2章-7話 違和感
石造りの街は想像していたよりも、活気だっている。露店の溢れる大通りには、見たことの無い人種が多数おり、シンヤはまるで田舎から出てきたばかりのように、落ち着きなく周囲を見回していた。
「シンヤ落ち着いて。すごく不自然だから」
「いや、だってさ。こんなに露店が出てるし、いろんな人がいて気になるんだ」
「わたし達、観光に来たわけじゃないんだからね。もう少し目立たないようにしないと……」
「……ごめん。気をつけるよ」
日本では旅行等したことの無かったシンヤにとって、目の前に映るバザーのような光景を見るのは初めての経験で、当初の目的を忘れてしまっていたのだ。
クロエに注意され、気持ちを落ち着けると改めて周囲を見てみる。大通りに集まる人達は、シンヤの眼から見ても至って普通に見え、数百人はいそうな通りに不自然さは見当たらない。
「クシュナの言う通り、おかしな所は無いように見えるけど……」
「でも、いくら結界の中だと言っても、これは異常よ……」
「……なんでさ?」
シンヤにはクロエの言う異常がわからない。視界に入る人々には子連れもいれば、明らかに夫婦とみられる人達もいるが、一様に言えるのは皆幸せそうな顔をしていたことだろう。
これの何が異常なのだろうか?
シンヤが首を傾げていると、クロエは顔を向け説明してくれる。
「だって外からの物流が全くないのよ? それなのにここの人達は何を買いに来てるって言うのかしら?」
「……それは……食材とか?」
少し考え周囲を見渡したのちに、シンヤは答えた。ウインドウショッピング自体は平和な日常があれば成立するだろう。だが、ここは終末世界、今のこの世界の常識では、食材以外は二の次になるはずなのだ。
「そう。食材以外で必要な物は少ないはずなの。なのに、ほら見て。あそこの店は装飾品を売ってるみたいだし、あっちは武器ね。他にも、防具屋、薬屋、雑貨屋、宝石店……ここの通りには食材が売ってないのよ」
「ここの通りに食料品売り場が無いだけじゃないのか?」
「うん。そうかもしれないけど、さっきから見てても、何かを買ってる人がいないみたいなの。……この人達はまだ日が高いこの時間に、仕事もせずに何をしているのかしら?」
言われて理解する。周囲にいる人間達はただ歩き、店を覗き、他愛無い会話をして、また歩いていた。目に映る全ての人間がだ。
そう気づくとシンヤの胸中に違和感が溢れてくる。
「……何もしていない?」
「まだわからないけど、全員が暇を持て余してるだけって、事はさすがに無いと思うの。……思い切って少し話を聞いてみましょうか」
「あの……」
クロエは目に入った露店に近づいて行く、それを追ってシンヤも装飾品を並べている店主に近づき声をかける。
「いらっしゃいっ。うちの商品は評判良いよっ。特に若い女性に人気の品が多いから、見てってくれよ」
「少し聞きたいんですけど」
「なんだい兄ちゃん。話の前に彼女に何か贈り物を買っていかないか? こんな美人の彼女を連れて歩ける幸せ者な兄ちゃんには、羨ましすぎて、高い品を買ってもらいたいなあ」
装飾店を開いている年配の男は、シンヤに気づくと威勢のいい声で話しかけてくる。店主の言うように隣にいるクロエは美少女、少し慣れてきたので、面と向かって緊張することは少なく無くなったのだが、意識させるような店主の言葉にシンヤの顔が赤くなっていく。
「ちょっ、彼女って……」
「彼女じゃないです。友達です」
「なんだ兄ちゃん。こんな美人と二人で出歩くくせに、まだものにしてないのか。……可哀そうな兄ちゃんには安くしてやるから、買ってけよ」
「……まあ、いいんですけどね。……おっちゃん、残念だけどおれ、お金持ってないんだよ」
