1章ー38話 魔族襲来 前編
クロエ達はとても早く起きる。
朝日が出るころには活動を始めるので、まだ暗いうちに目を覚ます。それは屍人が出ない日中に、できるだけ長く活動できるように身についた習慣だ。
準備をして、隠し部屋を出るころには外に屍人の影は無く、辺りは明るくなり始めている。シンヤは昨夜アウラと会話をしていた為、少し寝不足気味だ。眠い目をこすりながら城の中を出口に進む。
「じゃあ、帰ろっか」
「おーーっ。久々に遠出してみりゃ。蟻発見っ」
城の外へ出て外門まで歩き、先頭を歩くクロエが振り返りシンヤに声をかけた時、文字通り空から声が降ってきた。
見上げると、人のような人ではない男が浮いている。目を引くのは浅黒い肌の色と、距離が離れていてもわかる深紅に染まったその相貌だろう。
背中には蝙蝠のような形状の大きい翼が一対。シンヤがクロエを窺い見るとその顔色は悪く、濃い恐怖と驚きの色が滲み出ていた。
「あれは……なに?」
「……あれは……魔族だ」
邪神が生み出したとされる人類の天敵。世界を屍人溢れる終末に変えた存在。
零れ出たシンヤの疑問に、少し離れた後方でキロロの手綱を握ったまま、魔族を睨むリュートが質問に答えた。
「あれが……」
「三匹かぁ。すぐ終わっちまうなぁ。……まぁいいかぁ」
硬直するシンヤ達を尻目に、魔族はゆっくりと方手をこちらにかざす。
やばいっ。
何がやばいのかはわからないが、魔族が手をかざした瞬間、全身に寒気が走り耳鳴りが起きる。反射的に正面にいるクロエを見ると空を見上げたまま硬直していた。
『シンヤっ。避けるのじゃっ』
リュートは間に合わない。そう思ったシンヤは、頭に響くアウラの声を引き金に、固まったままのクロエを横から抱え、飛ぶ。
直後、背後から爆発音。
クロエを抱えたまま転がる。起き上がって、元いた場所を見ると、粉塵の中見えたのは、ちょうどシンヤ達の立っていた辺りに、直径2メートル程の穴ができていた。
「な……っ!」
「あれぇ? 外れちまったかぁ」
地面を見るシンヤの視界に、魔族とは別の影が写る。空を見上げると魔族の背後にリュートがいた。
「……っ!」
背後から一閃。その剣閃は姿勢を反らせた魔族の髪をかすめる。剣を振り終えたリュートは地上に降りると空を見上げた。
「あぶねぇっ。なんだあの蟻っ。速えな」
空中で態勢を整えた魔族は、リュートを警戒するように地面を見据える。
『シンヤ逃げろっ。お主では役に立たんっ』
「いや、でも……」
アウラの言う通り、十数メートルの高さにいる魔族を相手に、シンヤが出来る事は無い。先ほどのリュートくらい飛べるのであれば別だが、そんな人間離れした跳躍など出来はしないのだから。
「シンヤ……。キロロを連れて逃げてて」
「……クロエは?」
「わたしは兄さんの援護をする」
爆発音に驚いたのかキロロは城壁の中に入ってしまった。それを追いかけて逃げろと言う。
「おれもなにかやれることが……」
「ごめんねシンヤ。多分、守ってあげられないの」
「……っ」
魔物を一瞬で屠れるほどの力を持つリュートとクロエだが、空に浮かぶ魔族相手に、シンヤを守りながらでは勝てない。
足手まといだ。そう言われている気がしてシンヤは言葉が出てこない。
『シンヤ、今は従うのじゃ』
二人が心配だが、ここにいてはシンヤを守ろうとして、クロエは援護に集中できない。この場にいないことがやれることなのだと、自分に言い聞かせ、城内に向かい走り出す。
「蟻が一匹逃げちまうなぁ」
走り出したシンヤを空から見下ろす魔族は、シンヤを先ほどのように狙うが、跳躍してきたリュートの剣を避ける為に攻撃を中断する。
「あれは後でもいいかぁ」
魔族は少し残念そうに声を吐くと、残った二人を先に潰す為、高度を下げるのだった。
◆ ◆ ◆
唐突に現れた魔族の攻撃にリュートは焦りを感じていた。5年前の大襲来以降、魔族がリュート達の前に現れたことはなかったからだ。
攻勢に出れなくなった人類に興味を無くしたのだと、リュートは思っていたが、目の前の魔族の口ぶりからするとそうではないらしい。
「蟻ごときに時間をかけすぎだぁな。さっさと潰すかぁ」
冷めた表情で言葉を零す魔族は、数十メートルの高さからリュート目掛けて、拳を叩きつけてくる。
魔族の皮膚は総じて固く、並みの剣では歯が立たない。まして拳ともなればさらに固い。正面から受け止めれば剣が駄目になると、リュートは身体をずらして避けようとするが。
「甘めぇっ」
右の拳を避けられるのを読んでいたのか、左でリュートの腹を狙う。
「ぐっっ……」
剣の腹を盾にし、拳の勢いを流す為に後方へ飛ぶが、殺しきれなかった威力は、リュートを吹き飛ばし城壁に叩きつけた。
背中に走る衝撃で息が詰まり、口内に血の味が広がる。
「がはっ……!」
リュートを殴りつけた魔族は大地にぶつかる前に、翼を羽ばたき勢いを弱めると地面に降り立った。
「兄さんっ!」
吐血するリュートを見て悲痛な声を上げ、クロエは駆けよろうとするが。
「……来るなっ。それよりも詠唱だ」
リュートは口内に溜まった血を地面に吐き捨てると、その場に立ち上がりクロエを止める。
目の前の魔族は5年前にリュートが戦ったことのある魔族よりも、格段に強いようだった。




