脱 出
「船首回頭船首を球形艦に向けろ。」木星軍護衛艦ワインダーのサンバリー艦長が怒鳴る。
「艦長!!無理です!」副長が叫ぶ。
「機関長!ランチで本艦を離れろ。船外灯を全部点灯し、艦から十分離れたらエンジンを停止しろその後の対応に関しては機関長に一任する。」
「了解 機関長ランチを発進後安全圏にて待機します。」
艦橋にいた全員が機関長に発せられた命令の意味を理解した。この艦を沈められた後、乗員を救助せよという命令だ。機関長は復唱すると大急ぎで艦橋から出て行った。
「艦長、考えなおして下さい。」副長が進言する。
あの球形艦の攻撃力のん前ではこの護衛艦の攻撃力など無いに等しいのだ。
「あの強力な砲から逃げるのは不可能だ。ならば軍人としての職務を果たすしかない。」艦長は副長の方を振り向くと悲壮な顔をして言った。
軍艦は民間船ではない。戦い、破壊されることを前提として作られている。救命艇等無い。有るのは連絡用の小型ランチが搭載されているだけだ。もし撃沈された場合は全員が宇宙服のままこのランチにしがみついて脱出することになる。
「全砲門最大出力目標ガレリア。全ミサイルも同時発射。構わん全弾撃ちつくせ!」球形艦に対する飽和攻撃である。強力な敵に対する最後の手段だ。
護衛艦ワインダーは全砲門をガレリアに向けて発射した。同時に発射可能なすべてのミサイルを撃ち尽くす。いかな護衛艦の砲とてそれなりの威力はある。ガレリアの装甲を破壊し内部に損害を与えるくらいは出来る。
しかしレーザー光線はガレリアの鏡面装甲ではじき返される。その周囲がぼんやりと赤く発光する。
「くそっチャフだ、核レーザーの光を減衰させたあのチャフと同じ装甲だ。」
核レーザーの強烈な熱に耐え光を散乱させたあのチャフだ。あんな物を地球が開発したとは聞いていない。
突然艦が大きな振動に襲われる。
「被害を報告!」艦長が怒鳴る。
「出力低下!エンジンの模様」機関士が叫ぶ。
「推進力が有りません。艦長!」
「たった一撃か?」サンバリー艦長はあまりにもあっけない結果に唖然とした。
「隣の敵艦も被弾。火災を起こしています。」
戦闘艦は戦闘中は艦内を真空にして全員宇宙服を着用する。船内気圧を上げれば小さな被弾で大きな被害が出かねないからだ。したがって船内での火災は普通は起きない。しかしこの艦のように化学燃料を用いる艦は別だ。燃料に酸化剤が有る。火災は致命的な危険をはらんでいるのだ。
「機関室で火災発生!艦長、脱出を!」機関区から報告が上がった。
その時ガレリアの周囲で大量の爆発が起きた。どうやらさっきのミサイルの爆発らしい。
「敵艦艇に被害は?」
「敵表面での爆発は確認できません。」
どうやらミサイルは全てガレリアの対空砲火に迎撃され、一発もガレリアには届かなかったようだ。完敗である。
「総員退艦!」船長が叫んだ。
護衛艦のハッチから次々と宇宙服を着た乗員が飛び出してくる。乗員達には宇宙空間に浮かぶガレリアがはっきり見えた。
「機関長救出に向いますか?」ランチの操縦士が聞いた。
機関長はガレリアと護衛艦の双方を見ていた。護衛艦は火災を起こしている。真空中の火災である。その危険性は良く判っている。いつ燃料タンクが爆発するかわからないのだ。
いまここで救助を行うことはこのランチを失う事になり救助の可能性を少なくする。そういったことも含め艦長は指揮権を自分に委譲したことはわかっている。
勇敢で有ることは軍人には必要な資質である。しかし臆病であることは指揮官としての重要な資質でもある。蛮勇は軍全体を危険に晒す。危険を冒しての救出は英雄的では有るがもしこのランチが爆発で失われれば宇宙服で漂っている乗員の命を危うくする。このランチだけが乗員を救出できる唯一の手段なのだ。
「待て、火災の状況を見極めてからだ。もう少し艦を右へずらせ。メインエンジンでは無くスラスターでやれ。」機関長は言った。これならガレリアの警告を無視した事にはならないだろう。
「ラジャー。」
操縦士はスラスターを使ってランチを移動する。艦の位置が変わり火災の様子が見えるようになった。燃料タンクからの漏出による炎が内側に向っているのが見える。爆発が近い事を示していた。
「無線でみんなに警告だ。爆発が近い。船首方向に逃げろと。」
