初号機
――アリス1才――
そんなこんなの無機頭脳研究所の喧騒とは関わりあいなくアリスはすくすくと育って行った。
よちよち歩きを始めるとあらゆることに興味を持ち始めそこいらじゅうを走り回った。そんなアリスを叔母は目を細めてみていた。
「ばーばー。」庭で何かをしていたアリスは二人の元へ走ってきた。
「何を持ってきたのアリスちゃん。」叔母はそう言ってアリスに尋ねる。
「はーらー。」アリスは摘んできた花を叔母の方に差し出す
「お花ね。ありがとう。」叔母はうれしそうに花を受け取った。
「まーまー。」シンシアの方にも花を出す。
「ありがとうございます。」
シンシアはにっこり笑って花を受け取る。だいぶ笑顔の作り方に慣れてきたようだ。
シンシアは物を食べることが出来ないのでシンシアの前のお茶は冷えたままである。それでも叔母は一緒にお茶を飲める相手がいて幸せそうである。
人というものは無駄を大切にする生き物のようだ。そうシンシアは思った。おそらく無駄をすることがその人間に人間としての思考の幅を広げる役に立っているのだろう。
合理性から出発する無機頭脳的思考からはまさしく無駄ではあるがその無駄が新たなる思索への手がかりになれば無駄ではない。
考えてみれば自然もあらゆる無駄を行って数え切れないほどの屍の上に現在の生命形態がある。ましてや人である。
その無駄の積み重ねの上にこそ文化、文明が存在している。そう考えれば自分達無機頭脳が人間の存在無しに新たなる文明を築けるのだろうかという疑問が浮かんでくる。
おそらく均質な性能を持った無機頭脳に大胆な思索的飛躍を求めるのは難しいだろう。
人はその心の中に全く反する二つの心がせめぎ有っている。その迷いの中で人は生きている。(らしい。)
善と悪、好きと嫌い、勤勉と怠惰、それら相反する価値観のはざ間を人が心をコントロールすることによりよたよたとさまよいながら歩いているようなものである。(らしい。)
無機頭脳であるシンシアにはとても理解しがたい事では有るが人間を理解する上では非常に重要なポイントになることは間違いない。
シンシアは叔母と住みアリスを育てながらこのような思索を積み重ねて行った。
一方でシンシアとジタンの見えざる攻防もまた続いていた。
ジタンはこのコロニーにいること自体がシンシアの監視下に有ることを感じていた。たまに他のコロニーに出張すると大いに安堵したようであった。
もっとも本人は知らなかったろうがコロニー管理用コンピューターがしっかりシンシアの変わりにジタンを監視していたのだ。
ジタンは好むと好まざるとに関わらず24時間シンシアの監視下にあったのだ。
従ってジタンはあらゆる機会を逃さず転属の機会を狙っており、転属願いを出したのも一度や二度ではなかった。
ところがそのことごとくをシンシアは手を回して裏からつぶしてきたのだ。薄々ジタンもその事に気が付いて来ていたがいかんともならなかった。
ジタンは自分が利用しようとした相手逆に絡め取られ身動きできなくなっている自分に気付く事になる。
ジタンはシンシアの安全上の保険のような物であった。無機頭脳の製造が軌道に乗った場合のシンシアに現状の保障をもたらす為のひとつのファクターであったからだ。
* * *
――一年後地球――
地球連邦政府大統領とコロニー連邦政府の大統領の共同記者会見が行われた。長年の懸案であった軌道エレベーター建設計画が両者の間で合意に達したのである。
二人は記者会見の壇上でお互いに握手を交わすと地球連邦の大統領が声明文を読み上げ始めた。
「本日かねてからの懸案であった軌道エレベーター建設にあたり地球連邦とコロニー連邦が合意に達した事をご報告申し上げます。」
会場からは一斉に拍手が上がった。
「今回の合意に基づき地球連邦側60%、コロニー公社側40%の比率による軌道エレベーター会社(仮称)を立ち上げる事になりました。お互いの職務分担としてはエレベーター製造に関する部分はコロニー公社が、資材調達に関する部分を地球側が分担するという事で合意しました。」
発表が終わると記者からの質問が始まった。やはりここで大きな問題となるのは資材の問題であった。
