モニカの魔法
あのモニュメントは、戦時中の魔法界侵入初期に最も使われた機械人の戦闘兵機で、人型をしているっていうのは知ってるよね。双方のアームはHMGを装備、ちなみにKPV重機関銃がベースとなっている、通称アッシルが基本的に搭載されているから、その威力は凄まじいものがあるよ。肩部にはロケット砲を装備。9M55Kをベースに改良が重ねられたロケット弾、37FRを撃って来る。他に、腰の部分に超近距離用ブレードが装着されているんだ。このタイプの戦闘兵機は基本的に対人を想定されているんだけど、戦時中ならともかく、今これがこの世界に来たらひとたまりもないだろうね。で、こいつはまだデス・マシーンと呼ばれていた頃のものだから、タイプはD-17。当時、対人最高戦闘力を目標に作られたD-16の量産機だね。この後に登場するキラー・マシーン種と違って、センサーによるオートパイロットが基本。そのくせ、動力源として人の精神を使うから、バッテリー代わりに人間が乗りこまなきゃならなかった。要するに、どっち側から見てもデス・マシーンだったわけなんだ。
……と、実に清々しい顔をして、ソフィアは丘の上にあるモニュメントに関して語ってくれた。うっかりこいつに聞いてしまった数分前の俺を呪いたい。
「うふふ、聞いてくれるかい。酷いんだよ、プラハって野郎は」
まだまだ長くなりそうな話を無理やり止めて、今しがた拗ねさせたわけなんだが、これはこれで俺をやるせなくさせてくる。何かがあると人形に語りだす、例のこいつのキャラクター作りだ。最近では、主に拗ねている時に語っているような気がしてならない。もしかすると、役を作るだけの行動が、本当に素の行動として定着してしまったのかもしれない。
「おい、今日も今日とて変な報告だけはしてくれるな」
「ははは、大丈夫だ。どんな報告をしようとも、別にこの子が今夜、ナイフを持って君の枕もとに立っている、だなんてことは無いから安心したまえ」
会話だけ切り取れば、素敵な爽やかな笑顔がそこにあるだけに、いつも以上に背筋がぞっとした。しかも、さっきから人形の頭を撫で回している。
「なに、気にすることはない。これは一種のカモフラージュであって、本当は魔法力をこいつに溜めているだけなんだ」
「いや、それは無いだろうが」
すかさず突っ込む。確かに魔法力を物体に込めるという魔法は確かに存在するが、古代魔法の一種で普通の人は知ることすら叶わない。あのティナですら、解析が全くできない超高等魔法なのである。そもそもこの話をしてくれたのが他ならぬソフィアだったわけで。
「ふふふ、ほら、もっと笑ってごらん」
しかし、その突っ込みも空振ったようで、奴はもう既に自分の世界へトリップしていた。こうなってしまったら、放っておくのが一番良い。へたに絡むと、逆に絡まれる上、なんだかわけのわからない会話に巻き込まれる羽目になる。
ある意味それは魔法に近いかもしれない。
よし、もうこいつはいないものだと思い込もう。
「あ、プラハ、今時間ある?」
そんな決意をした矢先に、そのいないと思い込むべき物体の頭から、にゅっとモニカが顔を覗かせてきた。わりと心臓に悪い。
「ちょっとさ、魔法使って欲しいんだよ」
手招きするモニカ。おう、ちょっと来いや、兄ちゃん。そんな感じだ。
「ん、何に使うんだ?」
「これ」
そう言って差し出してきたのはココアのパック。この前おねだりされて仕方なくあげた、正確にはお前のものも私のもの思想で強引に奪取された愛しのココアだ。
「飲めば?」
モニカは水筒を持ってきている。普通ならそいつにお湯なりホットミルクなりが入っているだろうから、俺は必要ないと思うのだけれど。呼ばれた、ということは珍事が発生している、ということだろう。
「飲めたら苦労しないよぅ」
ぷくりと頬を膨らませて怒っている。ここは口答えせず、素直に従っておくのが得策だ、と本能が告げた。恐らく、いつものようにからかうと八つ当たりされるだろう。
「でも水筒のカップには俺の魔法は使えないよ。魔法力で作られてないやつだろ、それ」
「うん。だから、今から作るから、それにやって」
そう言ってモニカは手を合わせた。これはお願いのポーズでも祈りのジェスチャーでも、お手々の皺と皺を合わせて、とかいうあれでもない。彼女の魔法発動の始動行為だ。
合わせた手に段々と緩やかな光が集まり、それは大きく膨らんでいく。ゆっくりと手を離していきながら、彼女は眼を閉じる。最後に力を込めて、手のひらを空に翳すと、そこには白色のマグカップが誕生していた。
魔法力をイメージした形に具現化する。これが彼女の魔法。ちなみに、モニカの家は代々それを生業としていて、彼女はその後継ぎなのである。我が家にあるマグカップや浴槽も、彼女の店から買ったもので、俺の魔法との相性は非常に良い。そもそも、俺の魔法はこういった魔法力で何かを作る魔法と併用しなければ殆ど意味がない。
「はい、よろしく」
その魔法力で作られたマグカップに、彼女は水筒の水を入れ、こちらに差し出してきた。
「了解」
俺はそいつを手で囲い、魔法を発動する。あっという間にお湯の出来上がりである。
「ありがとう。いやー、まさか沸かすのを忘れて、水のまま水筒に入れて来ちゃったとは夢にも思わなかったよ」
いや、それどんなミスだよ。心の中で壮大な突っ込みを入れる俺。ココアパウダーをちまちまと入れて行く彼女を見て、普通はしないだろうよ、と呟いた。




