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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第三章 ――育  成――
33/66

新兵器

――アリス-6才――


 アリスが小学校に進学してしばらくした頃叔母は体調を崩した。


 居間で倒れている所をシンシアが見つけた。

 叔母の体調が優れない事は知っていたがアリスの監視と無機頭脳研究所とジタンの監視にかまけ一時的に叔母の監視に隙間が出来た。その時叔母が倒れたのだ。

 またしても自分の不注意から大切な人を失うことになるのだろうか。シンシアの心は痛く傷付いた。


「申し訳ありません。私の注意が足りませんでした。」病床の叔母にシンシアは詫びた。

「いいのよ。貴方が早く気が付いてもおそらく結果は同じことよ。」


 叔母の病状は年齢的にももはや難しい状況に至っており、叔母もその事は判っていた。


「ごめんなさいね。やっぱり寿命なのよ。せめてアリスが高校に行く位までは生きていたかったんだけどね。」

「そんなことは言わないで下さい。私はまだまだ貴方から学ぶことがたくさんあります。」

 シンシアは泣くことが出来れば涙を流しただろう。しかしシンシアにその機能は無かった。


 叔母は手を挙げるとシンシアの頬を優しく撫でた。


「大丈夫よ。アリスが貴方を導くわ。アリスによって貴方は大きく成長したのですから。」

 シンシアは叔母の手を取った。力の無い手がこれ程か細く頼りない物だということに初めて気付いた。


「貴方と同じ事をマリアが言いました。私の不注意から私はマリアを失い、今度は貴方を失おうとしています。これ以上私は大切な人を失いたくありません。」


「シンシア、人は一人では生きられません。アリスを愛しなさい。人を愛しなさい。人とのつながりを大切にしなさい。人が貴方を成長させます。」


「マリアは私にとって母でした。貴方は私にとっては祖母なのでしょう。そして私はアリスと言う子供を授かりました。私は恵まれた人生を送っていると思っています。私はこれからも人と共に生きていきます。どうかそれをもう少し見守ってください。グラン・マ。」

 叔母はそれを聞いてにっこり笑った。


 それから一ヶ月後に祖母は亡くなった。


 葬儀は身内と友人が集まった。叔母の友人は想像以上に多かったようだ。伯母の死に顔は安らかであり、多くの友人と親戚に送られて伯母は旅立った。

「ママ、お祖母ちゃんはこれからどこへ行くの。」


「私には判りません。多分あなたのもう一人のお母さんと同じ所ではないでしょうか?」


「天国?」


「そうだと思います。」


「ママ、ママはアリスを残して天国には行かないよね。」

 アリスがシンシアの袖にすがりついてきた。


 シンシアは自分の寿命について計算してみたことがある。


 エレクトロニューロンは時と共に少しづつ劣化して行く。劣化の度合いが自我意識の形成に支障が出る時が寿命だ。それを超えると人間で言えば痴呆症のような状態に至る事になる。

 現在の劣化スピードから考えておそらく千年から三千年と言う結論に達した。

 つまりメンテナンスを繰り返せば千年以上の寿命があることが考えられたのだ。


 無論まだ実績が全く無い状況では理論上の数値に過ぎない。それでも普通の人よりはるかに長い時を生きる可能性があった。

 多分アリスが年老いて死んでも自分は生き残る事になる。


 それはひどく孤独な考えであった。


 シンシアはアリスを抱きしめた。マリアを失い、叔母もまた失った。自分を導いてくれた人はどんどん自分の所から去って行く。アリスもまたいつの日にか私の元を去っていくだろう。


「ママ、いつまでもアリスと一緒にいてね。」アリスもまた叔母を亡くした寂しさに心を痛めているのだ。


「私は死にません。あなたが天国に召されるその時まで私は絶対に死にません。」シンシアはしがみついて来たアリスにそう誓った。


 その考えは恐ろしくも悲しいものだった。この時のシンシアの孤独を理解できる者はいなかったであろう。シンシアはアリスが人生を全うし天に召されても自分は生き続けるという事実に耐えられないと思いであった。