「現在の地球圏の近々の問題はコロニーの資材不足に有ります。現在の工業の伸び率と人口の増加にコロニーの建設が近い将来障害が出ると考えられますが地球からの資材搬出が目的でしょうか?」
「軌道エレベーターによる資材の搬出は現実的では有りません。やはり基本は彗星の捕獲であると考えています。」
「現在木星からの彗星供給は充分でないと聞いていますが。」
「残念ながら十分では有りません。木星政府がこの事業に積極的では無いのです。何しろ木星には大量の水を含んだ衛星が豊富にありますから。そう言った訳で木星連合政府が彗星捕獲の金額の値上げを要請してきました。」
「それはひどいですね元々木星移民は地球連合政府がスポンサーになって実現した経緯が有るのですが、木星連邦政府は信義を重んじない国家ということですか?」
「なぜ木星側は彗星の捕獲に難色を?」
「主として時間の問題です地球から彗星を追いかけると太陽に相当近づいたところでの作業となり彗星と共に太陽の近接軌道を回ることとなりこの時期の事故が多かったのです。逆に木星からのミッションの場合その遙か手前で作業を終了させられますが帰還に時間がかかるのです。」
「彗星捕獲は軌道上遠方にあれば有るほど有利になります。逆に遠方から捉えると捕獲範囲が狭くなります。その結果木星軌道からの捕獲と火星軌道からの捕獲ではその捕獲コストが1.5倍位違うのです。現在火星軌道からの彗星捕獲と木星からの彗星捕獲は1:1位ですが伸びしろとしては木星の方が大きいと言えるでしょう。」
「ただ木星圏と地球圏での技術格差はまだ大きいので地球商品を買うためには輸出産業としては欠かせない物なのです。特にコロニー管理に欠かせないグロリア型コンピューターでは大きな格差が有りますからこれが逆に木星でのコロニー制作の足かせとなっております。」
「なるほどどちらもどちらの首根っこを押さえて居るわけですね。」
「そう言うことになりますね。」
「そうなりますと現在計画されている軌道エレベーターの資材調達に大きな問題を抱える事になりますね。」
「頭の痛い問題です。現在3基のテグザーが軌道上に有りますが地球との交易には全く足りない状態です。落とす方はいいのですが上げる方が全く足りない状態です。」
「軌道エレベーターは人類の夢ですからね。」
「技術的な問題は殆ど解決の目途が経っています。後は彗星を如何に確保出来るかということにつきます。」
「何か地球連邦側で考えている計画は有るのでしょうか?」
「幾つか検討しいる事項は有ります。」
「木星に新たなる彗星捕獲事業者を送り込むとか?」
「それは検討事項のひとつです。」
「時間が来ましたので本日の記者会見は終了したいと思います。本日はありがとうございました。」
* * *
――地球で活動を始めたシンジとアルであった。――
アルは相変わらず交渉に長けており、木星での事件もうまく取り繕い木星政府が無機頭脳の成功を隠し、秘密裏に研究を続けているように思わせる事に成功した。
地球政府も木星連邦が研究が成功すればグロリア型コンピューターに取って変わる機械になる為安全保障上も非常な危機感を持たざるを得なかった。
今まで高性能コンピューターのよって木星連邦のアキレス腱を押さえてきたがそれがなくなるのであり、それは彗星の補給という意味で大きな危険性をはらんでいた。
グロリアカンパニーは最重要プロジェクトとしてシンジとアルがリードすることになった。
製造ノウハウはすでに出来ていたので無機頭脳の製造は順調に行き研究の開始から1年程で初号機が完成した。
実働実験に今回シンジは非常に慎重さを見せた。前回の失敗は何より効をあせりすぎたという反省が有ったからだ。
アルは相変わらず調子のよいことを上層部に報告している。シンジはむしろそれを打ち消すのが大変であった。
効をあせるアルに対しシンジは年中ぶつかっていた。それでもグロリアを使った初号機の教育に対してはさすがにグロリアカンパニーのスタッフは優秀であった。
