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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第三章 ――育  成――
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カリスト軌道

 3日後カリストが近づいてきた接近速度は毎秒11キロ、カリスト到着時には14キロまで増速する。ガニメデまで約70万キロ、18時間の行程だ。全艦戦闘態勢で接近する。


「前方レーダーに最大限の注意を払え。」

 ヘリオス内部に係留された旗艦カンサスのティコ・ブラーエ艦長が指揮を取る。カリスト到着まで18時間そろそろミサイルの自動発射装置が仕掛けられているかも知れない。先導の護衛艦サラマンダーから次々と対空監視情報が旗艦に送られてくる。


『右前方に障害物、公転軌道上にあり。隕石の模様』旗艦のコンピューターが告げる。

「外部砲塔に警告接近に注意!」

『ターゲットまで1万キロ。登録されている衛星で有ることを確認。』

『前方に隕石郡を発見。6個の天体群。』

「ミサイルか?レーザー測定を行え。」


 近くにおきる異変にいちいち神経を使わなくてはならない。何しろミサイルも隕石も区別がつかない。爆発してみないとわからないからだ。

 多分アナンケの軌道にはミサイル類は無いだろうと考えられていた。ガリレオ衛星軌道から90度近い角度を持っている関係上こちらの軌道が判明した後にミサイル類を配備する時間的余裕はあまり無いからだ。それは同時にカリストでスイングバイした後には必ず配備されているであろう事を暗示していた。


「カリスト到着まで後5時間」作戦将校が告げる。

「本作戦最大の山場だな」提督が司令官席に座って待機していた。

「できるだけたくさんの艦艇がこちらに集まっていてくれると後々楽なんですがね。」



  *   *   *



 レグザム自治区アントワープ・コロニーにあるレグザム防衛軍統合施設庁内の防空指令本部にはアトン知事以下内閣メンバーが固唾を呑んでことの推移を見守っていた。


 「30時間前にカリスト軌道上の岩塊「ブラン」は核パルスエンジンを起動し地球軍の衛星改造兵器「ヘリオス」との衝突軌道に移動しました。」

 「この軌道変更終了後ブラン駐留の木星連邦軍は護衛艦2隻に分乗して「ブラン」を離脱した模様で現在「ブラン」は無人であると考えられています。」

「地球軍「ヘリオス」の軌道に関しましては、過日、我が自治区に対し地球連邦の対しから提供の有った資料を木星連邦に対し情報提供を行っておりますが、その資料通りの軌道に乗っていると観測されています。

 一方岩塊「ブラン」の軌道はヘリオスとの交差軌道上に移動していますが、完全なピンポイントの衝突コースに対しやや内側に位置しており木星連邦軍もピンポイントでの衝突は望んでいないと考えられています。」


「やや内側?」アトンが聞き返す。


「はい、「ヘリオス」が核パルスエンジンを後方に向けて航行中ですから加速して軌道を外側に逃すことは可能だと考えられています。一方木星連邦の巡洋艦と小型艦、これはミサイル艦艇かと思われますが3日前に出港しヘリオスとの交差軌道上にあります。これらの艦艇は強力なジャミングとステルス機能によって正確な位置は特定できず、現在の位置は推測軌道となっています。」

「つまり地球軍がカリストをフライバイした直後に木星連邦はミサイルを地球軍に打ち込もうとしているわけか。」

「そのように推察されます。」


「岩塊と地球軍は実際に衝突はしないのか?」

「いえ、現在の軌道でも500メートル程の衝突コースにありますがこれを完全に回避すればトリポールへの軌道投入は大きくそれますからトリポールとのランデブーは難しくなるでしょう。おそらくは300キロ以上離れた位置を通過することになります。」


「我が軍の配置状況は?」

「予備兵力も含め全艦が軌道上待機を行っています。哨戒艇も出動可能な艦艇すべて待機させデブリの回収に関しては出来る限りの体制を敷いております。」

「核兵器の待機状態は?」

「3メガトンクラスの物をバンカーバスター仕様にして大型艦に分散し搭載させています。」

「万一の場合は此処から大統領指示により「ブラン」に対し外部からの軌道変更を行うことが出来ます。ただしそれは木星連邦に対する敵対行為とみなされる危険があることを申し添えて置きます。」


