2章-8話 酒場にて
リュート達の方もシンヤ達と同様に、住民の違和感以外に有用な情報は無いようで、シンヤ達が両替商で得た聖都金貨と酒場の話をして、クロエと二人で向かうことになった。
「今のところ危険は無いようだが、黒幕がわからない以上、慎重に行動するに越したことはない」
「わかってる。でもあんまり大人数で行くのも怪しまれちゃうし、わたしとシンヤで行ってくるから、兄さん達は他の場所を調べてみて」
監視されるような視線は感じられなかったが、この街自体敵の懐なのだ。本来ならば全員固まって動く方が安全なのだろうが、リネットやセラ達の居場所がわかっていない内は、別行動をとった方がいいと判断したのだ。
「大丈夫。なにかあったら、すぐに魔法を打ち上げるから」
「気を付けるんだぞ……」
「……リュート達はどうするんだ?」
「俺達は街中以外のところを見て回る」
この大きな洞穴の中心は石造りの家が密集しているが、その周囲にはぽつりぽつりと木造の家が点在している。リュート達はそこを調べてくるという。
日も落ち初め、洞穴内は外以上に暗くなるのが早い。月明りも入らない為真っ暗になるのかと思っていると、洞窟の天井が淡い光を放ち始め、洞穴内でも周囲が見えるほどに辺りを照らし始めた。
「……?!」
「ああ、これは鍾光石、稀に洞窟などでみかける魔力を帯びた石だ。この石があるから、この巨大な洞穴でも都市として機能していたわけだ」
目の前で起こる不思議な光景に目を奪われていると、横からリュートが説明してくれる。
「魔石とは違って、加工は出来なくて、岩板から切り離されると光らなくなっちゃうの」
「綺麗なもんだな……」
眼下には石造りの街並み、そこから漏れる生活の明かりと、洞穴の天井から降り注ぐ薄い青色の淡い光、そしてその先に見える海……。シンヤはまるで一枚の美麗な風景画を見ているようにその場で見惚れていた。
「上野木、行かないのか?」
「あ、ああ、わかってる。行こう」
いつまでも見ていかったが、ノエルに声をかけられて、我に返ったシンヤは、クロエと共にもう一度街の中に向かった。
◆ ◆ ◆
シンヤ達の向かう酒場は、街の中心部にあり他の家よりも少し大きい建物の中にあった。扉を潜ると中には数十人は入れそうな室内に、何人もの人が酒を飲んでいた。
「ご注文は?」
カウンターには誰も座っておらず、シンヤ達は椅子に腰かける。するとすぐに奥から店主らしき人物が出てきて声をかけてきた。
「じゃあ、おすすめの飲み物を二つ貰えますか?」
「少しお待ちください」
そう言うと奥に入っていった店主が、木製のジョッキを二つ用意してくれる。それを口元に近づけると甘い匂いとほのかな酸味が香ってくる。どうやら葡萄酒のようだ。日本の物とは比べようもないが、久しぶりの酒ということもあり、シンヤにはとても懐かしく感じられた。
「美味いっ! もう一杯っ」
「ありがとうございます」
一気に飲み干し、つい声に出てしまったシンヤの言葉に、店主は表情を変えずに礼を言う。目の前の男は痩せ気味の身体に、小綺麗なシャツを着た年配だったが、昼間外で見た人達と同じように普通の人に見える。
「ねえシンヤ、飲んでも大丈夫なの? 毒とか入っていないかな?」
「あっ……」
おかわりを頼んだ店主が奥に行くのを見て、クロエが小声で話しかけてくる。久しく飲んでいなかった酒の誘惑に負け、一気に飲み干してしまったのだが、忠告を受け一気に血の気が失せていく。
『アホじゃの。……だが安心せい、普通の酒のようじゃ……』
「なんでわかるんだよ」
『お主の体内に入ったそれには有害な物は無かった。あくまで普通の酒じゃよ……』
「良かった……じゃあ飲んでも平気だよな」
『アホじゃの……』
