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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第三章 ――育  成――
34/66

木星へ

――7年後地球――


 機動ステーションが完成し、実働試験に入った。ステーション名はガレリアと命名された。


 試験そのものは極めて順調であった。半年かけてロープウェイの中継ステーションを建設が実験として選ばれた。店舗、休息所を併設した避難施設である。万一ロープウェイにトラブルが発生したとき避難する施設になる。

 仕上がりは全員が満足するもので、通常グロリアが同じことをすると仕上がりが雑になるのであるが、ガレリアは実にうまく処理をしていた。


「やはりここら辺はグロリアとは違うな。」シンジのみならず全員がそう思った。

 自ら思考し、決め細やかな判断を下す、決して定型的になることなくその都度考えを変えている。

「これが無機頭脳か。」

 会社の上層部全員が高い評価を下した。


「やったぜ。」アルは上機嫌だった。

「これで無機頭脳の注文は殺到するぞ。」

 シンジは問題なくテストが終了したことに対しほっとした気持ちの方が強かった。


「ガレリア。」

「なんでしょう、シンジ。」

「良くやってくれたね。これで君は認められた事になる。」


 ガレリアの重力区画に有るラウンジにくつろぎながらシンジはガレリアに感謝の意を表した。

「それは大切な事でしょうか。」

「ああ、とても大切な事だ。僕は自分の子どもが認められたように嬉しいよ。」

 シンジはガレリアの入れてくれた(と言っても自動コーヒーメーカーで入れたものだったが)コーヒーを飲みながら言った。


「そうですか。私も嬉しいです。」

 一向に嬉しそうでもなく話すガレリアに「ま、仕方ないか。」とひとり思うシンジであった。やはり無機頭脳にパーソナリティや感情を求めるのは無理なようだ。


「君は3ヶ月後に木星に旅立つ。頼むから無事に戻って来てくれ。」

 地球連邦政府は軌道エレベーター用資材の確保に関して結局火星基地だけでは需要の半分も満たせないことがから自ら木星への彗星捕獲部隊を送る事になった。しかし地球と木星はあまりにも遠く補給の見込みはなかった。


 一方で木星への地球政府の出向には木星連邦が難色を示した。結局彗星確保の基地の設営と防衛は地球連邦軍が受け持ちその補給用として機動ステーションであるガレリアを送る構想が急遽浮かび上がってきた。むしろガレリアの完成が木星遠征計画を後押しした感が強かった。ガレリアが完成してからわずか半年足らずでの木星出向である。


 シンジは猛烈に反対したが軍からの圧力にはひとたまりもなかった

 木星で3号機にどのような運命が待っているのか想像が付くだけに重苦しい気分は無くならなかった。


「木星には何か危険が有るのでしょうか?」

「わからないよ。ただ君にはその危険が及ばないことを祈っているよ。」

「ありがとうございます。」

 列車は走り始めたんだ、もう止まらないだろう。シンジは自分の立場の弱さを呪った。



 木星遠征隊の出発式が執り行われていた。木星に新たなコロニーと軍事基地を作り木星からの彗星捕獲事業を行うのである。

 出発式典はコロニーの展望ラウンジを使って行われた。コロニーの端部の外壁に大きな透明区画を作ってそこから宇宙空間を眺めることが出来るのだ。グロリアカンパニーからは社長を始め役員が大勢出席していた。無論アルとシンジも招待されていた。

 宇宙空間に浮かぶ2機の核パルスエンジンを積んだ大きな宇宙船が見える。


 ガレリアには大きな球形の機体の後ろには核パルスエンジンが取り付けられ、ガレリアの直径と同じ大きさの反射板が付いているのが見える。

 ガレリアは自分自身の核パルスエンジンでも移動が可能に作られているが惑星間飛行ということになればやはり出力の大きな核パルスエンジンが必要になる。


 地球連邦の艦隊はもう一機の核パルスエンジンの直径1500メートルある反射板から垂直に3500メートルのシャフトが伸びている。このシャフトを包むように各艦の艦底を固定し、シャフト周りに数十艦の武装艦が取り付けられていた。各艦の武装は外周部に集中しておりこの形でも艦砲の攻撃は可能な状態になっている。

