10-2 アリシア
一人、部屋の中で書物を書き留める姿があった。
その姿は、幼子が必死に勉強しているようにも見える。
だが彼女、アリシアは幼子ではない。
書いている内容は魔法の理論であるし、その内容を理解できるのはごく一部だろう。
「ふぅ……」
そんな風に、小さく息を吐く。
まだページは残っている。
しかし、彼女が書けるのはここまでだった。
魔法は失われている理論が多い。
それを復活させるのが、今の研究者の指名のようなものであるが、アリシアは今復元できる理論の最先端にいた。
椅子から降りると、アリシアは窓辺へと歩いていく。
ゆっくりと、なにかを期待するように。
そして、窓を開ける。
夜風が部屋の中へと入ってくると、アリシアはすこし体を震わせた。
「うぅ……」
夜の風は冷える。
アリシアは、その冷たさを感じていた。
しかし、アリシアはすこしだけ残念そうな顔をする。
すこしうつむいている彼女の顔は、どこか暗い。
それもそのはずだろう。
明日には、戦いが始まる。
アリシア自体、戦闘になれている訳ではなかった。
戦闘ではいつもアストラルやセレナに守られているばかりで、自分で戦ったことはない。
ただでさえ、臆病な性格である。
(そういえば、こんなこともあったっけ……)
それは、アリシアがまだ研究者として名を馳せていないころの話だ。
――― ―――
「これによって魔法は……」
壇上に立って説明をするアリシア。
しかし、その発表を誰一人として聞いてはいなかった。
その時、アリシアが発表していた内容は、当時としては異端のものだった。
魔法は、高度な理論に基づいた専門分野。
そう言われ続けていた。
実際、魔法は高度な理論で構成されている。
アリシアの発表は、それを覆すものだった。
魔法は基本的な理論に基づいた応用が期待でき、それによって普及することができる。
それがアリシアの研究だった。
数学を学ぶ前に算数を習う様に、魔法もその基となる知識を付ければ使うことができる。
アリシアはそう考えた。
しかし、魔法はそれぞれ考え方が違う。
それに共通した基礎理論を導き出すのは、容易ではなかった。
この時のアリシアも、その理論までは確立できていない。
「うぅ……」
発表が終わり、自席につくアリシア。
周りが嘲笑しているのは、明らかだった。
『あんな幼い子供を連れてきて』。
まるでそう言っているように、彼女は感じていた。
彼女以外の研究者は、失われた高級魔法の研究についての発表だった。
依然、進歩はしていないが、彼らにとってそれが一番だったのだろう。
発表会が終わって、アリシアは顔を伏せながらで帰路につく。
その顔は、今にも泣きだしそうだ。
「アリシア」
不意に名前を呼ばれ、体をこわばらせる。
そして、辺りを見回すとその姿をみつけた。
「あ……どうも……」
「そんなに暗い顔をして、どうしたのさ?」
「いえ……何でもないですぅ」
「何でもないわけないだろ?」
彼女はアリシアの魔法の師である。
ただ彼女は研究者ではない。
あの学会の様子を知るはずがなかった。
「……」
アリシアは黙る。
頭の中では、言っていいのだろうかと悩んでいる。
師である彼女は、弟子のことを大切に想っている。
だからこそ、心配させていいのだろうかと。
「無理に話せとは言わないけどさぁ……やっぱりね、心配だよ」
「すみません……。ところで、どうしてここに?」
「ああ、ちょっとした仕事でね」
「そうなんですかぁ」
「まっ、もう終わるから戻るけどね。アリシアは?」
「私も、研究室に帰るところですぅ」
「ならちょうどいい。一緒に……」
「失礼しますぅ!」
いきなりそう言い放つと、アリシアは走り出す。
「ちょっと! アリシア!!」
彼女は叫ぶ。
急いで伝えなければならないと。
「出口はそっちじゃないよ!!」
「はうっ!?」
素っ頓狂なアリシアの声が、響き渡った。
――― ―――
(結局、師匠に送っていってもらったんだったなぁ)
空を眺めながら、懐かしい思い出に思いを寄せる。
あれから月日が流れた。
アリシアの研究が認められてから、彼女の師はどこかへと旅立った。
(師匠、元気かなぁ)
研究を始めてから認められるまで、彼女は師としてアリシアを支えていた。
その想いは、アリシアの胸に確かにあった。
「うん!」
アリシアは窓を閉める。
その顔は、どこか晴れ晴れとしているようにも見えた。