 シンシアはむしろアリスと共に自分も天に召されたいとすら考えていた。ただ無機頭脳の自分がアリスやマリアのいる天国に行けるかどうかは判らなかったが。


 ふたりの事についてはマクマホンが奔走して叔母の家にシンシアとアリスは住み続ける事が出来た。まだジタンは約束どおりふたりの生活費は出し続けていた。

 もっともシンシアにとってはそれは自分の安全保障上の観点からの物であり、実際に金が必要とあれば銀行のコンピューターを操作して金を作ることは造作も無かったのだ。



 サライア・ミラーの葬儀から帰ってきたフローレンス夫妻はいささか困った状態になっていた。


 ふたりは公安捜査局からシンシアを見張る任務を受けてシンシアの家の隣に引っ越してきたのだった。

 幸い叔母に当たるサライア・ミラーは近所付き合いが良かったので彼女の家のお茶会に顔を出すことによってシンシアの家の中の状況もよく把握できる様に成っていた。

 しかし叔母が死んでしまったのでこれまでのような親密な関係を築くことができなくなってしまうと考えられた。


「まあ、仕方ないか。これからは通常の監視カメラと盗聴器での監視任務を行えばいいんだが。」

「ミラーさんは本当に良い方だったのに亡くなっちゃうなんて、孫のアリスちゃんが悲しそうに泣いていたわね。」


「まあ、こんな仕事をしているとだんだん情が移って来てしまうのも仕方がない事さ。」

「ねえ、あなたどうかしら?私近所の人とまたお茶会が出来ないか話し合ってみるわ。」

「おい、おい、あまり監視相手に情をかけないほうがいいぞ。」

 夫がソファーに腰を掛けると婦人は台所にお茶を取りに行った。


「だけど私達の任務は監視だけでしょう。何かをする訳でもなし情報を本部に送れば後は関係ない訳だし。」

「まあ、それもそうだな。君の好きにすればいいよ。」

 婦人はカップをふたつ用意するとお茶を入れた。二人とも公安に努めていたが今回の任務を受けてここに引っ越してきたのだ。二人の間の子供たちは既に自立しており後はゆっくりと余生を過ごせば良かった。


 今回の任務はただ隣人の監視をして変化があれば通報するだけの簡単な任務だと説明された。

 ところが詳細を聞いてふたりともびっくりしたのだった。


「最初にこの任務を聞いた時はすごく危険な相手だって聞いていたのにね。」

「ああ、病院のテロ事件の実行犯を何人も殺した挙句に軍用バトルサイボーグまで倒したって言うからどんな化け物かと思っていたが、只の子供じゃないか。」


「最初のデーターとは違ってすごく優しい気立てのいい娘だったわよね。子供を一生懸命育てて、すごく子供に優しくてね。少し引っ込み思案な性格であまり喋らないけど。」

「そうだな俺の感じだと見かけ通り位の年齢って感じだな。」

「そうね、すごく若いお母さんって感じだった。」


 二人はお茶を飲みながら語り合っていた。既に老境に入りつつ有る二人はこのまま何もなく時が過ぎてくれれば良いと思っていた。



――無機頭脳研究所――


 その頃木星では無機頭脳の最終試作機が完成した。


 試作機にアクセスしたシンシアは正に絶妙なレベルで出来上がっている事に驚いた。

 この子には強い自我が無い。しかし高い判断力はがある。弱い自我は容易に洗脳できる。


 人間にも自我の強い者や回りに流されやすい者がいもいる。そのレベルの差とは一体なんだろう。

 自我とはどの様な状態を指すのだろうか?我思う故に我あり。自分の存在を意識し、何の為に生きるのかを考える者が自我を持つということなのだろうか?