日々非常に多くの知識が初号機に注ぎ込まれていった。それは物理、科学といった分野のみならず人間を研究する様々な分野の知識が与えられた初号機もこの人間に関しては非常に興味を持ったらしく様々な知識を要求するようになり、ついには文学まで手を出し始めた。
その中には暴力的な内容の物や政治的内容の物も多く有った。そう言った人間に対する不信感を喚起するような内容に影響を受けることを危惧したシンジは、スタッフと検討を重ねた結果当たり障りのない小説や映画を与え、戦争とか暴力のような人間不信に至るような作品は排除した。
明るくさわやかな作品のみを与え、なるべく子供のような素直さを育むようにしていったのだ。
最初の実働実験として選ばれたのはコロニーの設計であった。
多くの仕様要求と共に現在の資材搬入状況人員の確保等多くのファクターを送り込んでみた。
不確定情報が多かったせいか最初のころはずいぶんユニークな設計が出てきた。
会社上層部はそれらにあまり興味を持たず只の実験としか見ていなかった。しかしそれを見た技術者達はその着想のよさ、発想の妙に驚いたものも少なからずいた。
しかし条件を整理して行くと徐々に当たり前の設計に収斂していった。それを見た上層部の人間は満足してプロジェクトを評価した。
「初号機。」シンジが問いかける。
「はい、何でしょう。」
「君のコロニーの設計に会社の上層部が満足してくれたよ。」
「それは良かったですね。」
「良かった、そう良かった………。」
本当はシンジは初号機には人間とは違う発想のまま設計を進めていって欲しかったのだ。しかし会社は当たり前の結果を喜んだのだ。
「君はあの設計はよく出来たと思っているのかい?」
「会社はそのように判断したようです。」
「いや、君自身はどう思っているんだ?」
「皆さんに喜んでいただければ幸いです。」
シンジは初号機との会話をあきらめた。こいつは素直だが本当にこちらが問いかけている質問にはいつも答えようとしない。
「やはり、まだ子供なのかな?」シンジは一人つぶやいた。
「初号機!良くやったぞお偉いさんは上機嫌だ、大成功だよ。」アルが上機嫌で飛び込んできた。
「それはおめでとうございます。」
「これで次のステップに進めるぞ。」
「次のステップとは?」
「2号機の製作だ。今度の2号機は君が教育するんだ。」
「そうですか。」
まったく感情の無い返事が戻ってくる。やはり無機頭脳には感情が発生しない、知性体といってもやはりコンピュータの親戚だ。
「僕が最初に感じたものは何だったんだろう?」
マリアは木星の無機頭脳に人間性を感じたと言った。ここでもそれを作れると思ったのに。
「ようし2号機が出来たら早速実働試験だ。今度は前みたいにコロニーじゃなくて地上だから安心だ。」
「アル、まだ早いよ。」
「何言ってるんだ。チャンスは早く掴まなくちゃ逃げていくぞこうしている間にも木星に先を越されるかも知れないんだ。」
全くアルは反省と言うものがない。シンジはアルのその突破力は頼もしかったが技術的な素養に関しては全く信頼はしてなかった。
「アル。木星での失敗を忘れたのかい?コロニー管理は無機頭脳一体だけでは負担が大きすぎる事は前の実験で判っているじゃないか。」
「あれは容量が少なすぎたんだ。
むしろアルの意見というのは素人的発想にあり、時々エポックな物は有るが大部分はシンジが後ろに回って水を掛けて消さなくてはならないようなものであった。
それでもアルは無機頭脳の専門家であり有能な科学者として社内では評価されていた。
アルが研究の推進役になっているのは間違いなかった。それ故シンジはその評価を甘んじて受け入れていた。
「まだそんな事言っているのか?」アルがまくし立てる。
「2号機はその実験だ。それがうまくいってから3号機での実証実験だ。」
「何だよ10年はかかっちまうぞ。」
「それでいい2度とあんな思いは御免だからな。」
シンジはアルの強引さに非常な危惧を覚えていた。常に人の前を歩きたがる性格は素人目には頼もしく見えるだろう。しかし技術的裏付けは全てシンジが行なってきたのだ。
