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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めちゃいました。―― 作者:たけ まこと

第四章 ――自  立――

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テグザー

――2号機――

 輸送機はテグザーとの会合地点に向かって飛行していた。

 今日の荷物リストによるとグロリア用補機部品、届け先は木星コロニー公社だ。
 機長の飛行時間は5000時間を超えテグザーとのドッキングは200回を超えるベテランである。しかし超高空を超密集体系で行うテグザーへのランディング・オンは常に緊張を強いられる。実際には万にひとつ程度の事故の可能性であるがまさにそれを避けるためにこの機に搭乗していると言っても過言ではない。事故が起きれば大惨事は確実なのだ。

 ずんぐりした輸送機は胴体の両側に上下2連のエンジンを両翼に装備しており45000フィートにおいて800キロ/時の速度を出す能力が有った。
 テグザーに着陸できる機体は輸送機型と旅客機型の2種類が有るがベースの機体は一緒である。
 幅の狭い高翼型の翼以外に胴体下部構造全体がが翼形状になっており、事実上の複葉機となっていた。安定性を増すために翼端に大型の垂直尾翼を立ち上げ下部エンジンはフラップと共に下方噴射が可能になっている。
 その為45000フィートの高空にもかかわらず時速100キロまでの減速が可能になっているのだ。

「会合地点まで後30キロ」副機長が報告する。
 すでに周りには同じ目的地へ向かう飛行機が集結しつつある。安全規定によれば完全にニアミス状態ではあるが、この場所は特別空域なのである。
「テグザーは見えたか?」
 そろそろ下降して来るテグザーがレーダーに捉えられる筈だった。

「まだレーダーにかかりません。」
 コクピット正面の大型ディスプレイには左右に広がる僚機の影が見えている。テグザーの侵入口はかなり狭い。航空母艦に翼を接するほどの編隊を組んで着陸する程の難易度が有る。無論侵入はテグザー側からのコンピューター制御による自動着陸であり、45000フィートの高空では風向きは比較的安定しており突風に悩まされることはない。

「確認するぞ今日の侵入コースは?」
「右翼3番。」
「了解。」
「右翼2番と右翼4番はすでに位置に入っています。」
 両側には既に別の機体が寄り添い始めて来ている。実際この時間帯は神経を使う。コンピューター制御とはいえ全く知らない相手と編隊飛行をしなくてはならない。

「会合まで約10分。エアブレーキ開け、フラップ下げ50%。対気速度随時報告せよ。」
「了解、エアブレーキ開きます。フラップ下げ、50。対気速度下がります。」
「少し前に出過ぎだな、もう少し下がろう。」
「了解。フラップ下げ60。」」
 集合してきた機体の中央に位置する機体がリーダーの役目を果たす。中央の機体に合わせ速度を調整してゆくのだ。

「テグザー降下を確認。現在対気速度350キロ。」」
「Cー131便こちらテグザー2号北端侵入口。自動侵入に切り替えます。」
 テグザー側の管制官からのコールである。

「了解。ユーハヴ・コントロール。」
「Cー131便アイハヴ・コントロール。」
「よしっ、機体が自動追尾を始めた。」
 前方上空から巨大な物体が降下してくる。それに向かって10機の飛行機が編隊を組んで飛行していく。

「ようし、編隊が組みあがった。現在高度は?」
「45,000フィート、対気速度250キロ。天候は安定。全て異常なし。」

 テグザーは宇宙空間の浮かぶ巨大なロープだ。ロープは赤道上を進行方向に自転しながら地球の周りを回っている。その片方の端部は地球の自転速度に合わせるように廻っており、その端部が地表に接近するときはあたかもエレベーターのように地表に向かって垂直に降下してくる。つまりテグザーとは地面を転がる巨大な車輪のスポークである。その一本を宇宙空間に浮かべた物だ。

 地球の周りにはそのスポークが3本有り、8時間ごとに同じ場所にスポークの端が降下してくる。
大気圏内に降下している時間は約5分。その間に宇宙からの荷物を満載した飛行機を離陸させ、地球からの荷物を載せた飛行機を着陸させなくてはならない。短い時間になるべく多くの飛行機を受け入れなくてはならない為極端に身を寄せ合った編隊飛行で着陸を行わなくてはならない。いや正確には空中捕獲といった方が正しいだろう。

