかった。 完全に、俺は自分の成果に酔っていた。 数字しか見ていなかった俺は、この時まだ気づいていなかったのだ。 この世界には、計算だけでは弾き出せない「悪意」や「歪み」が存在することを。
◇
馬車は南へと進む。 第2区は広大だ。移動するにつれ、窓の外の景色は劇的に変化していった。
穏やかな温帯平原のバール周辺地を抜け、数日後には険しい山岳地帯へ。 標高が上がり、白い息が出るほどの寒さと、うっすらと積もる雪。 それを越えると、今度は赤土が広がる乾燥平原。 そして1週間が経つ頃には、背の高い草が茂るサバンナのような気候へと変わっていた。
途中、休息のために立ち寄った小さな村を、俺は丘の上から眺めていた。
「……高床式の住居に、土壁か。気候には適応しているが、脆いな」
俺の呟きに、護衛のサラが厳しい表情で地図を広げた。
「ええ。軍事的な視点で見れば、防衛ラインが伸びすぎています。ここでもし盗賊や魔獣の襲撃があっても、最寄りの騎士団が到着するまでに数日はかかるでしょう」
「助けに行きにくい、か」
「そう。つまり、ここは国として守りきれない『統治の空白地帯』なのよ。住民たちは自衛するしかない……それにも限界があるし」
「だが、ここ以外に水場がないのだろう」
俺は眼下の村人たちの生活を見つめた。 彼らは魔法で僅かな作物を育て、その日暮らしをしている。 物流がないため、特産品を作っても売る場所がない。外部からの技術も入ってこないし、国の守りも届かない。
「自己完結型の経済か。……これでは、永遠に発展しない」
「そうだね。でもそれを変えるのが、ルイとモネさんのすごいところよね」
サラの期待の通りになるかはわからないが、現代知識を持つ俺から見れば、介入の余地はある。 だが、インフラという血管が死んでいる現状では、どうあがいても「現状維持」が限界だ。
(この閉塞感……。第2区の、いや、この国全体の病巣だな)
俺は「効率の悪さ」に苛立ちを覚えつつ、馬車に戻った。
◇
野営の休憩中、俺は『黄金の盾』のリーダー、ダンルイに声をかけた。 歴戦の傷跡が残る、巨漢の戦士だ。
「ダンルイ。少し手合わせを願いたい」
「ほう? 殿下がですか? 魔法ではなく剣で?」
「ああ。俺の土魔法は発動が遅い。懐に入られた時の自衛手段が必要だ」
俺が剣を構えると、ダンルイはニヤリと笑って立ち上がった。
「いい心がけですな。魔法使いは驕って身体を鍛えない奴が多い。……では、少し揉んでやりましょう」
キンッ! ガギィッ!
ダンルイの一撃は重いが、俺は【国家盤面】の予測演算を使って軌道を読み、最小限の動きで受け流す。 勝てはしない。だが、時間を稼ぐことはできる。
「……ふぅ。悪くない」
汗を拭う俺を見て、ダンルイが感心したように言った。
「筋がいい。……殿下なら、戦場でも生き残れますな」
◇
ある日の夕暮れ。 サバンナの街道で、20名ほどの盗賊団が馬車を取り囲んだ。
「ヒャハハ! 貴族の馬車だ! 金目のものを置いてけ!」
典型的な下っ端のセリフだ。 ダンルイたちが武器を構える前に、馬車の屋根から影が落ちた。
――ドスッ、ドカッ、バキッ!
