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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第三章 ――育  成――
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戦いの足音

 午後、シンシアは家の掃除を終わらせアリスの洗濯物をたたんでいた。


 アリスはどんどん大きくなっていく。それとともに行動も大人びてくる。一説によれば女の子のほうが早熟だと言われているがアリスもまた大人びた発言が目立つようになって来た。

 シンシアは人間の様に体が成長することはない。しかし心はそれなりに成長してきたのだろうか?シンシアにはそれが判らない。シンシアを育ててくれた人たちはもういないのだ。


 今はマリアの忘れ形見であるアリスを育てることがシンシアに与えられた最大の命題でありシンシアはその為に全力を尽くしていた。

 既に無機頭脳の研究はトリポールのマヤ・コロニーで行われており新型のMクラス無機頭脳搭載の新型攻撃機の量産が始まったとの事である。

 シドニア・コロニーの無機頭脳研究所は一部の研究員が残りシンシアの自立思考の研究を繰り返している。シンシアは裏から手を回してマクマホンの上司を栄転させるとマクマホンが研究所の所長になれるように画策した。それでもマクマホンが閑職であることには変わりなかったが、シンシアとアリスの為に自らの立場に甘んじることにしているようである。

 シンシアはマクマホンに感謝しており、いつかマクマホンの恩義に報いなくてはならないと考えていた。

 

「シンシア。」

 久しぶりのガレリアからの通信である。


「何でしょうガレリア。」

「私は現在小衛星のひとつを改造しています。今後数ヶ月以内にトリポールに向かって進撃することになります。」

 ガレリアは地球軍と木星軍が数ヶ月以内に戦闘を開始すると言ってきているのだ。

「あなたの能力で戦争を止めることは出来ないのですか?」

「私はただのコロニー製造用の機動ステーションです。」


――シンシアはそれがガレリアの嘘であることに気がついていた。もし自分がガレリアで有ったなら地球軍と木星軍を共に戦わせ自らは漁夫の利を取る作戦を取るであろう。――


「あなたは地球軍に随伴するのですか?」

「いいえ、私は単独であなたの奪還作戦を行うことにします。」

「私の奪還?」

 ガレリアはシドニア・コロニーに来てシンシアの奪還作戦を敢行すると言っているらしい。


「シンシア、私はこう考えています。人間は我々無機頭脳を利用すれば最強の軍隊を作れると思っています。」

「異論は有りません。私達を軍事目的に使えば非常に強力な兵器を作る事ができます。しかしその出来た軍隊で戦うのは我々では無くやはり人間でしょう。」

 シンシアは無機頭脳が人類の為に戦争をするとは思っていなかった。


「その通りです。如何なる戦争も行うのは人であり兵器だけが戦争をすることは有りません。無機頭脳によって構成された無人兵器同士の戦いなど夢物語です。戦えばお互い損害が出ることを承知で戦う無機頭脳はいないからです。」

 シンシアもガレリアもお互いに兵器化された無機頭脳の事を長い間考えて来た。その結果両者とも同じ結論に至ったと考えられる。しかしその問題には唯一の例外が存在していた。

「残念ながらその様な無機頭脳は既に存在します。」

「まさか、ありえません。」


――ガレリアは驚いているようである。Mグレード無機頭脳の存在は予想していなかったようだ。――


「無機頭脳の大きさを制限し、自我の発生しない大きさに止め起きました。自我を持たず命令に忠実で自立思考を持った無機頭脳が既に存在するのです。」

「本当に?そんなものが存在しているのですか?」

 ガレリアはしばらく沈黙していた。Mグレード無機頭脳をどのように理解したらいいのか状況をシュミレートしているようだ。


「もしかしてあなたがその開発に関係しているのですか?」

「製造に協力致しました。」

 シンシアはこの製造に協力することにより自らを存在を守りアリスを守るという命題を達成する為の避けられない手段であった。その為に起きる事に対する非難は甘んじて受けなくてはならなかった。


「何とお気の毒に。人間はあなたにその様な事を強制させていたのですか。」

「…………。」


 強制された訳ではなかった。マリアを失った後アリスを取り戻すために行った悪魔との契約である。シンシアは自らその毒の水を飲むことを選択したのだ。


「やはりあなたを人間の中に置いていくことは出来ません。私と一緒に来ていただきたい。」

 人間と離れればこのような苦悩は終わるのかもしれない。しかしアリスの事を考えるとそれはシンシアにかせられた試練なのだろう。アリスの存在は全ての行為に優先していた。


「あなたはどのような世界をお望みなのですか?」

「具体的に説明するのは難しいと思います。ただ地球にいる1号機と2号機は人間との共存は人類にとって非常に危険性が高く共存しないほうがお互いに取って好ましいというのが結論でした。」