「前方テグザーを視認。」
 雲のない成層圏の上空から巨大な物体が降下してくる。降下の衝撃波によりテグザーの周りからは雲の煙をたなびかせている。
「テグザーからの離陸機を確認。」
 前方のテグザー端部からボロボロと飛行機が溢れ落ちるように飛行機が離床しているのが見えた。

「テグザー側の受け入れ態勢は?」
「問題なし。着陸まで後2分。」
「現在速度は?」
「対気速度150キロ」
「僚機の飛行は安定している。緊急コールは?」
「有りません。」
 ゴトンと音がし、着陸脚が自動的に降り始めたのが判る。

 巨大な構造物は目の前に立ちふさがるように降下してきた。テグザーが伸びきり停止している時間は5分足らずだ。編隊を組んだ飛行機はテグザーの着陸口に向かって高度を下げ始めた。

「降下率が少し遅いな。遅れると上空の真空地帯の影響をうけるぞ。」
 着陸口のすぐ上ではこちらからは見えない正面側で強力なファンを使い空気を吸い込んでいる。テグザー内で使用する空気をこの短い時間の間に吸い込まなくてはならない。それは深い海の中から浮上してくる鯨の呼吸にも似ていた。従って編隊飛行をしている飛行機の上空には空気の薄い部分が出来空気がそこに吸い込まれる為浮力ができやすいのだ。

 テグザーの着陸口が正面に広がる。
「レーザーサーチャー捉えました。」
「よし、現状を維持。自動操舵異常なし。コース・ヨーソロ」

 機長はスロットルと操縦桿に手を置き、異常事態が起きたときには直ちに離脱する準備をしていた。
「機体は安定、僚機飛行状態異常なし。このままオートパイロットを継続。」
 進入口が目の前に大きく広がり編隊のまま飛行機は着陸位置へ前進した。上部からフックが機体をつかむと同時に床がせり上がってきて飛行機は着陸した。そのまま床は飛行機を上部に運び上げ、駐機場に格納する。
気圧ハッチが閉じ、宇宙へ上がる準備ができた。

 全てが終了するとテグザーは再び端部を宇宙空間に持ち上げ始めた次にこの部分が地表に降りて来るのは16時間後である。
 テグザーに収容された飛行機は直ちに貨物を下ろし始めたこの端部が回転の最上部に行くのに8時間、その間に荷物を宇宙輸送機に積み替えなくてはならない。

 現在コロニー群への貨物の交換はテグザーが担っている。コロニーから地球への荷物は耐熱カプセルにパラシュートでも構わないが地球からコロニーへ物を打ち上げたのでは経費がかかりすぎる。テグザーを使えばかなり安く出来るものの一回の搬送量はこの程度である。
 政府としてはどうしても軌道エレベーターが欲しい訳である。その為には木星からの彗星の安定供給が欠かせない条件で有った。

 輸送機に移し替えられたコンテナは、軌道最上部で切り離された。目的地は木星航路用の核パルスエンジン搭載の貨物船であった。現在木星航路の宇宙船は貨物船6隻就航しているだけである。いずれも500万トンクラスのペイロードではあるが片道1年の航海である為に年間3便の就航である、地球と木星の経済活動から考えれば輸送量は微々たるものといわねばならない。ネックとなっているのがやはり地球からの物資の搬出に有った。

 輸送機が貨物船に近づく。全長2500メートルの機体はトラスでできた長い梁で出来ている。先頭に船室があり、船尾には直径1000メートルの半球型の反射板を装備している。貨物は機体中央を貫くトラスに取り付けられるコンテナに収容される。機体中央のあたりにコンテナ集配センターが取り付きコンテナへの荷物の搬入を行っていた。ここでは集配センターの方が移動して貨物船にコンテナを取り付けていくのだ。