 軍艦の航続距離などたかが知れておりこの長距離宇宙船にしがみついて木星までの飛行を行うのである。


 ガレリアは多分帰ってこないだろう。帰ってくるコストを考えたら新造したほうが安上がりだからである。シンジは愛する子供を戦地に送る父親の様な気分を味わっていた。


 2基の核パルスエンジンの発進は地球圏でも最大のイベントとなり各方面からの著名人が数多く集まってきていた。大統領の挨拶と婦人によるシャンパン割りが行われ2基の小型バーニヤに火が灯された。核パルスエンジンが点火できるのはもっとコロニーから離れてからだ。それまではタグボートで曳航される事になる。


 宇宙に浮かぶ艦隊を見ながらレセプションが始まった。アルはここぞとばかりに各方面に無機頭脳を売り込んでいる。シンジはそんな喧騒を嫌って早々にそこを逃げ出して隅にある人の来ないエリアの椅子に座った。


 シンジは携帯を取り出すと地球の2号機に繋いだ。こんな時に話す相手が無機頭脳だというのも寂しい話だがシンジは他に話す相手もいなかったのだ。


「2号機。聞こえるかい。」

「なんでしょう、シンジ」

 全員同じ答え方をする。自立思考がグロリアよりは柔軟とはいえやはり無機頭脳もコンピュータと同列であると感じざるを得ない。


「出発式典は終わったよ。放送を見ているかい?3号機がいよいよ木星に行ってしまうよ。」

「それが3号機の予定任務だと認識しています。」

 ややタイムラグが有るが2号機が答える。何か異なる返答を期待していた訳ではない。2号機とすれば質問を受けたわけではないのでそう答えざるを得ないのだろう。

「そうだな。君にとってはそんなものかもしれないな。」


 シンジは軽い失望と重苦しい気分を味わっていた。


「シンジはこの計画に何か不安でも有るのでしょうか?」

 それでもやはり無機頭脳である。シンジの発言や声の調子から類推して質問を返してくる。グロリアでは質問ではない為このような発言に答える事はない。

「いや、3号機はきっと上手くやると思うよ。」

 動き出した計画は止まらない。その程度の大人の判断はしなくてはならない。後は3号機が問題なく計画をこなしてくれることを祈るだけだ。それ以上に大切な次のプロジェクトが控えている。無機頭脳の量産である。


 現在の施設をベースに大幅な改装が必要になる。大きさも十倍になるから工場の新設だけでも2年以上はかかる。量産が始まるのは4号機からだが、3年位先になるだろう。木星での最初の基地が完成する頃かな?