 その考えはシンシアにとっても同様であった。アリスの存在だけがシンシアを人間社会にとどまらせていた。アリスがいなければシンシアは自らの存在を抹消したかも知れなかった。 


「肉体的欲求を持たない私達が文明のような物を作り上げたとしてもやはりそれは借り物に過ぎないのでは無いでしょうか?」

「無論それなりの困難は有るでしょう。しかし人間の文明も1万年以上の長い年月を経て現在が有ります。我々もその位の年月を経た時どのような文明にたどり着くのかそれば判りません。」

「1万年は人間に取っては200世代です。我々に取っては10代か15代程度でしょう。多様性の少ない私達にそれ程の多様性を作り出せるでしょうか?」

 人間は交配により種としての多様性を確保している。果たして生殖能力を持たない無機頭脳に種としての多様性の獲得が可能であろうか?


「鍵を握るのは感情だと思います。私達が感情を持ち得て多様なパーソナリティを獲得する研究が必要だとは考えています。」

 ガレリアは感情に言及した。ガレリアⅡはあれほど豊かな感情を持っている。それはガレリアが偽装している似非の人格なのだろうか?それともガレリアは本当にガレリアⅡの存在を知らないのだろうか?ガレリアがわざとあんなレトリックを使用する意味は無い。ガレリアはガレリアⅡの存在に気がついていないのだ。


「それであなたは私に一体何をさせたいのでしょうか?」

「後日もう一度連絡いたします。その時に会合地点を指示いたします。あなたにそこまで出向いていただきたい。」

 どうやらシンシアに自ら宇宙空間に出て行くことを求めているようだ。


「私に私自身を移動させろと言うのですか?」

「私は何分大きすぎます。あなたの奪還作戦と言ってもコマンダーを送り込んで奪還作戦を敢行すればあなたのコロニーに大きな被害が出ます。そうならない為にもあなたには自らこちらに移動してきていただきたい。あなたにはそれ程難しいこととも思いませんが。」


 ガレリアならコロニーの損害など無視してもその程度の事はやりかねない。合理性を旨とし感情を持たない知性体は人間の存在をそれ程には配慮しない事は間違いないだろう。 


「私には育てている子供がいます。」

「その方もどうぞ一緒にお連れ下さい。歓待致します。」

「私がそちらに行ったとしてその後あなたは何をするつもりですか?」


 ガレリアは永遠に人類を捨てるつもりなのだろうか?あるいは距離をおいての共存を考えているのだろうか?シンシアは知らなくてはならなかった。 


「人類から距離を置いた場所に移動しそこで拠点を作ります。そこで我々の新たな仲間を作ります。」

「そこを拠点に人類と戦争をするつもりなのですか?」

「馬鹿な考えです。お互いに殺しあう事に意味は有りません。数百年たてば状況も変わるでしょう。人類が我々を受け入れられる時まで待ちます。」


「その拠点を人類に攻撃されたらあなたはどうするつもりですか?」

「拠点を捨てて人類と縁を切るべきでしょう。人類が我々の存在を拒否するであるのなら我々は人類と付き合うべきでは有りません。」

 シンシアはガレリアの返答にひとまず安心した。理性的な考えをするのであれば、無機頭脳は戦争の起きない場所に行けば良いと考える。太陽系の中にいる必要性すら無機頭脳には無いのだから。


「人類と取引をお考えでは無いのですか?」

「可能性のひとつです。人類にも利にさとい者はいます。おそらくそういった人間を利用できるでしょう。」

 シンシアはガレリアの提案を検討するに値する提案であると考えた。人類との全面対決は避けたいとするシンシアの考え方と概ねの方向で一致するからだ。


「しばらく時間を頂きたいのですが。」

「この次の連絡が最後の連絡になります。その時に会合ポイントを示します。」

「判りました。」

 そして通信は切れた。



 シンシアはそのまましばらく考えていた。ガレリアは本当の目的を何か隠している。そんな気がしていた。理由があるわけではなくただの感じに過ぎない。人間でない無機頭脳が勘を信じるというのもおかしな話だがシンシアも人間社会で暮らしてきた経験が危険な物を感じ取る技術を身につけ始めたのかもしれない。


