5-3 正しきこと
アストラルたちが自警団の駐屯所にいたころ。
「くくくっ……! さすがに”これ”までは気づかなかったみたいだな」
「それで、本当に大丈夫なの?」
「ああ、心配ない。今回も大丈夫だ」
「まぁ、それに関しては心配していないのだけれど。今回は騎士までいるみたいだし、注意した方がいいんじゃない?」
「金獅子の戯言に耳を貸すとは思えない。それに”噂の魔剣”が本物ならば……金獅子など一瞬だ」
がははははと下卑た笑い声が響く。
一緒にいる女性の目が、怪しく光ったことすら気づかず、彼はただ笑っていた。
――― ―――
「ぐわぁ!」
どさっと地面に一人、また一人と血だまりを作っていく。
地方の自警団とはいえ、騎士学校と同じだけの訓練を積み上げてきている。
並大抵の盗賊ならば、相手ではない。
その自警団がいとも簡単に倒されていくのだ。
金獅子はそれだけ強かった。
「オラオラァ! 道を開けやがれェ!!」
凄まじい勢いで、敵を倒していく金獅子はその名の通り、獅子のようだった。
――― ―――
『上がってきたぞ!』
「上がってきた!?」
「正面突破してきたっていうのか!?」
「はわわわぁ……」
「アリシアは下がれ! 私とアストラルで相手をする!!」
「わ、わかりましたぁ!!」
トコトコという風にアリシアは後ろの部屋に入った。
そこはディゴールの書斎でもある。
「ああァ?」
階段をゆっくりと昇る音が聞こえる。
僕は、鞘に入ったままの剣を握った。
目の前に現れた金髪の青年。
金獅子の金は髪の色だと、すぐに分かった。
「んだよ、まだいたのかよ」
「お前が金獅子だな?」
「その恰好、王都の騎士だなァ?」
「だったら、どうしたというんだ」
「どうしたって……ただ、倒すだけだァ!!」
「なっ!?」
(早いっ!!)
一瞬で僕の目の前にくる金獅子。
それを認識した次の瞬間、僕の体は壁にたたきつけられていた。
「っぁ……!」
「アストラル!!」
「よそ見をしている暇があんのかァ!!」
「っ!!」
キンという甲高い音が響く。
セレナの剣と金獅子が持っている短剣が、二人の眼前で火花を散らしていた。
「ほぅ、やるじぇねえか」
「余裕だな……金獅子!!」
ズサッという音を立てながら、二人の距離が離れる。
金獅子の顔には笑みが、セレナの顔には焦りが浮かんでいた。
「王都の騎士で、しかも女が俺の一太刀を防いだのは誉めてやろう……。だがなァ!!」
「くっ!!」
金獅子の素早い連撃。
セレナはそれを一つずつ対処するが、次第に追いつかなくなっていく。
「オラオラ! どうしたよ!! どんどん遅くなってきてんぞォ!!」
金属音の中に響く、生々しい音。
金獅子はあえて、セレナの鎧を殴っていた。
「おらよッ!!」
「しまっ……!」
金獅子の短剣にはじかれ、一瞬だが無防備になるセレナ。
彼がその隙を見逃すはずもなかった。
「オラッ!!」
「がっ……!」
「セレナ!!」
ごろごろと転がるセレナ。
止まった先で、痛みにもがいていた。
「んだよ、やっぱりこの程度かよ」
「どうして、こんなことをするんだ……!」
レーヴァティンを杖代わりにして立ち上がる。
まだ痛みがないわけじゃなかった。
「あァ?」
「どうして、暗殺なんてマネをするんだ!」
「はん、お前があの野郎の護衛だが知らねぇが、あいつがやってることを知ってんのかァ?」
金獅子の顔は、うんざりとしているようにも見えた。
金獅子の言うあの野郎……ディゴールがやっていること。
それは……。
「……この街の住民に対して、通常の3倍以上の税金を課せ、その税金で豪遊……」
「知ってるのかよ。それじゃあ、なんで奴に味方する?」
「僕はディゴールの味方じゃない……」
「あァ?」
「僕はディゴールの味方じゃない! 僕がここにいるのは、国王からの任務があるからだ!!」
「それじゃあ、俺がお前を倒しても文句はねえよなァ?」
「僕はここで倒れない……! ディゴールも殺させはするものか!!」
「はん、正義感がいいのはいいことだがァ!」
「ぐぅ……!」
お腹に一発。
その一撃は普通の人間の一撃じゃなかった。
「それで悪人を助けるっていうのは、よろしくねえよなァ」
「っ……!」
「それじゃあ、俺の仕事をやらせてもらうぜ」
金獅子はゆっくりと僕の横を通る。
『俺に変われ! 俺ならやつを倒せる』
(まだ……!)
