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指先から男の子で

 今日は休日で、ユウの誕生日だ。



 端末を無くした俺は、前日に学校でユウと待ち合わせをしていた。

 待ち合わせという事に、ユウはとても興奮していた。


「端末で連絡とれちゃうから、待ち合わせって初めて。なんか楽しいね」

「不安のほうが大きいけどな」

「明日、河原に十時ね、十時だよ、十時!」



 ユウは端末に触れながら言った。

 きっとメモしてるのだろう。

 今日は美容院に行くんだ! 髪の毛サラサラにしてもらうの! と目をきらきらと輝かせてユウ帰って行った。ユウは女の子になってから、本当に楽しそうだ。

 俺のために可愛くしようと思ってくれるなんて、嬉しい。

 前日から嬉しいなんて、デートは偉大だ。



「じゃあ行ってくるわ」


 俺は手持ちの服の中でも、きれいめなシャツとズボンを着て、髪の毛を整えた。

 まっ赤になった髪の毛は、ジュンの手によって短く切られているが、それなりに格好良くしたい。


「俺も一緒に行こうか」

 ジュンが本を読む手を止めて真顔で言う。

「勘弁してくれよ」

 鞄の中にユウへの誕生日プレゼントと、財布と華多さんが貸してくれた昔の情報端末を入れる。

 大昔は手持ちでしたよ? と華多さんが貸してくれたのだ。

 調べ事も出来るし、それだけで安心感がある。

「あとで話聞かせてくれよ」

 ジュンは本に視線を戻した。

「おう」

 俺は鞄を背負った。

「そういえば、次はこれ読めよ」

 ジュンが横の棚から本を出す。

 それは名探偵アポロンの一巻だった。

「ついに俺もここまで来たか」


 ジュンから本を受け取る。

 アポロンを読む前に、あれもこれもソレも読め! とジュンに言われていて、ずっと読めなかった。

 そんなことをマトモに聞く俺もアホだが、本が好きな人のオススメを順番に読んでいくのは、正直楽しい。

 ミステリーなら、トリックを一番最初に考えた人の作品から貸してくれる。

 この作者がこのアイデアを足した……とか、この作者はこれと、これを足した……とか常に分析しながら本を読んでいる。

 俺はそれを聞くのも好きだ。

 同じ本を読んでいるのに読んでいる場所が違ったり、感想が違うのも良い。

 パラパラめくると、ユウが言う所の砂漠の匂いがする。


「俺もこの匂いは好きだけどな」

 クンと本に匂いを嗅ぐ。

「他には無い匂いなんだよな、なんだろうな、これは」

 ジュンは本から目を離さずに言った。

「じゃあな」


 俺は本を鞄にいれて、ジュンの部屋を出た。

 ジュンは手だけフワフワさせて、俺を見送った。

 その態度に俺は少し安心する。

 ジュンもユウを好きだったわけで、心境は複雑だろう。

 ユウと俺を付き合わせたくないから、アラタは俺と付き合え……まで思考が行くなんて、少し心配だ。


「お送りしましょうか」


 廊下で華多さんに話しかけられる。

「いえ、河原で待ち合わせなので、自転車で大丈夫です」

「ご夕食はどういたしましょうか」

「ユウと食べるので要らないです。帰りは夜になると思います。チャイム鳴らして大丈夫ですか?」

「門番がおりますので、声をかけていただければお開けします」


 門番。そりゃすごい。

 じゃあ行ってきます……と言いかけて、さっきの事を思い出す。


「あの、ジュン、精神的にかなり来てると思うので、ちょっと気にしてもらっていいですか?」

 俺は華多さんに一歩近づいて小声で言う。 

「と、おっしゃいますと?」


 華多さんは小さく首を傾げた。

 眼鏡の奥で瞳がきらりと光っているように見える。



 俺と華多さんの付き合いは長い。

 ジュンと仲良くなって「ジュンの友達は?」と聞いたら「華多」と答えたから、びっくりした。

 それは友達じゃなくて、執事だろ? と行ったら、従者だと言われた。

 俺には差がわかんねーよと言ったら、執事は金の計算をしてるだけだと言われた。

 そういうもんなの? 金持ちの話はどうでもいいから、それは友達じゃないと言ったら、静かに話を聞いていた華多さんが一歩前に出た。

「私は、ジュンさまの従者で、親友でございます!」

 その時六〇才こえてる白髪の人に真顔で言われたら、俺も黙るしかない。