「新規の工場は初号機が管理する事になった。新しい工場が稼働し始めたら君の次の仕事場を計画してもらうよ。」

 初号機は既に新工場立ち上げの為に稼働しており2号機は新工場完成まで今の工場の管理を行なっているのだ。

「分かりました。」

「今までの仕事はテストの為の業務だったが、君はどのように感じたのかな?」

 シンジは事有るごとにこのような質問を無機頭脳達にしていた。彼らがどの程度人間的な返答をするのか期待しその都度裏切られっていたのだが。


「何を感じたと答えれば良いのでしょうか?」

「ん~っ、そうだな難しかったとか、楽しかったとか。」

「システム稼働率は平均15パーセント程度でしたから非常にゆとりの有る業務だったと言えるでしょう。楽しいか否かという質問に関しては、私には分かりません。」


 相変わらず期待を裏切らない無味乾燥の返事である。


「うん、そうだね。そうだと思った。でも良くやってくれた。今回のガレリアの成功は君のおかげだよ。ありがとう。」

 シンジは心から礼を言った。1,2号機がいなければガレリア計画そのものが存在しなかったのだから。

「どういたしまして。」


 そこにアルがシンジを見つけて歩いてきた。

「なんだシンジこんな所にいたんだ。みんなあっちで待ってるぞ。」

「ああ、後で行くよ。」

「誰と電話なんかしているんだ。何だ2号機じゃないか。」

「2号機!3号機は木星に向かって出発したぞ。お前も一緒に祝ってやれ。」

「そうですか。わかりました。」

 2号機は同じように何の感情もない喋り方で答えた。


「アル少し飲んでいるのか?」

 シンジはアルのあまりにも無神経な態度に腹が立った。浮かれる気持ちはわかるが我々の作った最初に実用型コロニーである3号機は多分木星から帰っては来ない。シンジにとっては子供を見送るような気分でとても喜ぶ気にはなれなかったからだ。


「出発式の祭典だからな。お前はさっさと逃げ出したじゃないか。」

「あまりうれしいことじゃ無いからね。」

「何言っているんだ無機頭脳の量産の為の工場もすぐに着工するんだし、めでたい事じゃ無いか。」

 アルにとって無機頭脳は只の商品なのだしそれを責める筋合いに無いことは解っていた。しかし静かに3号機を見送りたいと思っていたシンジにとってアルの態度は少なからず気に触った。


「2号機!」

 アルがシンジの携帯に向かって怒鳴る。多少足元がふらついている。

「なんでしょうか。」

「新工場が出来たらお前もお払い箱だな。」

「おい、アル!」シンジは大きな声でアルを制した。



「だが、心配するな。お前の再就職先は俺が探しておいてやる。」

 アルはシンジの肩に抱きついて喋った。

「お願いします。」

 僕が2号機だったらきっとアルの発言に傷つくかあるいは怒りを覚えるかもしれない。そう思ったシンジであったが2号機は全く斟酌している様子は無い様だ。やはり彼らに感情は生まれていないのだろう。


 自分は彼らに何を求めているのだろう。人間らしさか?友情か?信頼か?

 逆に、シンジは自分は彼らに信頼されるに足りているのだろうか?などと考えてしまう始末であった。

 いずれにせよ彼らは要求をしない。こちらの命令に受動的に答えるだけだ。彼らの知性は高い。しかし知性の高さとは何を基準にすれば良い?物事の知識か?いやそんなものは外部記憶を持つ彼らは無限の記憶を持てる。では判断能力か?しかし限定的な知識しか与えられていない彼らの判断は偏っているだろう。


 結局シンジは知性の定義が判然としないまま考えるのをやめた。所詮知性とはその人間が与えられた状況に対しどの位深く考えられるかという哲学的問題に収れんするからだ。状況が変われば知性の中身も変わるのだろう。


「シンジ!」

「なんだいアル。」

 シンジはアルの態度に辟易しながら答えた。


「実はな今連邦軍にな、営業をかけているんだ。」

「なにをだ?」

「無機頭脳に決まっているだろう。」

 シンジに取ってもっとも好ましく無い営業にアルが手を付けたことを初めて知らされたのだ。シンジは声を荒げた。


「連邦軍が無機頭脳を何に使うんだ?」

「戦略ブレーンと戦術ブレーンさにさ。各基地に一基づつ、旗艦クラスに一基づつ載せる。」

「アル!君は彼らに人殺しの作戦を立てさせるつもりか?」

「戦略だよ。」アルは強くそれを強調した。

「戦争をしないためにも役に立つ。今回のガレリアの設計の経過をプロモーションして売り込んだんだ。連邦軍のお偉いさん興味深々だったぜ絶対契約とれるな。」


 シンジは頭が熱くなるのを感じた。鼓動が早くなり息も荒くなった。

「ふざけるなそんな仕事は取るな!無機頭脳は戦争の道具じゃない!」

 普段は絶対に見せないような剣幕でシンジは怒鳴った。


 アルは酔がいっぺんに吹き飛んだような顔でシンジを見つる。

「な、落ち着けよシンジ。別に無機頭脳が戦争をする訳じゃないし人を殺す訳じゃ無い。それに戦争を決定するのは人間だしそうならないように考えることも出来るんだ。戦争を起こさない為に役に立つんだぜ。」