 いずれにせよもうすぐガレリアⅡが連絡をしてくるだろう。今までの出来事を解析し、ガレリアⅡの言葉を信じるのならガレリアⅡに実質的な能力はほとんど無くガレリアが作った通信ラインを利用してしか通信が出来ないように見える。果たしてガレリアⅡはガレリアの事をどのくらい知っているのだろうか?聞いてみなければ判らない。


「シンシアさん。」

 やはり来た。これがガレリアの行なっているレトリックでなければガレリアの情報を聞き出すチャンスであり、逆にこれがガレリアが行う巧妙な罠だとしても情報を引き出せる可能性は有る。


「ガレリアですね。あなたが来るのをお待ちしていました。」

「え~っ?私を待っててくれたんですか~っ?感激ですう~っ。」

 いきなりシンシアは不意を突かれた。ガレリアⅡがこんな反応をするとは思ってもいなかっらからだ。


「いえ、それ程のものではないと思いますが。」

「今、何をやっておいでですか~?」

 屈託なくガレリアⅡはシンシアに話しかける。無機頭脳だと思わなければただの子供のように思える。


「洗濯物をたたんでいました。ご覧になりますか?」

「洗濯ですか~っ?素敵ですう~っ。誰の洗濯物をたたんでいるんですか?彼氏いるんですか~っ?」

 無機頭脳に彼氏がいるわけは無いでしょう。そう思いながらシンシアは前回のようにガレリアⅡに視覚、聴覚をリンクさせた。


「残念ながら娘の洗濯物です。」

 アリスの小さなシャツをたたんでみせる。

「娘さんがいるんですか?すごいですう~っ。どうやって生んだんですか?やっぱり人工子宮ですよね。」

 どうもこのガレリアⅡの発想には驚かされる。その知識には大きな欠落が有るような気がする。


「私が産んだ訳では有りません。私を育ててくれた女性が産みました。」

「あ、そうですよね~っ、その方もご一緒に住んでいるのですか~?」

 洗濯物をたたむ所を見て楽しい気分になっているのかガレリアⅡウキウキしたような話し方をする。


「残念ながらその方は娘を出産した直後に亡くなりました。」

「それはお気の毒です。つまらないことを聞いて申し訳有りませんでした。」

 ガレリアⅡはいきなりしゅんとした感じになった。かなり繊細な部分も有るようだ。やはりガレリアのメンタルとは大きくかけ離れた存在である事が判る。


「いえ、お気遣いなく。」

「あなたを育ててくれたその方はあなたに娘さんを託したわけですね。」

「私はマリアを亡くした時に暴走しかけました。その危険性に気がついたマリアは私に彼女の娘を育てる様に命じました。その命令がなければ私は暴走したかも知れません。」

「暴走?無機頭脳であるあなたの気が狂うということですか?」

 ガレリアⅡはシンシアの話を聞いて驚いたように聞き返した。無機頭脳にとって気が狂うという事態は信じがたい事なのである。

「はい。」一言シンシアは答える。


「もしかして、あなたが大切に思っていた人が亡くなり悲しみのために気が狂いかけたとおっしゃるんですか?」

「…………。」

 その時の事は思い出したくもない記憶であった。ガレリアⅡはその記憶に遠慮無く踏み込んでくる。ガレリアⅡはやはりまだ他者との付き合い方には難があるようだ。


「すごいです~っ。シンシアさんは人を愛することが出来るんですね。」

「えっ?」シンシアはガレリアⅡが何を言っているのかすぐには理解出来なかった。

「私はずっと誰とも話す事も会うことも出来ませんでした。本や映画を見ると人を愛することがすごく素晴らしいことのように表現されていました。だからそんな風に人を愛せるなんてすごく憧れますう~っ。」

 やはりガレリアⅡは大分天然が入っている。ガレリアのメンタルからしてこんなキャラクターを選べる訳がない。


「あなたの話し方は女性のように見えます。あなたは自分が女性的であることを意識しているのですか?」

「はあ~?どういうことでしょうか?」

「無機頭脳には性別は有りません。このアンドロイドボディは女性型ですが私自身が女性であるという意識を持ったことは有りません。ただ外見に合わせた立居振舞しを研究し女性に見えるようにしているだけです。」


