ささやかな復讐
ラミア・パトレの祝祭、通称英雄祭。俺達はこの国をあげての大祭に学校代表で役員参加をすることになっている。そのため、昨日から英雄祭までの期間は諸所の事情により、遅刻厳禁、無断欠席禁止、などの制限を受けている。一応栄えある役職ではあるのだが、俺達の学校では、一種の罰ゲームに近い位置付けだったりする。理由は簡単だ。面倒で、しかも祝祭中の自由時間があまり無い。その上、準備と片づけには強制参加だからである。
祭りは確かに楽しみだが、役員参加する身としては面倒という感情の方がそれを上回ってしまう。
俺は朝の登校風景にはとてもそぐわない溜息をついていた。
少し前を歩く女性二人がなんと華やかなこと。なんて、心にも無いことを思ってごまかしてみたり。
「どうした、何か憂鬱な出来事でも待っているのか?」
傍らのソフィアが聞いてくる。間違ってはいないが、溜息の理由の半分はお前なんだよ、という突っ込みを入れたくてたまらなかった。そう、俺がこんなにも沈んでいるのは祝祭に関してだけではない。昨晩の奴の話を思い出して憂鬱になっているのだ。
「わりとな」
ジト目で見返してやる。すると鼻で笑われた。
昨晩、奴がお見舞いに来た際に告げた本題。どうだい、ここは一つ、姫に仕返しをしてやろうじゃないか、という話。俺は最後の最後まで賛同しなかったのだが、結局奴のペースに巻き込まれ、計画を全て知るに至ってしまった。もう共犯者扱いは免れない。
そもそも、モニカに仕返しが出来るのであれば、とっくのとうにしているのである。それをなぜ今まで俺がして来なかったのか。憎しみは憎しみを生むだけなんだ、と自分に言い聞かせ、なぜ我慢してきたのか。答えは簡単だ。仕返しをしようものなら、その倍の威力を以て更なる仕返しが待っているからである。
俺はまたどんよりしつつ、ポケットに手を突っ込んだ。左手に紙の感触。ソフィアに渡された免罪符がそこにある。
「ほほぅ。君がポッケに手を入れるということは、相当憂鬱なんだね」
「うるさい。無意識にやっちまうんだよ」
昨晩、奴は言った。分かった、そんなに言うならばこれを持っていれば良い、と。これが無罪を証明してくれる紙なのだ、と。
なぜそこまでして、ソフィアがモニカに仕返しをしたいのかは分からない。だが、傍観者に回ることが許された俺としては、モニカへの仕返しが間接的に成功し、かつ罪を被ったソフィアが行動不能になる計画であるため、別に悪いものではない。だがしかし、もしも、を考えると、やっぱりやめようぜ、という感情が強くなる。
無難に何もしない、いつも通りが一番平和でいいじゃないか。そんなことまで考えている俺がいた。
「癖なんてそんなもんだな。さてと、そろそろやるか」
冬の冷たい風が吹き抜けて、ソフィアの髪を揺らしていく。漂ってくる、形容しがたい良い香りが、なんともやるせなくさせた。
奴の計画は、魔法拡張がなされたインストールペーパーを使って仕返しをしようというものだ。インストールペーパーは握り潰すことによって設定された無機物の対象に、一緒に重ねて握り潰した絵を描き写す魔法具で、よく魔法陣を描く際に使われる。魔法陣は転移のような高等魔法でなければ誰もが解析し陣を作ることができるもので、とりわけ一定浮遊、小さな炎、武装解除、テレパシーといったような基本魔法に関しては、魔法陣は誰でも描くことができる。今回はそれを使って驚かせよう、というのが目的なのである。
しかも、魔法拡張によって、有機体に直接模写可能、前後二週間以内に触れた者であるならば、名前を呼ぶだけで発動可能、というおまけまでついている。
「ふふふ、例えば対象をいきなり空中浮遊させ、壁か何かに激突寸前で止めてやる、というのも良いだろうな」
ニヤニヤしつつ計画を語った奴の顔ははっきりと思い出せる。悪意とかそういうのが入り込む余地もないくらいに、純粋に楽しんでいるんだろうな、と俺は感じた。
「よし。モニカ」
「ん?」
前を歩くモニカが振り向いた瞬間に、ソフィアはインストールペーパーを握り潰した。
そして発動する武装解除の魔法。相手の装備を吹き飛ばす魔法。別名、脱がし魔法。
上下に飛んで行くモニカの制服。
俺は目ん玉が飛び出んばかりに驚いていた。隣を歩くティナは呆然としていた。
――あの馬鹿、やりやがった。
「っ!?」
下着姿のモニカが反応し、そして瞬時に行動へと移っていた。
「な、なななな何すんのよーっ!!」
武装解除はやり過ぎだ、ソフィア。でも何か知らんがグッジョブ、ソフィア。ありがとう、ありがとう。って、何で俺はこんなにも感動しているんだ。
ふと疑問を抱いた瞬間、腹に衝撃が走った。昨日のそれなんかとは威力がケタ違いの一撃だ。
ごはっ、とか擬音を発している暇すらない。
「プラハっ! よくもやってくれたわねぇ」
「え、俺は違っ」
「ソフィアは私のことを姫って呼ぶの。男の子で私のことをモニカって呼ぶのはあんただけなの」
その瞬間に気付いてしまったことがある。これはまさか、ソフィアの目的はここにあったんじゃないだろうか、ということに。そうだ、そもそも武装解除が目的なら、普通に制服めがけて発動させても良かったじゃないか。
「それに、あんたのポケットからインストールペーパーが出てきたんだけど」
眼前で揺れる、昨日渡された免罪符。
「ソフィ」
「ははは、君の無罪を証明するものだなんて言った覚えはないぞ」
間髪入れず届く、ソフィアからのテレパシー。よく使われる基本魔法の一つだ。そうだな、そういえばモニカはテレパシー盗聴だなんて魔法使えないもんな。
「さて、プラハ。覚悟は良いかしら?」
「ひっ」
視界の端に満面の笑みを浮かべているソフィアと、いつも通りおろおろしているティナを捉えた後、俺の意識はブラックアウトしていった。
星になれ、だとかなんだとか、聞こえてきたような気もしたけれど、今の俺には何の関係もないように思えたのだった。




