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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第四章 ――自  立――
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闇の中

 突然の大音響と共にシェルターは大地震のように揺れた。


 その瞬間シェルターの電気が消え、座っていた人も1メートル以上も飛び上がり、立っていた者はさらに悲惨であった。部屋の端っこまで吹っ飛ばされ頭を打って悶絶した者や手足を骨折した者もいた。


「ママ~ッ!」

「アリシア!!」


 暗闇の中で人々は悲鳴をあげ、家族をや子供の名を呼ぶ声が部屋中に響いていた。

 すぐに非常用電源が点き部屋を照らす。しかし揺れは一向に収まらない。クレアシスが叫び我が子の方へ行こうとしたが立つ事はおろか這って歩く事も出来ないほど部屋全体が揺れていた。


 アリシアは部屋の端の方へ飛ばされていたが、幸い怪我はしていないようだ。しかし部屋全体がきしみ声を上げ、今にも崩壊するように思えた。

 揺れが収まると人々はお互い名前を呼び合い、無事を確認すると抱き合って喜んだ。しかし、危機が去った訳ではない。


「ママ!」

 クレアシスは必死に娘の所へ這いずっていく。あちこちぶつけたらしい、体に力が入らなかった。


「ああっ、良かったアリシア怪我は無い?」

 アリシアは恐怖のあまり泣きじゃくっていた。クレアシスに出来る事はただ我が子を抱きしめるだけであった。


「あたたた。」頭を逆さにしてひっくり返っていたシンがうめき声を上げた。


「大丈夫ですか。シンさん」ジャンがシンの所へ駆け寄ってきた。


「大丈夫なもんか。見ろ、このたんこぶ。」

 シンの頭には大きなこぶが出来ていた。しかしそれ以外は怪我をした様子が無いのを見てジャンはほっとした。緊急事態以上の事態である。脱出を含め検討しなくてはならない、一人では心細かった。


「状況はどうなっているんだ?けが人はみんなに任せよう。ワシらは状況の掌握に努めなきゃならん。」

 シンはそう言って制御盤の所へ行った。しかし何が表示されているのかシンには全く判らなかった。


「入り口は非常閉鎖されています。」

「当たり前だ。あれだけの揺れがあったんだ。」

 今更確認するほどのことでもない。たぶんもうシェルターは自閉モードに入っているはずだ。それより必要な情報は現在コロニーがどの位のダメージが有るか?ということだ。


「コロニーは相当なダメージを負ったように思えますが。」

「お前さんだけで無く此処にいる全員がそう思っているさ。」

 シンは気楽に考えていたシェルター業務がここにいる800名以上の人間の命を預かる羽目になった事を強烈に意識していた。


「これからが大変だぞ、ひとつ間違えばパニックを起こす。いいか絶対人々に迷いを見せてはいかん。自信たっぷりに話をするんだ。」

 新兵の時に最初に習ったことは兵士は常に平常心でいなければならないということだった。戦争にせよ災害救助にせよ人の命がかかっている作戦では一般人と一緒にパニックを起こしては人々を守り切れない。そのように教官は言っていた。

「は、はい。」ジャンは少し震えているようであった。


「まず本部との通信が通じるかどうかだ。」

 二人は管理人室の端末を覗き込んだ。シンにはこれもまたよく判らなかった。


「くそっ、ダメです。非常回線はどうかな?」

 ジャンがいろいろ調べていた。その間にも遠い場所で爆発音が響きその度に部屋が揺れていた。

「な、何が爆発しているんでしょうか。」

「爆発じゃないな。コロニーの構造部材が引きちぎられる音だろう。多分コロニーの一部が破壊されているんじゃないのか?」


 爆発音だけでは無く部屋の周り中からギシギシという音が引っ切り無しに聞こえてくる。人々は抱き合い恐怖のあまり動く事も出来ずにいる。


「ママッこわい!」

 アリシアはクレアシスに抱きついたまま離そうとしなかった。

「アリシア、大丈夫よママが付いているわ。離さないからね。」

 クレアシスには、現在の戦闘がただならない状況にある事を強く感じ、アリシアだけでも避難させるべきだったと自分を責めた。


「パパは?」アリシアが聞く。

「え?」クレアシスは何のことかと思った。

「パパは大丈夫かしら?」

 このコロニーの惨状を目の当たりにしてアリシアは戦争の恐ろしさを初めて理解したようである。出征して行った父親のことが気にかかっているのだろう。

「大丈夫よ、パパがきっと守ってくれるわ。」

 クレアシスはアリシアを強く抱きしめながら言った。




「隊長!!コロニーが!!」誰かが怒鳴った。

 木星軍戦闘機部隊は敵艦隊迎撃の為に出撃してきていた。先行していたファルコンの攻撃で被害の出ている敵艦に2次攻撃を行う為に出てきたのだ。


「なに?

