叶うなら、日常
席は予め買ってあったので、ジュースを買って場内に入る。
「アラタはいつもオレンジジュースだね」
「ユウはアイスコーヒー」
「ジュンは……」
と言いかけて、言葉を飲み込む。
いつも三人で来ていた映画館で、習慣でいつもの席を取ってしまったので、ジュンが居ない場所だけが目立つ。
「ジュンは水。【なに飲んでも不味い。これがコーヒーか?】」
ユウが声をかえてジュンのマネをする。
「似てるわ」
俺は吹き出す。
「【水はどこで飲んでも水だ】」
「似すぎ!」
俺たちは場内が暗くなるまでジュンのマネをして笑った。
映画が終わってエンディングテロップが流れ終わって、場内が明るくなった。
「結構上手にまとめてたね」
俺は横を見た。
するとユウは眉間に皺を寄せて難しい表情をしている。
「凄く好きなシーンが無かったあ……」
ユウはむう……と口をとがさせた。
「え、どこ?」
「三巻の旅行行くシーンだよ。あの大きなパーカーを着せてもらうシーンが見たかったよ」
「ああ……」
俺は何となく昨日読んだ漫画を思い出す。
たしか思い出のパーカーを主人公がずっと欲しくて、それをやっと貸してもらう部分だっけ。
「あのシーンなしで、ラストの文化祭で着てたでしょ? ありえないよー」
ユウは口を尖らせたまま言う。
そんなに大事な部分だったかな? これありがとう……的なセリフもあったし、俺的には許容範囲かな……俺はなんとなく内容を思い出していた。
「あれを無くすのは、得策じゃないな」
どこからから聞き慣れた声がする。
振向くと、ジュンが俺たちの後ろの席に居た。
「ジュン!」
ユウが声をだして笑う。
「おい、なんで居るんだ」
俺は半分笑いながら、突っ込む。
「邪魔するって、言っただろ?」
ジュンは俺たちの椅子の背もたれ部分に腕を乗せて少し微笑んで言った。
「ちょっと、いつから居たの」
ユウは笑いながら聞く。
「どうせ俺は水しか飲まない」
ジュンは手にもったペットボトルの水を揺らす。
「やっぱり!」
ユウは膝を叩いて笑う。
「初デートの邪魔するなんて、ジュンは悪魔か!」
俺は睨む。
「旅行シーン無くすなんて、間違ってるな」
ジュンは俺の言葉を無視して、目を閉じて頷きながら言う。
「だよね? あそこが無いなら、ラストであのパーカーもナシだよね」
「おい、ユウ。何普通に受け入れてるんだ」
「だって、納得いかないんだもん」
「俺もそこは納得できないな」
「だよねー」
ユウとジュンはお互いにうんうんと頷く。
どうなるんだよ、俺の初デート。
「では、私はこれで失礼します」
「華多さん!」
全く気が付かなかったが、いつもより少しカジュアルな服を着た華多さんがジュンの隣に座っていた。
「華多さんも、この映画みたんですか?」
「はい。昨日ジュンさまに誘われまして。原作のほうも読みました」
「えーー!」
少女漫画を、御年七十近い華多さんが!