「ラジャー。」
ガレリアは徐々にこちらに近づいて来る。機関長は焦った
乗員はバックパック備え付けのジェットか牽引用のロケットモーターで艦から離れ始めた。その刹那艦の後方で爆発が起こる。
「いかんエンジンを起動しろ。艦から離れるんだ。」
ランチはメインエンジンを起動して艦の反対側に移動した。機関長はガレリアを凝視していた。幸いガレリアはこちらを無視しているようだ。
その時ガレリアは砲を一斉に発射した。
「時間が来たのか。」機関長は流れ弾がこちらに来ないように祈っていた。
味方のレーザ砲の軌跡が見える。ガレリアに何発も命中するがガレリアはびくともしない。
その時護衛艦が大爆発を起こした。
「機関長!艦が!」操縦士が叫ぶ。
「くそうっ みんなは?」
機関長がこの時考えたことは爆発による破片が大量に飛散した事だ。何人かは破片に当たっているかもしれない。宇宙服の損傷はそのまま死に繋がる。
「構わん全員に近づけ。」もはやガレアを気にしている余裕は無かった。
「ラジャー。」操縦士は全員の集まっている場所に直行する。
背後ではガレリアと地球、木星の両軍とガレリアとの戦端が切って落とされている。
「宇宙服を損傷した物はマーカーを上げさせろ。俺は救出に行く。」
「ラジャー。こちらランチ……」操縦士はマイクに向って怒鳴り始めた。
機関長はドアを開け放ち船外に出ると備え付けの小型推進艇、別名ジェットバイクに取り付いた。サーフボード程度の大きさに小型のロケットエンジンが搭載されている。機関長はそれにまたがり浮いている乗員の所に急行する。
所々に赤いマーカーが幾つか見える。宇宙服に破損が有り救援を求めているのだ。
宇宙服の小さな破損であれば助けられる。大きく宇宙服が裂けた者は、もう死んでいる筈だ。
マーカーの付いた乗員にロープを無げ、ランチまで牽引する。
傷付いたものは10人ほどいた。それをランチに牽引するとドアを閉める。加圧すれば酸素の漏れは止まるそのまま避難先に連れて行くのだ。
残りの乗員はランチを接近し牽引ロープを何本も投げる。乗員は数珠繋ぎにそのロープに繋がれる。
「艦長は?」機関長が叫ぶ。
「私はここだ。」艦長が手を上げる。
「ご無事で。」機関長が艦長の方に行く。
「よくやってくれた。君にランチを任せてよかった。」
「ミサイルだ!」誰かが叫ぶ。
ガレリアに向けて何条もの光が見えるミサイルの噴炎光だ。ミサイルがガレリアに近づいていくとガレリアから発せられた一条の太い光の腕がミサイルをなぎ払う。何十発ものミサイルが一斉に爆発しガレリアの周りで光のイルミネーションを作る。
「しばらくは動けませんね。」
「うむ、そうだな。」
護衛艦の船員はここで戦闘の帰趨を見ることになる。
『猶予の時間は終わりました。これから攻撃を行います。退艦を行っている船はエンジンを止め船外灯を点灯しなさい。更に5分の猶予を与えます。それ以外の艦はすべて撃沈致します。』
ガレリアの赤道環から一斉にレーザー光が発射された。ひとつひとつが戦艦の主砲すら凌駕する性能を持っていた。
たちまち近くにいた十数隻が餌食になった。無事なのはかろうじて遮蔽物の陰に隠れられた艦か距離が離れていたため見逃された艦だった。その艦も順次ガレリアの艦砲の餌食になって行く。
「何と言う威力だ。これが人間の作った物か?ありえない、これこそ悪魔の所業に違いない。」提督は呻いた。
「ミサイルによる飽和攻撃を全艦に指示しろ。もうそれしかない。無数のミサイルを浴びせる飽和攻撃だ。それだけしか我々が生き残る道は無い。」
『繰り返す全戦闘艦艇は総員退艦せよ。退艦中の船は動力を止め全航行灯を点灯せよ。攻撃はしない。』通信を続けながらも順番に艦を砲撃し続ける。
そのガレリアに向って大量のミサイルが撃ち込まれ、無数のミサイルが四方八方からガレリアに迫ってくる。
ガレリアはその持てるレーザー砲の全てを使って迎撃する。打ちもらしはない。そういう意味ではガレリアの砲列は鉄壁のバリアーであった。
「だめだ、何と言う艦だ。これでは全滅は時間の問題だ。全艦ヘリオスへ退避させろ。ヘリオス内ならガレリアとて手は出せない。」