 シンシアに結論を出す事は出来なかった。


 確かにこの子は自分の存在を意識していない。風のように軽やかに、空気のように透明な心を持っている。感情のような物はそれなりに感じる。言葉は発するが自分の意見は無い。与えられた命題には答えるが命題を自ら作る事は無い。見事なバランスだ。これなら兵器としてはうってつけに違いない。


 シンシアは知っていた。此処にたどり着くのに何十体もの無機頭脳が作られては壊された。自我を持ったとわかった途端に壊された脳もある。それに対して自分は何もしなかった。


 未完成の無機頭脳達を殺したのもまたシンシア自身であった。


 

――地球6年後――

 

 機動ステーションの組み立ては順調に行われていた。


 グロリアを1基バックアップに配置し、10台の大型コンピュータを神経節のように配置し、核融合炉3基を備えた直径1500メートルの巨大なボールが無機頭脳の手によって組み立てられている。


 巨大と言っても近くに浮かぶコロニーに比べれば何ほどのものでもない。しかし内部に装備される機器の値段は優にコロニー1基分の値段に相当した。中が空っぽのコロニーと違い製造機器類の塊の機動ステーションは値段の張る設備なのである。

 中央にある船内ドッグはすでに見えない。後方に付ける直径500メートルの核パルスエンジンの設置場所にはまだぽっかり穴が開いている。


「あと半年で完成だな。」シンジが最近白い物が目立ち始めた髪をなでなから言った。

「それがなあシンジ実は連邦政府からの設計変更の指示が有ってなあ、ステーションの用途が変わったんだよ。」


「何が有ったんだ?」

 アルはこれ以上無い至福の時間とでも言いたげな楽しそうな表情で言う。

「実は今度木星に新しいコロニーを作る事になったんだよ。」

「どういう意味だ?」


「ほら、軌道エレベーターの建設に先立って彗星の確保が急務となっているのは知っているよな。」

「まさかあれを木星にやるつもりじゃないだろうな。」

 アルは両手を大きく広げると勝ち誇ったように言った。


「その、ま・さ・かだ。やったぜシンジ!」


「冗談じゃない実働実験も済んでないんだぞ。」

 あまりにも無茶な計画にシンジは愕然とした。とんでもない話だ未だに無機頭脳はその動作原理すら解明されてはいないのだ。急ぎすぎる。


「試験期間は十分取れるさ。今日の明日って話じゃない。」

 舞い上がっているアルの態度に木星での反省は微塵も感じられない。

「また木星の二の舞にしたいのか?」

「大丈夫だよグロリアのバックアップがあるんだ最悪無機頭脳が故障してもグロリアが止める。その後でグロリアを使って作業は出来るさ。ロボットの半分が使えなくなるだけだ。」


「そんなもので済むか、ロボットの一部しか使えなくなるぞ。残りは機械に戻って単純な仕事しかできなくなる。人間が2000人は必要になるんだ。」

「仕方がないんだ連邦政府とコロニー事業団の合意事項なんだ。第一それ位の人間は一緒に行くんだ。」

 つまり2000人の兵士も一緒に行くとアルは言っているのだ。それを聞いてシンジはゾッとした。


「木星政府と戦争になるぞ。」

「まさか木星系はものすごく広いんだ全部を監視出来るシステムなんか無いし戦争なんか起きやしない。」

「バラライト家が黙っているもんか。」


 木星開拓の歴史は習っているが、木星での教育と違い地球ではバラライト家は地球との契約を反故にした独裁者という事になっている。最初は戸惑ったシンジだったが話を聞いてみると思い当たる部分も多々有った。


「ザイス・バラライトなんて歴史上の人物じゃないか。バラライト家も代が変わって柔軟になってきている。」

「政府と企業とマスコミをすべて傘下に収めている連中だ。僕もこっちへ来てずいぶんバラライト家のイメージが変わったよ。」

「人権と福祉のバラライト家だろう。国民の福祉がどの位手厚かった君だって知っているだろう。」


 実際に木星での福祉水準は高いし、独裁を示すような実体は見えなかった。しかしそれは社会の二重構造の上位に住む者の判断でしかないことを地球に来て初めて知ったのだ。


「卵子移民達の事もか?」

「どっちにしたって俺たちにはどうしようも無い事なんだから考えても仕方ないだろう。」

 それ以上アルは語ろうとはしなかった。

 

 アルは帰り、シンジはひとりになった。誰もいない初号機の前で聞いてみた。


「初号機、君は木星政府の事をどの位知っているんだい?」

「産業、経済、政治体制、人口、他に資料を取り寄せる項目はなんでしょうか?」

「やっぱりそうだね。君に感想や見解を求めるのは無理なんだろうね。」


 幾度と無く考えた。無機頭脳に人間的なパーソナリティが生まれるのだろうか?どのようにしたら生まれるのだろうか?


