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陽はまた昇る  作者: 月見陽
12/28

初日の終わりに


 ティナが帰る際に送って行こうと言ったのだが、迎えが来るから良いとのことで、俺達はまだ公園にいた。案の定買いすぎた食料はまだまだ残っていて、流石のソフィアでもこの量は食べきれない、とのことだった。

 どうするか、これ。

 食料の群れに混じって亀が二匹、のんびりと歩いている。こいつらが啄んでくれないかな、などと思ったが、かれらは今は散歩中のようで、俺が掴んできた食糧には見向きもせずに方向転換をしていた。


「プラハぁ、ちょっと良い?」


 妙に色っぽい声の主はモニカだった。ほんのりと赤みを帯びた顔と、艶のある唇がこちらに迫ってくる。何とも言えない酒の臭いとともに。後ろに置いてあっただろう空缶が、カタリと倒れ、残っていた中身を大地に注いでいた。


「お前、どんだけ飲んだのさ」


 この作品の主要人物はわりと18歳を割っています。だけど大丈夫。魔法の国では12歳をこえれば飲酒が可能となっている。


「ちょっとだよぉ」


 へらへらと笑っている。だいぶご機嫌なご様子だ。それでも、選択肢を一つでも間違えるといつも通りの威力でモニカパンチが飛んでくるから、ちょっと身構えてしまう。


「あ、それでねぇ、アリスに魔ふぉうを見せてあげよって話になったんだぁ」


 魔ふぉうってなんだ、魔ふぉうって。こいつは呂律が回らなくなるくらいに飲んだのか。


「それでぇ、私が今から創りゅから、あんたは水汲んで暖めなさーい」


 間延びした声が、夜の公園にじんわりと響いた。分かった分かったと頷いて、あまりにも近距離に迫ってきていたモニカをどかす。


「抱っこぉ」


「抱っこじゃねぇって」


「さっきはアリスにしてたじゃん。ずるいよぅ」


 溜息を一つ。完全に姫モードに入ってしまったモニカは簡単には妥協すらもしてくれない。仕方がない、と自分に言い聞かせ、モニカのことを持ち上げた。あれだ、俗に言うお姫様抱っこ。

 そのままでソフィアの姿を探す。すると、少し離れたところでアリスと談笑している奴の姿が目に止まった。

 いや、違う。あれは断じて談笑なんてほのぼのしい光景ではない。その証拠に奴は今、片手に人形を持っている。加えて、なんだかしょんぼりとしている。笑っているのはアリスだけだ。


「うふふ、聞いてくれたまへ、酷いんだよ、このアリスちゃんってのは」


 横に転がる空缶の群れ。どうやらアリス達はたらふく飲んだようである。考えてみたら、俺はティナが帰るまでは彼女と話をしていたし、その後は亀を見ていた気がする。そうだ、向こう側には常識人がいなくなっていたじゃないか。

 たまには良いか、と思う反面、ティナが帰った後になぜ自分は亀と戯れていたのだろうか、と後悔せずにはいられなかった。


「僕の目はいつになったら開くの、って聞いてくるんだ。こんなにもしっかりと開いているのにね」


 止まることを知らない語りかけ。これは余程のダメージを受けたと見た。

 お酒の力恐るべし。

 ケタケタと笑っているアリスを見て、俺はそう思わざるを得なかった。


「おい、モニカ」


「うー?」


「下ろすぞ」


「やだ」


「なんで?」


「もっと」


「魔法を見せるのはどうすんだよ」


「また明日ぁ」


 猫のような欠伸を一つ。乙女なら手で隠せ、と言いたくなるくらいに見事な欠伸だった。

 そして、にゃむにゃむと言いながら目を閉じる。駄目だこいつ、まったりモードだ。腕の中で気持ちよさそうに眠るモニカを見て、今日の夜これを持ち帰らないといけないんだよな、と思うと、なんだか気が重くなった。


「あ、プラハ君」


 ひょこっとアリスが現れる。ソフィアの呟きを背に明るく微笑んでいるその姿は、なんとも異様だった。


「魔法、見せてくれるんですよね?」


「そうしたかったんだけどね」


 そう言って、俺は腕の中で眠るモニカを見た。すやすやと、少しだけ丸くなりながら眠るその姿は子猫のよう。という脳内補正をかけないと、とてもやっていけない間抜けな寝顔がそこにある。


「この状況じゃ、こいつがいないと俺の魔法は使えないんだ」


「そうなんですか」


「うん、だから、ご」


 ごめん、と言いかけた俺を遮る言葉の矢が一本。


「無能なんですね」


 爽やかに微笑んでいる一輪の花。どうしてだろう、その笑顔はとても素敵なのになんだか涙が出てきてしまう。

 そうか、ソフィアもこれにやられたんだな。


「ご……ごめん」


「いえいえ。もともと無理言ったのって私でしたから」


 数十分前までの彼女に戻ってほしいと祈らずにはいられなかった。


「ははは、だからね、僕は思いっきり目を見開いたんだよ。そうしたら何て言ったと思う? わー、土偶そっくりですね、だって。僕は土偶? そんなに土偶?」


 せめて埴輪が良かった、という絶望の声が聞こえてくる。これ程までにソフィアのことを哀れだ、と感じたことは今までなかったかもしれない。


「あはは、楽しいですね」


 くるりとターンを決めるアリス。不覚にも、ふわりと浮いたスカートに目が行ってしまっていた。

 今この公園にいるのは俺達だけ。そろそろ帰らないとまずいのだけれど、とてもそれが可能だとは思えない状況がそこにある。そもそもアリスの行先も決まっていない。

 もしかして、今日はここで一晩を明かすのだろうか。

 俺の頭の中は段々と不安の二文字で埋め尽くされていくのだった。


 ――祭の初日が終わりを迎える。


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