舐めて、恋
「パンケーーキ!」
ユウは右手にメープルシロップが入った瓶を高くもって、シロップを垂らした。
飴色の波がパンケーキの上を流れていく。
三人で映画を見にくると、いつもこの店でパンケーキを食べている。
「いつも思うけど、ちょっとかけ過ぎじゃね?」
俺はユウから瓶を受け取って、自分の分に軽くかけた。
甘いものは好きなほうだけど、甘いコーヒーも好きなので、パンケーキは甘さ控えめで……。
「ここのシロップは甘くないぞ」
俺の目の前から瓶を持って、ジュンがダバババとシロップをかけた。
どうみてもユウよりかけている。
シロップの海にパンケーキが沈んでるといっても過言じゃない。
「ジュンって、いつもそんなにかけてたっけ?」
俺はシロップが滴るパンケーキを見ながら言った。
「最近好きだな」
ジュンはパンケーキを丁寧に切って、口の中に入れた。
相変らずジュンのナイフとフォークの扱いは綺麗だと思う。
腕の位置と、しっかりと伸びた背筋。
俺とは食べ方が違う。
それはまさに家柄というものだろう。
さっき買った黒いシャツに黒いサロペットを着て、ユウの計らいで大きなピアスまでぶら下げたジュンは、男とも女とも言えない、不思議な生物に見える。
現に隣の席に男たちがチラチラとジュンを見ているから、やっぱり女として魅力的……なのか?
「わかる、女の子に確定してから、甘い物が美味しく感じるよ」
ユウは大きな口をあけて、パンケーキをほおばった。
八重歯が見えて、口のふちにシロップがついている。
「ついてる」
ジュンは手元からナプキンを取り出して、ユウの口元を拭いた。
「ユウ、髪留め、似合うな」
ジュンはユウの方をみて、微笑んで言った。
「えへへ。アラタに貰ったの。ホログラムで可愛いでしょ?」
「似合うな。本当によく似合ってる」
ジュンと一緒に買ったから、もちろん知っているのに、今日初めてみたように、ジュンはユウの髪の毛についた髪留めを褒めた。
その瞳は優しくて、なんだよ、やっぱりユウを好きなんじゃねーか……と少し安心する。
「袖につくぞ」
ジュンが俺に手を持って、スッと持ち上げる。
ぼんやりと二人を見ていたので、あと数センチで皿にシャツの袖がつく所だった。
「……サンキュ」
「どういたしまして」
ジュンが微笑む。
「私の仕事を……」
ユウが口元にシロップをたらしたまま言う。
「二人とも早く食べろよ」
ジュンが笑う。
「邪魔しといて何言ってるんだ」
俺はパンケーキを口に入れた。
うわあ……甘い……。
コーヒーを飲もうとして、まだミルクと砂糖を入れてなかったことに気が付く。
「ほら」
ジュンが砂糖二つとミルクの瓶を俺に渡す。
「サンキュ」
俺はそれを入れて、コーヒーを飲んだ。
甘いコーヒーと甘いパンケーキ……最高……。
ジュンの手元を見ると、ジュンはコーヒーをブラックのままで飲んでいる。
「相変らずブラックなのか」
俺は小さく笑う。
ジュンは昔からコーヒーといえばブラックで、俺をそれを「格好つけ」と呼んでいた。
だって、苦すぎだろう?
「パンケーキが甘いから、丁度いいぞ。飲んでみろ。この店のコーヒーは悪くない」
ジュンはブラックコーヒーを俺のほうに渡した。
「全く興味がございません」
俺はジュンのコーヒーに砂糖を勝手に入れた。
「お前」
ジュンは砂糖を取り出して、俺のコーヒーに入れた。三つは入れすぎだ。
「このやろ」
砂糖を取り出して、皿に落とす。
「んーーー……ベリーソースも美味しい~~」
ユウは俺たちが仁義なき砂糖戦争してるのに興味なくパンケーキを食べている。
「生クリームも良さそうだ」
ジュンも真ん中に置かれた生クリームの山に興味を持つ。
「あ、食べて食べて。このクリーム甘くないの」
ユウは指先についたベリーソースを舐めながら言う。
「いいな」
ジュンはパンケーキの上に山盛りのクリームを置く。
「えー……」
俺はどん引きだ。
「おいしいよ!」
「ん、いけるな」
二人は旨い旨いと言いながらパンケーキを食べている。
うーん、微妙な疎外感。
「ユウ、ロイヤルミルクティー、旨いか」
「美味しいよ、これ」
ユウがストローをジュンの方に向ける。
ちょっと……それって間接キス……。
俺が思うより早く、ジュンはそれを一口飲む。
「ん、いいな。すいません、俺にもロイヤルミルクティーください、アイスで」
ジュンは店員に手を上げてオーダーした。
お前は水しか飲まないじゃなかったのかよ!
