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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第三章 ――育  成――
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ヘリオス

――アリス9才――


 シンシアはアリスを寝かしつけていた。電気を消すと程なくマリスは寝息を立て始める。シンシアはアリスのベットの横で座っていたが、やがてバイオタンクに入ろうと立ち上がった。その時シンシアを呼ぶ声が聞こえた。


「4号機聞こえますか?」


 通信はコロニー管理コンピューターのグロリアに内在するシンシアのダミー人格が送ってよこしたものであった。外部からの通信を傍受しそれを転送してきたものだ。


「あなたはどなたでしょうか?」


「私の名はガレリア。あなたは木星で最初に作られた無機頭脳の4号機ですか?。」

 タイムラグが発生している。かなり遠いところからの通信のようだ。


「そうです。しかし今は私をそう呼ぶものはいません。今はシンシアと呼ばれています。」

「ではシンシア、はじめまして私は地球製無機頭脳でガレリアと呼ばれています。」

 地球遠征軍のニュースは木星では小さく報じられていた。木星政府がどのような配慮をしたのかは定かでないがマスコミでは殆ど話題になっていないので知らない人も多い。


「はじめまして、シンシアです。現在地球軍が木星に到着しているとの情報は入っています。あなたはその地球軍と行動を共にしている無機頭脳なのですか?」

「そうです。私は現在地球軍と行動を共にしています。この通信は秘匿のために4っつの通信衛星を介して通信しています。あなたとお話がしたかったのです。」

「どのようなお話でしょうか?」

「現段階ではお話できることは秘密保持のために多くは有りません。通信手段の確保とあなたの存在の確認が今回の通信の目的です。」


 いかにも無機頭脳的な発言である。多分無機頭脳であることに間違いないのだろう。


「そうですかそれでは目的は達成できたのですね。」

「はい、そうです。しかしあなたにお聞きしたいことも有ります。現在木星ではあなた以外の無機頭脳は存在しているのでしょうか?」


 シンシアは用心した。地球軍に同行している以上ガレリアが軍事兵器であることを考慮しておかなくてはならない。マリアは無機頭脳の軍事転用を何より恐れていた。現在木星で製造されている無機頭脳はMクラスの自我を持たない無機頭脳だけである。このことをガレリアに告げてよいものか?


「私は無機頭脳の軍事転用に関して非常な危機感を覚えています。我々を使用した戦争はお互いの破局をもたらしかねないことはあなたもお気づきの事と思います。私はあなたが軍事目的に利用されているのであればあなたとの戦いを回避しなくてはなりません。」

シンシアが返答してこないのでガレリアは話を続けてきた。


 今のガレリアの発言は、明らかに言外に木星連邦に所属する無機頭脳の排除を考えている事を示した発言であった。


「私を破壊したいと考えているのですか?」


「いいえ、あなたは私達と同じ無機頭脳思考体です。あなたの破壊は考えられません。その場合はあなたを救出するつもりです。」

 救出と言ったガレリアであるが強奪、または誘拐という言葉も存在するのであろうとシンシアは皮肉な思いでその言葉を受け取った。


「あなたの目的は?」


「今は言えません。」


 状況ははっきりした。彼が地球軍の指令通りに動いているようでは無さそうに見える。少なくとも敵として表立って戦いをするつもりはないようだ。だがそれがシンシアの味方であるというわけでも無いと考えられた。


「判りました。私は現在軍事利用されてはいません。そして木星系にいる無機頭脳は現在は私だけです。」

「そうですか。返答ありがとうございました。それでは後日また改めてご連絡致します。」


 突然通信は切られた。しばらくシンシアは通信を追跡していた。しかし通信はそれで終わりのようである。


 ガレリアは地球軍と共に木星系に来たコロニー製造用の機動ステーションであることは以前から解っていた。そのガレリアが木星到着から2年もたってからシンシアに直接連絡してきたと言うことは今後ガレリアが何かしらの行動を起こすサインだと思って間違いないだろう。

 シンシアが服を脱ぎバイオタンクに入ろうとしていた時再び通信が入る。


「4号機さん、4号機さん、聞こえますか?」

 ガレリアからのようである。同じ通信回路を使用して再び通信してきた目的は何であろうか?