技術面で日本の酒に遠く及ばなく、味も散漫で雑味も多く残っている葡萄酒だが、身体に染み入るアルコールがシンヤの気持ちを大きくしていく。
「美味しいっ! でもお酒なんてどうやって作ってるのかしら? 葡萄畑があるわけでもなさそうだし……」
「それは……とっておいたとか?」
ジョッキを両手で握り、舐めるように少しづつ飲んでいたクロエが、ポツリと言葉を零す。それは当然の疑問だ。シンヤ達が外から見た限りでは、この聖都の中に畑らしきものは見当たらない。リュートの話では外の村との交流もほとんど無いはずなのだ。それなのに、シンヤの握るジョッキの中身はどう作ったというのだろうか。
「どうぞ……」
「ありがとう」
考えていると店主が新しい葡萄酒を運んできて、すぐに奥へと行ってしまう。ジョッキに口をつけると甘酸っぱい酒が口の中に広がる。葡萄酒の制作方法等知らないが、少なくとも提供できるだけの量を簡単に作れるはずの物では無いはずなのだ。
「そういえばクロエ」
「にゃに?」
「うえぇっ! どうしたのっ?!」
思考の海から戻りクロエを覗き見ると、彼女は普段からは考えられないような呂律で返事をしてくる。少しづつ酒を飲んでいたはずの彼女の顔は真っ赤になり、テーブルにぐでりと身体を預けてしまっていた。
「ふふ~ん。お酒って美味しいのねぇ。なんだか気持ちよくなってきたの」
「お酒飲んだことないのっ?!」
「うん、初めて飲んだ~」
失敗だった。シンヤにとってみればお酒は夜のお供、日本では毎日ではなかったが、頻繁に飲む機会があった。だがよく考えてみれば、クロエは大襲来以降、酒を飲む機会等なかったはずだし、大襲来以前は飲む年齢でもなかったのだ。
「ちょっ、クロエ大丈夫?!」
「大丈夫、だいじょうぶ? おさけって想像してたよりもおいしいし、わたしはへいき」
「ところどころ大丈夫じゃない気がする……」
「なによ。シンヤってばわたしが信用できないっていうの?」
「はい、すみません。クロエさんは大丈夫です」
突っ伏していたクロエは顔を上げ、心配しているシンヤを睨んでくる。お酒の入った女性に反抗してはいけない。数少ない飲みの席での教訓だった。
「ねえ、……シンヤは、なんでわたしをまもって、くれるの? ここに着いてこないで湖畔の村に残ってれば、危険はすくなかったのに……」
シンヤの素直な返事に満足したクロエは両手に握るジョッキに視線を落とすと、心配するように疑問を投げかけてきた。
「なんでだろうね。守られるだけは嫌だったから、師匠にいろいろ教えてもらったけど。……一番の理由は、君に守られたから、かな。……クロエがおれを守ってくれたように、おれも君を守りたかったんだと思う」
「でも、死んじゃうかもしれないんだよ」
「一度死んだんだ。今度は誰かの……君の為に使いたいって、そう思ったんだよ」
久しぶりの酒が回っているからだろうか。すらすらと言葉が口から漏れ出ている。森で感じていた覚悟や決意は今でもシンヤの胸の内にあるのだ。
「うん」
赤くなった顔で笑顔を作るクロエを見て、シンヤの鼓動が早くなっていく。これもまた酒のせいなのだろう。潤んだ瞳で見てくるその綺麗な顔を直視できず、顔を背け、ジョッキに残った酒を一気に飲み干す。
「わたしね。……シンヤが来てくれて本当に嬉しかったの。これからもずっと一緒にいてほしいな……」
「それって……」
言葉を返そうとシンヤが口を開くと、不意に肩に重みがかかる。クロエが寄りかかってきたのだ。
「ク、クロエさん?!」
裏返った声で名前を呼ぶシンヤだったが、クロエから返事は無い。
ゆっくりと顔を覗き見てみると、彼女は小さな寝息を立てて眠っていた。
「……こりゃあ出直さないといけないな」
可愛らしく眠るクロエを起こさないようにシンヤは店主を呼ぶ、少しでも話を聞いておかないと、それこそ何をしに来たのかわからないからだ。