二人の食欲見てると、俺はそれだけで満腹になってきた。
「ちょっとお手洗い……」
俺は椅子から立ち上がった。
お手洗い前まで行って考える。
俺は男、女、どっちに入るべきなんだ?
とりあえず気分は男なので、男子便所に入る。
中に居た他の客は俺の赤い髪など気にしない。
凜の妙な力がここまで効いているのか?
普通、赤い髪の人間が男子トイレに入ってきたら、驚かれるけど。
あれから数日、凜には会っていない。
このままで居たいような、自分と同類……両性だという凜に、全く興味ないと言ったら嘘になるような……。
用を済ませて、戻ろうとすると、トイレ近くの廊下からベランダに出られることに気が付いた。
青い空とベランダに漂う丸い陽気に誘われて、俺はドアを開けた。
春の風が吹き抜ける。
「おー……気持ち良い」
ここは駅ビルで、高さはそれなりにある。
見晴らしもよくて……ビックジュンの時計台も見える。
家はあっち方向か。
俺はどこかに出掛けるとビックジュンを探すクセが付いている。
あれがあれば、家に帰れる。その安心感があるのだ。
「わー……ベランダ、気持ちいいねーー!」
振向くとユウが出てきていた。
風で黄色のワンピースがふわりと曲線をみせて舞う。裾のひまわりがニッコリと微笑んでいるように見える。
ワンピースの中から白い足が見える。
「あ、ビックジュン見えるね!」
ユウが指さす。
「……あははは!」
俺と同じ行動で、笑ってしまう。
「え? 何なに? 何かおかしかった?」
ユウは風で乱れる髪の毛を直しながら聞く。
「いや、俺も同じこと思ってたから」
ユウはまん丸な目をパチパチさせて、やがて微笑んだ。
「探しちゃうよね、どこに居ても。私なんて去年惑星旅行したんだけど、違う星に行ってもビックジュン探しちゃったよ」
最近は惑星間を旅するのは、よくあることだ。
俺は恐がりなので、あまり行かないが。
「見えた? 宇宙船の中から」
「実は見えたの。小さく、でも確かに、見えた」
ユウは手すりを持つ。
「宇宙で遭難しても、大丈夫そうだ」
俺はユウの隣に立つ。
「……ごめんね、今日。初デートなのに、ジュンに服を選ぶの楽しくて夢中になっちゃった」
ユウはビックジュンを見ながら言う。
「いや、いいよ、俺も楽しいし」
それは嘘じゃない。
ユウの笑顔が見えたら、俺は何でもいいんだ。
「えへへ。アラタ好きだよ」
ユウがトンと軽く飛んで、俺の真横に来た。
腕と腕が触れる距離にユウが居る。
風が吹き抜ける屋上で、俺とユウの腕だけが温かい。
ユウは俺の方を見て、ゆっくりと瞳を閉じた。
え、これって……。
俺は汗ばんだ掌を何度も握った。落ち着かなくてズボンで汗を拭く。
俺はユウの腕の服を少し引っ張って、体を動かす。
ゆっくりと顔を近づけて、ユウの唇にキスをした。
ユウの唇は風で冷やされて、少し冷たい。
何度かキスすると、すっとユウが離れて、俺の眼鏡を取った。
一気に視界が緩くなる。俺は眼鏡がないと、本当によく見えない。
「もっかい」
ユウは左手に俺の眼鏡を左手に持って、グイ……と強く俺にキスをした。
口づけている唇の隙間から、柔らかいものが入ってくる。
ユウの舌だ。
「……は……」
俺の口が少し開いて声が出てしまう。
「……ベランダにアラタのしっぽが見えてね、すごく興奮しちゃった」
唇を数センチ話してユウが言う。
そして再び俺にキスした。
柔らかい舌が俺の唇と舐める。
腰がガクガクするような快感と共に、俺は一気にユウを抱きしめた。
「ん……」
ユウが俺にしがみついてくる。
俺たちは何度もキスした。
しっぽが熱を帯びたように熱い。
少し開いた視界に、ぼんやりとビックジュンが見える。