かすんでいく意識を無理やりはっきりさせ、僕は金獅子の足をつかんだ。
「あァ?」
「待て……!」
「まだ痛めつけられてぇのかよ!」
「ぐっ!!」
今度は蹴りが入った。
視界がくらくらする。
呼吸もしづらい。
『さっさと俺に変われ! 死にたいのか!!』
「どんな理由があっても……!」
僕は立ち上がる。
口の中が血の味がするけど、気にしていられない。
「意外に頑丈だな」
「どんなに悪人でも……!」
僕は両足でしっかりと立つ。
もう、答えは出た。
「それは人殺しを正当化する理由にはならないんだ!!」
「はん、いいぜ! まずはお前から殺してやるよ!!」
「レーヴァティン!!」
――― ―――
金獅子の短剣をはじき、金獅子を蹴り飛ばす。
まったく、主がうだうだと悩んでいたせいで、かなりの被害が出てしまった。
「な、何だこいつ……! 急に力が……!」
「まったく、威勢だけはいいな……半獣人」
「なっ!?」
金獅子と呼ばれた半獣人は驚きが隠せないようだった。
「それにしても……人との子を産む獣人がいたことにも驚きだが……それが暗殺家業しているとは、な」
「はん、お前……噂の魔剣だな?」
「それがわかったところで、一体どうするというのだ?」
金獅子はにやりと笑う。
「なぁに……俺も本気でやれるってだけのことだァ!」
うめき声にも似た声を上げる金獅子。
すると、獣の耳が現れ、口から牙が伸び、身体も一回り大きくなった。
「獣人の力を開放した……というところか」
「オラアアアアアアアア!!」
とびかかってきた金獅子を一歩横に動いて避ける。
「確かに、先ほどよりは速いな。だが……っ!」
頬から流れる鮮血。
金獅子を見ると、爪から血が滴っていた。
よくみると、爪が鋭く伸びている。
「身体能力だけでなく、攻撃方法までも獣になったか」
「まだまだこれからだァ!!」
床に落ちていた短剣を拾うこともせず、金獅子は攻撃を仕掛けてくる。
「はあっ!」
俺は剣を振り下ろしたが、金獅子は軽い身のこなしで避ける。
どうやら、人を相手にしているというよりも、魔物を相手にしていると考えた方がよさそうだ。
「いくぜェ! ”魔剣”!!」
「来い!」
――― ―――
『それは人殺しを正当化する理由にはならないんだ!!』
「……!」
部屋の奥、アリシアはディゴールの書斎で、杖を構えて立っていた。
もしも入ってこられたら、対応するつもりのようだ。
その小さな体で、懸命に震えをこらえながら、立っている彼女の後ろで、下衆な笑みを浮かべたディゴールがいた。
(私がしたことはばれているみたいですからねぇ。一応、保険はかけておきますか)
ゆっくりと近づくディゴール。
それにアリシアは気づいていない。
『レーヴァティン!!』
「ひっ……!」
ガタガタと震えはじめるアリシア。
立っていることもままならなくなり、その場にへたり込んでしまった。
「へっ?」
アリシアをつかもうとしていたディゴールは、体勢を崩し、顔から床へと倒れた。
普段、何もしていない分、その姿は無様だと言える。
「ま、魔人……!?」
アリシアには、アストラルの後ろに立つ、実体のない姿が見えているようだった。
――― ―――
「はぁっ!」
「オラッ!」
ブン、ブンと風を切る音が響く。
それはどちらの攻撃も、それだけ素早く、そして、どちらもその攻撃を避けていることを意味していた。
「テメェ……! はなっから殺す気なんざねえなァ!?」
「今回は護衛と捕縛だからな。殺すことが目的ではない」
「そんな余裕がいつまでも続くと思うなよ!!」
「余裕を出せるほど、差があるということを悟るべきだな」
「はん、言ってろォ!!」
鋭い爪の連撃。
その両腕から繰り出される攻撃は確かに速い。
「だが、それだけに単純だ!」
「なにィ!?」
俺は懐に入り込むと、金獅子のあごに向かって、柄頭を突きあげた。
「グゥッ!!」
弧を描くように宙を舞った金獅子は、そのまま床へと落ちる。
「ぐっ……!」
まだ頭がくらくらするのだろう、立ち上がるまでには時間がかかりそうだった。
「今のうち……か」
俺は金獅子にゆっくりと近づく。
真横に立った俺を見るなり、金獅子の顔にあきらめの色が浮かんだ。
「殺せ」
「ああ、そうさせてもらう。生死は問わないといっていたからな」
『ちょっと待って!』
主の声を無視して、剣を構えると、金獅子はゆっくりと目をつむった。
『レーヴァティン! だめだ、殺しちゃダメだ!!』
「はあっ!」
ドスリと、剣が貫いた感触が、手に伝わってきた。




