19.中庭の攻防戦②
前話の続きです。
両親や教師以外の相手、同年代だと思っている相手から諫めるでもなく諭すでもない、侮蔑を含んだ言葉を面と向かって言われたのは初めてだろうヒューバードの声が動揺で震えだす。
「なん、なんだと……」
ほとんどの生徒や教師は自国の王太子を否定する言葉は呑み込むというのに、堂々と言い放ったディオンへヒューバードは怒りをぶつけるのでもなく、口を数回開閉させて黙り込んでしまった。
閉口したヒューバードを不思議がりつつ、中庭の時計で時刻を確認したアデラインはディオンの方を見上げて唇に人差し指を当てて「黙ってて」と伝える。
「ディオさん、言い過ぎですよ。殿下、昼食を食べる時間が無くなってしまいます。話し合う場が必要でしたら、放課後にしましょう」
昼食休憩の時間は半分近く過ぎてしまっている。これ以上の会話はお互い時間の無駄だし、他の生徒達の見世物になる気も無い。
「待て!」
ズカズカと足音を立てて、リナの傍らで傍観していたカルロスがアデラインの前へ出て来ると、顔に怒りの感情を浮かべてディオンを指差した。
「先ほどから黙って聞いていれば、編入生もアデライン嬢も、殿下に失礼なことを言うな!」
「は? お前、俺に喧嘩を売っているのか?」
表情から笑みを消したディオンの口調が変わる。
纏う雰囲気が変わったことに気が付き、アデラインはディオンの腕に触れた。
「ディオさん、駄目ですよ」
今にもカルロスへ攻撃を仕掛けそうだったディオンは目蓋を閉じ、開いた時にはやわらかな雰囲気の彼へと戻っていた。
「カルロス君!」
ディオンの纏う雰囲気の変化に気付けないカルロスへ駆け寄ったリナは、彼の腕に自分の腕を絡めた。
「カルロス君、待って! ヒューバード様も、もう止めてください。ランチは食堂で食べましょう」
密着した腕を引き寄せ、リナは自分の方へカルロスの注意を向けさせる。
「わ、分かった。食堂へ行こうか。カルロス、離れろ」
「申し訳ありません」
顔色の悪いヒューバードから離れるよう命じられ、カルロスは腕に絡まるリナの手をやんわりと解き、ディオンを睨む。
「……編入生、明日はクラス合同での実技授業がある。是非とも、俺と手合わせをしてもらおうか」
「実技ねぇ……いいぜ。楽しみにしている」
片手を軽く振ったディオンは、愉しそうに目を細めて笑った。
「殿下」
一触即発は回避させ安堵の息を吐く前に、アデラインは食堂へ向かおうとしていたヒューバードへ声をかけた。
「先日は折角のお誘いを欠席して申し訳ありませんでした。次回はお詫びの品を持って参ります。それから、顔の吹き出物は触らない方がいいですよ。魔法でも治らないのでしたら、しっかり薬を塗って触らないようになさってください」
顔に出来た吹き出物を気にしていたらしいヒューバードは、アデラインから指摘を受けて顔を真っ赤に染める。
「ヒューバード様、行きましょう」
顔を真っ赤にしたヒューバードが口を開くより早く、リナはカルロスと一緒に食堂へ向かって歩き出す。
赤くなった顔を歪めたヒューバードは小さく舌打ちし、リナとカルロスの後を追って小走りで立ち去った。
(アレがゲームではメインヒーローなのよね。俺様でも崩れた顔をしなかったのはゲームだから。睨まれても顔のガーゼが気になって全く迫力は感じなかったわ)
ヒロインではないからか冷めた目で彼等を見ていたせいか、ヒューバードとカルロスの何処に魅力があるのか全く分からなかった。
食堂へ向かったヒューバード達の足音が聞こえなくなってから、傍観者に徹していた生徒達は止まっていた食事を再開する。
「アレが王太子と未来の騎士様なのか? 想像以上の酷さだな。女の子を怒鳴りつけるなんてさ。この国では王太子だからって許されるのか? 誰も何も言わないのも、俺は信じられないな」
「ちょっとディオさん、声が大きいですよ。わたくし達も此処から離れましょう」
発言の影響力を考えないで暴言を吐いているのが王太子、騎士団長の息子だというのは信じられないのは同意するが、周囲の生徒達に聞こえるようにわざと大声で言うのだからアデラインは苦笑いしてしまった。
「皆様、お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。休憩時間が終わるまで、ゆっくりしてください」
ぐるりと中庭を見渡して、アデラインは深々と頭を下げ、生徒達からはざわめきが生じた。
王家に近い筆頭公爵家である、ベルサリオ公爵令嬢が頭を下げたのだから仕方ない。
(婚約者に暴言を吐いた王太子と、頭を下げて生徒達に謝罪したわたくし。さて、皆さんはどんな噂にして広めてくれるのかな。強制力によって、捻じ曲がった噂になるのかしら)
内心舌を出したアデラインは、ディオンの手からランチバッグを奪う。
「わたくし達も行きましょう」
生徒達の視線を背中に浴びながら、アデラインは中庭の奥へ向かって歩き出した。
「ここまで来れば誰もいないわね」
中庭から実技訓練場近くまで五分程歩き、人気が無い落ち葉が積もったベンチを見付けて足を止める。
手で落ち葉を払い除けたディオンに促されて、アデラインはベンチに腰掛けてランチバッグを膝の上に置いた。
「さっきは怒ってくれてありがとう」
「どういたしまして。本当なら、俺に喧嘩を売ってきたヤツをぶっ飛ばしてやりたかったんだけどね」
「それは駄目。わたくしを危険な目に遭わせたって、マスターに言いつけますよ。あとね、カルロス様からの申し込みを受けていたけど、剣技は得意なの?」
不安気なアデラインからの問いにディオンは首を傾げた。
「んー、得意ではないな。どちらかといえば、暗器と格闘技の方が得意。でも何とかなるだろ。あんな色ボケ野郎に負けるほど、俺は弱くないしね。面倒になったら毒針でブスッとヤルし。この指輪に毒針がしこんであって、オークくらいだったら一撃なんだ」
瞬時に冷たい目になったディオンは、愉しそうに右手人差し指にはめた黒色の指輪をアデラインに見せる。
「授業ですよ」
「ははっ分かっている。やり過ぎないようにするから、応援してくれよ」
「応援は、ちゃんとします」
剣呑な雰囲気を変えて歯を見せて笑われると、アデラインの心の底で燻ぶっていた苛々が失せていく。
ランチバッグから取り出した手拭きをディオンに手渡して、お弁当箱の蓋を開いて驚いた。
「……なるほど」
隙間が無いくらい詰められたサンドイッチと一口大にカットされた林檎とオレンジ。
一人分にしては量が多すぎる。
アデラインが誰かと一緒に食べることを見越して用意したのだ。
サンドイッチを前にして目を輝かせているディオンも、自分の分が用意されていると分かっていたに違いない。
「どうぞ」
「やったぁー」
お弁当箱を膝の上からベンチの上に置くと、ディオンはサンドイッチを一つ掴んで勢いよく頬張った。
王太子をどう潰そうかとディオン君、本気で考える。
重複していた部分を修正しましたm(__)m