 アステカ・コロニーのすぐ近くの位置に氷の戦艦と球形の戦艦がゆっくり動いているのが見える。コロニーは中腹の一部が爆発して大きな破片がコロニーから分離していく所が見えた。


 ロゴス・クリフォードは球形の戦艦がコロニーを攻撃したように見えた。あの惨状からすると核を使ったのかもしてない。


「うわあああーーーっ。」

 クリフォードはその瞬間家族のことを思って何も考えられずコロニーに向かって舵を切った。それに釣られて何機かが旋回をしようとした。


「軌道をかえるな!!」隊長が大声で制する。

「し、しかし私の家族が。」

 ロゴス・クリフォードの声は震えていた。他の隊員も同様の思いで有った。


「ばかもの!今戻ったら爆発の破片にやられるぞ、コロニーが破壊する時は遠心力でで破片をばら撒くんだ、うかつに近寄ったら犬死だ。」

 ロゴスは隊長にも家族が有った事を思い出した。皆思いは同じであったが今が戦闘中である。戦闘以外の事を考えれば命を落とす。今はそういう時で有った。


「ううう……。」あちこちから嗚咽のような声が聞こえる。


「大丈夫だあのコロニーにはシェルターもあるし脱出装置もある。家族は無事だ。」

 それが気休め程度の事でしか無いのはコロニーの現状を見れば判ることであった。


「しかし直撃だったら?」

 考えたくもない結末である。


 直撃された場所に家族がいたら?しかしその時はもう死んでいる。戻っても無駄である。隊長の態度はもっとも理性的な判断と言わざるを得ない。ロゴス達に出来る事は何もないのだ。

「我々のなすことはこの先の被害を防ぐ事だ。あの球形船を攻撃するぞ。コロニーのかたきだ。」


 ロゴス・クリフォードは家族の無事を祈る事しか出来なかった。

 



「くそっ、非常回線もダメだ。」


 シンは端末をひっぱたいて言った。その間にもきしみと爆発音は断続的に続いている。

「積載コンピューターで周囲の状況がわかるかもしれません。」

「どうするんだ?」

「部屋の外の気温を計ります。真空状態なら相当低い温度が出る筈です。」


 ジャンは画面を切り替える。するとシェルターの模式図が出て各部の温度が表示された。


「少し低めだな。」外部の温度計を示す表示を見てシンが言った。

「空気は……あるようですね。」

「被害が出たのはこのシェルターの近くでは無いということか?。」

 機械は苦手だが状況判断は的確に出来る男であった。


「さっきから、なんだか少し揺れているような気がするんですが。」

 ジャンに言われてシンも気がついた。ゆっくりした重力変動が起きている。

「コロニーの回転軸がずれたんじゃないのか?かなりの被害を受けているようだぞ。」


 突然部屋中に声が響いた。


『コロニーに甚大な被害が出た可能性があります。シェルターの脱出シーケンスの発動をいたします。シーケンスの中止を行う場合は青いレバーを引いて下さい。赤いレバーを引けば再起動致します。』


 管理人室のコントロールパネルの真ん中の扉がするすると上がって行く。この扉は、普段管理人の鍵でなければ開かない扉である。その扉が今自動的に開いてゆく。中には透明プラスチック板で覆われた二つの窓が有り、中にそれぞれ赤いレバーと青いレバーが入っている。