 会議室は重苦しい空気に包まれた。いかなる結果が出ようともレグザム自治区の将来への大きなターニングポイントに立ち会うこととなった内閣のメンバーはその責任の重大さに胃が締め付けられる思いを感じていた。


 しかし、この時代を自ら背負って立つ決意をしたアトン知事はその重責に押しつぶされることなく毅然として自らの任に当たっていた。



  *   *   *



 カリスト到着まで1時間を切った。先行する護衛艦サラマンダーの観測によればカリストを回る岩塊は外交官を使ってレグザム自治区に送りつけた軌道に合わせて軌道に調整しており、正確にこちらに衝突するようになっていた。サラマンダーを除く全ての艦船はヘリオスに収容したままである。


「よしコース2にて最終軌道変更を開始する。」

「了解。コース2、核パルスエンジンの起動シーケンス起動まで3分。」

「大使に持たせた軌道データーはレグザム自治区を介して木星連邦には届いているらしい。果たして木星側はどう出ることやら。」

「提督、木星連邦にはこのカリスト軌道を使用不能にして平気な狂人がいないことを祈りましょう。」


 核パルスエンジンが起動した。小型の核爆発を大きな反射板後ろで連続して起こさせ推進力を得る。とは言うものの本体の質量が大きすぎる為にその動きは非常に緩慢である。こちらの提供した軌道に乗っていればギリギリ外せる距離での加速である。

「相手の隕石にも核パルスエンジンが装着して有りますが軽い分だけ動きは早いでしょうね。」

 そうは言ってもお互いに本体を反転させる事は難しい。ヘリオスが加速しか出来ないのであれば向こうも減速しか出来ない現在軌道が交差しているのであればヘリオス側が加速しなくてはかわせない。


「コンピューター、敵の艦影は?」

 艦長が旗艦のコンピューターに質問する。護衛艦サラマンダーと旗艦のコンピューターは連動させているので動作はダイレクトにつながっており情報収集はダイレクトになされていた。したがって旗艦のコンピューターは艦長の質問に遅滞なく答える。


『岩塊の側に小型艦2隻。』

「観測船と衛星から避難した駐留軍の輸送船だろう。こちらの軌道を常にモニターして岩塊に司令を送っていると考えられる。」

「岩塊に閃光。あちらも軌道を変更を開始した模様。」

 ここから先はお互いの動作の読み合いになる。岩塊は軽いので軌道変更は行い易い。ヘリオスは重すぎて殆ど軌道は動かせない。しかし放物線軌道であるが故に進入角度の差は大きく軌道要素の変更に寄与する。どちらがどのコースを取るか?木星軍側はヘリオスを破壊しなくてもガニメデの軌道平面上への投入に失敗させれば良いのである。


 しかしスイングバイ中の現在の体制では増速は出来るが減速は出来ない。減速する為には本体を一回転させなければならないからだ。増速すなわち軌道を外側に遷移させることは出来るが内側への遷移は出来ないことを意味する。

 岩塊もまた核パルスエンジンの方向から考えて増速しか出来ないだろう。


「先行している護衛艦に攻撃はどうか?」

「今の所有りません。」

「ヘリオスへ、核ミサイル1,2号共発射。コントロールを旗艦に。」

 ヘリオスから核弾頭を装備した大型のミサイルが発射された。


「観測船はヘリオスの旋回砲塔の射程に入り次第攻撃する。攻撃準備のまま司令を待て。」


 無人の核ミサイルを発射しヘリオスに先行させる。先端はバンカーバスター仕様になっておりエネルギーは5メガトン級。岩塊にもぐりこんで爆発する。最終交差時に相手の軌道を変更させる事ができる。

 艦長の後ろで提督が黙って見ていた。提督は必ずしも優秀な戦略家である必要はない。提督はそこにいるだけでその作戦下に有る兵士たちが安心するような存在であればよい。安心し信頼されれば兵の士気は上がる。そんな雰囲気を醸し出せれば兵士はついて行く。従って提督は寡黙な方が良く必要と思われる時まで不必要な発言は控えることの出来る人間が好ましい。


「敵、岩塊軌道修正せず。カリストの影に入ります。」


 40分間程で軌道を一周する岩塊は今度現れるまで軌道観測は出来ない。今度姿を見せたときは衝突する時である観測船は岩塊より遥かに大きな軌道を取ってこちらを観測している。観測船は2隻で死角を作らないようにしているようだ。