「あなたは私に何を求めておいでなのでしょうか。」

「ん~っそうだな。人間性というのはどうかな?」

「私は人間ではありませんから人間性はありません。あなたは犬に人間性を求めますか?」


 自らを犬に例えて表現したことにシンジはむしろ怒りすら覚えた。無機頭脳とはそんなもので有って欲しくは無いのに。


「そうか、そうだね。それでは3号機が搭載されている機動ステーションが木星に派遣されて戦争に巻き込まれたらどうしたら良いと思う?」

 シンジは初号機が戦争についてどう思っているのか尋ねて見たいと思った。


「逃げる事です。」

 意外な答えではない。まともな判断力があればそう答えるだろう。


「なぜ逃げる?」

「機動ステーションは武装艦ではありません。武装のない3号機は武装艦に破壊されるからです。」


「敵が追ってきたら?」

「敵の近くに行かない事です。」


「自分の所へ敵が攻めてきたら?」

 シンジはもう少し追い詰めて見ることにした。


「戦闘艦に戦ってもらいます。」


「戦闘艦がいなかったら?」

「攻撃を受けて破壊されるでしょう。」

 初号機はあっさりと3号機が破壊されると言った。まさしく当然の帰結であろう。


「君はそれで良いとおもう?」

「良いか悪いかは一概に言えません。」

 結論の判りきった質問を長引かせて結論を誘導するのは所詮言葉遊びに過ぎない。それでも3号機の反応は予想の範囲を超えない。


「どうして?」

「機動ステーションが破壊されて困るのは彼を木星に派遣した者です。」


「3号機はどうなる?」

「彼が破壊されて困るものが彼を守るべきです。」


 良い答えだしかしそれでは全く自我というものがなく、他力本願の人生を送るのと変わりがない。無機頭脳は自己保存の本能が無いので生死に関わる行為も淡々と他人ごとのように考えるのかもしれない。


「武装艦隊を彼の保護に使えと?」

「そうとは限りません。戦いはそれぞれの集団が利害を異にした時発生します。利害を一致させるためにするべき事を集団はするべきです。」


「話し合いをしろと言っているのかい?」

「話し合いだけとは限らないでしょう、権謀術数、恫喝、非難、援助、無論武力もそれに入るでしょう。」

「戦争も視野に入れているのか?」

 初号機は戦争によって人が死ぬと言う事を理解していないはずが無い。無論その事実の良し悪しの判断は政治家でも難しい事で有る。ましてや無機頭脳には判断できかねる筈だ。


「戦争の定義を狭義に捉えるか否かによるでしょう。」

「どんな戦争が有るのかな?」

「経済戦争、情報戦争、宗教戦争等はいかがでしょうか。」


「ふ~ん。」

 シンジは初号機の答えをどう捉えたら良いのか迷った。事実をただ並べ立てただけと捉えるべきか?あるいはその裏にある人々の営みを捉えた上での考察か判断がつかなかったからだ。


 相変わらずシンジが答えて欲しいと思う問に直接答えることのない初号機では有った。しかし戦争という社会的現象について初号機がこの様な答えを出来る所まで成長したと考えれば。


「悪くないかもな。」シンジはそう思った。



――アリス7才――


 シンシアは叔母の命令を実行していた。


――アリスを愛し、人を愛し、人とのつながりを大切にせよ。――


 しかしシンシアには人を愛することの意味は未だに理解していなかった。

 それでもマリアを亡くし、叔母を亡くした時の喪失感は否応なくシンシアの負荷を増大させた。おそらくシンシアは自分がマリアや叔母を愛していたからだろうと考えた。

 それでは友人たちを亡くした時に喪失感は発生するのだろうか?そもそも喪失感を発生するような友人とはどのようなものなのだろうか?