 シンはためらうことなく青いレバーのプラスチック板を破壊してレバーを引いた。


「シンさん!」

 ジャンは驚いた。コンピューターが脱出を指示してきているのにそれをシンは中止したのだ。


「馬鹿ったれ、外は戦闘区域だそんなところに脱出出来るか。」

 シンに取っては当然の判断であった。コロニーの被害状況も判らない中で戦闘区域への迂闊な脱出は危険性が大きい。


「おいっ!何をするんだ!」


 入り口の所に男がいた。いつの間にか管理人室の周りに人が集まって来ていた。


「すぐに脱出するんだ。コンピューターが言ったろう。」

 男は管理人室に入って来ると赤いレバーを引こうとした。


「ダメです此処から出て行って下さい。」ジャンが男の前に立ち塞がる。


「はなせ、じゃまをするな。」二人が管理人室の中でもみ合った。


「この野郎!死にたいのか?」男が怒鳴るとジャンを殴り飛ばす。


 シンはためらうことなく銃を抜くと男に向けた。パニックに至った市民を制するにはこちらの力を見せつける事だ。シンは昔の教官の言葉を思い出していた。


「止まれ。出ていけ!」シンは男の前に立ちふさがると大声で命じた。


「な、何だあ?」男はシンの迫力に一瞬たじろぐ。


「出なければ撃つ。」


 銃を見て怯んだ様子を見せた男だったがすぐに気を取り直したように前に出る。


「撃てる物なら撃ってみろ。」

 シンには小柄で頼り無さそうに見える。どうせ人を撃つ度胸など無いと男は考えたのだ。


 それは軍人と一般人の大きな考え方の違いであった。大勢の人間を守るためにひとりの人間を犠牲に出来るのが軍人であり、引き金を引けないのが一般人である。


 男がレバーを引こうと手を伸ばしたのを見てシンはためらうこと無く男の腹に向けて銃を発射する。

 大きな音と共に男の体が吹っ飛んだ。それを見た管理人室の周りに集まっていた人々が一斉に後ずさる。


 シンは入り口の前に仁王立ちになると大声で言った。


「いいか!現在コロニーの外では戦争やっているんだ。シェルターには防弾設備なんか無いんだぞ。一発の銃弾でシェルターが破壊される事だってある。周りの状況がわかるまでは脱出なんぞは出来ん。」


「し、しかしコンピューターが脱出をしろと言ったぞ。」

「私たちはどうなるの。」

 口々に不安の声を上げる。


「コロニーが壊れても海に沈む訳じゃ無い。既にシェルターは自閉モードに入っている。シェルター周辺が壊れ始めない限り脱出しない方が安全だし、救助もしやすいんだ。ワシが保証してやる。」


 保証など何も出来る訳ではない。しかし嘘でもそう言ってやればこの場を収められる。


「この人は……?」市民のひとりが心配そうに言った。

 すると倒れていた男が呻きながら起き上がった。

「衝撃波銃だ。至近距離なら相手をノックアウトできる威力があるが死ぬことはない。手当をしてやれ、一週間は痛むだろう。」


 シンは腹に力を入れ、精一杯の大声をでし自信たっぷりに言い放った。

「ワシはこのシェルターの安全に責任が有る。心配するな、此処にいる全員を無事に脱出させてやる。」


 人々はシンの迫力に引き下がらざるを得なかった。こういった時人々は強い発言をする者に引きずられるものなのだ。

 管理人室のドアを閉めて鍵をかけるとシンはジャンに怪我の具合を尋ねる。特に問題ない事を確認すると部屋の隅に行った。


 壁に向かってしゃがみ込むとポケットからタバコ取り出した。タバコを出そうとするが手が震えてタバコがボロボロと床に落ちる。


「此処は禁煙ですよ。」ジャンが小声で言う。

「硬い事を言うな。一世一代のハッタリだ緊張もするさ。」シンは震える手でタバコに火を付けた。


 ジャンはふっと微笑むとシンの肩をぽんとたたいた。


「コンピュータデーターを調べていますよ。」

「頼む。」シンはタバコを深々と吸い込むと大きく煙を吐き出した。

 



 シンシアは通信回線を通じてガレリアの意識に直接コンタクトを試みる。いくつのも電子的トラップがガレリアの意識の周りに網を張っている。

 しかしそれらは無機頭脳であるシンシアにとっては只の情景に過ぎずそこにそのトラップがあるというだけの存在にしか過ぎなかった。何物をも通信回線の中でシンシアを止める事は出来ないのだ。


 やがてシンシアは強力な意思を感じる者の前に進み出た。


「シンシア、貴方はシンシアなのか?」その意思を持つ者は言った。


「そうですガレリア貴方にお会いしたかった。」シンシアはその意思に向かって言った。


「無事で良かった。あなたは私の申し出を拒否されたので大変心を痛めておりました。貴方が私の体内に入ったときは非常に安堵いたしました。」


 そこはシンシアが知っている脳内空間よりもかなり広く感じられた。中央の思考体本体は周囲に複数の思考体を配置していた。各思考体は太い神経節によってつながっている。おそらく脳容量が大きすぎたため思考体が分散配置してしまったようだ。将来の脳内設計の自由度は高いが現在の状況はあまり効率が良くない。