 シンジはアルの説得に全く誠意を感じることが出来なかった。この時を境に徐々にシンジはアルと距離を置くようになって行った。そして一年が経ちガレリアと地球艦隊は木星圏に近づいて行った。



――8年後木星――


 木星到着まで15日総員起床命令が発せられた。


 ここからは木星からの攻撃圏内となる為に、全天観測による警戒が始まる。長距離の核による攻撃を警戒しなくてはならない。この距離では目視による観測はお互いに出来ないが減速時のフレアは観測された筈でありこちらの軌道は相手側に知られていると考え無くてはならない。

 木星連邦は不法な軍隊による侵攻だとして抗議の通信を地球側に送りつけられていた。

 旗艦カンサスの会議室には各艦の艦長が通信会議システムで集合していた。艦隊司令官のベネデット・カステッリ提督はここで初めて目的地を示した。あらかじめ示されていた10の予定地のひとつが明らかにされた。


 逆進衛星アナンケ、他にプラクシディケ、シノーベ、カルメ、タイデケ等があげられていたこれらは到着時ガニメデに対し木星の裏側に有る為どの衛星に着陸したかわからなく出来る利点がある。

 アナンケは揮発成分を多量に含む彗星の核と同質の直径28キロの衛星でありコロニーの資源衛星としては非常に有望な衛星である。

 減速を開始した時点でこちらの軌道は知られてしまう。しかしこの方法であれば到着場所の特定に時間がかかる。その間に体制を整える事が出来るのだ。

 ガレリアに搭乗している2000人の将兵はまだ起き出して来ていない。彼らの仕事は衛星の確保後の要塞化と新規コロニーの製作であり、その訓練も受けている。


 全艦警戒態勢のうちに減速が始まった。減速に向けての核パルスエンジンの起動である。すぐにこちらの位置と軌道は木星連邦の知るところとなろう。

 一時間ほどの減速で軌道投入に成功した。後は木星の反対側で再度減速してアナンケに接近する。

 木星は既に大きくその姿を艦隊の前に現していた。外部カメラにも大赤斑がはっきりと写り、その手前をカリストが通過していく。


 太陽方向から接近する宇宙船に木星は常に満月のようにその全景を見せていたが、今や大きな壁のように艦隊の行く手にそびえている。一方で太陽は強い光を放ちながらその強さは地球軌道の10分の1以下になっている。艦隊は木星の左端に徐々に軌道を寄せていく。


 ガニメデが木星の裏側から現れてくる。こちらが木星の裏側に入る頃ガニメデは木星の表側の真ん中にいる。我々の最終軌道の変更はガニメデからは観測できない。無論観測衛星を木星軌道に大量に配備していれば観測される可能性はあるが果たしてどうであろうか?


『高速で接近する物体を確認しました。』

 艦内コンピューターが無機質な声で報告する。


「軌道を確認せよ。」

『こちらの軌道に一致しています。ランデブー軌道を取っています。』

「全艦戦闘態勢!これは訓練ではない。艦隊指令に連絡。」


 非常警報が艦内に鳴り響き、全艦が一斉に動き出した。全ての武器が起動し目標に向けて照準を合わせる。

「艦隊指令がブリッジに入る。」艦橋詰めの下士官が叫ぶ。


 艦隊司令官のベネデット・カステッリ提督が参謀を連れてブリッジに入ってきた。司令官席に座るとその横のパイプに捕まって参謀が立つ。無重力状態なので立つというよりパイプに捕まって体を安定させているだけではあるが。


「艦長状況を報告!」

「レーダーに飛翔体を確認。こちらとのランデブー軌道。相対速度毎秒20キロ、ミサイルかと思われます。」

「いくらなんでも木星連邦が警告もなしにミサイル攻撃をするでしょうか?」参謀がいぶかしげに言った。

「コンピューター。接近する物体に対する分析は完了したか?」

『現状の観測結果のみを申し上げます。接近する物体の質量約4000トン相対速度毎秒15キロ距離1、200キロ、艦船と推定されます。』


「飛翔体から通信!平文です。」

 相手の艦船から連絡が有ったようだ。


「通信を読み上げよ。」

「こちらは木星連邦の使節団である。貴下の到着を歓迎する。そちらの軌道に投入する。」

 どうやら迎えに出てきたようである。こちらの戦力を探りに来たのであろうか?