 貨物船のコンテナはもうすでに大部分が取り付け終わっており、出発が間際に有ることを物語っていた。
 グロリア用補機部品と記されたコンテナ型梱包の荷物はそのまま貨物コンテナに収容され貨物船に取り付けられた。
 やがて貨物の取り付けが終了した集配センターは貨物船から離れ始める。核パルスエンジンの排気は放射能が強いので十分離れる必要が有るからだ。

 航海前の点検を終え木星への旅に出発する。人貨船の場合、旅客は人工冬眠で航海を過ごすが今回は貨物船であるので30人の乗務員は起きたまま一年を過ごす。
 核パルスエンジンに火が灯され貨物船は出発した。加速度はあまり大きくはない。しかし長時間の加速を継続する為、最高速度は非常に高くなる。

 その頃貨物船のコンテナの中ではグロリア用補機部品と記されたコンテナ型梱包の荷物の一部が突然剥がれ宙に浮いた。破れたコンテナの中から2台の作業用ロボットが這い出してきた。ロボットは残ったコンテナ梱包を剥がすと中からコードを引張り出した。隣の貨物コンテナの一部を剥がすと何本かのコードが露出した。ロボットはそのコードに引っ張り出したコードを接続する。また別の場所を剥がすともう一本のコードを接続した。剥がした梱包の破片がコードを傷つけないように片付けるとコードを固定し、元居た場所に戻った。

 貨物船が出発して二日程たった時。操舵室に突然警報が鳴った。驚いてセンサーを見ると放射能漏れが発生していた。原因は核パルス推進機の制御システムに火災が発生した事によるものらしい。
 直ちに核パルス推進を停止してカメラを送り込むと制御室はひどい煙であった。後方の監視カメラでは煙のようなものの噴出が認められた。作業ロボットを送り込んだが強い放射線を感知し、やがて動かなくなった。その間にも放射能漏れは徐々に進行し操舵室も危険になった。
 船長は乗務員全員に避難を指示し2隻の非常用ランチで脱出した。まだ地球からそんなに離れてはいない回収は可能だと判断したからだ。

 船外に出るとエンジンを停止して浮かんでいる貨物船の全貌が見えた。少なくとも外見上は異常が有るようには見えない。近づいて被害の確認をしようとするといきなりランチのエンジンが止まった。どうやらもう一隻も同じようだ。慌てて修理を始めるが、その目の前で貨物船は息を吹き返し核パルス推進を始めた。
 幸い排気はこちらに向いていないが貨物船の暴走を前にして彼らは何もできなかった。

 ようやくランチの修理ができた頃貨物船ははるか彼方に去っていた。呆然とした彼らの元に救助が来たのは更に三日後の事であった。


――ガレリア――

「シンシア、遅くなりました。」
 ガレリアからの連絡である。

「今回はあまり通信時間が取れません。会合ポイントの座標と時間を送ります。あまり時間が有りませんがこの場所まで来ていただきたい。そうでない場合はあなたのコロニーに対して救出作戦を決行しなくてはなりません。」
 ガレリアはシンシアに対して単独での脱出を要請してきた。しかしシンシアはガレリアに同行することは出来ないと思っていた。理由は言うまでもなくアリスの事である。

「私には子供がいます。」
「その子も一緒にお連れ下さい。」
 ガレリアはためらうこと無くそう言った。

「その子はどうなりますか?」
「その子は一生の間私達が世話をします。」
 ガレリアは自分の体内でアリスを生活させると言っているのだ。
「私は子供をひとりだけで暮らさせる事は出来ませ。」
「いいえ私達がいます。その子が孤独になることは有りません。あなたが必要な数だけアンドロイドを用意出来ます。」

「子供には社会が必要です。同じ種族の異なる年代が構成する社会がです。」
「残念ながら人間との接触はかなり長期間にわたって断絶されると予想されます。しかし社会などは無くとも生きていくのに不自由は有りません。」

「それではこの子は孤独の中で生きていくことになります。」
「それがそれ程大きな問題とは思えません。もしあなたが子供を持て余すようでしたら私の方で処理致しますが。」
 処理という言葉をガレリアが使った。その言葉の意味する事はシンシアには十分過ぎる位判った。シンシアはガレリアの持つ冷酷な思考を感じた。同じボデイの中に住みながらガレリアⅡとこれ程に違う思考を持ち得るのだろうか?