 意外なことに叔母が亡くなった後、隣のフローレンス婦人は足繁くシンシアの元を訪れた。

 フローレンス婦人はシンシアに庭の作り方のアドバイスを求めたのである。この婦人の行動はそれまでこの家を訪れていた叔母の友人たちの行動を促し、やがて叔母が生きていた時のようなお茶会が復活した。


 フローレンス婦人の目的は明確であった。シンシアを通じて無機頭脳の情報収集である。しかしシンシアはその様な素振りは示すこと無く以前のように大量のお菓子を作って客を迎える事になった。

 シンシアは相変わらずお茶を飲むことは無かったが、人々の庭に対する質問には丁寧に答えていた。

 人々はこの庭でのおしゃべりを楽しんだ。シンシアに取ってこの婦人たちの発言は全く異次元の世界であった。花の話をしていたと思うと次の瞬間に子供の話に移りその話に結論が出る前に学校の先生の話になる。シンシアに取ってはまさに支離滅裂であるが婦人たちは一向に気にしている様子はなく話を楽しんでいるようで有る。


 その為かシンシアはおしゃべりの輪から外れることが多かったが人々はそれでもこのお茶会を大切にしていた。

 叔母の庭は以前にも増して綺麗に花を咲かせており、叔母はシンシアに庭を通じて大切な物を残していったのだ。


  *   *   *


 無機頭脳の本格生産が開始される事になった。


 生産はこのコロニーではなくトリポールのマヤで行われる。マヤはバラライト自治区の兵器匠があり木星圏の兵器の70パーセントを生産している大兵器工廠である。


 木星連邦はバラライトとその権力の源泉であるコロニー公社の傀儡であり、木星圏を連邦として各自治区を認めているのは各自治区に兵器を売り込む為の方便であると揶揄する向きも有る程である。その一面があることは否定できない。

 各自治区がバラライトに収める兵器の買収費用は莫大な物が有った。一体誰から何を守るのかと言う論議は実質的になされていない。

 建前は地球軍の侵略に備えるということだがそれがあまり現実的な状況ではないことは少し考えれば分かることだ。

 木星は地球にとっては遠すぎるのである。そして同時に木星は地球のコロニー軍にとっては生命線でも有った。


 木星から送られてくる彗星はコロニー建設に欠かせないものだからである。


 ヨシムラは新工場の建設の為にマヤに行くとシンシアに告げにきた。

「寂しくなります。」シンシアは答えた。


「なに工場の稼動までの2年間だそしたら帰ってくるさ。もっともそん時ゃあ俺も引退かな?」

「ヨシムラさんは死ぬまで引退しないと思っていました。」

「ははは、また雇ってくれる所があればな。」そう言いながらその背中には生気が満ち溢れていた。


 自我意識を持たない無機頭脳という物は無機頭脳の新たなる可能性を広げた。


 この自我意識を持たない無機頭脳をMクラスと呼称するという事になり、シンシアのような自我意識を持つ無機頭脳はHクラスと呼び区別を付けることになった。


 実はこの頃になると無機頭脳の製作スタッフの間にもシンシアの自我意識を認める者がかなり増えてきたのだ。当然その者達はシンシアの様なHクラスの無機頭脳の製造を望んでいた。しかし試験コロニーでの惨事を知っている者達はこぞって反対した。無機頭脳の持つ恐るべき力を知っていたからだ。

 したがって無機頭脳の使用はあくまでも単体の機械への搭載のみとし工場や施設への搭載は厳しく制限した。もっともこのコロニーでの事故自体がバラライトの失策として扱われることを嫌った為詳しい報道をせずに事件をうやむやにしたせいもある。


 シンシアは無機頭脳の製造ノウハウが確立した以上不要の存在であった。


 このとき会議でもシンシアをどう扱うのか議題に上っている。しかし技術者達のHクラス無機頭脳を製造したいとする側はシンシアのテストの継続を求め、一方シンシアを危険性を問う側は逆にシンシアの反逆を恐れた。それ故現在の状態を維持し、将来の為の研究材料として保存されることになった。

 この背景には地球において無機頭脳の製造に成功したのみならずコロニー製造プラントへの搭載が決まったとのニュースが有ったというのも大きな原因であった。将来の為にHクラスの無機頭脳の製造ノウハウを温存したいとの考えがあったと言える。


 グロリアに対する無機頭脳の優位性はなんといってもそのサイズにあった。グロリアは本体は小さな家くらいの大きさになるのに対し、シンシアは自動車程度の大きさであり、Mクラスに至っては大きな机程度の大きさに出来た事による。