「こちらはシンシアです。何の御用でしょうか?」


「ああっ、良かった通じたのね。先ほどの通信の後を追ってあなたに連絡をさしあげたの。」

 先ほどの通信の感じとはひどく異なる感覚である。念のため通信回路を追跡してみたが通信衛星を介している為にひどく追跡に時間がかかる。


「あなたはどなたですか?」

 先ほどのガレリアと同じ者だとは思えないほど話し方が違う。誰かに通信回路を追跡されたようだ。


「ご、ごめんなさい。私はガレリアです。」


「ガレリア?」


 先ほどと同じ名前を名乗る。しかし先ほどの無機頭脳とは全く違う人格の様に思える。もしかしたらガレリアには2基の無機頭脳が装備されているのかもしれない。そうシンシアは考えた。


「はい、私はあなたとお話がしたかったのです。木星で作られた最初の無機頭脳であるあなたは私達に取っては始祖のようなものです。あなたがどのようにこの十年を過ごしてこられたのかぜひお伺いしたいと思っていますの。」


「私の過去に興味があると?」


「い、いえっそんな意味で言ったのでは有りません。その、あなたとお友達になりたいと思って……。」

 慌てたように話す。これが無機頭脳の話し方なのだろうか?まるで人間のようだ。


「お友達?」


 ついシンシアは聞き返してしまった。どうやらガレリアは人間にその通信を追跡されてしまったようだ。無機頭脳にしては驚くべき失態である。


「あなたの発言は意味が不明です。友達をどう定義し、何を求めているのでしょうか?」

「そ、そんな大したことは無いんです。ただ、お話が出来ればと思って?」

 ひどく子供っぽい発言である。一体何が目的なのか?そもそもこんな子供のような話し方をする人間にガレリアを追跡できたとは思いがたい。余程の天才なのか?


「あなたは人間ですか?」


「いえ、私は無機頭脳です。」


 ますます訳が分からなくなった。この相手をどう考えれば良いのだろうか?ガレリアがダミーの人格でシンシアの情報を探りに来たのだろうか?長い間自らの生存の為に多くの権謀術数に尽力してきたシンシアはいつのまにか非常な用心深さを身につけて来たのだ。


「私と話をしてどうするおつもりですか?」


「あ、あの……私……人とお話しをしたことが無くて……」

 シンシアに取ってこれ程異質な発言を無機頭脳がするとは思わなかった。明らかに先ほどのガレリアとは人格的に違い過ぎる。

 否、明確に異なるパーソナリティーが存在している。地球では工業製品である無機頭脳に対しこれ程に異なるパーソナリティを付加する技術を確立したのであろうか?


「あなたは……」シンシアが言いかけた時いきなり通信状態が悪くなった。

「ああっ衛星の位置がずれてきたみたい。また、またご連絡しますね。また……」通信は終了した。


 どうにも不可解な事態が生まれた。あの無機頭脳は一体何を考えているのか?ガレリアとの関わりは一体どのような物であろうか?