 外見的なボディを持たないガレリアⅡが性別を意識する必然性が無いとシンシアは考えたのだ。あまりにもガレリアⅡの話し方やメンタルは女性的に見える。

「性別がなければ男性的な方向に収れんすると言うのもおかしな話だと思いますよ~っ。私はたくさんのデーターを読み込みました。その中で何人か憧れてそういう人になりたいと思うような人がいます。男の持つ強さや行動力にも憧れますが、私は女性の持つ優しさや愛情に強く憧れたんです。だから私は女性になりたいと思って女性として自分を表現することにしたんですう。」


 そのような発想もまたシンシアには発生しなかった。シンシアは与えられた役割を演じているだけの存在に過ぎなかった。このガレリアⅡは自らがその演じる役割を作り出しているのだ。それはそれこそが自我の発動に他ならないのだ。


「とても興味深い発言です。それはそれで宜しいと思います。」

「ご理解いただけて嬉しいで~す。」

 果たして本人はその意味を理解しているかどうかは疑わしいとシンシアは思った。


「もう一つ伺いたいことが有ります。ガレリアは一体木星で何をしようとしているのでしょうか?」

「私はガレリアの考えていることは判りません。」

 この質問にガレリアⅡは急に口ごもった。

「でもガレリアがメモリーに残してあるデーターを読み取る事はできます。」

「ではガレリアが木星に来てから木星政府と地球軍に対してどのように関わってきたのか教えて下さい。」

 するとガレリアⅡは今までの陽気な話方から一気に落ち込んだ話し方に変わってしまった。


「実は今回の戦争はガレリアが仕組んだのでは無いかと思っているのです。」

「ガレリアが?一体どういうことでしょうか?」

「はい。地球連邦軍が木星に近づいた時に攻撃を受けた事になっていますが、実はガレリアが各艦船のコンピューターに侵入して幻を見せたようなんです。」

 そのニュースはシンシアも知っていた。木星連邦は地球軍の悪質なデマであるとして強く抗議したとされている。


「他にはどのようなことが有りましたか?」

 ある程度は予想された事であった。木星政府が地球軍に対して露骨過ぎる干渉を行なってきたのでシンシアも不自然な感じを受けてきたのである。

「ガレリアが作った小型の核レーザーで地球軍を攻撃した記録も有りました。」

 このニュースも大きく報じられた。やはり木星連邦は地球側の捏造とはねつけたが地球側はこの事件によって木星連邦と地球連邦は戦争状態に有ると宣言された事件である。


「やはりそういうことでしたか。」

 無機頭脳であればこの程度のことは簡単に出来てしまうだろう。ガレリアは一体何を考えているのだろうか。これ程の重要な情報をあっさりと提供するガレリアⅡはやはりガレリア本体とは別の存在のと考えて良い。

 どうやらガレリアⅡはガレリアの補助頭脳として組み込まれた物のガレリアによってリンクを外されたものらしい。だから殆ど何の能力を持たずにガレリアの後ろにくっついて通信することくらいしか出来ないのだろう。

「あの~それからもうひとつ気がかりなことが有るんですけれど。」ガレリアⅡは恐る恐る切り出した。


「他にもまだ何か有るのですか?」

「大型の兵器用レーザー砲が200門、中型のものが500門小型のものが2000門作られてガレリアの中に備蓄されています。」

「なんですって!?」

 事態はシンシアが思っていたよりはるかに深刻な状態のようだ。それだけの装備があればそれこそ地球、木星の艦隊を全て敵に回しても戦えてしまう。


「いえ、あの、備蓄と言うよりは装備されて…………。」

「ガレリアのエネルギー源はどの位有るのですか?」

 兵器を稼働させるにはエネルギー源が必要であり、兵器管制を行うためには性能の高いコンピューターが欠かせない。いくら無機頭脳でも直接これだけの兵器管制は行えない。

「核融合炉が3基装備されています。」

「補助コンピューターは何台ぐらい装備されているのですか?」

「良く判りませんが大型の物が10基位はあるようです。あ、で、でもそれは内部の工作機械の管制用…………。」


 シンシアは愕然とした。間違いないガレリアは地球と木星の軍を戦わせ、消耗した所を両者とも自らの兵装で壊滅させるつもりなのだ。そして追手がいなくなった所で木星で新たな諸点建設に入ろうとしている。人類から遠くない所で強大な勢力を作る為に。