護衛艦はやや軌道を外れ、ヘリオスと岩塊が常に観測できる軌道を取る。護衛艦であればカリストでの軌道変更後ヘリオスを追って軌道を再軌道変更して追いつく事は可能なのだ。

 ヘリオスは射程に入り次第観測船を破壊する事になっている。そうすれば15分の時間が稼げる。


 岩塊がカリストの向こう側から姿を表すのは衝突の10分前それまでに先行したミサイルは百キロ程前進することが出来る。岩塊の軌道の内側を狙うか外側を狙うか?まさしく一発勝負の様相を呈してきた。こんな物は作戦でも何でもない出たとこ勝負の一発芸だ。こちらは軌道変更範囲は殆ど無いのだから。


「旋回砲塔1から5番前方の観測船をねらえ。射程まであと何分か?」ヘリオスのパートリッジ艦長が砲塔に確認する。

「旋回砲塔射程まで2分。」

「2分後に一斉射撃。命中を確認するまで砲撃を継続。」

「旋回砲塔了解!」

 ヘリオスの旋回砲塔から一斉にレーザーが発射されると木星軍の観測船2艦がたちまち火を吹いて爆発した。


「軌道を変更する軌道要素ナンバー3。」

 観測船が破壊されたことを確認してヘリオスの核パルスエンジンが推力を全開にする。観測船を失った岩塊はこちらが加速したことを見逃すだろうと考えての行動である。護衛艦サラマンダーは観測船の破壊とヘリオスの再加速を確認する。しかし岩塊の核パルスエンジンは稼働しない。作戦は成功したと思われた。直ちに岩塊とヘリオスの軌道観測結果を旗艦に送信する。


『岩塊の軌道はヘリオスと衝突軌道、ヘリオスの現在の加速を維持した場合衝突位置は中心より左側500メートル。』

「核ミサイルを岩塊の右側に打ち込む。もっとも岩塊の移動量の多い場所を算出せよ。」

『了解しました。』

 今の所計画通りのようである。じきに岩塊がカリストの影から姿をあらわす。護衛艦から岩塊の再稼働の報告は無い。上手く行きそうだ。艦長は船内マイクを取る。


「全乗組員へ、本艦は後数分でカリストによるスイングバイを開始する。スイングバイ終了直後に敵の攻撃が予想される。本作戦最初の山場である。各自冷静なる対処を望む。」

 さらに4分後岩塊が姿を表した。


「岩塊確認!パルスエンジンはこちらを向いています!!」

 いつの間にか岩塊の核パルスエンジンがヘリオスの方向に向いていた。艦隊全員が中性子兵器使用の恐怖におののいた瞬間であった。

「コンピューター岩塊の軌道を再観測!」


 重苦しく感じられる数秒が過ぎる。

『現在の岩塊は衝突コースにあります。ヘリオス中心から軌道内側に285メートルの位置に衝突予定。衝突まで14分26秒。ミサイル命中ポイントを再計算終了しました。』

「直ちにミサイルの軌道を修正。」

 作戦通りである。中性子攻撃がなければこちらの勝ちだ!そう艦長は思った。


『了解。ミサイルの軌道は変更されました。』

「ミサイルの衝突時間を報告」

『4分後に1号更に4分32秒後2号が命中予定 命中位置は岩塊軌道外側部予定位置です。』

「ヘリオス増速反動物質全開。」

 核パルスエンジンを全開にしてもヘリオスの動きはあまりにも鈍い。


「ミサイル1号命中!」

 岩塊の右側で閃光と共に大きな爆発が起き破片やガスが大きく広がる。岩塊は爆発に伴い自転の方向が変わる。

「岩塊の軌道を測定!」

『岩塊は軌道を内側に変えました。現在ヘリオスとの衝突位置は中心から軌道内側に487メートル。」

「岩塊核パルスエンジンに変化無し。」

「ミサイル2号命中!」

 再び岩塊の側面で大きな爆発が起きる。岩塊は大きく揺れると再び軌道を変える。

『岩塊の軌道変更を確認しました。こちらには当たりません。』

「よし!よくやった!」

 艦橋から歓声が上がる。


『スイングバイに入ります。潮汐力に注意!』

 突然重力が発生し軌道をの内側と外側に向かってひきつけられた。各艦の向きによってそれぞれ違う方向に重力が発生し、ある艦は横に、ある艦は上にとそれぞれ引っ張らる事になった。

