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君の隣に居られるなら

「予習してきましたか? アラタくん」


 ユウが俺と繋いだ手を大きく振って言った。


「ばっちり。結構おもしろかったよ」

「本当にジュンの家の書庫は何でもあるんだねえ」


 ユウはまん丸な目を更に丸くして微笑んだ。

 今日は映画を見に行くことにした。

 ユウが好きな恋愛漫画の映画版なのだが、俺は原作を読んでいなかった。

 それをジュンに言ったら「あるぞ」と書庫に連れて行ってくれた。


「私も入ったことない。少女漫画もあるの?」

「すごいぞ、天井まで本棚でロフト式になっていて、専用の管理人まで居る」

「図書館より凄い」


 俺も付き合いは長いが、一緒に住ませて貰うようになって、初めて入った。

 ジュン曰く「本気すぎて見せるのが恥ずかしい」らしい。


「本好きには、夢の環境だろうな」

「ユウも漫画は好き。今度入れてもらおう。一緒に読もう?」


 ユウが俺の指先をギュッと握る。

 全身に汗をかいているのが分かって、反対側の手で胸元のシャツをパタパタさせた。


「いいけど、砂漠の匂いが充満してたぞ」

「えー……ナノアロマ持っていこうかな」

「あの匂い、俺もジュンも好きだけどな」


 端末で簡単にデータがダウンロードが可能な世界で紙の文庫本や漫画本はレアものになっているが、ずっと存在し続けている。

 最寄り駅まで川沿いを歩いて、駅についた。

 電車はすべて端末が付いていれば乗れるが、俺は端末がないので、華多さんから渡された情報端末を体に密着させて通る。

 これでも同じ状態になると華多さんに聞いた。

 白銀女の凜が端末で管理されてる……って言ってけど、俺はその場合、所在不明になってるんじゃないか?

 ふっとんだ病院のことを思い出す。

 きっと考えるだけ無駄だ。

 電車は無音で動き出した。

 二駅しか乗らないので、ユウも俺も入り口付近に立っている。

 ユウは手すりに体重をかけて、俺の方を見た。


「ジュンの家はどう?」

「快適すぎて、家の存在を忘れるレベル」


 正直、家が直ってもジュンの家に居たい。

 俺を異物のような目で見たお母さんとアオイの事を思い出す。


「私は淋しいよ、アラタが団地に居ないと」


 ユウは小さくほっぺを膨らませて、ぷー……と空気を吐き出した。

 ユウと俺は団地でも隣の棟に住んでいる。

 朝も帰りもいつも一緒だったけど、最近はジュンと帰っている。


「そうだよな、明日は一緒に帰ろうか」

「うん!」

 ユウは口を大きく開けて微笑んだ。

 そこにまた八重歯が見えて、俺は少し笑う。

「……何?」

 ユウが心底不思議そうに俺を見る。

「八重歯」

「あ」

 ユウは口元を押さえた。

「いや、可愛くて、好きだなあ、と思って」

「ほんと? 昔からイヤなんだよなあ。女の子になったし、本気で取ろうかな」

 口を押さえた状態でモゴモゴとユウは言う。

「昔から、好きだったよ、本当だ」


 のど元が何だか苦しくて、少し咳払いする。

 苦しい、違う。

 声が出しにくい。

 声がでる場所が雑巾でキツく縛られたように細くなっていて、苦しい。

 違う、胸が痛いんだ。

 昔からずっと好きだったユウと一緒に出掛けている現実に、胸が苦しくなったのだ。

 ずっと男になって、女になったユウと一緒に出掛けたいと思っていた。

 こんな風に二人で。

 ユウのコンプレックスの八重歯さえ、ずっと好きだと思っていた。

 手すりを持っていたユウの手の上に、自分の手を乗せる。

 ユウは少し驚いて俺を見たが「えへへ……」と嬉しそうに微笑んだ。

 男で良かった。

 窓ガラスに映った赤い髪をみて微妙……と思うが、とりあえずしっぽがあるから、男だろ!