「ヘンリー・ノリス参謀、君はどう思う?」

「こちらの戦力は既にニュースになっています。状況を探りに来たにしてはおかしいですね。」

「こちらに乗り移っても帰す訳にも行かない事は判っているはずだがな。」

「こちらに接触する意味がありませんね。レグザム自治区からのメンバーなら可能性はありますが。」


 この遠征に先立ち地球連邦政府は水面下でレグザム自治区との協定を画策していたのである。とは言え土星の真ん前で地球連邦と握手をするほどレグザム自治区も馬鹿ではあるまい。


「こちらとしては危険は冒せません。ランデブーを拒否したいのですが。」

 艦長がもっともな提言を行う。

「こちらの兵器の射程は?」

「旗艦の主砲が1500キロ、護衛艦の主砲が800キロ、荷電粒子砲が約50キロ。」


「コンピューター、ガレリアの武装は?」

『ガレリアの武装、射程1500キロの大型砲4門、荷電粒子砲20門。』

「そんなに強力な砲を積んでいるのか。」

 意外な重武装に提督も驚いた。


「大型の核融合炉を装備していますからね。しかし図体が大きすぎますし装甲も貧弱です。あれでは全く動けませんから戦闘になったら真っ先にやられるでしょう。」


「使節団より入電。減速を開始するそうです。」

「ランデブーを拒否しろ。こちらは受け入れを拒否する。」

 通信士がその旨を相手に伝える。


「コンピューター、相手の状況はどうか?」

『現在距離1万キロ。減速を始めています。』

「再度連絡。こちらは受け入れを拒否する。直ちにコースを変更せよ。こちらに接近した場合貴艦を攻撃する。そう伝えろ。」


 しばらくして使節団側から返電があった。

「使節団から了解の返電です。」

「あきらめたようですな。」

「思ったより素直だったな。」司令官がつぶやく。


 嫌に素直過ぎる。これでは何のために艦をよこしたのか判らない。常識的に考えて紛争の可能性の有る相手とこんな所でランデブーしても乗艦が許可される訳無いことくらい判りそうなものでは有るが。