「軌道観測!軌道はどの位ずれた?」

『コース3から若干外部側にずれました。修正可能範囲です。』

「どうやら生き延びたようだな。」提督が安堵の表情で言う。これでひとつの山場は超えた。


 潮汐力は数分続き、徐々に消失する。



  *   *   *



 レグザム自治区内の防空指令本部ではコロニー周囲に全艦警戒体制で待機のままヘリオス通過を見守っていた。


 地球軍のヘリオス小衛星と岩塊との衝突が起きた場合レグザム自治区コロニー群にどれほどの被害が出るのか予測がつかなかった。万一本当に両者がまともに衝突を起こせばカリスト軌道上はデブリに覆われその回収だけで国家予算くらいが吹き飛ぶ事になる。


 その場合レグザム自治区は木星連邦を連邦裁判所に提訴することになるが初戦は連邦の管轄する裁判所である。この自体を戦争犯罪として認定するかどうかはかなり怪しいといえるだろう。しかしカリスト軌道は連邦にとっても将来のコロニー製造ポイントである。そんな場所を簡単にデブリで汚染するとも思えない。

 だが地球軍の挙動次第ではやはり衝突の可能性は否定できなかったのだ。

 その為にレグザム自治区の戦艦を含む全ての艦船をコロニー周囲に配置し、万全の体制でことの推移を見守っていた。


 今回の事態はレグザム自治区にとっての最大の危機であるとともに最大のチャンスでも有った。カリストを周回し、レグザム自治区を監視し、その最大の脅威となっていた木星連邦の岩塊基地を破壊できる有効な機会であった。

 岩塊基地に駐屯していた部隊は全て引き払い、その状況を見守っていた監視船もまた被害を受けている。駐屯部隊もまたこの空域から離れすぐに戻れる軌道上にはいない。今こそ岩塊を奪取する最大の機会である。


 地球軍側が岩塊に核兵器を打ち込み衝突を回避出来たのは幸いであった。その瞬間防空指令本部内では大きな安堵の溜息が聞かれた。

 しかしまだ驚異は去っていない。ヘリオスが向かった先の軌道上には木星軍の攻撃部隊が待ち構えている。彼らが使用する武器は全てが核兵器だと思わなくてはならない。流れ弾はそのまま危険極まりない破壊兵器となる。


「核爆発によるデブリの発生はどのくらいだったのか?」

「爆発方向空考えてカリストの楕円軌道に乗ることになります。大半はカリストに落下しますが一部は処理が必要になります。」

 地球軍がどうなろうとアトンに取ってはどうでもよい事であった。このまま木星連邦と地球軍が共倒れになればそれに越したことはない。

 だがレグザム自治区が巻き添えを食うことだけは阻止しなくてはならない。


 同時に無人となった岩塊基地をカリストに落下させる作戦を実施する絶好の機会である。戦艦、護衛艦、駆逐艦、フリゲート艦に工作船を総動員しての作戦である。

「この後に起きるであろう戦闘行為はさして問題になりません。ミサイル等の流れ弾は護衛艦での撃墜が可能です。問題は核レーザーのほうです。こっちは光の速度ですから阻止するすべがありません。」

「コロニーに当たらないことを祈るだけか。」

「さすがにコロニーを背後にして核レーザーを撃つとも思えませんが。戦闘では何が起きるかわかりませんから。」


「戦争というものは結局戦闘員同士の戦いとはならない。いつの戦争でも殺傷されるのは一般市民であり彼らは自らの身を守るすべを持たないのだ。」アトンは沈痛な面持ちで自らの言葉を噛み締めていた。



  *   *   *



「前方に警戒!攻撃に備えろ!」カステッリ提督は全艦に通達を出した。 作戦が成功した今が一番危ない。護衛艦は大きく軌道を逸らしている。軌道変更で追いつくまではしばらく時間がかかる。それまでヘリオスの貧弱なレーダーで監視しなくではならない。