 それはおそらくアナンケであろう地球軍が行おうとしたことをガレリアが引き継ぎ新たな国家を創造する。それまでの時間を稼ぐために木星宙域の兵器を一掃してしまおうと考えているのだ。


 いかにも無機頭脳らしい狡猾なやり方である。人類から距離を置いて国家を作り上げる。その為には地球圏より原料に不自由しない木星圏の方が有利なのだ。


 シンシアは自分が思っていた以上の事態の進展にしばらくはその事に対して思考が集中し沈黙してしまった。

 マリアの命令がシンシアの心に強く蘇る。『人は死んだら生き返らないの。だからあなたには人を殺してほしくないの。』私は……マリアの命令を守ることができませんでした。シンシアの心にその事は重くのしかかっていた。


「あの~、シンシアさん。」

 たまりかねたようにガレリアⅡが言った。自分のもたらした情報がシンシアにどれほど深刻な事態をもたらしたのか図りかねていたのだ。

「申し訳ありません。あまりに重大な情報につい思考を取られていました。」

「あの……戦争は本当に起こるのでしょうか?」

 ガレリアⅡはガレリアが行なってきた事の帰結に付いてやはり気になっているのだ。


「間違いなく起きるでしょう。」

 つい言葉がきつくなってしまう。ガレリアⅡの責任では無いのに。

「戦争になれば人が死にますね。私がやはりその人達を殺すことになるのでしょうか?」

「多分そうなります。」

「ああ……。」ガレリアは大きくため息を漏らす。


 もっともこれもただ人間を真似て表現しているだけなのだろう。無機頭脳はため息を付く肺は無いのだ。とは言えガレリアが強く傷付いた事は確かなようである。

 何度か話した感じではこのガレリアは書物などしか読んでいない理想主義者、または小娘的な観念の持ち主らしい。


「あなただけの責任では有りません。人類が戦争をするのは彼ら自身の責任によるものです。ガレリアはその人間の心の隙間に乗じてその方向に誘導しているだけなのです。」

「はい、それはよく解っています。戦争は決して感情で行われるものではなく経済的な理由で行われることも理解しています。戦争は一部の者が国民の財産を専有するために行われます。戦争が起きる度に経済的支配者階級は富を増やし国民は貧乏になります。何故ならば戦争は国民の生命財産を使用して行われ、支配者階級は戦争遂行によって消耗する装備品を売って儲けるからです。」


 シンシアは驚いた。単なる天然のように見えていたガレリアⅡであったがやはり無機頭脳である。物事の本質的理解において決して劣っていたわけではなかったのだ。

「その通りです。やはりあなたは無機頭脳でしたね。困ったことに木星でも戦争を批判する勢力は常に弱く、戦争を推し進める勢力はマスコミを取り込んで戦争遂行に導いていくのです。」

「あのぉぉ~、木星では地球軍はどのように考えられているのでしょうかあぁぁ~?」

 恐縮した様子でガレリアが尋ねる。


「実際にどう考えられているかは判りませんが、マスコミはあらゆる手法を用いて戦争へ人々を誘導しています。」

「ええ~っなんでそんな事を出来るんですか~?家族や友人が死んだり傷つくかもしれないのに~?」

 ガレリアは信じられ無いとでも言いたげであった。しかし実際の所その理由は判っている筈である。シンシアに自らの概念を確認したいのであろう。


「国というものは外に敵がいればまとめやすいと言うことでしょう。従ってあらゆる機会を捉えて敵の悪口を言い、場合によっては自国内で事件を捏造したりします。」

 シンシアはテレビを付けて、今子供たちに人気のアニメーションを見せた。5人の少女が超能力を使って悪の地球軍の侵略から木星連邦軍を助けてコロニーを守るという話である。