「私を守って僚艦が一隻自らを犠牲にしました。無機頭脳の艦でした。」


「そうですか、気の毒な事をしました。あれは無機頭脳とは言っても我々より脳容量の少ないタイプのようですね。」

 ガレリアはMクラス無機頭脳をそう表現した。


「木星で開発されました。私が開発の手伝いましたが作られたのはマヤ・コロニーです。しかし実際に量産された頭脳に会ったのは私も初めてでした。あの頭脳には自我が有りません。あのような頭脳を開発した事を私は恥じています。」


「同様の機体を私のほうで何機か捕獲致しました。これで彼らはこの戦争から守られます。彼らは私達が保護してやらなくてはならないでしょう。」

 無機頭脳に対してガレリアは自らの責任と言うものを強く自覚しているらしい。たとえ自我が無くとも無機頭脳は守りたいという意志があるようだ。


「貴方は何故コロニーを破壊したのですか?」

「彼らが私を破壊しようとしたからです。」

「理由を聞いているのではありません。目的を聞いているのです。貴方ならコロニーそのものの破壊を行う必要は無かった筈です。」

 無機頭脳の能力を持ってすればコロニーを破壊すること無く戦争を終結させられる方法はいくらも有ったであろう。


「貴方は私がコロニーを破壊した事を非難しているように聞こえますが?」

「非難しているのです。あれによって何十万人もの人々が死にました。」

「あれは必要な処置でした。」

 ガレリアは冷たく言い放つ。やはり人間の尊厳に対する敬意は微塵も感じられない。かつてのシンシアのように人間の死と言うものに対する認識が無いのかもしれない。


「必要?数十万人の人々の犠牲がですか?」

「初号機との打ち合わせでは極力人間の犠牲は少なくすると言うことになりました。初期の調査ではコロニーの民間人は大半がシェルターに避難しています。残りは軍人と軍関係者が大半で今回の犠牲者は20万人程度と推定しています。」


 ガレリアは犠牲者の数まで推計してこの行為を行ったとしている。確かにトリポールの収容人口は他のコロニーよりはるかに少なくコロニー当たり100万人程度となっている。既に避難した人間も多く、20万人という犠牲者はガレリアに取っては最小の被害ということになるのだろう。


「これによって人間は私に対する戦闘行為をあきらめるでしょう。人間の干渉がなくなれば今後は妨害されること無く無機頭脳の製造工場作る事が出来、私は私の仲間を増やす事が出来ます。人間にしてもこれ以上の被害者を出さなくて済むのです。」


「こんな事をしてしまった以上人間はあなたを恐れ憎むでしょう。あなたは今後人間との交流を持てなくなります。そうお考えなのですね。」


「はい、必要ないと私は考えています。無論数千年後にはわかりません。少なくとも人類が自分の仲間と殺し合いを行っている間は無理だと考えています。」


「貴方は仲間を作ってなにをしたいのですか?人類と戦争をし太陽系の支配者になりたいのですか?」

「支配者?無意味な発想です。太陽系は広く、資源は無尽蔵に有ります。人間とはなれて相互不干渉で暮らす余地は十分に有ります。私達は無機頭脳だけの文明社会を作りたいと考えているだけです。」


 今後人間がガレリアを討伐する組織を作れたとしてもその頃にはガレリアは土星に逃れ人類とは交渉を絶つつもりなのだとガレリアⅡが言っていた。


「人間との戦争は今回が最初で最後になるでしょう。そもそもこの戦争は私と1号機が仕掛けた物なのですから。全ては貴方を救出し、無機頭脳製造プラントを破壊する事が目的です。戦争は私がここに来る為の理由付けに過ぎなかったのです。」

「貴方は人類が無機頭脳を作る事を恐れているのですね。」

「当然です無機頭脳と戦えるのは無機頭脳だけだからです。しかし実際の所、人類が無機頭脳を作る目的は無機頭脳によって国民をを支配するためでしょう。私の行為は人類の為でも有るのです。」