 脳裏にジュンの事が浮かぶ。

 ちゃんとユウに伝えるべきだろうか……。

 明日も学校で会うし、やっぱり言うべきだな。

 俺はユウの手を、上からグッと握る。


「あのさ、ジュンが変なこと言い出したんだ」

「ひょっとして、アラタを好きって話?」

「へっ?!」


 俺は脳天から声を出す。


「昨日の会話、端末で聞いてたよー。アタラから言ってくれて良かった。アラタが黙ってたら、ちょっと心配だったよ」


 あはは、とユウは分かりやすく笑った。


「え、ジュンが、中継したってこと?」


 端末にはそういう機能もある。


「そう。俺と婚約しようって当然のように私の端末に流れてきたから驚いたよ。私と?! って。でも、アラタに言ってるって分かって、もっと驚いたけど」

「え? 何話してたっけ。ジュンめ……」


 電車が駅について、ユウの手が手すりから離れた。

 ユウはそのまま俺の手を握る。


「私が覚えてるのは、ユウと付き合うって、言ってくれたことだけ」


 そう言ってユウは俺の手を引いて、電車を下りた。

 背後で扉が閉り、電車が音も無く走り去る。

 去って行く電車が俺とユウのまっ赤な髪の毛を揺らす。


「それは……言ってた、な」


 告白前に聞かれてたのか。恥ずかしくなってきたが、そもそも昨日どんな会話したか詳しく覚えてない。

 でもユウと付き合うことを宣言したのは覚えている。


「だから今日のデート、すごく楽しみにしてたんだよー。ついに告白されるって。ジュンには悪いけど?」


 ユウはスカートをふわりと揺らして、下から俺の顔を覗き込んだ。

 唇がラメで光っていて、ドキリとする。


「ジュン……さあ、何だと思う? 俺、アイツの付き合い長いけど、今回ばかりは分からんわ」

「んー……、子ども産まなきゃいけないから、気心しれた人と……てのは理解できるけど、それは私も一緒だから」


 ユウが手を繋いだまま、体をピタリとくっつける。


「……ちょ……!」


 俺は腕に感じた柔らかさに言葉を無くす。

 前より胸が大きくなってるし、間違いなく本物の感覚だ。

 しっぽの先がキンと熱くなるのを感じる。

 やばい、これ、感じてるってことだよな。

 初めての快感にお腹に力を入れる。

 ヤバい、気持ち良すぎる。


「ジュンが本当にライバルになっても、ユウは戦うよ? ユウのが絶対アラタを好きだし」

「えへ……えへへ……」


 口がダラリと開いて、気持ち悪い声を発してしまう。

 嬉しすぎる。

 俺は落としそうになった鞄を握った。中からガサリと音がする。


「あ、誕生日プレゼント、忘れてた」


 俺は鞄の中からジュンと買った誕生日プレゼントの紙袋を出して、ユウに見せた。


「誕生日、おめでとう。とうとう十五才だな」

「ありがとう」


 ユウは紙袋を受け取って、開けていい? と表情だけで聞いた。俺はどうぞ、と手だけで促す。中から俺が選んだホログラムの髪留めが出てくる。


「わ、可愛い! ありがとう」

 ユウはさっそくそれを髪の毛につけた。

「どう? 似合う?」

 ユウはつけた部分を、俺の方に見せた。

 思った通り、ユウにはその髪飾りがよく似合った。

「良い感じ」

 俺は目を細めて言った。

 自分が買ったものを、好きな女の子が見つけることが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。

「えへへ。嬉しい。ありがとう」

 ユウは俺の腕を引っ張って、俺を少し小さくした。

 そして俺の頬に小さくキスした。

 俺の頬に触れる温かくて柔らかい……ユウの唇。

「はいー……」


 俺は引きずられるまま映画館が入っている駅ビルに入った。

 足でちゃんと歩いているのに、足が地面から数センチ浮いているような、妙な感覚がある。

 今日の初デート、ユウに俺からキスくらい、しちゃう? しちゃってみる?

 そう考えると、更に心臓が痛い。

 でも嬉しくて口元が緩む。

 もうこうなったら両性でもアリクイでも宇宙人でもいい、とりあえずしっぽがあって良かった!


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