 はあ……そうですか……と答えてから時は経った、もう十年以上。

 だから言いにくいことも言える。



「ジュンがおかしいんですよ」

「ジュンさまは、いつも通りのように見えますが」

「あの……ユウと付き合わずに俺と付き合えとか、言うんですよ」

「それは私も賛成でごさいます」

「おーーーーい」


 華多さんが普通に言うので、俺は手の甲でパタンと華多さんを軽く叩いて突っ込んだ。


「ジュンさまがお嫌いですか?」

 華多さんが悲しそうな顔で言うので、俺は真顔で答えた。


「じゃあさ、華多さん俺と付き合える? 無理でしょ?」

「光栄です」


 華多さんは最高の笑顔で答えた。


「帰りは夜でーーす……」


 俺は広すぎる玄関から出た。

 中島家はおかしい、おかしいと思っていたけど、ここまでか。

 俺は自転車にまたがった。

 しっぽがコツリと当る。

 短い髪の毛に触れた。

 俺は男で、女だけど、ユウへの気持ちは変わらない。

 さあ、告白しよう。

 自転車のハンドルを強く握った。



 川と海が混ざった河原に向かう。

 子ども時代からずっと三人で遊んでいた場所だ。

 ジュンの屋敷の影に入っていて、誰も来ない秘密の場所。

 俺たちはいつもここで野球や石投げ、サッカーやおにごっこをして遊んだ。

 ジュンは遊びという遊びを知らなくて、いつも俺とユウが教えた。

 どんな幼稚園時代だったんだ? とジュンに聞いたら「家政婦と華多が交互に本を読んでくれる」と言うだけ。

 それじゃ何も知らなくても仕方ない……とユウと驚いた。

 懐かしいな、あれはもう、七年前のことなのか。

 俺がジュンと遊び始めたら、ユウも一緒に遊び始めた。

 当時のジュンは浮いた存在で、誰も近づかなかったけど、ユウは違った。「なんだ、思ったより普通の子だね」と言って、一緒に遊び始めたんだ。

 その正しさ、その優しさ、自分の頭でちゃんと考える気持ちの強さ。

 俺はずっとずっとユウが好きだった。

 いつから好きだったか分からないくらい昔から。


「アラタ!」


 河原につくと、堤防にユウが座っていた。

 肩が出ている黄色でスカートに大きなひまわりが咲いているワンピースを着ている。

 美容院に行ったという髪の毛はサラサラと風に揺れて美しい。


「待った?」


 俺は自転車を止めた。


「楽しみで、ちょっと前から来てた。ずっと向こうからね、アラタが自転車こいでるのが見えて嬉しかった。私の方に向かってずっと走ってくるの。あー、近づいてくるなーって!」


 ニパッと八重歯を見せて、ユウは笑った。

 その笑顔に、俺の心の芯が踊る。やっぱりすごく好きだなあ。


「ユウ、ずっと好きだった。俺と、付き合ってください」


 どう言おうか、ずっと悩んできたけど、ユウの八重歯を目の前にしたら、すんなりと言葉が出てきた。

 俺は手を差し出して、頭を下げた。

 好きだと告白されて、キスをされていても、緊張して手が震える。

 その指先にぬくもりを感じる。

 顔を上げると、ユウが指先をつまんでいた。


「この指は、男の子なのかな、女の子なのかな」


 そういってにやりと笑った。

 いたずらっ子な瞳に心臓が跳ね上がる。体がカッと熱くなり、背中に汗が流れた。


「……男で、お願いします」


 俺は小さな声で言う。

 指先をつまんでいたユウが、親指、人差し指、中指……と指を絡めてくる。

 その感覚に、俺のしっぽがビクビク動く。

 良かった、しっぽを完全に隠すズボンはいてきて。

 触られてしっぽビクビク動かしてたら、興奮してるのが丸わかりだ。

 すべての指を絡めたユウが、俺の手を握る。


「よろしくお願いします」


 そのまま、俺のほうに近づいて来て、胸元に抱きついてきた。

 ふわりと甘い香りが俺を包む。

 頬に触れるまっ赤な髪の毛は、川の光に反射してキラキラと光っている。

 目の前にユウの細い肩がある。

 俺はゆっくりと手を伸ばした。

 まず掌をつけて、そのまま指を着地させる。

 そして反対側の繋がれたままの掌を、固く握った。

 ユウが俺にぎゅーっとしがみつく。


「えへへ……すごく嬉しいな、嬉しいな」


 しがみついたまま頭をモゾモゾと動かす。

 俺はその髪の毛を何度も撫でた。

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