焦るシンヤを余所に、クロエは即答する。それを聞いた店主は憐れむような眼で見ながらも、結局何か買うように薦めてきた。
「なんだ、甲斐性なしかよっ。かーーっ、駄目だなあ兄ちゃん。だから進展しないんだよっ。男なら甲斐性は作らねえと駄目だぞ」
「余計なお世話ですよっ」
「ごめんなさい店主さん。お金は、これ使えますか?」
手を額に当てて呆れるよう言葉を吐く店主に、クロエは腰に下げた袋から硬貨を一枚取り出す。
「あー、っん? 何だこりゃ。こんなの見たこともねえよ。兄ちゃん達余所の人かい? 珍しいな。うちじゃあこの聖都金貨しか使えねえよ。無いなら両替商に行ってきな。余所の貨幣でも換金してくれるからよ」
「すみませんでした。ちなみに店主さんはいつからここでご商売を?」
クロエが渡した硬貨は、大襲来以前流通していた金貨だったのだが、それを見る店主は本当に見覚えが無いように見えた。
「あーっ。いつからだっけかなあ。もうずっとこの仕事だけやってるんだよ」
「五年よりも前ですか?」
「五年……。いや、ずっとやってるよ」
考えるように腕を組む店主だったが、その話しをする顔はどこか上の空で、急に意識が朦朧としているようにさえ見えた。
「そうですか。ありがとうございました。両替商に寄ってみますね」
「兄ちゃん、兄ちゃん。これやるからよ。ちゃんとするんだぜ」
「いや、貰えないですよ。お金持ってないですし……」
「いいからいいから、稼げたらなんか買ってくれよ」
「……ありがとうございます」
質問が終わると店主の表情は元に戻り、クロエに聞こえないような小声で店の商品を一つ渡してくる。何かの金属でできた羽をかたどった首飾りを、押し付けるように手に握らせると、シンヤの背中を叩いて大きく笑う。
その顔には先ほどの無表情さは欠片も残っておらず、さらに不自然さを突きつけるのだった。
◆ ◆ ◆
「……すごくおかしい。こんなにも活気だっているように見えるのに、ほとんどの人は歩いてるだけなのよね」
「その上、話を聞いてみても、本人がおかしいと思っていないんだよな。なんでなんだろ」
装飾店を出たシンヤ達は、大通りの他の店や道を歩く人達に声をかけて歩いたが、その全ての人達が同じような反応を示し、さらに違和感を募らせるだけで、有用な情報は手に入らなかった。
強いて言えば、両替商で持っていた硬貨を両替した際に、酒場が夕方から開くと聞いたくらいだろう。
『特別な魔力をこの洞穴全体から感じるのじゃ。何かしらの魔法が作動しておるのじゃろう。鳥の小娘が言うように入り口の門になにかあるのかもしれんが……』
「この街の人達全員が、その魔法にかけられて操られてるって事か?」
『操作というほどではないじゃろう。精神に働きかけて記憶をいじっておるといったところかの』
「うん。完全に操られてるって感じはしなかったし、本人の意識もしっかりしてたから、アウラの言うように記憶になにかされてるんじゃないかな」
街の人間に悪意は感じられず、監視されているような事も無い。アウラが感じるような魔力による影響はシンヤ達にはないので、何かしらの条件がなければ発動しないのだろう。
聞き込みを始めて数時間はたつが、街の人達に悪意は感じられなかった。洞穴の外は日が傾き始めてきたのか、茜色に染まりかけていて、そろそろリュート達と合流しなくてはならない時間だ。
「どちらにしても、情報が足りないよね……」
「さっき聞いた酒場に行けば、何かわかるんじゃないか?」
「そうね。食料品を売ってないような場所で、唯一料理を提供してるんだから、他となにか違うかもしれないし」
「じゃあ、リュート達と合流してから、酒場に行ってみましょうか」
人通りの少なくなってきた通りを戻り、シンヤ達は合流場所に向かうのだった。