「私も、旅行シーンを無くすのは、愚行だと思います」
「えー……」
俺が半笑いしてるうちに、華多さんは俺たちにお辞儀して、映画館から出て行った。
「来るならひとりで来いよ!」
俺はジュンに突っ込む。
「いや、声かけれなかったら、華多と帰ろうと思って」
ジュンは普通に言う。
「声かけずに帰れよ!」
俺も普通のテンションで突っ込む。
「とりあえずご飯食べよう? いつものカフェでアレ食べようよ」
ユウは椅子から立ち上がった。
なんでそんなに余裕なんだ……。
「で、ジュンは本気で私のライバル宣言するの?」
ユウは映画館を出て、エスカレーターを下りながら言う。
「ああ。リアルに女になったら、アラタと付き合うのが正解だって気が付いた」
「えーーーーーーー?」
叫ぶ俺の手を、ユウがスッと握る。
ふわりとユウのシャンプーの匂いがする。
ああー……今日はユウと初めてのデートだったのに。
ユウは俺の腕にしがみついたまま、反対の指でジュンを指さす。
「別にいいけど、その服装と成りで、私のライバルには認められないなあ」
「へ?」
「女の子なのに、いつも通りのパーカーにズボン? んー? どうかなー?」
ユウは自分のスカートの裾をチラリと持ち、高いヒールをカチンと鳴らした。
「別に服装で勝とうと思わない」
「んー、違うんだなー。戦うなら、ちゃんと戦いたい。銃を持たぬ者を撃ったら、ただの悪人じゃん?」
ユウは反対側の手でジュンの腕を掴んだ。
「は?」
戸惑う俺たちを連れて、ユウはデパートの中に入っていく。
「凄く似合う! ジュンって彫りが深いから、濃い色が似合うよ。店員さん、黒のヒールありますか?」
「はい、こちらなんてどうでしょうか」
「こっちのラメ入りのが、絶対可愛い!」
「でしたら、深緑はどうでしょうか」
「良い! うーん、これ私が欲しいな。お揃いしちゃおうかな」
ジュンはユウが引きずりこんだ服屋で、あれこれ試着させられている。
今は濃紺で小さなドットがあるワンピースを着せられている。
細身で彫りが深いジュンには、確かに似合ってるけど……。
「アラタ、どうだ?」
「気持ち悪い」
俺は後方のソファーに座って、笑顔で答えた。
制服は上が詰め襟だから、下がスカートでも、まあ……良いか……と目を反らしてきたけど、膝丈のワンピースはアウトだ。
「何言ってるの、女の子に!」
ユウに普通に怒られたが、正直意味が分からない。
この状態で、俺が普通にジュンを褒めていいのか?
彼氏が他の女を褒めたことにならないの?
女心はよく分からない……。
「ユウ、アラタが俺を気持ち悪いって言うぞ」
「待って。次はこれにしよう?」
ユウはロングワンピースを手に持った。
「またスカートか」
ジュンは少しげんなりしている。
さっきからスカート四連続だ。ピンクに黒に深緑に濃紺。
正直俺は……なんでもいいです。膝竹、ミニスカ、ロング……全部ただのスカートだ……。
「お客様、これは、スカートではなく、スカート部分がワイドパンツになっています。通称サロペットと呼ばれるものす。太めなので、遠目に見るとスカートに見えるだけです」
店員までノリノリで、商品を詳しく見せる。
「ならいいか。着てみる」
ジュンが服を受け取ってカーテンを閉める。
結局着るのかよ。
俺はソファーの背もたれに体を預けてため息をついた。この店に入って三十分。もうずっとこんなことをしている。端末も無いから暇つぶしも出来ないし、飽きてきた。
俺はあまり服に興味があるタイプではない。全く興味がないわけじゃないが、普通に着られればそれで良いと思っている。
隣にユウが座る。
「あー、楽しいなあ。なんだろう、凄く楽しい」
ユウの頬は少し蒸気していて、オレンジのチークが赤く染まっている。
まあ、ユウが楽しいなら、何でもいいやと思ってしまう俺がいる。
「私が女になって、アラタが男……で、ジュンが女だったでしょ。私とアラタが付き合ったら、ジュンと離れちゃうな……って、少し淋しかったんだ。でも、ライバルって悪くないね」
ユウは首を傾げて、俺をみて微笑んだ。
「悪くないって……なんだそりゃ」
「私、世界で一番アラタが好きだよ」
「へ?!」
突然の告白に声がひっくり返る。
「でも三人でいるのも、好き」
「……分かるけどさあ」
俺だって同じ気持ちだ。でも女の子として好きなのは、間違いなくユウなんだけど、ここで【この形】を認めてしまって良いのだろうか。
「どうだ」
シャッと試着室のカーテンが開いて、ロングワンピースに見える服を着たジュンが立っている。
身長が高くて顔が小さいので、ロング系の服が似合うのは分かるけど……。
「一番いい! このラインで着ていこう」
なんだそのプロデューサーのような話し方。
ユウは俺の隣から立ち上がった。
「ね、アラタはどう思う?」
ユウは満面の笑みで俺の方を振向いた。
俺は改めてジュンを見る。
「まあ……さっきのワンピースより……ズボンなだけマシかな……」
「これください」
ジュンは即答した。
「もっと買い物しようよ、中島財閥!」
ユウはサムアップする。
「次はどこの店だ」
ジュンはそういってカーテンを閉めた。
「オススメありますよ、御曹司!」
ユウは端末に触れた黙った。
ブツブツと検索ワードを入れている。
これはなんだ、ジュンの買い物弾丸ツアーか?
今日は俺の初デートだったんだけど……まあ、いいや。
俺はふう……とため息をついて、少し笑った。
性別が決まってから、こんな風に三人で笑えたのは、久しぶりだった。