ガレリアとの距離は徐々に詰まって来る。その時ガレリアのドッグの扉が開き始めた。半分ほど開いた所でファルコンが飛び出してきた。
ファルコンは二手に分かれると掃討作戦を実行し始めた。物陰に隠れた艦船を装備しているレーザー砲とミサイルで攻撃し始めたのだ。艦隊は果敢に応戦したがミサイルはガレリアに対する飽和攻撃で使い尽くした艦が多く、ファルコンの機動性はレーザー砲の追跡速度を上回った。次々と機関部を破壊される艦が増えて行く。
地球艦隊の一部は必死にヘリオスの中に逃げ込んだ。
ヘリオスの旋回砲塔はこうなるとただの標的に過ぎなくなる。あっという間に破壊されヘリオスの攻撃能力はなくなってしまった。
木星軍は指令中枢を失い各艦隊レベルの運用になった。もとより本土決戦であるから指揮系統を統合指令本部に集中していたのが裏目に出た。艦隊はいとも簡単にファルコンの餌食となり各個撃破されていく。ファルコンの恐るべき統率力とコンビネーションであった。
戦闘空域に残るのはヘリオス内の地球軍旗艦と2隻の護衛艦のみであった。
戦闘が終了し、ファルコンは全機ガレリアへ撤収して行く。
殆どの船が動力部を失いスクラップと化していた。乗員達は必死になって船からの脱出を行っている。あちらこちらで信号弾が打ち上げられる。
「我生存せり。救援を乞う。」
「シンさん」避難シェルターの状況を調べていたジャンがシンを呼ぶ。
「何か判ったのか?」シンが制御盤の所に来る。
「此処の端末はシェルター管理庁の直通で管理庁は統合指令本部のすぐ隣の区画にあります。」ジャンはコロニーの配置図を示して言った。
「それがどうした。」
コロニーの配置図には網の目の様な線が入っていたがシンにはその意味するところは判らなかった。
「避難シェルターへの通信回線はこの様に網の目状に敷設されていますし、そもそも通信は通信回線だけを使っている訳じゃ無いんです。」
「何が言いたいんだ?」
元々こういったことに関してはシンは苦手で担当直入に言われなければ理解できない人間であった。
「回線の断線で通信が出来ないなんてことは普通は考えられないことです。」
「つまり、どことも通信が出来ない理由は回線の断線じゃないと言いたいのか?」
シンはその説明の意図する所を察すると背筋に悪寒を感じていた。
「管理庁が既に無くなっているんじゃないですか?」
シンは天を仰いだ。ジャンはもっとも考えたくない結論に達したようであった。通信が繋がらなかった時にシンが最初に考えたのはその事だった。しかし心の中でそれを認める事が出来なかったのだ。
「管理庁が無くなるということは、統合指令本部が無くなると言う事だぞ。」シンが吐き出すように言う。
「そういう事になります。」
「馬鹿な!ありえない。国の中枢を破壊すると言うことはこの戦争を終了させる権限を持つ者を殺す事だ。」
戦争を統べる人間を殺すということは軍隊の無秩序を意味する。これは基本中の基本だ。
「そうです。」ジャンが力なく言った。
「そんな事をしたら戦争が終わらないじゃないか。」シンは絶望的に叫んだ。
戦争は国を破壊しても終わらない。その国の軍隊を武装解除させ得るのは、その国の指導部だけである。したがって戦争とは指導部を占領する必要がある。それ故戦闘機械による破壊だけではなく、歩兵による制圧が必要なのである。
シンは重大な事実の前に力無くへたり込んでしまった。追い打ちを掛けるようにジャンが続けた。
「それより現在のコロニーの状況が判りました。」
「なに?どんな状況になっているんだ?」
大極の問題よりも目前の問題のほうが重要であることは言うまでもない。現実主義者のシンはすぐに気持ちを切り替えた。どうやれば生き残れるか?である。
「このシェルターに付いているコンピュータにソフトがありました。」
「よく見つけたな。」
「予備役の訓練でやったでしょう。」
「そんな事……覚えているもんか。で、どんな状況だ?」
ジャンはキーボードを操作するといくつかの数字が羅列された。
「コロニーが一周する間に重力の強さと方向の変化を記録します。」
「それで?」シンにはそれらの数値が意味するものは全く判らなかった。
「重力の変化は中心軸の変化、即ち破壊され飛び散ったコロニーの質量と位置がわかります。」