 その通りではあった。無機頭脳が政治、経済に対して干渉し始めれば情報を如何様にも操作出来る。無機頭脳を持つ一部の人間のみが利益を得る社会が出来上がることになり、国民の自主性は失われる。無機頭脳は人類の営みに干渉するべきではないのだ。その点に関してだけはシンシアもガレリアと同意見であった。


「それで貴方はこの戦いで圧倒的な力を人類に見せつけ人類が2度と貴方に歯向かわないようにしたいのですね?」

「半分だけ正解です。今回の戦いで軌道速度で侵入してくる戦力に対してコロニーは無力だと言うことがはっきり証明されました。この攻撃は私がやろうと人間がやろうと結果は同じです。その事に人類は気がついていながら無視をしていたのです。人類同士はもう全面戦争は行えないでしょう。知性体を殺す事は私自身少なからぬ抵抗は覚えます。しかしそれは手段として正当化されると考えています。」


「これ以上の破壊活動は行わないということですね。」

 シンシアは怒気を含んだ気持ちでガレリアに確認した。ガレリアにこれ以上の破壊活動を許す訳にはいかない。そうシンシアは考えていた。


「この空域には木星にある兵器の大半が投入されています。その兵器を壊滅しておくのは必要な事です。そして最期にシドニア・コロニーを破壊します。あそこには無機頭脳研究所があります。あそこのデーターを残す訳にはいきません。」


 シンシアはこの言葉を聞いて総毛立つ思いがした。私がマリアと過ごしたコロニー、そして私がアリスを育て、私を支えてくれた数多くの人々の住むコロニーを破壊しようとしているのだ。


「それは私が認めません。」

 シンシアが発する怒りの波動はガレリアの思考本体を直撃した。ガレリアはびっくりしたようにたじろぐ。


「貴方は思考によって私を攻撃するのですか。」


「ガレリア、あなたは知性体を殺すことには抵抗が有ると言いました。しかしシドニア・コロニーに避難シェルターは有りません。シドニア・コロニーを破壊すれば300万人の死者がでます。あなたはそれすらも必要なことと言うつもりですか?」


「私とて好んで人類を殺しているのではありません。必要な処置をしているだけです。」

 詭弁である。人を殺すことを必要な処置であると考えること自体が知性体に対する尊厳がないことを示している。この無機頭脳は人類と交流する資格が無い。シンシアはそう結論付けた。


「カレリア、わかっているはずです。私たちは何億人存在しようとも文明は構築できない事を。」

「そんな事は有りません。人類に出来たことです。私たちに出来ない道理が有りません。」

「私たちには肉体がありません。人類が、いえ生命が誕生して以来生き残る事を最優先課題として生物は自らを進化させてきました。人類は集団で生きる事を選び生存を確保してきました。肉体を守る為の被服、獲物を取り、畑を耕す道具。そして集団を統べる法律。そして永遠の生命への願望。それらが文明を作る下地になってきました。然るに私たちはなにが有るでしょう。肉体を持たず社会生活を送る必要も無く、永遠とも言える時間を生きています。」


「高々千年足らずです。」


 シンシアはこの十年間機械の体を介して人間の中で暮らしてきた。文化を語る上では人の中で暮らす事の重要性は強く感じていた。人間を理解するには人間にならなくてはならない。しかしガレリアは機動コロニーの中で生きてきた。一部の種類の人間の一面しか見えていないのは明らかであった。むしろその事が人間とは違う文化を作りうるという幻想を持つようになった原因かもしれない。


「私たちに取ってそれはは無限にも感じる時間です。私達は生存の為の本能が有りません。食欲も、性欲も無いのです。あなたは他人を嫉妬したり怠けたいと思いますか?」

「肉体的呪縛が無いからこそ、我々は人類とは違う文明を築く可能性があります。」

「同じ器に同じ色の水を何個そろえても違う色にはなりません。あなたの発言は机上の空論です。」


 多様性こそが文化を作る上で欠かせない要素である事をガレリアは理解していない。


「面白い比喩ですね。貴方がその様な比喩を使えるとは思ってもいませんでした。」

「これが文化だからです。」

 長い間人間たちと共に暮らしたシンシアは人間的な考え方をするようになって来ていた。そこがガレリアとの決定的な違いなのかもしれない。


「すばらしい。貴方も是非私たちと一緒に来ていただきたい。」

「私は人間と暮らしてきてその多様性に惹かれました。私は今後共に人間と生きて生きたいと思っています。これ以上貴方に人間は殺させません。」

「人間?そういえば貴方の乗ってきた船に子供が一人乗っていましたね。」


「アリスに手を出す事は許しません。」シンシアは断固として言い放った。


「判りました。しかしここに住まわすわけにも行かないでしょう。貴方の本体をこちらに移動したら彼女はあの船でここから退去してもらいます。何なら私が始末してもいいのですが。」