『正面に大型飛翔体多数。ミサイルまたは戦闘機と推定。』コンピューターがいきなり告げる。

 こちらの予想軌道面にステルス性能の有るミサイル艦を配置していたようである。

「どうやら向こうさんはあの岩塊を使ってこの我々をこの軌道に導いたようだね。多分ミサイルは全部核だろう。」提督が落ち着いた声で言う。


「ヘリオスの旋回砲塔を使って撃ち落せ。ミサイルは核と思われる。」艦長が怒鳴る。


 カリスト軌道上に配置されていたミサイルがヘリオスに向かって一斉に起動して向かってきた。

 ミサイルに向かって旋回砲塔の強力なビームが飛ぶ。この旋回砲塔はアナンケに有った核融合炉をエネルギー源としている。その上周りは氷だらけなので排熱の心配も無い。

 大型の戦闘艦は核融合炉を装備しているが排熱は推進剤で冷却し、推進時に排出する方法をとっている。推進器が止まるとレーザーの発射は出来ないのである。一方小型艦は核融合炉を持たずに科学反応を利用したレーザーとなる。小型で強力なビームを発射するが、同様に排熱の問題が有る。


 その点ヘリオスに設けられた旋回砲塔はそういった問題がなく遠慮無く連射が可能でなのある。

 次々とミサイルが消滅していく。爆発する物も多数ある。強力な光を発し放射能計は跳ね上がる。突然側面から大型砲の光条が旋回砲塔に降り注ぐ、ステルス艦が闇にまぎれて潜伏していたのであろう。しかし厚い氷に守られた旋回砲塔に被害は無い。しかし周囲を固めた氷が溶けて周りにガスが湧き上がる。しばらくは砲が使えなくなる。


「正面にミサイル。目の前です」レーダー手が悲鳴をあげる。

 突然正面から強力な光がヘリオスを襲うヘリオス全体が光りに包まれ衝撃が走る。ヘリオスの正面に核レーザーの直撃が有ったようだ。巻き上がった水蒸気は直ちに再氷結を起こしヘリオスの持つ弱い重力の為に船体全体を覆い始め視界を完全に奪った。

「旋回砲塔!どうした!」 

 残るミサイルが接近を続けているが視界不良で迎撃できない。


「全員衝撃に備えよ。」

 その時突然3基のミサイルが自爆した。後方から追いついてきた護衛艦サラマンダーによって破壊されたのだ。まさに危機一髪であった。

「被害を報告!」各艦に被害はなかった。軽症者が数名いただけである。

 ヘリオス自身の被害は外に出てみなければ判らないが核レーザーの直撃にも全く動ずる事は無かった。

「至近距離での核爆発が有った様だが、残留放射能測定は?中性子爆弾か?」

「通常核だと思われます。規模は約500キロトン」

 至近距離での爆発はやはり放射能被曝の危険性を考えなくてはならない。


「やれやれ大きなものを使いおって、旋回砲塔の被害はなかったのかな?」

「旋回砲塔に被害の報告は有りません。やはり直接攻撃を受けると目が見えなくなる欠点は残りますね。」

「敵の数は確認できたかな?」

「今の所当初の情報分位の隻数が確認できているようです。」

「軌道変化は?」

「大きく有りません。しかしかなり軌道修正は行わねば有りませんが。」

「一応これで打ち止めかな?」


 のんびりした調子で言う。これが提督たるものに課せられた喋り方である。いかなる時も慌てた様子を見せてはならない。


「そう願いたいですね。レーダー手警戒を緩めるな!!」

 艦長はそう言ったがこれで今回は終わりだろうと思っていた。カリスト、ガニメデ間の楕円軌道だトラップは仕掛けにくい。次の戦闘はトリポールかあるいは軌道修正前のどちらかだろう。軌道修正前に核パルスエンジンを破壊すればトリポールにはたどり着かない。しかしそれは戦力の分散に繋がる。

 果たして木星連邦はどちらの策を取るのだろうか?トリポールまで18時間。トリポールはガニメデ公転軌道の前方60万キロ前方であった。


「全艦ヘリオスから順次発進。全艦第2種戦闘配置にて事前指示の通りのフォーメーション位置に付け。その後サラマンダーはヘリオス内で補給をおこなう。」

 今回の戦闘を通し提督は木星軍の練度がさほど高くは無いと感じていた。同時に木星軍の戦略の程度も概ね推察できる。将棋と同じであり布石が有り、定石がある。

 木星軍がこの軌道に導いたと言う事は軌道変更前に必ずもう一度攻撃が有ると言う事を示していた。



 ヘリオスがカリストのフライバイ軌道から脱出するとただちに待機していたレグザム自治区の自治軍はふた手に分かれて出動した。一つは攻撃された2隻の観測船の乗員の救助と言う名目で彼らの行動を拘束する為に。