ジャンが数字を順番に説明していくとひとつの数字がシンの目を引いた。
「なんだこりゃ?こんな馬鹿な、一億トンだと?」
コロニーから失われた質量を表していた。大きさにして500メートル立法位である。
「コロニーのどこかに大穴が開いてることになりますね。」
「どうやってこんな大穴空けたんだ。」
もはや事態はシンの理解の範囲を超えていた。コロニー分解の危機が目前に迫っていることになる。コンピューターが脱出を指示した理由が判る。
「判りませんよ。核爆発ぐらいしか考えられません。」
ジャンは次にキーボードを操作すると今度はコロニーの立体図が現れる。
「重力の方向の変化は軸のぶれを表します。」
「そのデーターを元に現在のコロニーの状況をシュミレートしたのがこれです。」
コロニーの円筒形が画面に表示される。端から3分の1位の位置が大きくえぐられている。よく見るとその位置を中心に少し曲がっている。
「コロニーが折れているんじゃ無いのか?」シンは背筋が凍る思いがした。
「軸がずれているので徐々に折れてきていると考えられますね。」
「そのうち折れて二つに分かれると言うことか?」
コロニーが折れるなどというまさに夢想的な悪夢を見せられたシンは体がしびれる思いがした。
「この後一体どうなると言うんだ?」
「離れていけばそれで安定して安全になりますから脱出はしないほうが良いでしょう。しかし近寄ってきたら大変な事になります。」
「コロニーの質量自体が重力を持っているんだぞ。離れて行く訳がなかろう。」
シンは頭をかきむしった。何だってこんな事になっちまったんだ。
「われわれの位置はここ、穴の反対側です。」ジャンがこのシェルターの位置を示した。
「するといずれはコロニーの裂け目がやって来るな。」
「脱出した方が良いと思いますが?」
「そうだな。」
現状を把握するとシンは迷うことが無かった。シンはマイクを取ると話し始めた。
「現在、本部との連絡はつかん状況にある、しかしコロニーの被害状況が判明してきた。コロニーは現在危機的状況にあり、コロニーの破壊がこのシェルターにも迫ってきている為に脱出することが最善の方法と考えられる。よって脱出シーケンスを再起動する。後はコンピューターの指示に従ってほしい。市民諸君我々に神のご加護を。」
シンが赤いレバーを引くと、シェルターにコンピュータの声が響いた。
『脱出シーケンスが再開されました。シーケンス終了まで、後5分20秒。市民の皆さんは固定ベルトを装着して下さい。』
シェルターに装備されているスクリーンに固定ベルトを持った女性が写り、ベルトの装着方法をレクチャーし始めた。それと共に壁の一部がガチャッと言う音と共に半開きになった。人々がそれに殺到する。
『固定ベルトは女性、子供を優先してください。ベルトは脱出時に体を固定する物です。装着していない人は手すり等固定しているものに捕まっていれば安全です。』
知らない男の人がクレアシスの所にやってきてベルトを渡した。クレアシスはアリシアにベルトを付けると自分も付ける。
『固定用ロープを下ろします。床の金具に固定して下さい。』
天井から一斉にロープが降りて来ると人々が床の金具にロープを固定する。
『固定ロープに固定ベルトを取り付けてください。子供は保護者のベルトに固定ベルトを取り付けて下さい。』
人々は腰に巻いたベルトから出ている固定金具を使って体をロープに固定する。親子は離れ離れにならないよう人間同士が結び合う。
『脱出シーケンスフェイズ2に入ります。最外壁の開放します。爆発ボルトの爆発音がありますが正常のシーケンスです。』
言葉と同時に床下で爆発音がした。数人が悲鳴を上げるがすぐに納まる。
『脱出シーケンス終了まで後4分。放射線防護用水を放出します。』
どこからか水が噴出すような音がした。
「ママ、ママ」
アリシアがクレアシスにしがみついて来る。体がぶるぶる震えている。
「あなた、アリシアを守って。」クレアシスは神に祈り続けていた。
人々はみな抱き合っいた。母は子を、夫は妻を、若者は恋人を、そして年老いた母を、自らの体で彼らを守ろうと、強く抱きしめていた。既に話をする人もいない。みんな押し黙ったまま脱出の瞬間を待っている。
『脱出シーケンス終了まで後1分。水槽を放出します。』