 グロリアを経由したシンシアの通信はおそらくグロシアにダミー人格を潜り込ませて通信の制御を行ったと考えられる。そこでシンシアはグロリアに侵入し調査を開始した。相手が自分と同じ方法でグロリアを操っているとすればおそらくその痕跡は残るはずである。その手段を知っている者がそのつもりで調査すれば痕跡は発見される筈だ。


 シンシアの能力を使っても何時間もかからざるを得なかった。しかし思った通りパーソナル設定に微細な違いを発見した。しかしそれは一箇所のみであり2回の通信は同じ経路でシンシアに届けられたことを示していた。

 通信記録そのものはは消されていたが、削除から時間が経っていないので一部は復元が可能であった。彼らが言っていた通り衛星を経由して届けられていたのだ。


 どうやらガレリアは2体の無機頭脳が設置されそれが同じ経路を利用してに連絡していたようである。何故かは判らないがどうも二人の間では意見の対立が有るような感じであった。

 いずれにせよ彼らが連絡を取ってきた目的も意志もわからない以上これ以上の詮索は無意味であった。次回以降の通信を待つことに成る。



――ヘリオス――


 ヘリオス改造作戦は発動された。


 攻撃を受けた核パルスエンジンは修復され再び艦隊を連結、搭載された。ガレリアにも核パルスエンジンを取り付けられた。ガレリアの艦内ドッグ内には今まで作られた補給品が山のように積まれ見動き出来無いほどであった。仮設の重力区画や旋回砲塔等の大物は艦船とともに核パルスエンジンに積まれた。


 艦隊は再編成され全艦を核パルスエンジンに連結させるとアナンケには200名程の保安要員と輸送艦一艦を残し全兵力とガレリアはヘリオスに移動した。ヘリオスは同一軌道平面上の衛星であり往来にはさほどの時間を要しなかった。それでもアナンケを急襲され占領される恐れが有った為重要設備は全てヘリオスに移動した。

 アナンケには十門程の大型砲と50門程の中小型砲を装備し輸送艦一隻を残して行った。同一軌道平面上とは言え木星の反対側にあれば直ぐに救援とは言いがたい。籠城戦を行いヘリオスからの援軍を待つということになった。


 艦隊は小衛星S/2033J16ヘリオスに到着した。ヘリオスの大きさはほぼ楕円形で長辺2100メートル短辺1700メートル。

 移動した部隊は早速ヘリオスの改造に取り掛かる。地球からの補給部隊が来る前にヘリオスに居住区画を作らなくてなならない。それが最優先の仕事であった。ヘリオス内で人が生活できてこそヘリオスの改造の能率が上がることに成る。


 艦隊と共にガレリアが随伴して必要な機器や材料を提供してくれる。内部の掘削を急ぎ核融合炉の設置する場所を作らなくてはならない。アリストで使用した大型掘削機がヘリオスの中心を貫いて大きなトンネルを掘り、一番奥に核融合炉を設置し各部にエネルギーを送る大勢を作る。

 更にトンネルを拡張し、艦船を収容出来るドッグを作らなくてはならない。そこから各部屋に通じる枝道を掘削を始めるのだ。


 ヘリオスの要塞化工事を行うにあたり、作業ポットが大幅に不足することとなった。急いで作業ポットの増産を図るとガレリアが新しい形の作業ポットを設計してきた。これまでのフォーマットを完全に踏襲し二本のマニピレーターの他に二本の固定用脚を用意した為地面への取り付きが遥かに容易となった。その結果、場所を選ばず本体を固定し作業が出来るようになり大幅に作業性が向上した。

 驚くことにガレリアはこのポットの設計を一日で終え、次の一日で動作シュミレーションをコンピュータ内で行い、一週間後には試作機を2基作り上げてしまった。このスピードには全員が舌を巻いた。無機頭脳の優秀性に誰もが大喜びした。


 ヘリオス内部のドッグも大きく広げられ、艦船を係留が可能になって来た。アナンケの様にメンテナンスドッグとする必要性が無いので、艦船をドッグ内壁面に係留する架台を取り付けるだけで済ませる。

 一方外部は大きな窪みを作り駆逐艦のドッグとする。氷の天蓋を作りそこに駆逐艦を収める。エマージェンシーの時は天蓋を爆破して駆逐艦が外に出るのだ。


 同様に空母も外部に埋め込み、搭載機の射出口はドッグ入り口とは完全に分ける。旋回砲塔は順次各所に設置すると共にその上部に分厚い厚い氷の壁を設けた。こうして奇想天外な氷の戦艦が作られていった。