 もう一方は軌道を外れた小衛星の破壊である。核パルスエンジンの再起動をするか、それが出来ない場合は核爆弾を使って小衛星をカリストに落下させるのである。この作戦がうまく行けばレグザム自治区の喉元に付きつけられた前線基地を無くする事が出来る。レグザム自治区にとっては、はるかに自由な行動が出来る様になる。



――ジタン――


 ヘリオスのカリスト通過のニュースは木星連邦中枢を駆け巡った。いよいよ地球軍とトリポールとの一戦は避けがたいものであるとしてヘリオスの状況に釘付けになっていた。

 しかしここに一人ガレリアの行動を見守っている男がいた。木星連邦公安捜査局シドニア・コロニー本部長のユンバル・ジタンであった。

 無機頭脳に関わったばかりに出世の道から大きく外されてしまい、通過点に過ぎなかったシドニア・コロニーに未だに釘付けにされている。


 10年前の病院爆破未遂事件の黒幕として糾弾されたが政治的理由によりジタンは処分をん免れた。本来であればそのまま閑職に飛ばされる所を、逆にそのことにより示された無機頭脳の戦闘能力を上層部に売り込み、自らの功績を上げることが出来た。ところがその後はその無機頭脳に出世の邪魔をされ続けているのだ。

 自らをシンシアと名乗る木星で作られた無機頭脳は何と子供を育てるために自分を担保代わりにここに留め置いているのだ。どのように立ち回っているのかは判らないが移動の話が持ち上がる度に何かしらのアクシデントが起こりその話は立ち消えになる。

 自分が出世の道具に利用した相手に出世の邪魔をされているのだからジタンの怒りは半端では無かった。


「まだ手掛かりは発見できないのか?」ジタンは苛立ちを覚えていた。地球軍が衛星ヘリオスに核パルスエンジンを据え付けて移動を開始すると共に随伴していた機動ステーションが行方不明になってしまったのだ。

「今の所それらしい痕跡は発見できていません。」

「何しろ機体全体に黒色の電波吸収材を貼り付けてしまっていますからレーダーはおろか目視でも発見は難しい状態なのです。」

「言い訳をするな核パルスエンジンを装備しているんだ作動すれば必ず痕跡が残る。」


「本部長、軌道のトレースは木星連邦軍のデーターを回してもらいましょう。あっちで追跡しているデーターをこっちで解析する必要は有りませんよ。」

「それ以外だとどんなデーターが有る?」

「天文台の恒星観測データとか、木星の表面観測とか、それも紫外線、赤外線、X線のデーター解析等を行ったらどうですか?民間だから軍は絶対に見ていませんよ。」

「判った。欲しいデーターをまとめておいてくれ。こちらで交渉する。」


 ガレリアは低軌道に遷移してしまったので木星からの電波輻射の影に隠れて見失ってしまったのだ 。

 今回地球軍遠征部隊に随伴している機動ステーションに無機頭脳が搭載されているとの情報が入るとジタンはその動向に注目しており、手持ちの情報網とスタッフを動員して情報の収集に務めていた。

 しかし軍に比べればその情報網は限定されており十分な情報解析ができずにいる。何よりも木星連邦はガレリアを脅威とは見ておらず、現在のアナンケに戻っても十分な防衛体制が取れていないことは間違いなく、ガレリアの拿捕という事態を避ける為にアナンケには戻らないと見込みを立てていた。


「ではどこに行くというのだ。」


 ジタンはシンシアとの経験から無機頭脳という物の恐ろしさをよく理解していた。人間の思考の5歩先10歩先を読んで動ける能力が有ると判っている。しかも必要とあればためらわずに人を殺せる恐るべき性能を秘めている者なのだ。