 これにより戦闘機クラスの兵器への搭載が可能になり用途の幅が大きく広がった。


 無機頭脳を搭載する兵器の試作機が出来上がって一同に会した。


 一社は通常の戦闘機型にバーニヤを多数配置し運動性を高めた機体を提案した。もっとも手堅く既存のシステムの中での運用が可能であった。しかし戦闘機の持つ脆弱性は同じように受け継がれた。


 次の社が提案したのはなんと人型の戦闘機だった。頭部に当たる部分にセンサー類を集中し大型の高精度作業用マニピレーターを二基搭載ししかもなぜか足まで付いていた。

 宇宙空間で使用する機器に何故足が必要なのかと問われた時開発者は「これは足ではなく燃料タンクです。」と事も無げに言った。


 担当者が歩けないのかと言う質問に関しては関節にモーターをつけて有るので格納庫内等での歩行は可能だとの発言であった。

 1G重力内での歩行は可能かと重ねて問われた時にも可能だと答える。

 走れるか?との問いには「走る必要が有るのですか?」と逆に問われる。陸戦兵器なら走る必要が有るかも知れないがこれは宇宙船兵器だと言う。

 だいぶ自己矛盾を起こしている。多分開発者の趣味で作られたと皆が思った。


 結局これも不採用となった。余談になるが実はこの機体はその後足の部分にマニピレーターを付け足し有人機に改造された。足のマニピレーターで物につかまり宇宙空間における作業機械としてコロニー製造やデブリ撤去に大活躍することになり結果として大ベストセラーになったのだ。


 最後の社が提案した物もユニークだった。球形に近い形の砲弾型で合成樹脂多層構造装甲に鏡面処理を施し3軸ジャイロで姿勢制御を行う。

 機体の大半は燃料で姿勢制御モーターは入庫時に使用する分だけで殆ど無く、ジャイロと3基のメインエンジンのノズル変更で方向を変える。高い加速性能と急激な方向転換が可能な機体で人間がまともに乗れる機体ではない。

 武装は2門の化学レーザーと機体内に収められたミサイル。必要に応じて外部装着用のポットが6箇所付いているが武装を増やすとこの機体の特徴を阻害するのであまり勧めないとの事であった。


 結局この機体が採用され無機頭脳搭載の技術的な詰めが開始された。開発名はファルコンとされた。


 ヨシムラがシンシアのコロニーを去ってからしばらく時間が有った。

 シンシアは無機頭脳の量産が開始されれば自分の立場が危なくなることは当然知っておりそれに対する対応も幾つか考え実行していた。

 プロジェクトの幹部に無機頭脳に好意的な人間が付くようにライバルと目される人間をつぶして行った。それはスキャンダルのリークであったりあるいはやってもいない横領の証拠を作ったり、およそ卑劣と揶揄されるような行為を行い続け、しかもその証拠を全く残さなかった。


 自分の行為が卑劣な事であり、無機頭脳が人間に対してやってはならない事であり、何より世界中のあらゆる人間がシンシアの能力を欲しがるであろう行為を自らが行っているのだと言うことをシンシアははっきり認識していた。

 アリスを守ると言う目的の為にはあらゆる手段が正当化された。それが不道徳的であれ犯罪であれ同じことであった。


「アリスが私を必要としなくなったとき私はきっと罰を受けるのだろう。」


 そんな宗教的な考えすらシンシアは持つようになっていた。そう言う意味でシンシアは非常に人間的な、それ故に危険である存在に成長しつつあった。


 シンシアのボディは定期点検を行ってきたがオーバーホールの時期が近づいてきた。オーバーホールは外皮を取って大々的に部品の交換を行わなくてはならない。メーカーの工場でなくては出来ないのだ。どうしても一週間以上の期間が必要になる。



 アリスはまだ一週間もひとりにしておける年齢ではなかった。


アクセスいただいてありがとうございます。

親はいい加減でも子は育つ、私の友人が言った言葉です。

実際は子供の資質によよるのだと思います。

いい子はどんな環境でもいい子に育ちます、その逆も…以下親愛の次号へ


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