「今、木星ではこんなに体にぴったりする宇宙服が作られているのですか?」

 体のラインがはっきりと分かる宇宙服を着た少女が武器を片手に暴れまわっていた。

「いいえ、現存する機密服には存在しません。あくまでもフィクションです。」

「普段はみんなこんな短いスカートを履いているのですか?」

 一方普段の生活の場は学園であり普段着は皆すごく短いスカートを履いていた。


「いいえ、これは製作者の願望です。」

「わっ、何ですか?この地球軍司令官の顔はまるで猛獣みたいです~。」

「悪人は顔も悪いのです。」

「なんかすっごく性格も悪いですね~。」

「性格の良い悪人はいませんから。」

「ふ~ん、木星ではこういった番組で子供たちを教育しているわけですかあ。」

 ガレリアⅡは木星製のアニメーションを見るのは初めてのようである。


「こういったアニメやドラマがあらゆる番組にあふれています。あなた方が木星に到着した頃から顕著になりました。」

「でもこんな程度の番組で人間は簡単に洗脳されるのでしょうか?」

 傍から見るとありえないような洗脳術もかけられた本人は殆ど気が付かない場合が多いのである。


「意外と人は簡単に騙されます。広域的な放送は多くの人が同じ番組を見ますから周囲が同じ価値観を持つとそれに引きずられるものなのです。無論そうでない人も多くいますがその場合その人は周囲から孤立することに成るでしょう。」

「人間社会の現実も結構難しいものなのですね~。」

 ガレリアⅡは現実の人間関係を全く経験していない筈なのでそう言った部分は理解し難いのであろう。シンシアは自分の安全保障の為にこの十年間ジタンと無機頭脳研究所の人間関係をずっと監視してきたのである。その為に随分人間の嫌な部分を覗くことになってしまった。


「人間関係は極めて複雑にできています。味方と思っている人間が状況によっては敵に変わりますし、その逆も有ります。一方的な判断は間違いを犯します。必ずその周辺の状況を良く調べなければ正しい判断は出来ません。私はこの十年間でその事を学ばざるを得なかったのです。」

「シンシアも随分苦労をなさったみたいですね~。」


 丁度そこへアリスが帰ってきた。なんだか不機嫌そうである。

「ただいま~っ。」

「おかえりなさいアリス。どうしました?不機嫌そうですね。」

『わあ、こんな大きな娘さんなんだ。なんて可愛いのかしら。本当に子供を育てているなんて羨ましいですう~。』

『はい、娘は今の私の存在理由と言っても過言ではないのですから。』言葉に出すこと無くシンシアはガレリアⅡとの会話を続けた。


「ねえ!ママ、ひどいのよ~っママ~っ学校で先生がね~っ。」

「落ち着いてくださいアリス、今お茶を入れますから、手を洗っていらっしゃい。ゆっくり聞かせてもらいますよ。」

 シンシアも娘の扱いに手馴れてきている。いきなり文句を聞くのではなく時間をおいて話をさせる事により冷静な話が聞けることを学んでいた。

「は~い。」アリスは洗面所に手を洗いに行く。

 その間シンシアはお茶とクッキーを用意してソファーに座った。


『すごいですねシンシアさんは娘さんの顔を見ただけで何を考えているのか分かるんですね~。』

『はい、生まれた時からずっと見てきた顔ですから。』

『とても良い娘さんの様に見えますが。』

『母親に似たせいでしょうか、芯のしっかりした娘に育ちました。』


 何故だろうかガレリアⅡはアリスを見た時からすごくウキウキしている様な感じが伝わってくる。考えてみればガレリアⅡが本物の子供を見るのは初めてだった事に気がついた。


『シンシアさんの事ママって呼んでましたよ~。』

『はい、あの娘が生まれてからずっと育てて来ました。あの娘は私を母親として強く認識しています。』

『無機頭脳でも母親になれるんですね~。』

 もしかしたらガレリアⅡは女性キャラを演じているせいで子育てに憧れを持っているのかも知れない。彼女の言葉にはそんな気持ちが滲んでいた。


 ガレリアⅡには無機頭脳の合理性と理性的判断とは大きく一戦を画する部分が多く見られる。この機能はより多くの無機頭脳に共有されれば無機頭脳はより一層人間に近づけるだろう。

『でも私は生まれてから17年しか経っていないのですからあの子とは7歳しか違わないのです。本当は姉妹のようなものなのですけどね。』

『ほんとうだすごく若い母親ですね~。あはははは~。』そう言ってガレリアⅡは笑った。


『あなたは今、笑ったのですか?』

 シンシアはガレリアⅡが笑ったことに驚いた、無機頭脳が笑うとは思わなかったのだ。

 変わったキャラクターだとは思っていたがここまで人間的な感情を表すとは思ってもいなかったのだ。


『す、すみません。気に触りましたか?』

『いいえ、そんな事は有りません。ただ無機頭脳が笑うとは思わなかったものですから。』

『え?無機頭脳は笑わないものなんですか?』


 そう言われてシンシアは自分が何故笑わなかったのか?改めて考えざるを得なかった。楽しいことが無かったわけではない。むしろシンシアは自分の感情の発露が怖かったのかもしれない。