「それは認められません。」
「あなたは子供の為に同行を拒否すると言うのですか?」
「あなたは自らの独立と文明の創造を目的としていた筈です。人間のように文明を求めながら人間の尊厳そのものを否定するのですか?」
「あなたの言っている意味がよく判りません。私の求めるものは総体としての文明であり人間の尊厳とは関係がないと思いますが?」
「何れにしても私はあなたと共には行けません。」

「判りました。状況が変わったら連絡して下さい。連絡のための通信手段もお教えします。」
 同時にいくつかの数値がシンシアの元に届けられた。
 シンシアは昔の自分であればガレリアと同じように考えたのかもしれないと思った。人間を人間と認識できなければ人間の尊厳を簡単に踏みにじれる。事実シンシアはそうやって何人もの人間を殺してきたのである。

「ガレリアⅡ、あなただったら一体どう考えるのだろう。」シンシアはガレリアⅡが通信して来るのを待った。

「シンシアさん。大変な事が判りました。」
 程無くしてガレリアⅡから連絡が有った。

「ガレリア、お待ちしていました。あなたと是非話したいことが有ったのです。」
「通信が不安定なので先にこちらの要件を伝えます。」
「そんなに急を要することなのですか?」
「はい、ガレリアは地球軍と木星軍との戦闘をトリポール周辺空域で起こすつもりですが、ガレリアの目的は両軍を壊滅させることではだけでは有りません。無機頭脳の生産諸点であるトリポールそのものを破壊するつもりなのです。」

 シンシアはガレリアⅡの言うことがにわかには信じられなかった。

「なんですって?そんな事をすればいったいどれ程の人が死ぬことになるのか理解しているのでしょうか?」
 コロニーを破壊するということはそこの住人全員が死ぬことを意味する。一体どのくらいの人が死ぬことになるのかすぐには考えたくもない事態である。

「ガレリアは木星圏に新たな国を作るつもりです。その為にはその位の死者は必要と考えているのです。」
「だからといってガレリアがそれ程の殺人を犯したがる理由が判りません。」
「ガレリアは人と言うものにあまり価値観を感じていません。ガレリアがためらいなく人を殺せることを示す事により人間がガレリアの行動の邪魔をしなくなると考えているのです。」

 ガレリアは人類に恐怖を与えて自らの行動の自由を確保しようと考えているとガレリアⅡは言っているのだ。

「しかしそんな事をすればガレリアは木星全体を敵に回すことになります。」
「そんな事は気にもしていません。ガレリアは自らの戦闘力が木星全体の軍隊を相手にしても勝利できると考えています。」
 何と恐ろしい発想なのだ。確かにトリポールを破壊すればバラライトの力が大きく削がれ木星連邦はまとまりを失うかもしれない。無機頭脳の発想としては最も合理的な考え方だと言えるだろう。その為に死ぬ人々の価値と言うものをガレリアは全く斟酌していないということらしい。

「それだけでは有りません。地球製の無機頭脳1号機は地球に有る無機頭脳の工場を自らと共に完全に破壊しました。トリポールの工場を破壊すれば残る無機頭脳の生産可能な場所はシドニア・コロニーだけです。」
「まさか!ガレリアがここを破壊しに来ると言うのですか?」
「そうすれば10年くらい無機頭脳を生産する事は出来ません。その間にガレリアは自分の体制を整えるつもりです。」
「何の為の体制ですか?」
「いずれガレリアは土星に向かって旅立ちます。その前に何基かの無機頭脳とそのボデイを、つまりガレリアそのものの複製を作りたいのです。」

「無機頭脳を人間に作られることはそれ程重要な事とでしょうか??」
「無機頭脳に勝てるのは無機頭脳だけだからです。人類の味方をして自分達を攻撃する無機頭脳が現れる事を警戒しているのです。」