コンピュータの声と共にガラガラと言う音と振動が伝わってくる。
「おいっ早く席に着け!」
シンはそういうと壁に固定された席に付けられた座席ベルトで身体を固定した。
「大丈夫でしょうか?」ジャンは引きつったような顔で言った。
『脱出通路が確保されました。脱出の際には一気に無重力へ移行します。身体を折り曲げ膝を抱いて下さい。脱出まで後十秒。』
そう言うと画面はシェルターの脱出通路を表示した。通路の先には漆黒の宇宙空間が見える。
「なんだ、あれは!?」
市民の一人が声を上げた。ゆっくり動く漆黒の空間に浮かぶ巨大なボールの姿が現れ始めた。
『6……5……4……』
コンピューターのカウントが進む。
「敵の兵器か?」
「まずい敵のまん前に出ちまう。」
人々の間に恐怖の悲鳴が起きる。
『2……1……ゼロ』
突然シェルターの床が無くなり、一斉に悲鳴が上がる。クレアシスはアリシアを力一杯抱きしめた。アリシアは声も無く母親にしがみついている。
コロニーの遠心力によりシェルターは一気に宇宙空間に放出され、ゆっくり回転を始めた。
「撃つなよ、撃つなよ、撃つなよ、撃つなよ。」シンは必死になって心の中で繰り返し唱えていた。
「見ろっ!コロニーが!」誰かが叫ぶ。
徐々に遠ざかり行くコロニーが画面に捉えられる。大きくえぐられた部分から走る亀裂がはっきりと見て取れる。亀裂の周りでは火花が散っているように見える。電気のスパークか火災であろう。
さらに回転が進むと今度は球形の宇宙船が見える。近くに別の宇宙船も見える、その大きさの違いに目が行く。
「なんて大きな宇宙船だ。」
「コロニー並みの大きさじゃないか。」
内臓ジャイロが作動し、シェルターはゆっくりと回転が止まっていく。
「どうやら撃たれずにすんだみたいだな。」シンが言った。
シェルター内では人々が無重力状態で浮かんでいる。既に部屋中張られているロープを伝い、無事な人が周りの人の状況を見て回っている。
コロニーの住人にとって無重力状態は身近な事なので、気分の悪く成る人はあまり多く無い様であった。
「シンさん、軌道を変えますか?」
「いやっ、まだだ。もっと離れないと破片に当たる危険がある。」
ジャンが制御盤の通信装置の調整をしてみると通信が傍受出来た。
「ECMが作動していません。無線がバンバン入ってきます。」
「よし、マヤかインカに救助してもらおう。連絡は取れるか?」
アステカがやられた以上トリポールの残るコロニーがもっとも手近なコロニーでありそこに救助を求めるのが順当である。しかしジャンは首を振った。
「マヤからは救難信号が入っています。」
「やられたのか?インカはどうだ?」
どうやらアステカと一緒にマヤも攻撃を受けたらしい。マヤがアステカと同じような状態ならトリポールはもう駄目かも知れない。
「インカ、オガム、モリガン、ヴァハからは応答信号が入ってます。無事なようです。」
「トリポールのアステカとマヤの2基がやられた訳か。」シンは肩を落とした。
「いずれにせよあまり遠くに行く前にバーニヤで減速をしておこう。」
コロニーから回転する勢いで飛び出した避難シェルターは放っておけばコロニーから遠ざかっていく。姿勢制御等わずかな目的のためにバーニヤモーターが装備されてコロニーの動きにブレーキをかけられる。時間をかければインカ程度までの飛行は可能であった。
「シェルターの空気は?」
「200時間以上は大丈夫です。水も食料も同じだけ有ります。」
「よし、インカに向けて飛行しながら救助を待とう。木星中から救助用の艦艇が集まるだろう。後は神のみぞ知るだ。」
シェルターは緊急灯を点滅させながら、取り付けられた小型バーニヤでゆっくりと方向を変え、無事なコロニーを目指して飛行を始めた。
アクセスいただいてありがとうございます。
登場人物
サヴィエ・シン 退役軍人予備役 アステカ・コロニー 第15シェルター管理責任者
グリッド・サンバリー 木星軍所属 護衛艦ワインダー艦長
人は困った時にその本質が見える物です
その時適切な対処のできる人が勇気のある人です…以下沈黙の次号へ
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