「奴はただのコンピューターじゃない。自殺すら出来る人工知能だ。」

 仮にガレリアが武装していなくともあの大きさである。トリポールを見れば判る通り大きさはエネルギーの供給力なのだ。もし武装したとすればその脅威はエネルギー供給力に比例する。


 ジタンはその事を友人の軍人に聞いてみたが一笑に付された。

「トリポールは3基のコロニーの連携で最強の要塞コロニーとして機能するんだ。そのトリポールでさえ戦艦に接近されれば自分では対処できない。だから防空艦隊が常駐しているんだ。そんなでかいだけの機動ステーションは脅威には成り得ないよ。」

 ジタンは軍人というものは自分の知識の範囲からは決して飛躍を行わない人間であることを知っていた。優秀な軍人ほどリアリストであり自分の持っている知識とデータから結論を導き出す人間なんだ。


「奴は違う。奴はあらゆる意味で人間を凌駕している。」


 何より恐ろしいのは自我を持ち他人の命令ではなく自分の考えで行動を起こせる事だ。ガレリアに取って地球軍とは何であろうか?自我を持った知性体が自分より劣る人間の命令を聞くとは到底思えないのだ。そう考えると姿をくらましたガレリアは恐ろしいほどの脅威となりえる。

 それ故にジタンはあらゆる方法を駆使して消えた無機頭脳を探していた。木星の無機頭脳はジタンのプライドをズタズタに引き裂いた。あの無機頭脳の生殺与奪権を握っていたと思った自分が、逆に生殺与奪権を握られていたのだ。

 シタンはガレリアに対抗出来るのはこのコロニーに有る無機頭脳だけだろうと考えていた。おそらくガレリアは既に無機頭脳に連絡を取って連携をしているかもしれない。しかしジタンには木星の無機頭脳には最大の弱点が有ることを知っていた。


「最後はあの娘を捕らえて言うことを聞かせてやるさ。」ジタンには悪魔の囁きが聞こえていた。

 



 その夜フローレンス夫妻の所に暗号連絡が入ってきた。ジタンからである。

 暗号を解読した夫が婦人に内容を伝えた。

「本部長から子供を見張れとの命令だ。逐次居場所を報告するように言われた。」

「アリスちゃんを?どういうことかしら?」

「わからん。そんな事を考えるのは俺達の仕事じゃない。」

 夫の方は命令の意味がすぐに判った、しかし婦人にそんな事は言いたくなかったのだ。夫は手元に有った新聞を広げ読み始めた。


「馬鹿なことを言わないで。監視目標はあの娘のロボットでしょう。子供は民間人よ関係ないでしょう。」

 あくまで監視対象はあのロボットでる。その娘は民間人であり危険性は無い。婦人はこの命令に理不尽さを強く感じた。元々高性能のコンピューターの操る高性能のロボットに対する監視業務であり、しかもそのコンピューターは人間のコントロールが出来ない状態に有るというのが監視の理由であったはずだ。


「この十年あのロボットを監視してきたけれど一度として危険性を感じたことも異常を感じる行動を起こした事は無かったのよ。何よりあのアリスちゃんをすごく大事に育てていたのに。」

「ああ、その通りだ。よく判っている。」


 夫は努めて平静に答えるが、読んでいた新聞が逆さまなのに気がついて元に戻す。


「地球軍が木星に来ていて戦争が近いらしいという話もある。その事と関係有るのかしら。」

「あのロボットがどんなに高性能でもワシらには関係の無いことだ。」

「それで娘であるアリスを見張れっていうの?」

 情報を扱うのが専門の公安である。その程度の状況判断は仕事柄十分に推測可能な事であった。


「それ以上俺に言わせるな。」吐き捨てるように夫が言う。

「なんかあの本部長は昔は出世頭でトントンと出世してきたみたいだけど此処の本部長で10年も止まったままだったわね。なぜだか大体理由が判ったわよ。


 あの部長、子供を人質に取るつもりね。」


 元より公安は治安維持が仕事だ。人権を無視すること自体珍しくない。それは市民を守るという目的の為に市民の人権を侵すというレトリックの存在を体現していた。


「おい、その事は2度と口に出すなよ。」



 二人はそこで言葉を切った。重苦しい空気がその場を支配していた。


アクセスいただいてありがとうございます。

策を弄する者は策に溺れ

人を呪う者は足元に穴を掘られます…以下裏切の次号へ


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