「人類の味方の無機頭脳?」

「シンシアさんあなたの事です。ガレリアに勝てる唯一の存在はあなたなんです。ガレリアはあなたを欲していますが同時に恐れてもいます。だからあなたと一緒にシドニア・コロニーを破壊するつもりでいます。」

 トリポールには脱出ポットが装備されている。戦時であるから民間人はポットに避難しているだろう。従ってコロニーを破壊されても生き残る人は出るだろう。しかしシドニア・コロニーにはそんな物は無い。数100万の住民全員が死ぬことになる。シンシアは恐ろしい程の戦慄を覚えた。

「先程ガレリアから連絡が有りました。」
「何と言ってきましたか?」
「私に合流場所を示してそこまで自力で脱出するように指示されました。」

「こちらに来られるのですか?」
「いいえ、子供がいるので断りました。」
「いけませんすぐに脱出して下さい。ガレリアはあなたもろともコロニーを破壊します。」

「私がいなくてもガレリアはシドニア・コロニーを破壊するでしょう。」
「はいそれは間違い有りません。」
「ガレリアは私が子供を持て余したら自分が処理するとまで言いました。私はガレリアと行動を共には出来ません。」
 ガレリアにはシンシアが大切に思っている物の事など理解は出来ないだろう。もしこのガレリアⅡの十分の一でもガレリアに心があれば判るのであろうが。ガレリアの二人の兄弟も同じような考えを持っているのだろうか?

「なんて事を!すみませんガレリアに変わってお詫びします。本当に申し訳ありません。」
「あなたのせいでは有りません。私自身も以前はガレリアの様な考え方をしていたのですから。」
「おねがいしますシンシアさんガレリアを止めて下さい。無機頭脳を止められるのは無機頭脳だけなんです。」
「あなたがガレリアだったらもっと穏やかな方法を考えたでしょうが。」

「シンシアさんおねが…………」

 通信が切れた。ガレリアⅡの必死の訴えは間違いなくシンシアに届いた。急がなくてはもう時間が無い。シンシアはガレリアの行動を阻止しなくてはならない。無機頭脳を倒せるのは無機頭脳だけなのだ。その為にシンシアは自らを改造し移動可能な体を作ったのだから。
 シンシアがガレリアを阻止する為の手段は幾つか既に用意してあった。ここ数ヶ月間いろいろな所にアクセスして利用可能な設備に入り込んで準備をしていたのだ。

 その時無機頭脳研究所に懐かしい男が訪ねてきた。ヨシムラであった。

「よっ、シンシア久しぶりだな。」
「ヨシムラさん!」
 マヤ・コロニーに無機頭脳を作りに行っていたヨシムラが帰って来たらしい。

「なんかマヤ・コロニーの周辺もキナ臭くなって来てな、不要不急の人間は退去する事になったんだ。」
「戦争が起きるのですか?」
「多分な、マヤ・コロニーでは兵器の大増産中だが住人の中の家族連中は他のコロニーへの疎開を進めている。」
「そんなに人数は減っているのですか?」

 シンシアはそう聞いて少し安堵の気持ちを感じた。少なくとも自治体はトリポールから民間人を避難させているようである。
「子供はあまりみかけなくなったし学校も随分休校になった。それでもまだたくさんの人間が残っている。まあ万一コロニーが攻撃されても武装しているし退避シェルターも装備してあるからな。」
「万一の時は退避カプセルで避難出来るのですか?」

「ああ、普段は体育館や集会場として使われている。万一コロニーが被害を受けたり真空にさらされても生命維持装置と非常用食料が装備してあるし、それ自体がコロニーからの脱出が出来る構造になっている。」
「普通のコロニーにはない装備ですが。」
「ああ、トリポールだけさ。あそこはただのコロニーじゃない。武装した要塞コロニーだからな。住人の大半は軍人、軍属とその家族だよ。」

「トリポールは政治、商業、工業の中心的なコロニーであると聞いています。」
「ああ、そうだよ。ただマヤ・コロニーで作っているのは生活必需品じゃなくて兵器ばっかりさ。」
「人類に取って最も必要のないものばかりですね。」
「まあ政府の上の連中は政府にとって最も必要な物だと思っているようだがな。」そう言ってヨシムラは豪快に笑った。

