1章ー19話 居場所 前編
「それでは、クロエ様も起きられたことですし、わたしは自室に戻らせていただきます」
「ありがとう。セラさん」
「いえ、明日の朝食はシンヤ様の分もご用意いたします。それではごゆっくりお休みください」
そう言うとセラは部屋を出て、扉を閉める直前シンヤに目線を送る。その顔は気を利かせたとでも言うように誇らしげな顔をしていた。
セラが部屋を出ていくと、頭もはっきりしてきたのかクロエはシンヤの存在を確かめるように手を強く握りしめてくる。
「生きてる……よね?」
「大丈夫。クロエのおかげで生きてるよ。ほら右腕も……」
心配そうな顔で聞いてくるクロエに、軋む身体を、できうる限り自然に動かして右手をあげる。
「よかった……」
ようやくほっとした顔をするクロエは、次の瞬間には声を荒げる。
「シンヤ、無茶しないでっ! ここでは人なんてすぐに死んじゃうんだよっ。もう少し遅れてたら、……遅れてたら」
「……ごめん。でもあの時は怖さよりもテクタ達を逃がすことしか考えれなかったから」
「……わかってる。シンヤがいなかったらあの子達は三人共死んでたって、わかってるの。他にやりようがなかったって。でも……死んでほしくないの」
シーツを握りしめ叱咤してくるクロエの顔には涙が滲み、悲哀の色が強く表れていた。やはりシンヤとアルベルトを重ねているのだろう。
「アルさん……、アルベルトさんの事、さっきセラさんに聞いたんだけど、クロエの弟なんだよね」
「うん」
「きっとアルベルトさんはおれより強くて、おれより賢い人だったんだよ。正直あの場にいたのがテクタ達じゃなくて他の大人達だったら、おれは逃げ出してたよ」
「そんなこと……」
「あるんだよ。おれは臆病で弱くて、すぐ死んじゃうような人間だから、……ほら見て」
クロエに差し出した手は震えていた。魔物に襲われた時の事を考えると……、あの恐怖と痛みを思いだすと、シンヤの心と身体は言いようのない不安と絶望感に支配される。
「怖いんだ……。魔物も怖い、屍人も怖い、野盗も怖い……だから、おれは死なないよ。本当に危なかったら逃げるからね」
だから大丈夫と、シンヤは震える身体を自分で抑えながら、強がっていることが分かる程の下手くそな笑顔を作った。
「シンヤ……」
「それにほら、おれも死にたくないしさ。心配させちゃったみたいだけど、もう大丈夫だから……」
クロエの心配が嬉しかった。だから、彼女の不安を消したかったはずなのに、強がれば強がるほど恐怖は増していく……。
「あれ?…」
気づけばシンヤの眼から大粒の涙が零れ出ていた。
「ごめっ、違うんだっ」
歪な笑顔を作りながら、止めようとしても止まらない涙にシンヤは困惑する。先ほどセラと会話していた時は普通に出来ていたはずなのに……。溢れ出した涙はシンヤの頬を伝って真っ白な布団を濡らしていく。
「おかしいな、なんで止まらないんだ? かっこ悪いなあ……」
「そうだよね。怖いよね……」
必死に涙を拭っていると視界が暗くなり、温かさに包まれる。いつの間にかベッドに上がっていたクロエがシンヤの頭を抱き抱えていた。
「ちょっ、クロエっ!?」
これまでの人生で誰かに抱きしめられることがあっただろうか? 遠い記憶の片隅に残る母親を思い出し、シンヤはその温かさに狼狽えてしまう。
「大丈夫……泣いてもいいの。怖かったら、つらかったら、泣いてもいいんだよ……」
「……ぐっ! ……うわあぁぁぁっ」
クロエが柔らかく優しい声音で語り掛けると、シンヤは堰を切ったように声を上げて泣きじゃくる。
痛みが怖い……。身体を喪失する激痛を覚えているから。
生き抜ける未来が見えない……。死の満ちる世界で、自分はあまりにも弱いから。
孤独が怖い……。役に立たない自分では、いつ見捨てられるかわからないから。
何かが解決したわけでもないのに、クロエの言葉と温かさで心が救われていく気がした。
「シンヤはもう一人じゃないよ……」
涙は止まらない、でもその理由は変わった……。