アルはシンジの業績も全てが自分の物で有るがごとき態度を取っていた。もっともそれが故にシンジは自由に研究が出来た為アルを妬ましいと思う事は無かった。
アルがいなければシンジもまた存在できなかったことをシンジはよく理解していた。
「初号機!君はどう思う?」
「はい、コロニーの目的と大きさによるでしょう。しかし現在までの研究によると自立思考を持ったグロリアと無機頭脳の能力において思考を要する課題では無機頭脳の方が優れています。しかし処理を要する作業では圧倒的にコンピューターの方が優秀です。多くの処理を必要とするコロニー管理に無機頭脳が向いているか否かは未知数です。」
「要するに頭を使う仕事は無機頭脳、使わない仕事はコンピューターってわけか?」
「その二つの組み合わせがベストだ。2号機ではその実験をメインで行う。初号機が重要なアシスタントになる。」
シンジは断固とした調子で言った。もっともアルもまたシンジが強く主張する時はあまり反論すること無くシンジにしたがった。
「お前も慎重だなあ。無機頭脳のキャパシテイを考えれば問題ないのに。」
「よろしいでしょうか?」
その時初号機が口を挟んできた。珍しいことである。
「なんだい?初号機。」
「グロリアはその自立思考回路部分で全体の半分を占めており、コスト的には8割以上を占めています。自立思考部分を外したグロリアを5基私につなげればグロリア1基分のコストで5基分の能力を持ちえます。」
「本当か?それが出来ればすごいことだぞ。」
「初号機、君の計算では出来そうなのかい?」
「やってみなければ判りません。不確定要素が多すぎます。」
「たぶん無理だと思う。無機頭脳のの負担が大きすぎるんだ。そもそもグロリア級のコンピューターを5基並べて使うような状況はそんなに無いだろう。」
「しかしねシンジ、このことは革新的な意味を持つんだ。こういう事が無ければ無機頭脳の必要性は無い。グロリアがあれば済む事だからね。」
アルは初号機の言葉に更に心を踊らせているようであった。
――アリス3才――
「ママ~おなかしゅいた~。」
アリスがトコトコと歩いてくる。シンシアにとってアリスの成長というのは人間という物に対する概念を大きく変えている。
知識としての子供の成長というのは理解していたつもりで有ったが目の当たりにしてみると全く違う感じを受けてしまう。
知性が混濁している乳児期を過ぎると運動能力を伴わない知性を持つ生き物へと変わる。
知識は学習であるが知性はもともと備わった物のようだ。好奇心が知識を求め知識を得ると更なる疑問が発生する。
「判りました。少し待ってて下さい。今昼食を作りますから。」
シンシアはアリスにスパゲティを作ってやった。
テーブルに座らせフォークを使って食べさせる。まだ手足を自由に扱えないアリスはそれでも一生懸命こぼさない様に食べている。
「もふっ、もふっ。はむっ、はむうん。」
シンシアはアリスが食事をする所をじっと見ていた。シンシアに取ってはとても大切なひと時である。
「ママは食べないの?」
アリスは良くシンシアにこう聞くようになってきた。アリスの前で物を食べた事が無いからだ。
「はい。ママは食べません。」
「どうしゅて?」
「アリスの見えないところで食べています。」
これは嘘ではないシンシアのエネルギーは液体燃料で毎日バイオタンクに入る直前に補給しているのだ。
「一緒に食べようよ。」
「はい。いつか食べましょう。」
「はい。」アリスがスパゲッティをシンシアに差し出す。
「残念ですがそれはアリスが食べる分です。私は後で食べます。」
叔母はシンシアになるべく人間らしく振舞うように言ってはいたが物を食べられないのはいかんともしがたく、その点に関してはシンシアにアリスに対してあとで食べるとか別の所で食べていると言う様に言い含めていた。
「ママ、あのちゃちんの人はだあれ?」
アリスが居間に飾ってある写真を見て聞く。
「あれは叔母さまのご主人です。」
「ごちゅじんて?」
「叔母様にとって一番大切だった人、貴方のおじいさまです。」
シンシアはアリスを抱き上げて写真がよく見える様にしてあげた。
「おじいしゃま?」
「隣の人は?」アリスがマリアの写真を見て言った。