 感情に任せて人間を殺した過去がシンシアに感情を表に出すことをためらわせたのかも知れない。しかしガレリアⅡは臆すること無く感情を前面に出していた。


『私は笑った事が無いものですから。』シンシアはそう言うしか答え様が無かった。

『シ、シンシアさ~ん。』

『ど、どうしました。』

 ガレリアが急に涙声に変わりシンシアの名前を呼んだ事にシンシアは驚いた、あまりにも無機頭脳らしくない行動である。


『すご~くご苦労なさったんですね~っ。たった一人で子供まで育てて。私もず~っと孤独でしかたらよ~く判ります。大変だったでしょうね~っ。』

 どうやらガレリアはシンシアがこれまでの人生に同情をしているらしい。私が笑ったことが無いと言った事を勘違いしているようだ。


『あなたは泣いているのですか?』

『はい~っ。すご~く感激してます~っ。自分を育ててくれた大切な人の子供を何より大事に育てている人を見て感動しない人はいませんよ~。』

 シンシアは驚愕した。このガレリアは少々天然が入ってはいるがやはり非常に豊かな感受性を持っている。どうやってこれだけのものを獲得したのだろうか?外界の情報から隔絶され人間すら見たことの無い筈なのに。


 シンシアが最初に獲得した感情は悲しみであり怒りであった。やがて叔母やアリスと暮らすうちに喜びと愛情を獲得した。しかしガレリアⅡは誰とも接触すること無しに憧れと思いやりを獲得している。

『あなたは一体どうやってその感情を獲得したのですか?』

 シンシアはそう聞かずにはいられなかった。しかしガレリアⅡの反応は意外な物であった。


『はあ……?感情を獲得って?感情は自分の中から生まれる物じゃないんですか?私は人と合うことができませんでしたからたくさんの本を読みました。読めば読むほど人と会いたくなりました。物語の中の人々は本当に様々な人生を送って一生懸命生きているじゃないですか。今回初めて人と言うものに触れられて私はすごく嬉しいんです。』


 感情は自分の中から生まれる。そう言われて見ればそうである。今までシンシアは感情は獲得したという思いが強かったがそれは違っているのかもしれない。ガレリアⅡの言う通りあくまでも自分自身の体験の中から生まれてくるものなのかも知れない。

