首輪の意味
「これからイリュージョンをします!」
あの後、アリスのお腹が空腹を訴え、何かを食べたいとのことだったので、俺達は今、出店で買った食料を持って中央都市はずれの公園に来ている。
やきそば、お好み焼き、たこ焼き、いか焼き、牛串、クレープ、おでん、亀、等々。出店の戦利品が所狭しと並んでいる。少し買い過ぎたかもしれない。またも、買い物中にソフィアが亀をすくったが、もう誰もが突っ込まなくなっていた。
「今から、このラムネを一気飲みして」
アリスはもともとがぽやっとした性格だったからなのかは知らないが、この記憶喪失に関してはあまり深刻に考えていないみたいで、今では俺達のグループにあっさりと溶け込んでいる。とくにモニカとの相性は良いらしく、二人してマンボウは縦に泳ぐ魚だとか言ってボケをかましてくれている。そのせいか、突っ込み役のティナは疲れているご様子で、今は俺に寄りかかりながら焼きそばをつついている次第だ。
「最後までげっぷをせずに姫の秘密をばらしちゃいます!」
ソフィアはあの通り。酒いらずのハイテンションで例のごとく暴走している。ただ、いつもとはちょっと違う、強いて言うならば体を張ってまで場を盛り上げようとしている感じがする。きっとあいつなりにアリスのことを気にかけているのかもしれない。
「やめい!」
モニカパンチが奴の腹を目掛けて飛んで行った。炭酸を一気飲みした腹にあれを見舞おうとする辺り、流石は暴れん坊少女と言ったところだろうか。
「ふふふ、そう簡単には食らわんげぇぇぇぇぇふ」
「汚いわっ!」
初撃は空振りに終わったが、二発目はクリーンヒットしてソフィアを悶絶させた。
ぱちぱちと拍手をしているのはアリス。すごいですね、と素で感動している。モニカはモニカで得意顔だ。
「あの、プラハさん」
向こうの騒ぎとは打って変わって、控え目な、どこかおどおどした声が脇から聞こえてきた。
「ん、どうしたの、ティナ」
「多分ソフィアさんも気づいていると思うので、いずれこの話題にはなるかとは思うんですが、一つお話があります」
「どんな?」
「アリスさんは、その、機械人です」
それは気付いていた。あの時、目を合わせてからはっきりと意識していたことだ。
機械人の瞳の基本色は青。中には紫に近い人もいるらしいのだが、大抵は綺麗な青色をしている。アリスの瞳は淡くとも青。だから、完全な機械人ではないのかもしれないけれど、間違いなくその血は流れていると言って良い。
「それと、とても言いにくいんですが」
俺は、その言葉の続きに出てきた単語に愕然となった。いきなり立っていた地面が崩壊してしまったかのような浮遊感と虚無感が混ぜこぜになっている。
「それは……本当なのか?」
「はい。あの首輪はそういうことです」
「アクセサリーとかじゃなくてか?」
「はい。あれは……奴隷の証です」
二回目のその単語に、俺は今度こそ打ち砕かれたような気分になった。アリスが奴隷。その事実はまるで毒を塗ったナイフのように、俺の腹に突き刺さっている。そして、じわじわと、痛みに近い形容しがたい思いが全身を駆け巡る。湧き上がる衝動を我慢できそうにない。
「プラハさん、落ち着いて下さい」
「落ち着けって、俺はっ。っつ、ティナだって」
そうだよ、なんでティナそんなにも落ち着いているんだ。確かにアリスに出会ったのはほんの数時間前だったかもしれない。けれど、今ではもう十分に友達みたいなものじゃないか。どうして奴隷だと分かっていながら、そんな態度が取れるんだ。どうして、アリスをそうしてしまった奴に怒りを覚えないんだ。
「すいません。今出す話題ではなかったかもしれません。私も多分、落ち着いていないんです」
その声にはっとして、俺はティナを見た。彼女もまた俺を見ていた。先程まで全身を暴れるように回っていたあの感情が、ゆっくりと引いて行くのが分かった。
そうだよ、ティナに八つ当たりしたって仕方ないじゃんかよ。
危なく、俺は心にもないことをこの純粋な少女に言ってしまうところだった。苦しいまでの怒りは、彼女だって同じように抱いていたはずなのに。
「私は、今日は一旦帰りたいと思います」
俺は自分の短絡さを恥じた。同時にこの少女の大きさを思い知った。
「彼女が何者なのか、調べたいと思うんです。多分、リストがあるはずですから」
そう言ってティナは立ち上がった。もしかしたら、いや、もしかしなくても、ティナが疲れているように見えたのは、突っ込みではなくこれのせいだったのだろう。そうなると、ソフィアがあそこまで暴走しているのも……。
「プラハさん」
「うん?」
「決めつけてはだめです。奴隷の証をしているからと言って、必ずしも酷な状況に置かれていたとは言い切れませんよ」
ティナは大人だな。そんなことを思っていた。3つ下の子の方が俺よりもずっと、ずっと。
「それと、そんな顔しないでください」
ね、と言って彼女は微笑む。
なんとなく、俺も笑えそうになった。
「ははは、お二人さんよーく見ておくれ! 今から素晴らしい僕のショータイムが始まーるよ」
シャララという効果音を纏いながら、目の前をアホが一名通り過ぎて行く。
思わず俺は笑っていた。
笑いながら思いっきりソフィアのことをすっ飛ばしていた。
すまん、ソフィア。でも良いよな、いつも悪戯されてるんだし。
「ふっきれたのなら許してやろう」
奴のテレパシーを受信して、俺は思わず第二撃を放っていた。