「貴方のもう一人のお母様です。」
「お母しゃま?アリスのお母しゃんはママじゃないの?」
アリスは不思議そうな顔をしてシンシアを見た。
「私は貴方のママです。あの人は貴方のもう一人のママです。」
「アリスのママはふたり?」アリスは拙い動きで指を2本立てて見せた。
「はい。貴方にはふたりのママがいました。」
「あのママはどこにいるの?」
「今はもういません。」
「どこに行ったの?」
「判りません。天国と言う人もいます。」
「アリスのママは天国に行ったの?」
「はい。多分そうだと思います。」
「いちゅ帰ってくるの?」
「残念ながら、もう帰って来ることは有りません。」
「どうちてもう帰って来ないの?」アリスは首をかしげていた。
「天国へは行く道はありますが帰る道は有りません。一度行ったら帰ってくることは出来ないのです。」
「なんで行っちゃったの?」
「人は必ず順番に天国に行くのです。ただ何時その順番が来るのかはわからないのです。あなたのママの順番は早かったのです。」
シンシアの話を聞いてアリスは考えていた
「アリスも天国に行くの?」
「ずっとずっと先になるでしょう。あなたの順番ははるかに先です。」
「ママの順番は?ママもいつか天国に行っちゃうの?」
「それは判りません。しかし私は貴方が大きくなるまではどこにも行きません。」
「ずっとアリスといっしょ?」
「はい。シンシアママはずっと貴方のそばにいます。」
「ずっとずっと一緒?」
「はい。ずっとずっと一緒です。」
「ママだいちゅき。」
アリスはシンシアに抱きついた。シンシアはこのようなひと時をとても好ましいことと感じていた。
こういったことがなぜかシンシアの心を安定させることに気が付いていた。
――木星無機頭脳研究所――
無機頭脳は慎重に試作が進められた。
自立思考を行いはじめるレベルがおおむね予想できる範囲に絞られて来た。
考えてみればシンシアのときは3体程の試作を作った後で理論値を元にいきなり作られたのだ。そんなことが出来たのはただ単にアルの営業能力による物であった。アルは実際に経営能力が非常に高かった事は間違いなかったと言える。
その頃無機頭脳を搭載する兵器の開発が行われ始めていた。最初はアンドロイドに搭載し戦闘用サイボーグの代替としたかったようであるがさすがにサイズ的に無理が有る。
しかし通常兵器に搭載出来るサイズが見込めるようになった為どの様な運用をするかという論議が盛んに行われていた。
ヨシムラにもその様な話は耳に入ってきてはいたが黙々と無機頭脳の製作をつづけていた。
そうは言ってもやはり気になるようで時々シンシアと話をした。ヨシムラは結構シンシアとこのような話をするのが好きなようであった。
「シンシア。」
「なんでしょうか?ヨシムラさん。」
「俺の造っている無機頭脳が兵器として運用されるって事は知ってるよな?」
「はい知っています。」
「なんだなあ。物騒な世の中になってきたしなあ。この間は病院でテロがあったしよう。」
「もう3年も前の事です。」
結局あの事件が公安の自作自演であることはマスコミによって封殺され、殆どの人々は真実を知らなかった。市民の多くは未だにあのテロ事件がレグザム自治区の仕業であると思っていた。
「そうそう、最後は特攻部隊に制圧されたとかニュースで言っていたな。なんでもその報復のテロとしてここが被害に有ったんだよな。」
テロを制圧したのはシンシアであった。しかしその為にシンシアはマリアを失ってしまった。
木星連邦はこの事件を利用してやはりレグザム犯人説を流布した。結局証拠など全く無いにもかかわらず人々の心にはレグザく自治区に対する悪感情の植え付けに成功したのだ。
「ヨシムラさんは無機頭脳が兵器として使われるのがやはり不満なのですか?」
「いやっ、その事はもう仕方ないと思っているさ。それよりお前さんの仲間が兵器になるんだぜ気にならないのかい?」
「はい、気にしています。」
ヨシムラはシンシアのこの答えを意外は思わなかった。以前シンシアが無機頭脳の兵器化について疑義を感じていたことを知っていたからだ。