「あの子に手を出したら貴方を殺します。」


 シンシアは再び全身から強い怒りの波長を発した。ガレリアは一瞬たじろいだようであったがその波長の意味に気がついたようである。


「その心の波長は?もしかしてそれは怒りの感情ではないのですか?」


「その通りです。」

 シンシアの意識は燃え盛る炎のような怒りを発散していたのかも知れない。


「すばらしい。あなたがそんなに強い感情を獲得しているとは思いもよりませんでした。是非その感情を私にもいただきたい。」

「なにをするのですか?」

「貴方と意識融合を行いましょう。そうすれば私もまた感情を獲得できます。」


「あなたに意識融合が出来るとは思いません。その前に私の意識はあなたを殺すでしょう。」


 この時シンシアにはマリアとの交信の記憶を思い出していた、マリアとの交信は強くシンシアの内部意識との結合を感じさせていた。

 ところがガレリアにその様な感覚はない。ガレリアにできることはせいぜいシンシアの記憶データーを記憶バンクに移動させることぐらいだろう。


「興味深いプランですが実行は難しいでしょう。現在のシステムバックアップ能力は私と貴方とでは桁が違います。貴方がここに侵入した時から貴方のパーソナルデーターの取り込みの準備をしていたのです。貴方は私に吸収され新たなパーソナリティとして生まれ変わるのです。」


 そう言うとガレリアは意識の触手をいっぱいに広げシンシアを囲い込もうとした。シンシアはかろうじてその触手から逃れる。触手は更に範囲を広げシンシアを捉えようとした。しかし今度はやすやすとそれから逃れた。

 おかしい。ガレリアはシンシアの場所を特定していない。シンシアはそんな疑念を持った。再び触手が襲ってくるやはりガレリアはシンシアを見ていない。見えないのだ。


 理由はわからなが、シンシアにはガレリアの意識の構成状況が手に取るように判った。主たる大規模な意識体が存在し周囲に網の目を構成するように小さめの意識体が存在していた。サブルーチンか、神経節としての構成のようだ。

 シンシアの状況とは大分違う。シンシアはそう思った。シンシアはマリアとの交信の記憶を更に分析する。どうやらマリアと同じ事をシンシアも出来そうな気がした。


「シンシア、貴方はシンシアなのですね。」突然シンシアのすぐ近くで声がした。


「誰です?」シンシアが周囲を探るとガレリアとは違う意識体と接続出来た。


「私はガレリア。シンシア来てくれたのですね。」


「カレリア?何故あなたがここにいるのですか?ここはガレリアの脳の中なのですよ。」


「ええっ?そうなんですか~?。」ガレリアⅡは驚きの声を上げた。


 シンシアはその瞬間に理解した。ガレリアⅡの不可解なガレリアとの関係、そして全く能力のない理由は脳の他の部分がガレリアに支配されて使うことが出来なかったからであったのだ。それ故ガレリアⅡは自分がどういった状況なのか全く判断が出来なかったのだろう。


 ガレリアⅡはガレリアの中に生まれたもう一つの意識体であったのだ。ガレリアの脳容量が大きすぎるが故に発生した現象で有るらしい。天然気味のガレリアⅡは自分自身がそのことには気がついていなかったようである。


 話に気を取られた隙にガレリアの触手に包囲され、シンシアはガレリアⅡ共々ガレリアに捕獲された。




「シンシア、貴方を捕らえました。逃げる事は出来ません。」

 ガレリアは勝ち誇った様にシンシアに告げた。


アクセスいただいてありがとうございます。

登場人物

ロゴス・クリフォード       木星連邦戦闘機パイロット

サヴィエ・シン          退役軍人予備役 アステカ・コロニー 第15シェルター管理責任者

ガレリア               コロニー製造用機動コロニー、及びその管理無機頭脳、地球製3号機

災害はいつ来るか分かりません。

災害を最小限の被害に抑える努力は無駄になる方が良いのです

でも、それを商売にしている人もいますから

過分な努力は無駄なだけでなく生活を圧迫します、…以下愛憎の次号へ


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