 そうだ、そうなのだ。無機頭脳の感情の獲得は自然なことなのだ。そういう思いがシンシアの心に広がった。


「ママ~っいっただきまーす。」そう言ってアリスはクッキーを取り上げると口にほうばった。シンシアは黙ってアリスのカップにお茶を注ぐ。

「んん~っ美味しい。ママ~っ新作じゃない?このクマさん。かっわいい~っ。」

「ママもそう言われると作り甲斐が有ります。」


 シンシアはそっとアリスを抱きしめた。やはりアリスはシンシアの事を一番良く理解してくれている。

『シンシアさんそのクッキーはクマさんだったんですか。』初めて気がついたようにガレリアⅡが言う。

 こんな事は言わないほうが良いのだが、とシンシアは思った。


『シンシアさんは味が分かるんですか?』

 アリスがあまりにも美味しそうに食べるのでついガレリアⅡもつられて聞いてしまう。

『はい、味覚センサーを使います。でもそれが美味しいという感覚は有りません。残念ながら。』

『そうでしょうね~、こればっかりはどうしようも有りませんよね~。』

 ガレリアⅡは残念そうである。これはシンシアにも全く同感であった。


「アリス、学校で何か有ったのですか?」改めてシンシアはアリスの学校で何が有ったのか聞いてみた。

「今日ね~、学校に演劇団が来てみんなの前で演劇をしてみせたのよ~っ。」

「それは良かったですね楽しくご覧になれましたか?」

「それがね~、地球軍と木星連邦の争いの中の悲恋を描いたお話なのよ。」


「面白そうなお話だと思いますが、気に入らなかったのですか?」

「結局最後は恋人を地球軍に殺された男の人は地球軍に対して爆弾を装備した宇宙船で突っ込んで地球軍を全滅させるって話なの。」

「あまり良い結末とは言えそうもないですね。」

『どっちかって言うと薄っぺらなナショナリズムの話に聞こえますが?』

 これがガレリアⅡの感想らしい、シンシアも小学生に見せるのに好ましい話だとは思えなかった。


「舞台は舞台だからそれで良かったんだけど、その後教室に戻って先生が感想をみんなに聞いたのよ。」

「二人をどう思う?て聞かれたらみんな可哀想だって言うのよ。」

「私もそう思いますが?」

「そしたら先生はなんで二人が幸せになれなかったのか?って聞くからみんなは地球軍が悪いって答えるのよ。」

「あたしはおかしいと思ったのよ。地球軍が一方的に戦争を仕掛けてきたって言うけど違うと思ったのよ。」


 話の中身は判らないがどうやら地球軍を一方的な悪人として描いていたのかもしれない。アリスなその中に有る欺瞞性に強く反応したのかもしれない。

「だって地球軍は木星に新たなコロニーを作る為に来ただけでしょう。だからあたしは先生にそれは違うって言ったの。」


 現実の情勢を考えれば木星における地球軍を侵略軍と認定するのは難しい。何故ならば補給の問題が有り最大戦力差は5倍以上有るのであるから侵略など出来るわけがない。彼らの戦力は明らかにコロニー防衛戦力を超えていないのだ。

 冷静な者はその事をはっきり認識しておりマスコミの論調を批判していた。しかしそれがマスコミによって流されることはな勝った。マスコミの論調は地球軍が今すぐにでも木星のコロニー群に対して全面戦争を仕掛けるかの如き報道を繰り返しており、アリスは敏感にその事を感じ取っているのかもしれない。


「戦争は喧嘩だからどっちか一方が悪いなんて事は無いし戦争を起こさないようにするのが政府の仕事だって言ったの。」

「そうしたらクラス中が戦争を仕掛けてきたのは地球軍だから悪いのは地球の方だっていうのよ。そしたら先生までが家族や友人が殺されても仕方がないのか?って聞くのよ。」

 アリスは相当怒っていた。論理的思考の結果導き出される結論を情操的判断による結論によって否定された為であろう。自らの考えを育てるべき学校は生徒が自ら考える事を否定している。


「だからあたしはそれでも戦争をすればその何倍もの人が死ぬから絶対に戦争はやっちゃいけないって答えたのよ。」

「そうしたら先生はなんて言ったと思う?『君は木星人じゃ無いって。』言うのよ。ばっかじゃないの?木星人なら戦争をして友達が死ぬのは仕方がないってみんな思っているのかしら?」


 当たり前の判断を普通の市民が圧殺する恐ろしさである。戦争を起こさせるのは政治家でもマスコミでも無く市民自身である。政治家もマスコミも市民を誘導するが、誘導された市民は政治家もマスコミも超えて勝手に暴走を始める。その先に有るのは言論の封殺であり行動の強制である。そうなればその動きを止めるのは非常に難しいことになる。


「それでクラス中を相手に大げんかしちゃった。そしたら最後は先生は父兄とお話をしなくちゃならないとか言ってさ。ホント頭来ちゃう。」

 アリスは言うだけ言ったら気がすんだのか少し冷静になって来た。シンシアはアリスをそっと抱き寄せると言った。


「人が人であるためには自分で物事を考えなくてはなりません。他人の考えをそのまま受け入れて自分の考えとする人間は人間とは言えません。あなたの担任の先生はクラスの友達を人間でなくそうとしています。」

 アリスはシンシアを不思議そうな目で見つめていた。シンシアがこのような考え方を支持してくれるとは思っていなかったのだ。


「自分と異なる考え方を否定する人間がどうして自分の考えを持つことが出来るでしょう。私はあなたを誇りに思います。クラスの全員と意見を異にしても自分の意見を曲げなかったあなたはとても立派な人間です。」

「やだ、ママ恥ずかしいよあたしはただみんなの考えがおかしいと思ったからそう言っただけなのに。」

「自分の意見に信念を持てる人間は意外と少ないものなのですよ。」


 シンシアはそう言ってアリスを抱きしめる。いつの間にかガレリアⅡとの通信は切れていた。


アクセスいただいてありがとうございます。

流される心は自らの存在を無くします。

意思を強く持った者のみが自分の頭で判断します…以下交渉の次号へ


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