「監視を怠るな。相手の軌道を確認!」

「素直すぎますね。何を考えて彼らを送ってきたのでしょうか?」

 参謀も提督と同じ事を考えていた。


「君の意見は?」

「当然こちらの態度の確認。索敵能力の調査。兵装確認といった所だと思いますが。」参謀が答える。

 常識的な判断だ。しかしそんな事はそれ程大きな情報ではない。むしろ木星到着後の配備、運用状況のほうが情報としては重要だろう。

 ガレリアのことも有る。我々の武装はある程度知られている。むしろ運用状況等を彼らに見られる事の方が戦略上上手くない。提督はそう考えた。


「コンピューター、連邦艦は軌道変更を行ったかね?」

『いえ、現在も同じ軌道で減速を続行中です。』

「先ほどと同じ内容で再度連絡。」

「連邦艦より入電、こちらモーターの故障で制御不能との事です。」

「コースを変更するように伝えろ。これ以上接近すれば攻撃すると言え。」


「艦長どうやら向こうの狙いははっきりしたようだね。どの位まで接近を許せるかね。」

「護衛艦の主砲範囲までですね。」

「コンピューター、連邦艦が護衛艦の主砲の射程に入るのは何秒後か?」提督が尋ねる

『後40秒で相手艦は護衛艦の主砲範囲に入ります。』

「コンピューター、連邦艦との相対速度はどのくらいか?」

『現在の相対速度10,82キロ/秒』


「連邦艦から入電!推進器が制御不能。救助を求めています。」

「直ちにコースを変更するように伝えろ。」

「推進器制御部の故障に付きコース変更は不可能との事です。」

 明らかに言い訳である。しかし現在の相対速度ではこちらとのランデブーには早すぎる。


「後20秒で攻撃すると伝えろ。全艦攻撃準備!指令をまて。」

 艦長が命令を出す。場合によっては撃墜せざるを得ない。

「船内で火災発生。乗員は船室に閉じ込められているそうです。救助を要請しています。」


 時間稼ぎだ。しかし救助要請を断るということは宇宙航行方に照らしても問題が有る。艦長は逡巡せざるを得ない。


「宇宙服を着用してポットで脱出するよう伝えろ。ビーコンを出して救助を待てと言え。」

 仮に事実で有ってもこのような指示をしておけば後日の査問会でも言い訳ができる。艦隊5000人の安全がかかっているのだ。


『連邦艦との距離800キロを切りました。ランデブーまで後80秒。』

 コンピューターが自動的に連邦艦との距離を報告してくる。

『連邦艦の減速が止まりました。推進器が停止した物と思われます。』

「コンピューター、連邦艦との相対速度を報告。」

『連邦艦との相対速度、毎秒10キロ!!』


「通信士!!直ちに脱出するよう伝えろ!」

「推進器が停止したが火災のため脱出にはもう少し時間がかかるとの事。救助を要請しています。」

「どの位の時間がかかると言っている?」

「宇宙服のあるエアロックまで消火が出来たので宇宙服のまま脱出するそうです。ビーコンコードは民間の国際標準だと言っています。」


 艦長は額の汗を拭った。もう限界だ。これ以上の接近は許せない。


「コンピューター、連邦艦との距離を報告!」

『連邦艦との距離、現在約500キロ』

「艦長!攻撃しろ!」カステッリ提督が叫ぶ。


「し、しかし。」艦長は一瞬迷った、相手は非武装の艦かも知れない。

「かまわん撃て!!」

「了解!」

 提督が決断してくれたことを艦長は密かに感謝した。


「旗艦主砲発射用意!!目標は……」

『連邦艦消滅。爆発的閃光を確認。』

 コンピューターが報告する。


「レーダー手、再確認!」

「100ほどの破片に分かれて拡散して行きます。」レーダー手も確認する、やはり爆発したようである。


「救助ビーコンを確認せよ。」

 やはり事故は本当だったのだろうか?艦長の心に重苦しい気持ちが広がった。


『現在の所救助ビーコンの存在は確認出来ません。』

 艦橋全体が沈黙した。使節団は事故により全滅したのだとみんなが思った。ところが提督はそうは思っていなかった。コンピューターはしばらく沈黙した。

『破片は速度を上げながら拡散中。サンプル調査の結果破片はミサイル、または航空機と推定されます。』


 やはり破片はミサイルだった。艦長は自らの迂闊さを恥じた。連邦艦の乗員はコンピュータだったのだろう爆発した艦は最初から無人だったのだ。


『警告!警告!ミサイル多数接近中。警告!警告!ミサイル多数接近中。』

 コンピューターの報告が自動的に警戒警報に変わった。

「加速している破片の数は幾つか?」

『92から104の間です。』


 この報告を聞いて艦長は直ちに行動を起こした。やはり敵にはめられたのだ。

「全艦に次ぐ、爆発した連邦艦の破片はミサイルと判明。全艦これを迎撃せよ。防衛形態ベータにより全艦任意に発砲を許可する。」

 命令に従い全艦の砲が一斉に発射された。レーダーに示されたミサイルが次々消滅していく。一方大きく広がったミサイル郡はランダムに軌道を変え主砲のレーザー攻撃をかわす。


