5-2 目の前の現実
「それで、今回の用件を聞こうか」
翌朝、僕らはディゴールの書斎に来ていた。
「ええ。要請した通り、”金獅子”を相手にしてもらいたいのです~」
ディゴールは引き出しから、一枚の紙を取り出す。
「これは、奴から送られてきた予告状です~。これによれば、今夜、私を殺害しに来るということなのです」
「つまり暗殺の予告ということか」
「その通りですねぇ~。それであなた方には屋敷の警備を頼みたいのですよぉ~」
「屋敷の警備だと?」
「ええ。やつらの本拠地はわかっていませんからねぇ。迎え撃つのが精一杯というところなのですよぉ」
「つまりはディゴール殿の護衛をするということか」
「ええ。お願いしますよぉ~」
「わかった。自警団とも話を付けたい」
「彼らなら駐屯所にいるでしょう」
ずっとディゴールの隣に立っていた女性がそう告げる。
みたところ、秘書のようだ。
眼鏡をかけ、大人の女性という印象を受けるその女性は、いかにも仕事ができそうだ。
「なら、そこへ向かおう。準備はできているか?」
「大丈夫」
「私もですぅ」
「では、駐屯所の方には私から話を付けておきましょう」
「頼む、それでは行こう」
セレナの先導に従って、僕らは自警団の駐屯所へと向かった。
背後で、ディゴールが怪しげな笑みを浮かべていることにすら気づかないまま……。
――― ―――
「それで警備の配置だが……」
セレナが自警団の人と配置について話し合っている部屋の奥で、僕とアリシアはただ座っていた。
話に入れなかったこともあるし、こういうのは本職の人に任せるべきだ。
そう思ったんだけど……。
『ええい、なぜそこに配置するのだ!!』
さきほどから魔剣が口うるさく何か言っているのが、すごく気になる。
気を許せば、レーヴァティンは僕に憑依して、延々と文句を言いそうだ……。
『チッ、まぁいい。それよりも今のうちに町の様子だけ観に行くぞ』
(え? でも、今言っていいのかなぁ)
『町の様子を見に行くと告げればいいだろう。別段、おかしなことをするわけではあるまい』
(確かに……)
『早くしろ』
(わかったよ……)
レーヴァティンにせかされ、僕は隣に座っているアリシアにひと声かける。
「ちょっと街の様子を見てくる。何か聞かれたら、そう答えておいて」
「わかりましたぁ」
「お願いね」
作戦会議の邪魔にならないよう、静かに部屋を後にする。
自警団の駐屯所は質素なつくりになっていて、ディゴールの屋敷と比べるとはるかに地味だった。
(いや、ディゴールの屋敷が立派過ぎるのかな)
王都でも、あれだけ大きな屋敷はない。
領主制の街に、あれだけの豪邸。
なにか裏があるように思えて仕方なかった。
駐屯所からしばらく歩ていると、市街地に出る。
それまでの道は、どこか殺風景に思えた。
(う~ん、何もなさすぎるんだよなぁ)
王都に向かう道中に立ち寄った村でも、ここまで何もなかったわけではない。
ちゃんと畑なり、民家だったり、何かしらあった。
もともとアンディゴが丘陵地帯の奥地にあることから、景色は変わり映えしないけど……。
それでも、この町の景色は異常だった。
『異常ではないな。昔、ここは陸の孤島で、いまよりも殺風景だった。外からの移民はなく、建築物は必要最低限のものだけに限られた』
(昔、来たことがあるの?)
『昔の話だ。それよりも、そろそろ市街地だ。……よく見ておけ』
レーヴァティンのその言葉には、重い響きがこもっていた。
一体、どうしたんだろう。
言われたとおり、僕は町の様子に目を向ける。
古い建築物は、先ほど聞いたばかりのものだろう。
ところどころに、比較的新しい建物もあることから、間違いではないと思う。
だけど……。
(どうして……どうしてこんなにボロボロなんだ?)
立て付けの悪い扉は、キィキィと耳障りな音を立て、風に揺られている。
それどころか、屋根に穴が開いていたり、壁が崩れかけて柱が見え始めていたりした物もあった。
辺りを見回してみると、やせ細った少年や老人が虚ろな目しており、もはや人が住んでいないであろう住宅も数多く存在している。
(おかしい……! 普通、こんなことにはなりえないはず……!!)
『お前の普通が世界の常識だと思わないことだ。この町では、今、目の前にある光景が普通なのだ』
(もしかして……!)
『お前の想像があっているかどうか、確かめるべきだ。もう少し街の中を調べるぞ』
(わかった!)
それからしばらく町の中を調べた。
結果はどこの同じような雰囲気だった。
(そんな……! こんなことって!)
『現実だ。受け止めろ』
「くっ……!」
受け入れられるわけがない。
目の前にある現状は、確かに僕には直接関係はない。
他人は関係ないと割り切ることができるなら、僕はそうしているだろう。
だけど……!
「僕は……!」
硬くこぶしを握り締める。
(どうすればいい……!)
ふと、服の裾を引っ張られる感覚がした。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
声がした方を見ると、幼い少女がこちらを見上げていた。
「お兄ちゃんはどこから来たの?」
「僕? 僕は……王都から来たんだ」
「王都って王様がいるところ?」
「ああ、そうだよ」
「それじゃあ、お願い……」
少女は切に僕の目を見ていた。
告げられた願いは、誰にできることだったが、とても切実で、やり遂げなければいけないものだった。
――― ―――
「アストラル、町の様子はどうだった?」
「……静かだったよ」
「そうか。特に混乱が起きていないのなら、警護に専念できる。それで、今夜の布陣だが……」
セレナはゆっくりと、今夜の配置や作戦について説明してくれる。
彼女に申し訳ないが、半分以上が耳を通り抜けていった。
僕はどうすればいい。
魔剣をぎゅっと握るが、何も答えてくれない。
答えは……自分で決めるしかない。
どうすべきか。
屋敷に向かう途中にみたディゴールの屋敷は、どこか不気味で、夕焼けに赤く染められていた。
ディゴールの屋敷にはいると、無表情なあの家政婦が出迎えてくれた。
「お待ちしていました。夕食を用意してありますので、こちらへ」
彼女の案内についていくと、豪華な食堂に豪勢な料理が並べられていた。
「お好きなものを食べてください、とのことでした。では、私は扉の横にいますので、何かありましたら」
ぺこりと頭を下げるその家政婦は、本当に無表情だった。
「わぁ! 御馳走ですぅ!!」
「戦いの前の腹ごしらえだ。しっかりと食べておくがいい」
2人がわいわいと食事の準備をしている中、僕はその料理を食べる気が起きなかった。
『食べておくべきだ。やらなければやられるのはお前だ』
(わかってるよ……わかってはいるんだ……!)
『ならばなおのこと、食べておくんだな。ここで倒れるわけにもいかないだろう』
その通りだ。
僕はここで倒れるわけにはいかない。
そう考えると、すこしだけ食欲が出てきた。
食べた料理は、たしかにおいしかったが……満足する食事ではなかった。
――― ―――
「もうすぐ、来る頃だ。用意はいいか?」
僕とアリシアは黙ってうなずく。
既に日は沈み、月が夜空に浮かんでいる。
いつ来てもおかしくはない。
『……! この気配……!』
(レーヴァティン?)
『ふ……はははっ! なるほど、面白い!!』
(一体、どうしたの?)
そう問いかけた時だった。
「来たぞ~~~!!」
「……!」
「二人とも、気を引き締めろ!」