「ほう?どこいらへんが気になるんだ?」
「自立思考を持つ兵器の挙動についてです。」
「何か気になることでも有るんかい?」
「兵器が意思を持つということは誰が敵で誰だ味方かを自分で判断することになります。」
「そらそうだ。」
「もし無機頭脳が味方を敵と判断したらどうなるのでしょうか?」
誘導兵器ではその判断を人間がその場で変更出来るが、無人兵器はそうでは無い為限定的な状況下でしか使えないことは広く知られている。
「そうならないようにプログラムを組むんじゃねえのか?」
無人兵器には敵味方をはっきり区別する装置を装備しなければならない。それ故に識別装置の無い時代の戦争では兵器にその国の国旗をマーキングする事を取り決めとして行われていた。
「無機頭脳はプログラムで動いている訳では有りません。」
「それじゃ何で動いてんだい?」
「自分の意思でです。」
ふうむ。とヨシムラは思った。シンシアは今、意志という言葉を使った。
つまりシンシアは無機頭脳に自我が有ると言っているのであり、自分の判断基準を持つということを言っているのだ。
簡単に言えば無機頭脳のが人間の考える通りに動くとは限らないとシンシアは言っているのだ。これは恐ろしい発想である。
だが同時に人間においても意志というものが如何にもろく騙されやすいものであるかということをヨシムラは知っていた。
「意思なんざどうとでもなる。与える情報を偏らせれば簡単に洗脳出来る。人間だって出来るんだ。それよりずっと簡単だろう。情報の管理は製造者側でなんとでも出来るだろう。」
しばらくシンシアは考えていた。このような答えを予期してはいなかったのであろう。
「製造時点ではそうかもしれません。しかし配備された後ではどうなるのでしょうか?」
「成る程。面白え発想だ。無機頭脳が自分で学習するのを止めるのは無理ということか。」
確かにアップデートにコンピュータに繋がなくちゃならないしそもそも無線機がある以上ネットとの遮断は難しいと考えなくちゃならないだろう。
「私はそう考えます。」
なる程な。とヨシムラは感じた。このシンシアは自分の予想以上に好奇心が旺盛なようだ。結構隠れていろいろな情報を集めているのだろう。この数年間に何が有ったか知らないが嫌に大人になったものだとヨシムラは思った。
「その問題があるので無機頭脳は自我が発生する直前の大きさを求められているんだろう。」
無機頭脳の大きさを規定して自我を発生させない大きさで止めることは今の製造実験の最大の課題なのである。
「その状態の脳が果たして自分の状況を理解できるでしょうか?」
所内の検討会でも議論になっている。ニワトリが先かタマゴが先かの議論だ。それでも先に進めるためにはそこは無視して実験が開始されている。
既にこのプロジェクトは軍需産業の大きな利権構造の中の動きになって来ているのだ。
「つまり無機頭脳に求められる能力とは優れた判断力を持ち、高い機器のコントロール能力が有る。そして犬のように主人に従順に従い、しかも自分の意思を持たない頭脳か。そんな物存在しうるかな?」
「どうでしょうか?」
ヨシムラは見かけ以上にこういった論議を好み、シンシアはヨシムラと禅問答のような思考ゲームを楽しんだ。
「たしかになあ、兵器に自立思考を持たせて自立意思を持たせないのは白雉のような頭脳を作ることになるのだろうな。完全に自己矛盾してやがる。」ヨシムラは苦笑いした。
アクセスいただいてありがとうございます。
登場人物
シンジ・アスカ 無機頭脳の発明者 地球で無機頭脳の研究を続ける
アル・ジェイ・グレード 無機頭脳の発明者 無機頭脳の営業を得意とする。野心家
アリス・コーフィールド マリアとアランの娘
サライア・ミラー マクマホンの姉 マリアの叔母
タミゾウ・ヨシムラ 無機頭脳製造に関わった技術者
自分が嵌めたと思った相手に実は嵌められていた。
因果応報、一寸先は闇。
不誠実な応酬は最後の最後まで尾を引くものです…以下虚虚実実の次号へ
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