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20.帰宅しても緊張を緩められない?

 昼食休憩時間の出来事は、想定していたよりも早く生徒達へ広がっていったらしい。

 クラスメイト達が午前中以上に気を使ってくれているのを感じ取ったアデラインは、居心地の悪さに身を縮めさせて午後の授業を受けた。


 放課後になり、帰宅しようとしたアデラインはレザードの姿を探して……専属から解任したことを思い出した。


(レザードを解任したのを忘れていたわ。これから一人で帰ることになるのね)


 専属執事など付いていなかった“私”の意識が混じったからか、特にレザードが側に居ない寂しさなど感じない。ただ、少しだけ胸の奥が苦しくなっただけだ。


「あっ」


 持とうとした鞄の持ち手をアデラインよりも早くディオンが握り、ランチバッグ入りのトートバッグと一緒に鞄を持った。


「ありがとう」

「どういたしまして。じゃあ行くか」

「え?」


 どういうことかと、アデラインは目を瞬かせる。


「馬車まで送るよ。俺の役目は、学園から屋敷までの護衛だからな」

「護衛、そうだったわね」


 クラスメイトとして普通に接してくれているから、ディオンがアデラインの護衛をしていることを忘れかけていた。

 荷物を持ったディオンに馬車乗り場まで送ってもらい、アデラインは待機していた馬車に乗り込む。

 擦れ違う生徒達から、好奇の視線を向けられていた気もしたが、気のせいだということにした。


(記憶が戻ってから二日目なのに疲れたわ。ヒロイン達には関わりたくないのに、あっちから来るのは防ぎようも無いわね)


 馬車にはアデラインと御者台に座る御者しかいない。

 不用心でも公爵家の馬車には、防御魔法がかかっており多少の襲撃は切り抜けられるはずだ。

 一人になってようやく、アデラインの体から力が抜けていく。座席の背もたれに寄りかかり、目蓋を閉じた。


 学園に居る間ずっと、周囲を警戒していたせいで筋肉を強張らせていたようだ。


 全身が重くて怠い。

 まだ若いアデラインは、“私”なんかより体力があるはずなのに疲れ切っていた。

 付き添うというラザリーの申し出を断って良かったと思う。短時間でも、一人になる時間は必要だから。


 ふと窓から外を見て、アデラインはギョッと目を見開いた。

 動き出した馬車の外で、見送ってくれていたディオンが笑顔で手を振っていたのだ。

 アデラインが自分を見たことに気付いたディオンは、自分を指差して次いで門の方を指差した。


(えっと、付いて行くからってことかしら? 学園から屋敷までの護衛って屋敷まで付いて来る気なの? 馬車の外から護衛してくれるってこと?)


 目立たないよう髪と瞳の色を変えたディオンは、整った容姿と言動で十分目立っていた。

 校舎を出る前に彼の口から出た呟きを思い出して、アデラインの頭はズキズキと痛くなってくる。


「アイツ等、姫を守る王子役に酔っていたな。マスターが潰したくなった気持ちが分かった」

「ディオンさん?」


 不穏な言葉を呟いたディオンの顔つきは、昨夜、部屋へやって来たクラウスと同じ真っ黒な顔つきだったのだ。


(潰すってどういう意味だろう。騒ぎになるようなことはしないだろうし。明日の実技訓練はやり過ぎない、よね。そういえば、リナさんはディオンさんを見ても何も反応していなかった。ということは、彼女はゲームの知識を持っていない? でも、彼女が殿下に向ける目には違和感があったわ)


 ぼんやりと窓からの景色を見ながら、アデラインは中庭での出来事を思い返していた。



「お帰りなさいませ」


 屋敷へ到着した馬車から降りて来たアデラインをラザリーが出迎える。

 いつも出迎えてくれる数人の使用人は姿を見せず、専属執事を解任したレザードがいなければ出迎えすらしないのかと、どれだけ舐められているのかとアデラインは溜息を吐いた。


「わたくしってここまで軽んじられていたのね」

「お嬢様が望まれるのでしたら、全ての使用人を躾けておきましょうか?」

「躾……必要ないわ。今は部屋で休みたいわ」


 出迎えない使用人達へ怒るよりも、一刻も早く自室で休みたかったアデラインは、鞄をラザリーに渡して階段を上る。


 自室の扉を開けて中に入ったアデラインは、制服を脱いで部屋着に着替えると真っすぐにソファーに向かった。

 弾力のあるソファーに座ると手足を広げて大きく伸びをした。

 ポットを手にしたラザリーが蜂蜜入りの紅茶をティーカップへ注ぎ、蜂蜜の甘い香りと紅茶の香りが部屋中に広がる。


「美味しいわ。ラザリーは紅茶を淹れるのも上手なのね。サンドイッチも美味しかったわ。ありがとう」


 カップに口をつけて、紅茶を一口含めば蜂蜜の甘みで疲れが癒されるようだった。

 全身の気怠さから分かってはいたが、断罪イベント回避後の登校一日目はそうとう疲れたようだ。

 カップをソーサーに置いて、背凭れに凭れかかったアデラインは目蓋を閉じた。


「お嬢様、お疲れのところ申し訳ありません」


 目を細めて紅茶を飲むアデラインの側から離れて、隣室へ向かったラザリーは両手で大きな木箱を持って戻って来る。


「お嬢様が学園へ行かれている間で装飾品と文房具を調べました。結果、こちらの数点は害のある物でしたので、金狼が責任をもって処分します」


 木箱の中に入っていたのは、ほとんど半年ほどの間に新しく購入した物だった。

 中にはエリックから贈られ、週休時に着けていた髪飾りと気に入って使用していたペンとインクが混じっており、眩暈がしてきたアデラインは額に指を当てた。


「……そう。こんなに沢山の、私を害する物があったのね」


 見覚えのないイヤリングも混じっていて、これは十中八九エリックに命じられたパメラが関わっているのだと確信した。


「もういいわ。これらの処分をお願い」


 これ以上は見ていたくないと、顔を背けたアデラインはラザリーに木箱を下げさせる。

 蓋を閉めた木箱を部屋の隅へと置き、ティーポットの持ち手を持ったラザリーは空になったティーカップに紅茶を注ぐ。


「それから、マスターからお嬢様へ伝言を預かっています」

「伝言?」

「『明日の夜、部屋へ行くから寝ないで待っていろ』だそうです」

「え、えええ?」


 驚いて体を揺らしたアデラインは、危うく持っていたティーカップを取り落としそうになった。

 動揺して震える手でティーカップをソーサーに置く。


(夜、寝ないで待っていろって、どういう意味? クラウスさんはどういう意図があって部屋に来るの? まさか、昨日泣いていたことを気にかけてくれている? そんなまさか。依頼のためならどんな汚い手も使う闇ギルドマスターで、冷酷非情なラスボスでしょう!?)


『俺がお前を害するもの全てから守ってやる』


 依頼主だからそんなことを言ったのだと分かっていても、顔と声が良すぎる男に言われると勘違いしそうになる。

 頭を撫でる大きな手の感触を思い出してしまい、アデラインの顔が熱を持って行く。


「では、夕食の準備をしますね」


 熱くなった頬の熱を冷まそうと、両頬に両手を当てるアデラインを横目にラザリーは隣室へ向かい、夕食の準備を始めた。



長い二日目、もう少し続きます。

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