4-3 新たな旅立ち
朝、鳥のさえずりで目が覚める。
「……」
昨日はよく眠れなかった。
『君は彼を……!』
『殺す覚悟があるのか?』
セレナの言葉が、やけにはっきりと頭の中で響く。
まるでレーヴァティンがしゃべっているかのようだ。
『俺は何も言っていないぞ』
(……わかってるよ)
まったく……人の考えを勝手に読み取って……。
隣を見ると、別のベッドで眠っているアリシアの姿があった。
「よく寝れるなぁ」
昨日も部屋に戻ると、アリシアはすでに寝ていた。
まぁそういう体質の人がいないわけじゃないから、理解できなくもないんだけど。
大きく伸びをして、ベッドから降りる。
貴賓室の窓から見える空は、青く晴れ渡っていた。
「ん……」
「おはよう、アリシア」
「おはようございますぅ……」
あふぅと眠そうにあくびをするアリシア。
まるで幼子のようだ。
それからしばらくして運ばれてきた朝食を食べ、貴賓室でゆっくりとしていた。
(王宮内の図書室は調べたし……あと残っている可能性は宝物庫……か)
『それは確実に見れないだろうな』
(だろうね。あとは……だめだ、全く思い浮かばない)
『伝承をあたってみるのも一つの手だろう』
(伝承?)
『古文書も、言い換えれば伝承の一つだ。古い知識や事実を、子孫に伝えたものだ。その中には様々な伝説がある』
(伝説……か。昔の事実を調べれば、手がかりになるかもしれないということ?)
『そういうことだ』
(そうだね、旅で寄った村でも調べてみよう)
そんなレーヴァティンとの会議が終わったころ。
「アストラル殿、国王陛下がお呼びです」
「国王が? 一体、どうして……」
「要件は伺っておりません。また、アリシア殿も同行するようにとのことです」
「ふぇ?」
「わ、わかりました。すぐに向かいます」
(一体、どうしたんだろう……)
――― ―――
「た、只今参上しました」
声が上ずった理由は、先日よりも周りの目が怖かったからだ。
どうして、謁見の間にこんなにも人がいるんだろう。
「アストラル、先日の試練ご苦労だった」
「いえ……」
「それで、そなたに頼みたいことがある」
「頼み……ですか」
「ここからは私が説明する」
そういいながら、騎士団長が立ち上がった。
「王都から少し離れた場所に、アンディゴという町がある。聞いたことは?」
「たしか、領主がいる町……ですよね」
「ああ、それで間違いない。アンディゴは王国でも数少ない領主制の町だ。そのアンディゴから応援要請が入った」
「でもアンディゴにも治安を守る自警団がいるはずですよね」
「人手が足りないらしい。”金獅子”という言葉に聞き覚えは?」
僕は黙って首を振る。
そもそも、一体何のことだか見当もつかない。
「現在、このアンディゴに”金獅子”という盗賊が活動している。自警団もかなりの数が奴にやられたらしい」
「そんな……!」
「そこで、だ。君にこの金獅子の相手をしてもらいたい。できることなら捕縛まで」
「ま、待ってください! 自警団も葉が立たなかった相手を僕が?」
「正確には、君と魔剣、アリシア殿とセレナだ」
「アリシアまで……!」
「金獅子の捕縛に成功した暁には、アストラル。そなたのことを認めよう」
国王は威圧のこもった声で、そう言い切る。
「交換条件というわけですか……!」
「引き受けるか?」
目は据わって、僕の答えをただ待っているだけだ。
国王にとっては僕の答えなんて、どちらでもいいのだろう。
だけど……!
僕はアリシアを見る。
彼女は僕と目が合うと、黙ってうなずいた。
「わかりました。その悪いやつを捕まえればいいんですね」
「ああ。ただし生死は問わない」
「わかりました。これからアンディゴに向かいます」
「うむ、頼んだぞ」
「では失礼します」
僕はアリシアを連れて、急いで謁見の間を後にした。
あんな場所に、長くは居たくなかった。
――― ―――
アストラルが謁見の間を去った後。
「それで、アレックス。彼の者はやり遂げると思うか?」
「ええ、必ず」
アレックスは確信があるかのように、断言する。
「結果として、金獅子の騒ぎが治まればよい。だが……」
「魔剣・ダーインスレイブですね」
「奴が伝わっている通りの剣ならば、用心した方がいいだろう」
その国王の口ぶりに、アレックスはすこし違和感を覚えた。
「と、いいますと?」
「いまするべき話ではない。謁見希望者を連れてまいれ」
「はっ!」
国王が話を終わらせたいのは明白だったので、アレックスは深く追求することができなかった。
そんな彼らを、遠くで見る一つの影。
(なぁるほど~)
それはアストラルのことを報告した男だった。
(次は大捕り物ですかい。まったく、ヒマがありませんね~)
アストラルが金獅子を相手にするというのにもかかわらず、男はいつもの調子を崩さない。
(まっ、私は金獅子の方を調べますかねぇ~)
次の瞬間、男は消え去る。
まるで、存在していなかったかのように。
――― ―――
「……旅したくはできた」
「こちらも大丈夫ですぅ!」
「よし、それじゃあセレナと合流しよう」
扉に手をかけ、振り返る。
もうこの部屋に戻ってくることはないだろう。
すこし名残惜しいが、そんなことも言ってられない。
扉を開け、僕らは王宮前に急いだ。
「いた……!」
王宮の前に立つセレナ。
手には、すこし大きめの荷物を持っていた。
「待たせたかな」
「いや、そうでもないよ」
「こっちはもう大丈夫。そっちは?」
「ああ、こちらも大丈夫だ」
「それでアンディゴにはどうやっていくの?」
「まずはヴェーヌ丘陵を目指して、そこを超えればアンディゴだ」
「とりあえず、アリシアとはぐれないようにしないとね」
「ああ、そうだな」
「むぅ……!」
ほほをぷくっと膨らませるアリシア。
その顔を見て、セレナと僕は笑った。
それがいけなかったのか、アリシアはさらに怒ってしまった。
「ごめんごめん。それじゃあ、行こうか」
「はい!」
「ああ!」
こうして、僕らは王都を後にする。
領主の街、アンディゴを目指して。