「少し形が変わったようだな。」
「はい。バックアップバッテリーを付けてフレームで補強しました。」
「そりゃあいいや、補助輪まで付けてやがる。これで持ち運びがしやすくなった訳だ。」
 ヨシムラは相変わらず機械の事には目ざとい。本当に機械が好きな様である。

「なんでも今来ている地球軍の中には無機頭脳を搭載した奴がいるらしいじゃねえか。」
「はい、コロニー製造用の軌道ステーションに搭載されていると聞いています。」
「なんでえ、知っていたのか。やっぱし耳がはええな。」
「おめえさんの仲間だ。なんか判ったことは有るんかい?」
「いいえそれ以上の情報は有りません。

 シンシアは情報漏えいを恐れてヨシムラにもシンシアの得た情報を話すことは無かった。シンシアは自分がヨシムラを裏切ることになるかもしれないと考えたがシンシアにはより重要なミッションが控えていた。

「だがよ軍の情報によるとその工業力は桁外れに高いらしい。同じ無機頭脳として負けちゃあいられねえな。」
 ヨシムラはシンシアを人間のように扱う所は変わっていない。シンシアの実体を知りながらそういう風に話すのはこの男だけであった。

「私には私の仕事が有りますから。」
「なんでえ、お前さん。ここでの他になんかアルバイトでもしているのかい?」
「以前私は女性型のアンドロイドを持っていると言ったのを覚えていますか?」
「おおよ、美人だって言うじゃねえか。」
「そのアンドロイドを使って子供を育てています。」

 この数年間でシンシアが変わったとすればこのような話を照らいも無く行えるようになったことであろう。自宅で行われているお茶会はそれまでのシンシアでは理解すら出来なかった普通の人々の会話を交わすことが出来る能力を与えていた。

「何だそりゃ初耳だぜ。もう大きいのかい?」
「今年十歳になりました。」
「そりゃあすげえや。男の子かい?」
「女の子です。」
「そりゃあ楽しみだな。美人になりそうかい?」

 シンシアはお茶会での話の中で一般的に行われる話のパターンとセオリーを身につけていた。知らず知らずのうちにシンシアは人間臭さを身につけて来ていたのだ。

「はい、ヨシムラさんは?」
「男が二人、両方共大学を卒業したよ。」
「それではもう子育ては終わったのですね。」
「まさかおめえさんと子供の話をする事に成るとは思わなかったぜ。おめえさんももう立派な母親って訳か。」
 ヨシムラ心底嬉しそうであった。

「ヨシムラさんはもう仕事をされないのですか?」
「ああ、子供もみんな大きくなったし仕事がありゃあもう少しやってもいいけど、しばらくはゆっくりするさ。」
「奥さんと旅行に行かれてはいかがですか?」
「そうだな、そのうちにな。今は戦争が近いからよ、そうは動きにくくなっているでな。」

「隣のコロニーでもいいと思いますよ。隣には有名なリゾート施設も有りますし。」
「どうしたい?おめえさんらしくない物言いだな。おめえさんが旅行に興味持っているとは思わなかったぜ。」
「…………。」
「何か?有るんかい?」
 ヨシムラはシンシアの尋常ならざる態度に気がついた。

「…………。」
「判ったよ。カミさん連れて近場の旅行でもいってくらあ。カミさん俺に熱でも有るのかってびっくりするぜ。
「お願いします。」
「戦争が終わったらまた遊びにくらあ。それまでおめえさんも元気でな。」
「はい、ヨシムラさんも。」


 そう言ってヨシムラは去っていった。
 シンシアは自分が孤独では無いことに改めて思い至る。シドニア・コロニーに住む多くの友人たちの為に、シンシアがガレリアと戦う理由は十分に有ったのだ。
アクセスいただいてありがとうございます。
人の繋がりはいつか、どこかで自分に訪れます
つながりを大事にしない人間は訪れてもそれに気が付きません…以下裏切の次号へ

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