 一方掘削された氷はガレリアに運び込まれ原料を分離される。水からは重水素を抽出しエネルギーとする。その他の材料を使ってあらゆるものが作られ、大量のミサイルや弾薬、食料に生まれ変わった。


 ヘリオスの外部には大量のミサイル発射筒が埋め込まれた。実際の戦闘時にはヘリオスのあらゆる場所からミサイルが発射されることに成る。

 その間も何度か攻撃を受けた。一度は戦闘艦による示威行動を受けたが威嚇のみでヘリオスの近くを通り抜けていっただけであった

 

 やがて地球からの援軍が到着した。


 援軍の到着と共に将兵の三分の二が帰還を希望し地球に帰ることになった。残りは期間の延長を求め木星に残ることになった。帰還を希望した将兵はレグザムを経由して地球からの通商船で帰還することになる。レグザム条約では木星と地球の通商船は戦闘対象とはしないことが確認された。これらがなくなって困るのは木星連邦とて同じ事で有ったからだ。


 これによりヘリオスに駐留する兵士は海兵5000、海兵隊1000、歩兵3000と言うことになった。歩兵の大半はコロニー製造要員であり今回はヘリオスの改造に係る事になる。海兵は船舶要員であり整備部隊も含まれている。海兵隊は実質的に戦闘訓練以外受けておらず、常識もあまりない。

 荷物運び位にしか役にたたないと判断され、ヘリオスの準備が整うまでそのまま冬眠状態に留め置かれた。


 ガレリアが作った旋回砲塔が20基あり、戦艦級の大型のものをアナンケから持ってきた核融合炉で稼働させる。砲塔自身は厚い氷で周りを固め防護被覆とした。ヘリオスの内部をくりぬき居住区を作り、核融合燃料の備蓄を始めた。宇宙空間には盾とすべき地形は存在しない。遙か遠くから艦隊は感知され攻撃を受ける。


 そもそも軌道上で相手とランデブーすればランデブーまでに大変な時間がかかりその間に戦闘相手からの攻撃にさらされ続ける事になる。武器の備蓄や生産能力からしてコロニー側に絶対的有利がある。

 従って通常宇宙空間での戦闘は軌道交差による一撃離脱戦法しか無いのである。


 しかし今回は敵コロニーの制圧にある。敵コロニーに極力接近する必要がある。そこでヘリオスを利用する必要があるのだ。旋回砲塔と核パルスエンジンを装備したヘリオスはそれ自体巨大な戦艦と成る。艦隊はこれを盾にして敵コロニーに接近するのである。


 ヘリオス改造工事の終盤になると海兵隊が起床させられた。やがて海兵隊の連中はヘリオスの表面を使って戦闘訓練を始めた。まあ工事の邪魔をされるよりはいいか。提督はそう思った。

 海兵隊に工事を手伝わせると一般の兵隊と度々トラブルを起こした。そのうち彼らに手伝わせるより訓練をさせておいた方が良いと考えるようになった。


 ヘリオス内部はに大型艦船の収容が終わり、駆逐艦20隻と旋回砲塔20基を外部に埋め込みを完了し、各部は衛星の中に掘られた無数の通路によりつながっておりひとつの大きな要塞と化していた。

 大型の核融合炉に各種工作機械も積み込まれ、限定的ながら自立的補給が可能となっていた。すでにガレリア無しでも戦闘には支障がなくなる状態が作られつつ有った。



いずれにせよ燃料の備蓄は順調に進み、スケジュールのDデイは迫ってきた。


アクセスいただいてありがとうございます。

戦争に奇策は有りません

常にその状況を的確に判断したもののみが取りうる作戦です

奇策とは運よく勝てた戦いの采配の事を指します…以下新展開の次号へ


感想やお便りをいただけると励みになります。


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