「これでこちらの防御力は向こうに判ってしまったな。」提督はそう思ったが仕方がない。

「コンピューター、何基撃墜したか?」

『飛翔体は現在53機プラスマイナス3、残存数39プラスマイナス9』

「本艦までのミサイルの距離は?」

『現在約200キロから220キロ。命中まで約20秒。』


 じきに荷電粒子砲の射程に入る。

 荷電粒子砲は射程は短いが広範囲に拡散し敵の電子機器を狂わせる。ミサイルなどには有効な防御兵器だ。

「荷電粒子砲発射用意。十秒後に前方20度の範囲に全面制射!全艦に伝えよ。残りは何機か?」

『ミサイルと思われる飛翔体の残りは32機。』

 全く慌てること無くコンピューターは状況を伝えてくる。


「荷電粒子砲発射。命中まで10秒。」砲撃主任が報告。

 艦長はここにいたって参謀がが体を固定していない事に気が付いた。

「参謀!体を固定して下さい。」

「結構です。」

 慌てること無く参謀が答えた。下手にうろたえても今更どうしようもない。


『飛翔体は荷電粒子に先端部に接触、残り10機!5秒で本艦に命中します。』

「全員衝撃に備えよ!」

 参謀もパイプにしがみつく。

『3秒,2秒,1秒、命中します。』


 コンピューターがカウントを続ける。全員が体を硬くし衝撃に備える。しかし衝撃はない。

「全艦に、被害を報告!」

 次々に報告が入る。ミサイルは荷電粒子を浴びて機能を失い軌道を外れたようだ。艦隊に命中したものは無かった。


『全艦報告を確認。被害無し。』

 コンピューターが告げた。

「どうやら被害は無かったようです。」

「ガレリアも無事だったようだ。」

 提督はほっとした。ガレリアに被害が出たら眠っている将兵2000人に危険が及ぶ。


「艦長、救助ビーコンは確認できません。」

「カミカゼだったのでしょうか?」

「違うな。多分最初から無人だったのだろう。いずれにせよこれで木星側の態度がわかった。これは宣戦布告と見て良いだろう。」


 それにしても驚くべき対応である。木星連邦がこのようなだまし討ちを行った事自体が信じがたい事では有った。しかし事実は事実として地球連邦政府に報告しなくてはならない。後の対応は地球連邦制と全権委任された木星大使が交渉することになる。

 戦争になるのかこのままの状態を維持するのか?いずれにせよこれで地球軍側は木星への一方的侵略と木星政府に揶揄される事は無くなったと言って良いだろう。



 武器管制担当は各艦から報告の戦果を確認していた。旗艦は18機のミサイルを撃墜している。やはり火力の差だろう。他の艦は3機から8機だった。

 記録を付けている手がふと止まる。


 ガレリア1機。


 担当の口がふっとゆがむ。「ガレリアは無機頭脳が火気管制を行っているはずだったが。あまり戦闘には向いていないようだな。」

 提督はこれを見て何と言うだろう。


 艦隊の前の木星がさらに大きくなり視界いっぱいに広がってきた。

『艦長木星の影に入ります。軌道変更のシーケンスを開始いたします。』旗艦カンサスに搭載された大型コンピューターグロリアが全体管制を行う船団は木星軌道に向かって降下を続ける。やがて木星の影の部分、暗闇の中で軌道変更を行い無事軌道変更を終了した。



 軌道変更の最中ガレリアの船尾のハッチから数個の物体が投射された。しかし艦隊のレーダーには何も映らず気が付いた人間もいなかった。


アクセスいただいてありがとうございます。

登場人物

ベネデット・カステッリ提督    木星遠征隊の司令官

ヘンリー・ノリス参謀       提督の参謀

ティコ・ブラーエ艦長       木星遠征隊 旗艦カンサスの艦長

チップ・パーレイ艦長       ガレリア艦長

ガレリア             コロニー製造用機動コロニー、及びその管理無機頭脳、地球製3号機

戦争は世紀の大イベント、人々は喝采を以て兵士を送り出します。

国内で起きない戦争は国民からは遠いイベントでしかありません。

でも、その出兵費用は国民が負担し、国民の友人親族が国外で戦います…以下戦乱の次号へ


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