瞬きする間の出来事だった。 着地したサーシャの周囲で、盗賊たちが白目を剥いて倒れていた。 急所を的確に打ち抜き、意識だけを刈り取っている。殺してはいない。
「……掃除完了しました、ルイ様」
サーシャは乱れたメイド服の裾を直し、無表情で告げた。 圧倒的だった。
その夜。 焚き火を囲みながら、ダンルイが盗賊の懐から出てきた「小瓶」を見つめて顔をしかめた。
「やっぱり持ってやがったか……」
「なんだそれは?」
「『魔剤』ですよ。……最近、南の第4区から流れてきてる違法薬物です」
ダンルイは忌々しそうに語った。 飲むと一時的に魔力が暴走するが、やがて廃人になる代物だという。 第4区の隣にある「混合王国」を経由して入ってきているらしい。
「……きな臭いな」
「これがまた危険なんすよ。サーシャさんの圧倒的な力がなかったら、俺でも少し苦戦しましたよ」
「そんなにか? あいつら弱そうだったけど」
「そうなんです。素体が弱いのは変わらないのですが、魔力が暴走するせいで、ちょっとした魔術が数ランク上の威力で発射されたりして本当に危ないんだよ」
これは思っていた以上に深刻な問題かもしれない。 平凡な盗賊を、ダンルイのようなB級冒険者が苦労するような敵に変える薬。 4区との検問を厳しくするべきか……。
「それと、もう一つ聞きたいことがある。『勇者召喚』についてだ」
話題が変わり、俺が尋ねると、ダンルイは「ああ、もうそんな時期ですね」と苦い顔をした。
「4年に一度、隣の『魔大陸』で魔王が誕生するのを防ぐため、異世界から勇者を呼んで討伐に向かわせる……ってやつですか」
「俺は王族だが、実は詳しくは知らんのだ。……あれは、どういうシステムなんだ?」
俺の問いに、ダンルイは焚き火に枝をくべながら語った。
「残酷なもんですよ。……各国から勇者100名と、兵士数千人が魔大陸に送られます。ですが、帰ってくるのはほんの一握りだ」
「100名もか?」
「ええ。勇者募集は、この国の第1区(王都)を除く、全4区から25人ずつ強制徴収されます。一定年齢の若者を強制的に戦わせ、勝ち残った強い奴だけが選ばれるんです」
「……選抜試験という名の殺し合いか」
「選ばれれば、家族には一生遊んで暮らせる報酬が出る。だから貧しい連中は必死ですわ。……でも、噂じゃ魔大陸の魔人たちは、普段は大人しいらしいんです」
ダンルイは声を潜めた。
「800年前から、こっちが一方的に攻め込んでるって話もある。本当は攻め込まなくても魔王は私たちの大陸に攻めてくることはないってね。……なのに、上は毎回、全滅ギリギリになるような無茶な作戦を立てさせていると思うんだ」
「……!」
俺は眉をひそめた。 計算が合わない。
もし本当に魔王が脅威なら、戦力を小出しにして全滅させる意味がない。 逆に、もし脅威でないなら、なぜ定期的に大量の兵と勇者を送り込む?
(人的資源の浪費だ。……まるで、人間が増えすぎないように『間引き』をしているような数字じゃないか)
誰かの意思が働いているのか? 確証はない。だが、このシステムには明らかに「非合理な穴」がある。 だが、伝統というものに非合理なものも多い。何でもかんでも陰謀論にするのはよくない。
「……不愉快な話だ」
これが陰謀論だとしても、ただの愚かな伝統だとしても不愉快な話だ。 俺は静かな怒りを覚えた。 それは、俺が最も嫌う「効率の悪い搾取」だ。
「……そろそろ寝よう。明日はサクレアだ」
俺は思考を打ち切った。 今はまだ、情報を集める時だ。 焚き火の向こうで、サーシャが静かに俺を見守っていた。
お読みいただきありがとうございます!
沿道の歓声に送られての旅立ち。 しかし、道中の村々の現状や、盗賊が持っていた「魔剤」など、世界の歪みが見え隠れします。
特に「勇者召喚システム」。 ルイの分析によれば、それは魔王討伐にしては数字がおかしい「間引き」のようなシステム。 この世界には、まだルイの知らない管理者がいるのでしょうか?
そして次回は、この旅の夜の続き。 サーシャの語る壮絶な過去と、ルイの前世の記憶が交差します。
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▼次回予告 第15話-2『二つの孤独と、灯火』 焚き火を囲み、サーシャが語る壮絶な過去。 それを聞いたルイは、自身の前世を思い出す。 決して悲劇の主人公ではない、けれど埋まらない心の穴。 そんな二人の孤独を、ミカの言葉が優しく溶かしていく――。
次回も【明日18時】に更新します!




