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陽はまた昇る  作者: 月見陽
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英雄際前日


 英雄祭前日。その日は朝と昼を使って祭の準備が進められた。言わずもがな、俺達も駆り出され、お偉いさん方に散々こき使われた次第だ。

 そして、夕方からは役員の最終ミーティング。俺達は迷子の案内やら警備やらの雑務が主になったため、どこに何が設置されているのか、や交替の時間確認などがメインだった。祭中の警備はフォーマンセルが基本で、思っていた以上に自由時間が取れたため、ラッキーだったと言えよう。全体的に疲れていたが、精神的には楽になった感じだ。

行動メンバーは、俺、ソフィア、モニカ、ティナの4人。要するに、いつものメンバーである。自由時間もどうせこいつらと回るだろうから、普通に祭に遊びに行くのとそう大差ない感じになりそうだ。


「日頃の行いが良かったからだな」


 上機嫌にソフィアが呟く。俺を束縛する奴は姫に代わってお仕置きだ、とか言って殺気立っていたミーティング前とは大違いだ。


「本当に良かったら今頃この場所なんか歩いてないって」


 若干の皮肉を飛ばすモニカも、割り当てられた役がかなり自由度の高いものだったこともあり、それなりに機嫌は良くなっていた。


「あうあう、今から緊張します」


 ティナは相変わらず。悪い人が祭を壊そうとしてきたらどうしよう、とか言って一人てんぱっている。難しく考え過ぎな気もするが、むしろこれがあってこそのティナだろう。

 よく天才は色んな物事に対して冷めていることが多いが、ティナがそういうキャラじゃなくて本当に良かった、と改めて思っていたりする。


「まぁ、でも変な役を充てられるよりかはずっと良かったよな」


 笑いながら、先程支給されたばかりの杖を握った。

 この杖には、火球という魔法が入れられていて、一種の魔法陣となっている。と言っても、その上位魔法が使いたい放題になるわけではなく、きちんと発動時には自分の魔法力を持っていかれる。ティナが言うには、魔法陣とは発動キーを簡略化して誰もが扱えるようにしたものであり、術者の魔法力を込められた魔法に変換する装置のようなものらしい。ただ、この杖は神木と呼ばれる木から作られたものであるらしく、そこそこの魔法力は溜めこまれている為、発動回数は増えるのだという。

 緊急時の護衛用に、と警備役員全員に支給された。


「そうね。自由時間もわりとあるし」


 欲を言えば、そもそも役員になんてなりたくなかったが、それを言っては始まらない。俺達は現状取り得る最高の選択肢を選べたのだ、と言える。


「そうだとも。人間は現実しか見ることができないのだから、僕達は現状取り得る最高の選択肢を選べたのだ」


 思ったことと全く同じ内容をソフィアが口にしたので、思わず俺は身を引いた。こいつ、心が読めるわけじゃないよな。そんな疑問を抱きながら。


「あ、それって英雄ラミア・パトレの名言ですよね」


「ふふふ、そうだな。でも僕は迷言に近いと感じるけれど」


 ソフィアはおもむろに杖を上下に振り始め、ははは、軽いなぁ、と笑っていた。

 俺はと言うと、なんともなしに胸を撫で下ろしていた。こんな奇行が当たり前の行動として受け入れられてしまっている奴だ。心を読んできてもおかしくないと思ったのだ。

 単なる名言の真似で良かった。

 そうか、でもこれって英雄様の名言だったのか。


「へー、それって英雄様の名言だったんだ。私初めて知ったよ」


「おいおい、これは街の至る所に書いてあったりするぞ」


「それにまつわるお話とかも結構ありますよ」


 まさか俺がモニカと同レベルだったとは。ショックだ。

 けれど、そのお話とやらは聞いたことがあるような気がしてならなかった。なんだろう、昔どこかで。そうだ、確か悲しい話か何かだったような気が……。


「あれ、どうしたんですか?」


「え?」


 その一言で俺は現実に引き戻された。ティナが心配そうにこちらを見ている。しまった、つい考え事をして黙りこんでいたようだ。いらぬ心配をかけてしまったのかもしれない。


「あ、いや、ちょっと考え事をね」


「そうですか。あ、プラハさんも明日は不安だとか?」


「それもあるかも」


 主にソフィア的な意味で。


「よし、それならチャンバラをしよう」


 そんなことを考えた矢先に、その不安要素が早速かましてくれた。


「どアホ!」


 突っ込まれるソフィア。脇腹にモニカの杖がめり込んでいる。


「ちょ、ちょっと、この杖は大切なものですからそういうのは」


 ティナが止めに入ろうとするが奴等は聞いちゃいない。結局、二人の杖のどつき合いが始まってしまった。正確には、モニカによる一方的な攻撃。

 だが、受けたり捌いたり避けたりしているソフィアの顔が爽やかに輝いている辺り、奴は奴でこの状況を楽しんでいるんだろう。


「あうあう」


 助けを求めるような瞳がこちらに向けられる。頭上には選択肢。一緒になって遊ぶ、頑張って止めてみる、あきらめる、の三択だ。


「……あきらめよう」


 今あの状況にどういう形であれ参加してしまった場合、間違いなくモニカの攻撃を受けるはめになるだろう。ここのところ、星になってばかりなため、今日のところは遠慮したいというのが本音だ。


「大丈夫、その内ソフィアがくたばるから」


 ティナの頭を撫でながら、俺はしばらく二人のチャンバラを見守ることにしたのだった。



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